幽世の門番〜人と稀人が心を通わせる上で発生する諸問題について〜

寿甘(すあま)

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出発

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 明蓮はクラスメイトに秘密を明かし、受け入れられた。生徒会の仲間にはまだ秘密にしているようだが、わざわざ教える必要もないだろう。

 そして私は明連の笑顔を見ることができた。最近は彼女もよく笑うようになっているので、もう心配はいらない。どうやらマレビトの間でここ数カ月の出来事が噂になっているようで、彼女に旅行の依頼をするマレビトは既に知り合いになった者しかいない。主に天照と関わり合いになりたくないマレビトが多いようだ。

 すぐにゲームに誘ってくるからな。私もしつこく誘われて高天原に接続する時間も増えてきた。どうせ他にやることもないから構わないのだが。

「お兄ちゃん! 今日はアリスとゲーセン行こ!」

 アリスは相変わらず私の寝床に住み着いて日々を自由に過ごしている。私と同じように暇を持て余しているのかと思っていたが、意外と忙しく世界中を飛び回っているようだ。彼女が対象となる伝承が至る所にあるため、それらに遊び半分で近づいてくるオリンピックのような人間を相手にしているらしい。

 中には襲い掛かってくる身の程知らずも少なくないため、返り討ちにするたびに恐ろしいマレビトだという噂が広まっていく。危険度が高いという噂の真相は、彼女があまりに無防備な姿を見せるために良からぬことを考える人間を大量に生み出してしまうことが原因なのだと分かってきた。

 それが良いこととは言えないが、幼い少女に暴力を振るおうとするような人間に情けをかける必要性は無いと感じる。悪意を向けてくる相手と仲良くする意味はない。それは相手が人間だろうとマレビトだろうと同じことだ。

「じゃあ私は五輪ちゃんと遊んでこようかしら」

 玉藻は自分の巣に戻ったが、毎日のように遊びに来る。前と比べて私にすり寄ってくることは減ったが、前よりもストレートに私への好意を口にするようになった。玉藻が私を好いていることは前提、といった態度である。アリスによると私と明蓮が一定の距離を保つことにしたために心の余裕が生まれたとか。今は仲の良い人間と共に過ごすことで幸せを感じているようだ。

 酒吞童子は無事帰ってこれたようだ。あの時にスピカで出会った能力者が他の四天王と共に迎えに行ったらしい。茨木童子はまだスピカにいるようで、今度は星熊童子と一緒にアイドル活動をしているそうだ。まあ勝手にやっててくれ。

 稲荷と両面宿儺はマレビトと人間の衝突を回避しようと様々な活動をしているらしい。最近は西の地方で人間を襲うマレビトと対話しようとしているが、なかなか上手くいかないようだ。物事はそうそう簡単に動かないものだ。あまり焦らず地道に進めていこうと声をかけておいた。稲荷はまた私に力を借りることがあるかもしれないと言っていた。

 皆が新しい一歩を踏み出している中、私はというと望みが叶ってしまったために目的を見失い、日々を無為に過ごしている。今もゲームセンターでアリスと格闘ゲームをしている。相変わらずアリスには手も足もでないが、彼女が楽しそうなので満足だ。

「いやー、今日も遊んだねっ!」

「そうだな、こうして平和に過ごせるのはいいことだ」

 無為に過ごしていても、八岐大蛇のような邪悪なマレビトに友人が襲われるよりはずっといい。もともと何千年も河の底で眠っていたのだ。しばらくは明連やオリンピックの安全を守りながらのんびりと過ごそうと思う。

 などと考えていると、オリンピックと玉藻がやってきた。何やら私に用があるらしく、小走りに近寄ってくる。

「河伯君、カセドリが出たんだって!」

 オリンピックが興奮気味に話しかけてきた。カセドリというと彼女がずっと会いたいと言っていたマレビトだ。人間に友好的なので会っても危険はないだろうが、活動している地域が問題だ。

 カセドリは九州の佐賀県に住むという。現在の九州は危険なマレビトが多く、人間がよく襲われる。それでも住民が移住しないのは、人間は住み慣れた土地を離れることを極端に嫌うからだ。特に九州地方の人間はよく言えば郷土愛が強く、悪く言えば適応力が低いために故郷を離れたがらない。恐ろしいマレビトに襲われる恐怖よりも、知らない土地に移住することを恐れる気持ちの方が強いのだ。

 それは、彼等自身が余所者を受け入れない性質の裏返しでもある。

「カセドリが人の前に姿を現したのか。それはめでたいな」

 見島みしま加勢鳥かせどり。それがオリンピックの憧れるカセドリというマレビトの正式名称だ。見島の熊野神社に住む雌雄つがいの鶏で、その顔を見た者は幸せになれるという。だがそれ以上に重要な性質があり、カセドリは住民の家から悪霊を払う力を持つ。マレビトの中でも、悪霊を退治するような者は数少ない。相当に人間と仲が良く、戦う力も強いだろう。まさに正義のヒーローのような存在と言える。

「それなんだけど、何やら困っているらしくてね。幽世の扉を開ける人間を連れてきて欲しいと地元の住民に伝えているのよ」

「ほう、どこか行きたい星があるのかもしれないな。だがそのやり方では誰も協力しないだろう」

 能力者は一般人から恐れられ、理不尽に迫害される。明蓮のように周囲の人間から受け入れられるような者はほとんどいない。だから他人に能力者であることを伝えることは出来ないのだ。住民に幸せをもたらすカセドリが望んでいるからといって、名乗り出る能力者などいるわけがない。

