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前編

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 ほぐされる事もなくいきなり突っ込まれて、違和感よりも内臓をえぐるような痛みしかない。

「い゛!い゛だ……い゛だい。いだだだだだだ」
 麺棒でゴツゴツと容赦なくへその奥を力強く突き上げられるような身体の内側を襲う衝撃に、情けなくも声が上がる。

 黙々と愛のない手付きで作業的に淡々とこなされる。
 相手は何か言ってるのかもしれないが、使われた薬で意識が朦朧として判別できない。
 しかしながらそれほど強くない薬らしく痛みや苦痛を感じる。
 確かに「ちょっとぼーっとするくらいの薬」とは言っていたが、こんな事ならガツンと強い薬を使ってほしかった。

 S状結腸なんてブチ抜くもんじゃねぇから。
 まぁ医療行為なんだからほぐされるワケねーよなと現実逃避した。

 ※

 三週間前のハナシですわ。

 はい、変更来ましたー

「クッソ! 今さら言うか!?」
 客先からの仕様変更に荒ぶる後輩。先にブチ切れてもらうとこっちが冷静になれる。

「まぁこっちが提案すべきだったトコでもあるしなー、仕方ない部分もあるんだよなー」
「それだって無茶な短納期吹っかけて来なけりゃ、こっちだっていくらでも提案できたじゃないですか」
 後輩はひとしきり文句を言った後「ふー」と大きく息をついた。

「じゃ、やりますか」
 切り替えが早いのはこの後輩の長所の一つだ。

「夕飯先に買って来ます。唐揚げ弁当でいいスか?」
「おお。じゃお前の分も残業申請出して先にやってるわ」
 さていつになったら帰れるもんかね。

「━━俺サラダいらねぇよ?」
「ダメですよ、若くないんだから野菜もちゃんと摂らないと。まぁ気休めですけど」
 唐揚げ弁当にも小さなポテトサラダのカップとキャベツやレタスが申し訳程度に入っているからそれで充分なんだが、とテーブルに並べられた唐揚げ弁当と、透明のケースに入ったサラダを見て顔をしかめたらオカンと化した後輩に怒られた。
 千円一枚預けて、サラダをつければ釣りなんてジュース1本程度にしかならないはずなのにえらく多く返される。

「サラダはおごりです」
 そう言われてしまうと残さず食べるしかない。苦手なプチトマトだけは食べてもらって、サラダ代とついでに釣りもまとめて「お駄賃な」と返す。自分の食べるもんくらい払うっつーの。
 この案件が片付いたらちょっといいモンでも食いに行くか。

 家にいるより会社にいる時間の方が断然長い。そりゃもう圧倒的に。
 そんな生活を半月以上続けた後、やめときゃいいのにそのまま飲み屋街になだれ込むように足を向けた。日を改めりゃ良かったのに週末かつ普段より断然早い時間に退社できるとあってテンションが上がりまくってた。

 日々残業しながら後輩と「終わったら何を食べたいか」を延々語り合い、「いいものを食べに行く」と言っていたのに結局食べたいのは焼き鳥で、店に入って一番に頼むオーダー内容と本数まで二人で妄想し尽してたんだから仕方がない。
 時間のかかる皮を6本と、「鉄分大事じゃないですか」と譲らない後輩により肝。そして定番の串を一通り頼む。
 激務明けなんで夕食のつもりが、仕事も気遣いも出来る今時貴重な常識人たるコイツとだらだら飲むのはラクで結局深酒になった。

 三十半ばにもなって独り身で仕事しかしてないような現状はいかがなもんかとも思うが、新しい出会いを求める気概もない。

「基本めんどくさがりですもんね」
 柔らかく穏やかに笑う後輩に、「あー俺、理解されてるなぁ、甘やかされてるなぁ」とニヤニヤしてしまう。
 いかん、完全に酔っ払いだわ。

 ぐだぐだ愚痴り始めた面倒な先輩にもこの対応。いい男だよな。しかも内面だけでなく顔も体格も見映えするという。
「お前今年30だったよな。今のうちにちょっと頑張っといた方がいいかもよ。俺みたいになるぞ。お前その気になりゃすぐだろ」
 なんせそのルックスだ。

「主任やってる人が何言ってんですか。それにその気になってもなかなかうまく行かないのが世の常ってもんでしょ」
 ずいぶんとネガティブで、めずらしい事に少しの笑顔もないため息に引っ掛かりを覚える。

