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決着
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明連の身体から弱弱しく多頭の蛇が顔を出す。かなり力を失っているようだが、それでも巫と繋がっている以上、侮ることはできない。何より今この蛇を攻撃すれば、根元にある明蓮の身体にもダメージを与えてしまう。
「明蓮を……」
「大丈夫よ、もう分かったから」
私の言葉をさえぎって、明蓮が自分の胸に両手を当てた。
『ぐおっ』
情けない声を上げ、多くの首を持つ蛇の神――八雲が明蓮の背中から追い出され、その場で小さな蛇へと姿を変える。巨大な龍の姿を維持するための本体が存在しないのだ。力が削がれた大蛇は明蓮の拒絶する意思にあらがうことが出来ずに小さな蛇となって地面に落ちたのだった。
すぐに鞄から魔導書を取り出した明蓮は、幽世の扉を開く。
「魔導書アカラント=タルガリアよ、常世の国へ我を導け」
扉が開かれると、明蓮はぐったりしている蛇を無造作に掴み、幽世の方へ放り投げたのだった。
「いいのか? 向こうでまた力を貯めて復活するぞ」
「問題ないわ、どうせ私が生きている間には復活しないし、あいつは人間と契約をしないと現世に出てこれないのよ。悪魔だからね」
なるほど。
「ところで、大蛇の結界が消滅するわよ。ここは本当は川の底だからね?」
天照の言葉に、明蓮と顔を見合わせる。
「……逃げよう」
全員が大慌てでその場から地上を目指して走り出した。
「逃っげろー!」
楽しそうな声を出すアリスは相変わらず犬の背中に乗っている。
「狼!」
こいつも心を読んでいるのだろうか。何はともあれ、懐かしさすら感じるいつものやり取りをしながら、激しく揺れ動く洞穴を駆け上がる。結界を作っていたマレビトが幽世に追い出されたので、場が崩壊するのも早い。むしろあっという間に水底へ沈まないでいられるのが不思議なぐらいだ。
「巫の力がまだ影響しておるようだの。辛うじて脱出の時間は確保できておる」
軽やかに地を蹴る稲荷に、落石が襲い掛かってきた。
「危ないわぁん!」
両面宿儺が落石を拳で打ち砕き、稲荷を守る。
「わわっ、水が迫ってきてる!」
玉藻の声に後ろを見ると、底から水が迫ってきている。もたもたしていると水没してしまうな。
「みんな、つかまれ!」
先ほどから竜の姿で明蓮を背中に乗せている私だが、他の神々も両手で抱え込み、翼を広げた。一気に飛んで抜け出せれば良し、そうでなくとも私は河川の神だ。仲間を水から守るぐらいのことはできる。少なくとも、大蛇の尻子玉を抜くよりはよほど簡単なことだ。
「おお、この力強さ。手合わせしてみたくなりますなあ」
星熊が物騒なことを言っている。この鬼は戦いを楽しむタイプのようだ。帰ったらなるべく近寄らないようにしておこう。
そんなことを思いながら翼を羽ばたかせ、消滅する結界から間一髪で抜け出して元の川辺に戻った。心配そうな顔で待っていたオリンピックの姿が見える。彼女も我々に気付いたようで、表情が一気に明るくなった。
「いやー、大スペクタクルだったねっ」
終始楽しそうにしているアリスだった。この天真爛漫な笑顔こそ、彼女の魅力なのではないだろうか。アリスは自分の在り方にずっと悩んでいたが、天照に助け出されてからは迷いがなくなったように見える。意外といい仕事をするのだ、あの太陽神は。
「よかった、みんな無事だったんだね!」
「ごめんね、心配かけて。八岐大蛇はちゃんと幽世に捨ててきたから、もう安心よ」
我々の帰還を喜ぶオリンピックに、明連が穏やかな表情で声をかけた。大蛇が身体から離れて心も落ち着いたようだ。彼女はふと私に視線を送ると、無言で会釈をしてきた。どういう意味だろう? なんとなく、二人で話がしたいのではないかと感じた。私の腹に剣を突き刺したのだから、明連の性格からいって何もなかったことには出来ないだろう。
「では妾は京都を守らねばならぬのでもう帰るぞ。また会おう」
稲荷は飄々とした態度ですぐに帰っていった。これからも幾度となく顔を合わせることになるのだろうな、恩も返さないといけないし。
「あとは明蓮さんがクラスメイトと仲直りすれば全て解決だね! 早く戻りましょ」
そういえばまだその問題が残っていたな。腹を割って話し合えば大丈夫だろうが、心配ではある。
「大丈夫、みんな悪い人じゃないもの。河伯達が一緒に過ごしてくれたおかげで、マレビトは全員が怖いわけじゃないって分かってるからね」
明蓮が、私に笑顔を向けた。
「……ああ、帰ろう」
胸の奥に熱いものがこみ上げるのを感じつつ、私は帰還を促すのだった。
「よかったわね! 私はしばらく我慢しておくわ、長生きだから」
玉藻がそう言って私の肩を叩いた。何を我慢するのかは、言われなくても分かる。分かるようになってしまった。
「ふひひ、我慢しなくてもいいのよ? 面白そうだし」
「あんたは大人しくゲームしてなさい。私が暇だから」
「あっしの旅行も忘れんといてください!」
まったく、どこまでも騒々しい連中だ。