「そうなの! だから……」

「ちょっと待った」

 オリンピックが何を求めているのかは言わなくても分かる。そんなことを私に言ってくる理由も明らかだ。だがそれは、あまりにも身勝手な願いである。単なる彼女の趣味のために友人である明蓮を利用しようというのだから。

「扉を開く力を持つ者は、昔から迫害されてきている。オリンピックやクラスメイトが明蓮を受け入れていても、他の地域の住民が同じように接するわけではない。その上あの地域の人間は能力者でなくても余所者を快く思わない。更にあの辺りは人間に危害を加えるマレビトも多く住んでいる」

 私の言葉を聞いて、次第に暗い表情になっていくオリンピックである。彼女も決して友人を軽んじるような人間ではない。ただ、現実は彼女の想像よりも遥かに非情なのだ。幸せな人生を送ってきている彼女には、危機感が足りない。それは彼女が悪いのではなく、あまりに遠い世界のことで実感が湧かないのだ。

「でも……困ってるなら助けてあげたいよ。何かいい方法はないかなぁ?」

「河伯……」

 オリンピックは私に解決策を求め、玉藻は私を気遣うような視線を向けている。玉藻も、私に期待しているのだろう。彼女が私に抱く信頼感の根底には、私が彼女や他のマレビトを助けてきたという事実がある。

 もちろん、私だけでどうにかできることなら協力することに躊躇いはない。だが、求められているのは明蓮だ。私はため息を一つついた。

 力を持つ者は常に期待されるのだ。彼女達が私に解決策を求めるように、明蓮も多くのマレビトからその力で望みを叶えることを求められている。それならば、私も力を持つ者に求めるとしよう。

「まずカセドリだけと話をしたい。アリス、頼めるか?」

「任せて、お兄ちゃん!」

 隣で話を聞いていたアリスに協力を求めた。彼女の神通力なら、遠く離れた場所にいるマレビトとも対話が可能だ。カセドリと話して、誰もいない場所で落ち合うことにすれば、明蓮にとってはいつもやっている仕事と変わりないだろう。久しぶりに新しい客が増えるというだけの話だ。

「ありがとう!」

 オリンピックが感謝の言葉を述べるが、まだ解決したわけではない。カセドリがなぜ困っているのか、その理由によっては期待に沿えない可能性もある。

「……うーん、誰かが妨害してるみたい。カセドリに念波が届かないよ」

「妨害? 人間が神気抑制器ジャマーを使っているのか?」

 少し予想と違う事態が発生したが、これも理由は想像できる。

「どういうこと?」

 不思議そうに聞いてくる玉藻に、私は肩をすくめて答えた。

「あの辺には人間に危害を加えるマレビトが多いだろう。だからその力を抑えるために地域単位で妨害を行っているのかもしれない」

「それじゃあ、カセドリを助けられないの?」

 オリンピックが悲しそうな顔をする。困ったものだ。こうなったら――

「こっちから出向いていけばいいじゃない。みんなで行きましょ」

 急に足元から声が聞こえた。いつの間にやってきたのか、天照が後ろ足で耳の後ろをかきながらこんなことを言っている。私も同じことを言おうとしたのでちょうどいいが、相変わらず最高神としての威厳が感じられない。

「私は構わないよ」

 そして、もう一人。今回の一番の当事者である明蓮が会話に加わってきた。天照が事情を話して連れてきたのだろう。恐らく、オリンピックが私に話しかけてくるより前に明連と接触している。全てを見通した上で、私を決心させる口実を作るために動いたのだ。この犬はいつだって有能だった。

「狼!」

 抗議の声が足元から上がるが、無視して明蓮に向き直る。

「今度は出雲より遠くに行くが、学校は大丈夫か?」

 彼女やオリンピックの身の安全は私が守る。強力な仲間もいる。何も心配はいらない。明連の能力については一般人の前で名乗り出なければ問題はないだろう。最悪、私が人々の記憶をいじればいいのだ。

 オリンピックには思慮の足りなさを自覚してもらうために説教じみたことを言ったが、この仲間達が集まれば彼女の望みを叶えることは造作もない。まさしく、一番の懸念事項は学業への影響である。

「勉強は教えてくれるでしょ?」

 そう言って、明蓮は私にウインクをしてみせた。まさか明連がこんな愛嬌のある仕草をするなんて、ほんの数カ月前には想像もできなかった。

「ああ、明連がそれでいいならいくらでも付き合おう」

「やったー! じゃあみんなでロマンシングだね」

 何がロマンシングなのか分からないが、オリンピックはずっと佐賀に行きたいと言っていた。この機会に彼女の願いも叶えてしまうことにしよう。

「よーし、みんなでまた冒険の旅にしゅっぱーつ!」

 天照にまたがったアリスが楽しそうに右手を伸ばすと、全員の顔に笑顔が浮かぶ。

 そうか、ここにきてやっと大切なことに気付いた。私が明連の笑顔を見たいと願ったのは……私が人間の姿になって学校にもぐりこんだのは。こうやって共に笑いながら旅をする仲間が欲しかったからだったのだ。

 ずっと水底で眠っていた私は、寂しかったのだ。

 今なら大蛇の気持ちが理解できるような気がした。

 カセドリとは仲良くできるだろうか。オリンピックは全てのマレビトと仲良くしたいと言っていた。これからもきっと、私は仲間と共に多くの旅をするのだろう。

「ああ、出発だ!」

 私はアリスに倣って号令をかけ、新たな出会いに向けて大きな一歩を踏み出したのだった。
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