「お前なら大丈夫だって。俺の中では一番のいい男だと思ってるぞ」
「じゃあ先輩がつき合ってくださいよ」

 頭のどこかで一瞬だけ「ん?」とは思ったが。

「お?マジで? マジで俺こんないい男もらっていいの? じゃあお前彼氏な」
 連日連夜、睡眠時間を削って機能を果たさなくなった脳はいつものように軽く答えて、その日はうちに帰るより近い後輩のうちに泊まった。

 ※

 22で入社した後輩を指導したのが俺だからもう8年近くになるのか。
 後輩宅に着くなり順にシャワーを浴びて同じベッドに入った。

「ベッドこれしかないんですけど」と言われても「まあなんとかなるだろ」となんでかベッドに入った。
 男の1DKの部屋にソファがなかったせいもあるが、床で寝るという選択肢もなく、シングルベッドに成人男子二人。

 当然せまい。

 はじめは腕と腕が当たってるだけだった。
 そこから遠慮がちに身体をまさぐられて「あははー、やめろよー」なんてなんてご機嫌で笑ってたらなんかのスイッチを押したらしいんだよなぁ。

 口でしてもらっちゃったりして、離せと言うのにそのまま離さないもんだから口に出しちまったじゃねぇか。
 ものすごいスッキリさせていただいて、でも一方的にしてもらうだけなのは気が引けて後輩の後輩を手でこねくり回した記憶もばっちりある。
 後輩の後輩というとなんだかとても可愛い感じがするが、サイズとかそのご様相はとても後輩なんて可愛い代物じゃなかった。

「お前ギンギンだな」と揶揄えば「当たり前でしょ」と熱のこもった荒い息で返された。
 自分の下半身にも同じものがついてるのに、これまで人のモノをこうも弄る機会などなく、つい小学生かというレベルで夢中になってその変化を楽しんでいたら噛みつくように口付けられた。

 大きくて分厚い舌で口内を蹂躙されて、「この口でしてもらったのか」と思ったらなんでか俺もまた勃った。
 つーか俺そういやコイツの口で出したんだった。
 あー

 それにしてもこんな短時間で2回かー
 俺もまだまだ捨てたもんじゃねぇなぁ。

 ただ抜くと眠くなるもんで。
 お互い激務続きだった事もあり二人仲良く落ちるように入眠し、爆睡した。

 翌朝、「おはようございます」と甘く口付けられる。これが頬や額だったらまだ冗談で済んだのだろうけども。
 合わせた唇と、伸び掛けた髭がお互いの肌に食い立つように刺さる感触に、あー、冗談じゃなかったか、やっちまったなと思った。

 疲れと酒って怖ぇなぁ。

 ※

 下血げけつした。

 下血ってのは下からの出血だ。

「お通じの際に毎回出るんだよなぁ」
 飲んだ翌週、木曜日。
 昼食後のまったりタイムにぽつりとつぶやけば隣で休憩していた後輩は「はぁ!!??」と珍しくすっとんきょーな声を上げた。

「え、え? あの日やってないですよね? 自分で何かしたんですか」とか挙動不審になった後輩の後頭部を咄嗟にしばく。

 会社で何言ってやがる、アホか。

「まぁネットで見たら鮮血だからイボ痔だと思うんだけど」
 この所ジムにも行けず、ずっと座りっぱなしだったもんなぁ。
 ついに痔主さまの仲間入りかぁ。これから一生とか思うとキツイなぁ。
 若いうちから痔主さまになった人はえらいなぁ。
 ドーナツクッション買った方がいいのかなぁ。

「このままおさまらないようなら土曜、病院行くわ」
「ちょ、大丈夫なんすか、ソレ」
 後輩は随分と顔色を悪くして心配してくれるが。

「俺、20代前半の時もちょっと血が出て『切れ痔か!?』って受診した事あるんだよ。あの時は内診と広げられて直接見られたから、まぁまたそんなカンジで済むんじゃねーかな」

 そう思った俺が浅はかでした。
※※※※※※※※※※

医学的には「S状」結腸らしいです。
確かに担当医師もそうおっしゃってた気がします。
「S字」結腸と言っちゃうと腐バレする可能性があるそうで……オワタ。病院で言うてもうた。
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