腐女子のゼンリツセン

志野まつこ

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今後の方向性について語りましょう

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「アンタなんでそんなにクソ面白れぇのに作品はクソなんだ」
 全裸のまま腕枕をされてバックハグ、そんな理想の事後のトークに甘さは皆無だった。ビジネスライクどころか完全にビジネスだ。
「担当さんがそんなにこき下ろしていいんですか、一回セッ……シたくらいでこんな腕枕とか、彼氏気取ですかっ」
 本当は嬉しいのに文乃は憎まれ口を叩いてしまう。そして背後で上半身を起こす折塚の気配にひどく後悔した。のろのろと仰向けに転がればじっと見下ろされている。
「アンタは恋人にできない男と寝るようなタイプじゃねぇし、俺がそんな女と弾みで寝るような男だと思ってんのか」
 呆れたようでいてどこか怒ったような怖い眼差しで睨まれた文乃はしばらく折塚の言葉を脳内で反芻する。
「……?」
 反芻したがいまひとつ理解できなかった。自分に都合がいいことを言っているような気がするが、まさかそんなはずはないと思った。

「……編集者ならもっと分かりやすく、要点を的確に言ってくださいよ」
「クリエイターならイマジネーション膨らませろ」
 あっさり切り捨てるように返しておきながら折塚は否、と珍しく考え込むように眉を顰める。
「って、それが出来たら売れてるわな。他で済ませようとか馬鹿なことを言うから勢いで体からになったのは悪かった。お前が俺の好みに該当したから抱いた。他の男にくれてやる気にはなれなかった。今後もまじめに付き合いたいと思うから考えてくれ。これでいいか?」
「なんじゃそりゃ! ひどい! ひどすぎる! BLの編集やってるならもっとすっごいのがあるでしょ! 登場人物の心情の箇条書きみたいじゃないですか!」
「現実じゃこんなもんだ」
「ていうか、折塚さんの好みって」
 不満を垂れつつ文乃は食いついた。つい甘い期待をしてしまったのだ。
「面白い女」
「ひどい! 想像の三倍ひどい!」
 文乃は唖然としてから即時嘆いた。
 ちょっと期待した私が馬鹿過ぎた、そう騒ぐことで文乃はショックを隠そうとしたが━━

「ふざけんなよ、人の誠意を何だと思ってんだ。長く付き合うなら面白い方が断然いいじゃねぇか。面白い女一択だわ。ハマったお笑い芸人を嫌いになる事ってそうねぇだろ? 好きな芸人ってずっと変わらなくねぇか? 顔体かおからだよりマシだろうが」
 想像の三倍まじめで真摯だったかもしれない。文乃はたじろぐ。説得力しかない。
 確かに好きだったお笑い芸人を嫌いになった事は文乃はこれまでなかった。なんなら十年くらいずっと好きなままの芸人もいる。
「いや、でも他にもうちょっと……これじゃ『なんでこの受けを好きになったか分からない』ってレビューが星3つになるやつじゃないですか」
 文乃が実際が評価された作品と同じだと訴える。食い下がる文乃に「めんどくせぇな」と思う男もいるだろうが折塚はそういった性格ではなかった。
「面白さと最低限のモラルがありゃいいんだよ。あと人としての気遣いだな。大抵の事は俺自分でするし、見てくれなんざ年とりゃみんな似たようなもんだろ」
 文乃は思う。人生何周目だ。

「お前の作品読んだら『ああコイツ大事に育てられてんな』とかまぁいろいろ分かるし」
 文乃の子育てBL作品から人間性を把握したという折塚に文乃は視線を泳がせた。内面の評価もそれなりにあった事にじわじわ温かいものがこみ上げる。
「不満があるなら恋人同士のセックスってことで仕切りなおすか。さっきと全然違うと思うぞ」
 悪い笑みを浮かべて覆いかぶさって来る折塚に文乃はひえっと息を飲んだ。正直気になるし興味はある。しかしいちゃいちゃキスをしていて~といった自然の流れでの二回戦なら受け入れやすいが、こうしたあからさまな始め方に経験が浅い文乃はどう対応すればいいか分からない。
「締め切り!」
 草案ともいえるネーム段階でダメ出しを食らっているのだ。時間がないと仕事に逃げようとするが━━
「余裕みてあるし、もう書けるだろ」
 したり顔で笑って恋人同士のセックスとやらを続行しようとする編集者としてごく有能な折塚に文乃は叫ぶ。
「ネタ! ネタ浮かびました! 忘れないうちに!」
 文乃の訴えに作家にとってインスピレーションの記録がいかに大切か理解している仕事人間の折塚は舌打つ。
「死ぬ気で書け」
「はいぃぃ」
 恋人に言う言葉じゃない!
 そうは思うものの文乃は条件反射でいい返事を返した。