きっとこれからも、こうやって騒々しくも楽しい日々が続いていくのだろう。
明蓮が開いた扉を見ながら、私はあの時自分の寝床から出て本当に良かったと思うのだった。
「明蓮を……」
「大丈夫よ、もう分かったから」
私の言葉をさえぎって、明蓮が自分の胸に両手を当てた。
『ぐおっ』
情けない声を上げ、多くの首を持つ蛇の神――八雲が明蓮の背中から追い出され、その場で小さな蛇へと姿を変える。巨大な龍の姿を維持するための本体が存在しないのだ。力が削がれた大蛇は明蓮の拒絶する意思にあらがうことが出来ずに小さな蛇となって地面に落ちたのだった。
すぐに鞄から魔導書を取り出した明蓮は、幽世の扉を開く。
「魔導書アカラント=タルガリアよ、常世の国へ我を導け」
扉が開かれると、明蓮はぐったりしている蛇を無造作に掴み、幽世の方へ放り投げたのだった。
「いいのか? 向こうでまた力を貯めて復活するぞ」
「問題ないわ、どうせ私が生きている間には復活しないし、あいつは人間と契約をしないと現世に出てこれないのよ。悪魔だからね」
なるほど。
「ところで、大蛇の結界が消滅するわよ。ここは本当は川の底だからね?」
天照の言葉に、明蓮と顔を見合わせる。
「……逃げよう」
全員が大慌てでその場から地上を目指して走り出した。
「逃っげろー!」
楽しそうな声を出すアリスは相変わらず犬の背中に乗っている。
「狼!」
こいつも心を読んでいるのだろうか。何はともあれ、懐かしさすら感じるいつものやり取りをしながら、激しく揺れ動く洞穴を駆け上がる。結界を作っていたマレビトが幽世に追い出されたので、場が崩壊するのも早い。むしろあっという間に水底へ沈まないでいられるのが不思議なぐらいだ。
「巫の力がまだ影響しておるようだの。辛うじて脱出の時間は確保できておる」
軽やかに地を蹴る稲荷に、落石が襲い掛かってきた。
「危ないわぁん!」
両面宿儺が落石を拳で打ち砕き、稲荷を守る。
「わわっ、水が迫ってきてる!」
玉藻の声に後ろを見ると、底から水が迫ってきている。もたもたしていると水没してしまうな。
「みんな、つかまれ!」
先ほどから竜の姿で明蓮を背中に乗せている私だが、他の神々も両手で抱え込み、翼を広げた。一気に飛んで抜け出せれば良し、そうでなくとも私は河川の神だ。仲間を水から守るぐらいのことはできる。少なくとも、大蛇の尻子玉を抜くよりはよほど簡単なことだ。
「おお、この力強さ。手合わせしてみたくなりますなあ」
星熊が物騒なことを言っている。この鬼は戦いを楽しむタイプのようだ。帰ったらなるべく近寄らないようにしておこう。
そんなことを思いながら翼を羽ばたかせ、消滅する結界から間一髪で抜け出して元の川辺に戻った。心配そうな顔で待っていたオリンピックの姿が見える。彼女も我々に気付いたようで、表情が一気に明るくなった。
「いやー、大スペクタクルだったねっ」
終始楽しそうにしているアリスだった。この天真爛漫な笑顔こそ、彼女の魅力なのではないだろうか。アリスは自分の在り方にずっと悩んでいたが、天照に助け出されてからは迷いがなくなったように見える。意外といい仕事をするのだ、あの太陽神は。
「よかった、みんな無事だったんだね!」
「ごめんね、心配かけて。八岐大蛇はちゃんと幽世に捨ててきたから、もう安心よ」
我々の帰還を喜ぶオリンピックに、明連が穏やかな表情で声をかけた。大蛇が身体から離れて心も落ち着いたようだ。彼女はふと私に視線を送ると、無言で会釈をしてきた。どういう意味だろう? なんとなく、二人で話がしたいのではないかと感じた。私の腹に剣を突き刺したのだから、明連の性格からいって何もなかったことには出来ないだろう。
「では妾は京都を守らねばならぬのでもう帰るぞ。また会おう」
稲荷は飄々とした態度ですぐに帰っていった。これからも幾度となく顔を合わせることになるのだろうな、恩も返さないといけないし。
「あとは明蓮さんがクラスメイトと仲直りすれば全て解決だね! 早く戻りましょ」
そういえばまだその問題が残っていたな。腹を割って話し合えば大丈夫だろうが、心配ではある。
「大丈夫、みんな悪い人じゃないもの。河伯達が一緒に過ごしてくれたおかげで、マレビトは全員が怖いわけじゃないって分かってるからね」
明蓮が、私に笑顔を向けた。
「……ああ、帰ろう」
胸の奥に熱いものがこみ上げるのを感じつつ、私は帰還を促すのだった。
「よかったわね! 私はしばらく我慢しておくわ、長生きだから」
玉藻がそう言って私の肩を叩いた。何を我慢するのかは、言われなくても分かる。分かるようになってしまった。
「ふひひ、我慢しなくてもいいのよ? 面白そうだし」
「あんたは大人しくゲームしてなさい。私が暇だから」
「あっしの旅行も忘れんといてください!」
まったく、どこまでも騒々しい連中だ。
きっとこれからも、こうやって騒々しくも楽しい日々が続いていくのだろう。
明蓮が開いた扉を見ながら、私はあの時自分の寝床から出て本当に良かったと思うのだった。
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