上 下
106 / 116
魔族と天人、そしてブタ

長老の家

しおりを挟む
 マリーモさんとラウさんはソフィアさん達の会話を聞いていません。なのに二人は一直線に集落の先――先ほどイベリコさんが指し示した長老の家へ向かっています。ラウさんが怪しい臭いを嗅ぎつけたのでしょう。

「そっちに危険な香りがするのねー?」

「うん! イヌ族のテリトリーに入ってくる悪者と同じような臭いがする」

 ほほう、イヌ族はその能力や性格から貴族にも人気が高く、高値で取引されています。フォンデール王国にもイヌ族の奴隷は少なくないですが、国王オルレアン三世の命令で全ての奴隷に必要な食事と睡眠、決められた最低賃金を支給することになっているため不満を口にする者はあまりいません。もちろんそれでも一般人より下の扱いですけどね。

 他の国で奴隷になるより、相対的に幸せな生活が送れるからとうちの国を希望する奴隷も未だに多いです。技能を持つ者なら冒険者になれば一定の地位が得られますが、全ての者が命がけの冒険者になりたがるわけでもありませんからね。

「じゃあ、そこにいるのは奴隷商人みたいなクズなのねー」

 そうですね。一応、奴隷は人間社会においては正当な取扱品ということになっているのであまり言わない方がいいと思います。少なくとも今はまだ。

 そんなことを言いながら二人がやってきたのは、ひときわ大きな庭のある家でした。たぶん長老の家です。家の建物はそんなに大きくないのですが、長老は一人暮らしっぽいので無駄に大きい家に住む必要もないのかもしれません。二人が近づくと、玄関にラージ・ホワイトという名前が書いてありました。間違いなくここが長老の家ですね。

「それで、どうするの?」

 ラウさんがここからどうするのかをマリーモさんに聞きます。とりあえず窓から中を覗いてみてはいかがでしょうか。

「ふっふっふー、こうするのよー」

 マリーモさんはそのまま家の扉に近づいていくと、懐から何かを取り出しました。よく見ると、盗賊が使う解錠道具ですね。もしかして、盗賊技能を習得しているのでしょうか?

「ここをこうして……ほら、開いた」

「すごーい!」

 子供がおもちゃで遊ぶようなノリではしゃいでいる二人ですが、そんなところで騒いでいたら普通に見つかりますよ。あと扉に鍵がかかっているかどうかを確認せずにいきなり解錠を始めましたね。本職の盗賊ならまず慎重に扉まわりを確認するものです。

 とはいえ、マリーモさんが盗賊技能まで身につけているとは驚きでした。魔術師だったり支援者だったり盗賊だったり大変ですね。何かそういう役割を新設するのもいいかもしれません。

「盗賊技能を覚えるとお金がもらえるみたいだから練習したのよー」

 あの依頼ですか!?

 確かにそういうことをしてもらう目的で出した依頼ですが、まさかこの短期間で習得してしまうとは……マリーモさんのお金への執着を侮っていました。

 それはそうと、せっかく扉を開けたのならさっさと中に入ってはいかがでしょう。

「何者じゃ!」

 はい、当然のように見つかりました。家の扉から声が聞こえます。これが長老でしょうか。こんな入り口で騒いでいたのに、扉を開けて出てくる様子はありません。というか鍵をまたかけた音がしました。

「ちょっと聞きたいんですけどー、ここにユダって人きませんでしたー?」

 なんと、マリーモさんは何事もなかったかのように話しかけました。たった今扉の鍵を開けて侵入しようとしていたのに、どんな面の皮をしているんですか。ラウさんは挙動不審になっています。

「……そんな奴は知らんな」

「ちょっと太った、人の良さそうな中年のおじさんなんですけどー」

「だから知らんと言うとるじゃろう!」

 おや、それはおかしいですね。ユダの持ってきた話をもとに非難声明を出したんですよね? そしてブタ族は長老であるラージ・ホワイトさんの言葉が絶対とのこと。間違いなくユダは長老のところに案内されているはずです。つまり、ギフトで確認するまでもなくこの人は嘘をついているということです。

「……ちょっといい?」

 ラウさんが小声でマリーモさんに話しかけ、背中をちょんちょんと突っつきます。

「なにかしらー?」

 マリーモさんも小声で答えます。一応、扉の向こうにいる人物に聞こえないように気を付けているようです。

「この臭い、扉の向こうにいるのはブタの獣人じゃないよ」

 ラウさんが中にいる人物の種族まで分かるようです。すごい鼻ですね。そしてこれで確定ですね、この家で長老を名乗っている人物は、ブタ族の長老ラージ・ホワイトさんではないということです。扉を開けようとしないからそんなところじゃないかと思っていました。視点を移動して中を覗こうとしたのですが、移動できませんでした。魔法無効化空間になっています。

「ほうほう、それで向こうにいるのは何者?」

 二人は家から少し離れて話し合います。開けた鍵もかけられましたし、扉の前にいても仕方ないですからね。中の人に声をかけていませんが、向こうも無言なので気にする必要もないでしょう。

「たぶん、普通の人間。この感じだと、小太りのおじさんかな」

 小太りのおじさんですか……えっと、それってなんか最近よく聞くフレーズですよね。ユダってどんな声でしたっけ?

 とか言ってるうちに、ソフィアさん達がイベリコさんに案内されてこちらにやってきました。マリーモさんとラウさんは慌てて森の中に身を隠します。

 二人はあまり結果を出せませんでしたが、こちらで見ている私は多くの情報が得られました。やはりイヌ族の鼻は便利ですね。あと盗賊技能を習得したマリーモさんは今後の扱いを考えなくてはいけませんね。なにせ盗賊不足ですからね!
しおりを挟む

処理中です...