海の国再興譚~腹黒国王は性悪女を娶りたい~

志野まつこ

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第二章 わだつみの娘と海の国の婚約者

12、そうだ、チーズ買いに行こう  その2

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 日が傾き始めた頃、丘陵地帯に入った。見渡す限り人の姿のない田舎道だ。
 手綱を握るジェイドがふと右手側の山肌をじっと見据える。
 その奥には林が広がっていた。
 ジェイドは黙って馬車の速度を上げ、そんな彼の様子に隣に座ったグレイは右手を後ろに回した。

 張り詰めた空気を醸し出す無言の男二人の間から、カリナがひょっこりと頭を出す。
 何事かと少し慌てた様子でグレイが振り向けば、少女の顔もまたとても真剣だった。
 男達の注目に気付く様子もないほど集中した面持ちで彼女もジェイドと同様にゆるい斜面になった山肌を見渡し、耳を澄ませてから背後のシーアに向かって囁く。

「林の向こうを馬の集団が並走しています」
 
 グレイの手にはすでに弓があった。
 次の瞬間、木々が減って開けた斜面を馬の集団が一気に駆け下り、馬上の男から放たれた矢は御者台に食い立つ。
 始めの一矢は威嚇だと見て取れた。
 
 十人足らずか。一瞬にして、荷馬車の前後左右を山賊に囲まれた状態でグレイは内心笑い出したくなった。
 まさかこうも簡単に山賊に出会えることになるとは。
 
「代われ、海賊!」
 幌の中のシーアに手綱を交代するよう叫び、頭上めがけて鏑矢かぶらやを放つ。
「私が!」
 シーアがすぐさま反応するだろうと踏んでいたグレイは、名乗りを上げるように率先して御者台に這うように出て来たカリナにぎょっとした。
 とめる間もなく、ジェイドはカリナが御者台に座る手助けをしながら躊躇なく手綱を渡してしまう。
 素早く幌に入るジェイドと入れ替わりにシーアがカリナの隣に立った。 

 何やってんだこの馬鹿ども!
 内心暴言を吐きながら、二本目をやや前方に向けて放つ。
 続けて最後にもう一矢、三本目を前方めがけて放ち、剣に持ち替えた。

 すごい━━カリナは鏑の轟音に目を見張る。
 合図に用いられる鏑矢は矢の先に細工があり、射ると鋭いうなりを発する。
 こんなに強い音を発するように射る事が出来る人間を、少女は初めて見た。
 しかし驚いている暇はない。
 山賊の話は聞いていたし、鉢合わせした場合の対応もシーアから予め指示されていた。

 自分は、彼等の指示があるまで馬車を走らせる。
 それだけでいい。
 たとえ人相が悪く、屈強な男が混じる連中から「止まれ」と脅されても、ひたすら馬車を走らせるだけだ。

『女は無傷で捕えようとするだろうから比較的安全だよ』
 シーアが言った通りだった。
 ましてカリナは田舎娘の姿はしていてもとびきりの美少女である。
 田舎育ちの彼女は馬車の扱いは手慣れていたが、四人が乗っている荷馬車では速度が出るはずもない。
 止まって取り囲まれるのが一番まずいと聞いていた。

 恐怖はあったが、自分の左ではグレイが剣を振るっている。
 右側ではシーアが短剣ダガーを構えていた。
 幌の最後部の開口部はジェイドが守っている中で、今いる場所が一番安全だと聞かされている。
 だから、自分は馬車を走らせるだけでいい。
 行く手を阻むように2頭の人馬が馬車の前に入られ、咄嗟に手綱を引きそうになる自分を叱咤しながらそれでもカリナは馬を走らせる事に集中する。

「まずは肩を狙う! 首を刺されたくなかったら下がりな!」
 馬車の騒音の中、それでも声量のあるシーアの怒号はよく響いた。
 彼女は御者台の高くなった部分を左足で力いっぱい踏みつけ、腰を幌の骨に押し付けるように体を固定すると右肩から先を肩の高さで後ろに引くと素早く手を振るう。
 彼女の放った短剣は予告通り肩に食い立った。
 その姿に男達は咄嗟に速度を緩め、馬首を巡らせて道を開けざるを得なかった。

 激しい振動の中、足と腰の二点を固定しただけで上半身の揺れを制御し、短剣を放つ。
 狙った場所に的確に当てる国王の婚約者。
 グレイは呆れ果てた。
 こいつ、どんだけ鍛えてんだ。

 ひたすら前を見据えるカリナの耳が新たな馬蹄の響きを拾い山賊の増援かと青ざめた直後、そこに現れたのは国境警備の制服を着た騎馬隊であった。
「遅い!!」
 グレイの怒号が谷に響き渡った。

 後は地元の騎馬隊の仕事だと判断したグレイは剣を収め、シーアも短剣をいずこかへと仕舞うとカリナの横に腰を下ろした。
「もう大丈夫。止めるよ」
 そう言いながら左腕を後ろから回し、抱きしめるような体勢で少女の手の上から手綱を握ると馬を止めた。
 それから、安心させるように左手でぽんぽんと金色の頭に手を乗せた。
「よくやった。ああ━━手袋しとけばよかったね」
 シーアは恐怖と緊張で強張り、固く握られたままの手をそっと外してやりながら掌の皮が剥げているのに気付いて実にすまなさそうに言った。
 緊張が少しずつ解けるとともにカリナの手が震えた。同時に傷ついた自分の手を見て目を細めた。
 昔はこれくらいなんてことなかったのに、随分とか弱くなってしまったものだ。ぼんやりとそう考えたカリナは無性に情けなくなった。
 
