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争いは更なる争いを呼ぶ

皇帝バルバロッサ

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 破裂玉をレジスタンスに渡すと、ヨハンさん達の方はすぐにケストブルグに向かいました。カリオストロさんが「後はブー達に任せて君たちは早く仲間を助けに行って欲しいブゥー」と言って追い出すように見送ったのです。ギルドの関与をハイネシアン帝国に悟らせないためでしょう。喋り方からは想像もつかないほど、頭が切れて決断力のあるリーダーのようです。

「あのレジスタンスのリーダー、稀有な人材ですな」

「でしょう? 商人ギルドがわざわざ大陸の反対側から船で支援するほど買っている人物ですからね」

 後ろではクレメンスさんとモミアーゲさんが楽しそうに会話しています。モミアーゲさんはともかく、クレメンスさんはいつまでここにいるのでしょうか? 冒険者達が彼の姿を見てギルドの入り口で回れ右してますよ。

「さて、ケストブルグのサラディンさん達を見ましょう」

 私はあえて口に出して場面を転換しました。本来追跡はマスター以外に見せるものではないんですけどね。モミアーゲさんに見せていたのは私ですしクレメンスさんは後見人なので仕方ないですけど。

 それはともかく、ケストブルグの方は騒がしくなったら始める救出作戦の準備が進んでいるようです。

「こっちがいいの?」

「うん、そっちの道は嫌な臭いがする。たぶん悪い奴が来るよ」

 ラウさんの鼻を利用してレナさんが本番の経路を確認しています。ここにきてやる気を出してきましたね。ウサギをモフモフしたいのでしょうか。作戦でもレナさんの幻覚を多用する計画になっているので、彼女の頑張りが作戦の成否を分けると言っても過言ではありません。

 一方で、サラディンさんにミラさん、そしてアルストロメリアさんはセレモニーを見に行っています。今日はハイネシアン帝国の建国記念日で、皇帝バルバロッサが演説を行うのだそうです。バルバロッサの確認もそうですが、警備のレベルを確認したいのだとか。

「それにしても、凄い建物だらけですねぇ」

「帝国中の全ての富をこのケストブルグに集めているからな。ハイネシアン人でも特に選ばれた民しか住むことの出来ない都市になっているんだ」

 アルストロメリアさんの呟きにサラディンさんが答えます。なるほど、それなら同じハイネシアン人でも他の地域に住んでいる人々には不満が溜まっていることでしょうね。

「その選ばれた民だけでも百万人。そいつらは当然楽して暮らしたいから奴隷を求めるのよ。金は余ってるから生活のための仕事なんてしなくていいけど、日常的な家事や、人が生活していたら絶対に生まれる色々な仕事をさせるための労働力が必要だからね」

 ミラさんは露骨に嫌悪感を顔に出して説明します。奴隷という存在はフォンデール王国でも一般的なのですが、こちらでは貴重な労働力として待遇自体はかなりいいんですよね。ハイネシアン帝国では扱いが悪いことで有名なので、それを嫌って自らフォンデール王国に移住してくる奴隷希望の人達もいるほどです。

「なるほどー……あ、そろそろ始まるみたいですよ」

 記念セレモニーが始まりました。かなりの重装備に身を包んだ兵士達が隊列を組んで行進し、ハイネシアンの騎士団と思われる一団が馬に乗ってそれに続きます。彼等が手を振ると、観衆から歓声が上がりました。

 この場面だけ見ると、繁栄した平和な国なんですけどねー。これは首都に暮らす百万の民だけの平和なんですよね。

「あれがバルバロッサだ」

 サラディンさんが示す方向を見ると、多くの兵士が取り囲んでいる壇上に一人の男性が姿を現しました。ハイネシアン人らしい赤い髪はボサボサ……に見えるようにセットされていますね。野性味を感じさせるための髪型でしょう。そして赤い口髭は顎まで覆い、顎先で尖った形に整えられています。なんでしょう、整っていない形に整えられている、不思議なセンスです。

「本日は栄えあるハイネシアン帝国建国の日だ。諸君のたゆまぬ努力によってこのハイネシアン帝国はこの大陸でも有数の国家へと発展した。皇帝としてその働きに感謝するとともに、今後ますますの発展を約束しよう!」

 よく通る力強い声で演説しています。喋っている内容は当たり障りのない挨拶なので気にする必要もないですね。ですが、さすがというか。こうして管理板越しに見ていてもはっきりと伝わってくるカリスマ性は見事というほかありません。なんと自信満々で人々を安心させるような話し方をするのでしょうか。同じ皇帝でもソフィーナさんとはかなり違います。彼女も迷いのない態度がリーダーの器を感じさせるのですが。

「これが悪の親玉なのね~」

「そういう言い方は良くないですよ。確かにバルバロッサ陛下は侵略を繰り返して領土を拡大させている人ですが、ハイネシアン帝国の皇帝という立場では当然の行動でもあります」

 冒険者ギルドは国家を超えた活動をしたいので、あまりフォンデール王国の立場で判断したくないという気持ちもあり。ちょっと擁護するような発言をしました。後ろにクレメンスさんがいるのであまり言えませんが。

「彼の治世はあまり褒められたものではありませんが、悪と断じるのが適当かと言うと難しいところですな」

 そのクレメンスさんはどちらかと言うと私と近い認識のようです。

「いずれにせよ、バルバロッサ陛下はとても優秀な人物ですからねぇ。レジスタンスの目的を見透かされないといいのですがねぇ」

 モミアーゲさん、不吉なことを言わないでくださいよ。

 レジスタンスはいつ頃仕掛けるんでしょうね。さすがにさっき話を持ち掛けたばかりでこのセレモニーを襲うとは考えられませんが。
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