 そのネタで書き上げられた読み切り作品は好評を博し、早々に続編が決まった。

 いつもどおり少女漫画みたいなのにエロがどエロで驚きました。
 受けがエロエロで良かったです。
 描写が濃厚。続編読みたいです。
 これまでは「あんあん、イクー」だったのに「ヒんっイっぐぅぅぅ」系になってて驚きました。一皮むけた?
 過去最高数のレビューを前に読者のニーズを読み取り次回作の構想を練る。いい評価順にして悪い評価は俺がいいと言うまで見るなという折塚の言いつけを守る事も忘れない。

 文乃は実体験を踏まえ、自分が気持ち良かった事を織り交ぜるようになった。驚くほど好評だが折塚にすべてが筒抜けで居た堪れないにもほどがある。
 折塚は担当としてとても心強く、売れるようになった事もあり出版社からは担当者を正式に折塚に変更してもいいとは言われたが━━もう大丈夫だ。文乃は折塚なくとも作品を作る自信がついた。その反面、作品のためにと日に日に濃厚になる折塚の性交についていく自信がない。嫌ではない。嫌ではないがとにかく居た堪れないのだ。
 文乃は産休に入っていた元の担当者が復帰するのを心待ちにする日々である。

「折塚さん、『初めてほぐす』ってのをやってみたいのですがいいですか?」
 続編の打合せ早々、『後ろをいじらせてください』などと狂った事を言いながら期待に瞳を輝かせて迫り来る文乃に折塚は内心遠い目をした。
 何がいいんだ。いいワケないだろうが。
「先生の作品、受け目線ばっかりですよね? 『初めてほぐされる』の方がいいんじゃないですか? 俺そっちの嗜好は正直まったく無いのですが先生がやりたいとおっしゃるなら頑張ります」
 仕事とプライベートは分ける、と敬語に戻った折塚のギャップにヤられつつある文乃だが言っている内容が危険すぎて勢いを失った。
「……いいです」
 いっつもアンアンヒーヒー言わされるんだ、たまにはアンアン言わせたい。そんな動機で画策し提案した文乃だが即撤回した。危うくバックバージン喪失の憂き目にあう所だった。
 さすがにそれはない。そう震える文乃に対し、折塚は。
 コイツ、いつか決断しそうだな。
 そう不安を覚えずにはいられない。物語を創造する職業には「どんな経験でも糧にしてやらぁ」気質の人種が多いのだ。
 前立腺を探し当てろなどという無理難題を吹っ掛けられた時はどうすべきかと思案を巡らせる。折塚にとってBLはファンタジー他ならないし、女優のアナルセックスのAVにも全く興味はない、が。
 相変わらず「お前は『受け』か!」と突っ込みたくなるBL感満載の喘ぎ声を発する文乃だが慣れてしまえばセックスの最中、どこがどういいのか驚くほど素直に伝えて来るのは男としては盛り上がり大変やりがいがあるわけで。
 仕方ないふりしてちょっと恥ずかしがらせる、だけだったらアリだな。と折塚はそう思った。

 ■END■
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みんなの感想(1件)

おきえ
2022.11.10 おきえ

バーでナポリタン食べながら読みましたよ!
いいですよね筋肉質なケツ!(推)
今回もどの作品も楽しみにしてます。ちゃんと完結してくれる信頼してるので待ってますよ!

志野まつこ
2022.11.13 志野まつこ

ご感想ありがとうございます!
バーで! ナポリタン食べながら!
おシャンティなひと時のお供にしていただき……申し訳ない気分でいっぱいです……

「どこで読んだか教えていただけると嬉しい」とおねだりしたものの、「これって『私はBLもNLも活字も漫画もイケるぜ!』という宣言なんじゃ……」と気付きました。
暴露させてすみません! でも教えていただけて嬉しいです!

また完結に関する温かいお言葉、身に沁み励みになります。
この度はありがとうございました。頑張ります。

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