「相変わらずお頭の矢はよく鳴る」
「だったらもっと早く来い!」
 怒鳴るグレイを、山賊を全員縛り上げた騎馬隊の面々はにやにやと嬉しそうに眺める。
 鏑矢の合図で場所と進行方向を示された彼等は、かつて山賊からの護衛をしていただけあって仕事は早かった。

「お前らが使えねぇから俺が来る羽目になったじゃねぇか」
「いやぁ、俺らの前にはなかなか現れてくれなかったんすよ」
 グレイは騎馬隊の制服に身を包んだ昔の仕事仲間に当たったが、彼等も慣れたものでどこ吹く風で応じる。
 言っても効果がないのを把握しているグレイはそちらへの文句を早々に切り上げ、本命を振り返った。
「こッの馬鹿ども! お前ら始めからお嬢さん使う気だったな!?」
 シーアとジェイドに矛先を変えて怒鳴った。

「いやわたし馬車あんまり上手くないし、ごつい山賊相手に殴り合いも自信無いからさー。後ろから乗り込まれたらカリナを守り切る自信無かったんだよ」
「わたし、馬車なら慣れてますっ」
「俺はどこでも……まぁ後ろを守るのが順当かと……」
 悪びれないシーアと、頑張って主張するカリナと、小さく続くジェイドにグレイは怒りのあまり口を噤んだ。
 三人は始めからそのつもりだったのだ。
 そして認めるのは本当に癪ではあったが、それは理にかなった役割分担である。
 このように思い切った事を画策するのは、海姫と呼ばれるこの女の経験と自信があってこそなのだろうが。

「仲間外れにしたのは悪いと思うけど、言ったら絶対反対しただろ?」
 珍しく困ったような顔で言うシーアのその様子がグレイを一層苛立たせた。
 男だったら確実に殴ってる。
 グレイは恐ろしい形相でシーアを睨みながら、場を取りなそうと懸命に気を遣っておろおろしているカリナの手に布を巻いてやったのだった。

 ◆◇◆

「久し振りなんだろ? みんなと飲んできたらいいのに」
 夜になっても憮然とした表情を崩さないグレイに、シーアはその表情をまるで気にしていない様子で軽く言った。
 あんな事の後でなければ、「気の利いた、いい女じゃないか」と彼女の評価を上げてもいいところだが、いかんせん今態度を崩すのは彼の矜持が許さなかった。

「仕事で来てるんだよ」
 苛ただしげに言って今夜の宿泊先までしっかり同行したグレイだったが、古城の玄関ホールまで出迎えに出た女主人と侍女に、そこで少しだけ表情を和らげた。

「お久し振り、グレイ。よく来てくれたわね」
 そう言って笑顔で出迎えたのは、すらりとした体躯を質素なワンピースに身を包んだ薄化粧の女性。
 この古城の主人であり、国王レオニーク・バルトンの実母であった。

「こちらが黒真珠さん?」
 彼女が続けて発したそれは「一行の中に他に該当者はいないが、一応念のため」━━そんな、少し遠慮を感じられる口振りだった。
「あ、はい。黒真珠でっす」
 そんな国母からの問いかけに、シーアは恐ろしく軽くそう答えたのだった。


「おばさんも元気そうで安心したよ」
 小柄で少しふくよかな侍女と並んで歩きながら言うグレイは実に親し気であった。
 仕事中の護衛隊員二名は遠慮したがったが、夕食は全員で取ることになり、グレイは食堂に通されながら中年の侍女と気安い様子で会話していた。
 国母たるレオンの母親とこの侍女の二人が暮らすこの古城を、今はグレイの昔の仕事仲間と王城から派遣された者が警備を担当している。
 
 夕食はそんな二人の女性の手作りで、食事のみならず他の家事も全て二人で行っていた。
 国王の実母ということでカリナは相当緊張していたが、そんな話を聞いて少しだけ安心したようだった。
 通された食堂は広く、家具は高級な物が並んでいたが、食事はナイフとフォークを交換する事もなく最後まで終わらせるという一般家庭と同じ様式で、それは貴族出身者がいない一行に気を遣ったという事もなく、普段から二人はそうした質素な暮らしを送っていた。

「あ」
 侍女に運ばれた料理を見てシーアが声を上げる。
「お嫌いなものでもありましたか?」
 気遣わし気に尋ねる侍女にシーアは慌てた様子で首を振り、彼女を見上げると晴れやかに笑う。
 その笑顔はまるで子供のようだった。
「昔レオンに作ってもらった料理だ」
 驚くほど無邪気な彼女の笑顔に、空色の瞳を細めた侍女もまた嬉しそうにほほ笑んだ。
 レオンの母親と同年代に見えるこの侍女も、レオンがここで過ごした頃から国母に仕えているのだとグレイから聞かされており、彼女達の料理は北方出身のグレイやカリナ、ジェイドのみならず、シーアにとっても懐かしい味であった。
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