近衛隊長のご馳走は宰相閣下

東院さち

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「葬送の調べが聞こえてきたな」

 窓を開け放しているとはいえ、神殿の音楽がここまで聞こえてくるわけがない。そして、それが例え聞こえたとしても葬送ではないはずだ。
 窓の外に目を向ければ、白い鳥が二羽で青い空に飛びたとうとしているのが見えた。

 菓子を頬張りながら何を馬鹿なことを言っているんだと呆れたように目線を送れば、男は意外と真面目な顔をしていたので驚いた。

「何を・・・・・・」
「リチャード様の結婚でついにお前も失恋したというわけだ」

 ざまーみろと言わんばかりにそんなことを言われて、悔しいとかそんなことはないとか言う以前に、お前は馬鹿だろうと言いたい。

「リチャード様の結婚を私が喜ばないわけがないだろう」
「そんな建前はいい――。ほら、傷心だろ、寂しいだろ――。俺の厚い胸板をかしてやる」

 こんな目出度い日にする仕事ではないけれど、特に重要な役目を担っているわけではないから式が始まる前に抜けてきた。私の席に勝手に腰掛けていたくせに、そんなことを言いながらグイっと身体を引っ張られた。小さいとはいえ仕事部屋をもらっている私の執務机に運んでいた書類をばらまいて、倒れ込みそうになったのを手で止めた。

「書類が・・・・・・。お前の暑苦しい胸板なんかいらない」
「結構頼りがいがあって素敵だと言われているんだが」
「じゃあその素敵といってくれる女性のところにいって幾らでも見せびらかせて来い。私はいらない――。書類を拾わないならもうどっかへいってくれ」

 立ちあがった男は書類をとろうと伸ばした私の手首を握った。仕事にならないことに文句を言おうと顔を上げると身体を密着させられたので、本気かと問うべくでかい男を見上げると、これまた意外に切なそうな瞳で食い入るように見つめられた。

「お前は寂しいはずだ――」

 余計なお世話だ――。

「お前に同情されるくらいなら、犬でも飼うさ」

 逃げようと必死なのに、体格差からか、力の差からか微動だにすることが出来ない。

 そうこうしているうちに、顔が寄せられる。

「犬はこんなことはしてくれないぞ――」

 そっと合された唇が、思っていたより冷たいことに気付いた。
 
 ああ、こんな男でも緊張しているんだと思うと意外過ぎて、笑いたくなる。

「舌を噛み切ってやる」

 唇を開けろと催促されるので、冷気をまとわせた瞳で本気を込めて忠告してやった。私という男をこの男はわかっているはずだ。

 カツンと歯の上下を噛み合わせて音を鳴らせて、そして笑ってやった。笑いながら人に血を流させることができると知っている男は怯みもせずもう一度唇を寄せる。

「ああ、それくらいお前に捧げてやるよ。この先舌がなくとも俺は剣があればあの人を護れる」

 そこで初めて気付いたのがこいつの方がいかれているということだった。

 こうなると自分の負けを認めることも必要だ。
 
 私は確かに今、寂しさを覚えている。失恋などではないことを私は知っているが、この気持ちが何かということは考えたことがなかった。

 こいつが望むことは、馬鹿な犬を殺すほど嫌ではない・・・・・・ようだ。

「お前みたいな馬鹿は見たことがない」

 苦し紛れにそう告げると、「馬鹿な子ほど可愛いっていうだろ?」と笑う。声を出して笑う奴の首を掴み、首筋に噛みついてやった。

「なんだ、お前、俺の事が好きだったのか?」

 意外そうな声は、嬉しそうでムカつく。だから「好きじゃない――」と今度は首筋を舐めてやった。

「お前、抱くほうがいいのか?」

 男同士ならどちらかが尻を貸さねばならない。だが、この筋肉の塊の尻に私のものを入れる気力なんて持ち合わせていなかった。

「いいと言えば、お前が抱かれるつもりなのか?」

 とりあえず聞いただけなのだが、少し頬を赤らめて「それでもいい」と言う。あ、駄目だ。鳥肌が立った。

「いや、無理だ――」

 鳥肌を見せると、男は真剣に怒り始めた。

 意地が悪いだとか、男心を弄びやがってとか・・・・・・。そんなにショックを受けるとは思っていなかったのだが、意外にこいつは繊細なのかもしれない。全くもって、欠片さえ見えないが。
 怒りながら書類を拾い、机の上に綺麗に置く。案外几帳面なんだ、こいつは。

 私より顔一つ分も大きく、身幅に至ってはすっぽりと私を覆えるほど。力の強さでいえば、倍以上は確実にあるはずの男がだ、無言でしばらく凝視していたら、目線を逸らされた。怒っているんだと思っていたのに、グズッと鼻をすする男が聞こえて、正直私は面食らった。

「悪かった――、私は女しか抱いたことがないからな。男同士はよくわからないんだ」
「俺だって・・・・・・、お前しか抱きたいとは思わなかった」

 こいつのいうしかというのは、男という意味だ。女はとっかえひっかえ、騎士団のヴァレリーに娘を見せるなというのが貴族社会の標語になっているはずだ。

「なら、止めるか」

 うん、それがいい。そんな未知な領域に敢えて進む必要などない。撤退は立派な戦法だ。

「止めない――。カシュー、お前は人の気持ちに無関心すぎる。だから直ぐに上の者たちと喧嘩になるんだ。お前が、人の機微を覚えれば、きっと素晴らしい文官になるさ。そうだな、宰相閣下と呼ばれるほどの――」
「親を失った身寄りのない子供だった私が――? 殿下の好意がなければ、虫けら同然の扱いを受ける私がか――?」

 普段なら流せる言葉が、淀んだ川の堰のように溢れそうになる。渇いたように嗤ったのは、自分自身の身の上か、この卑屈な心か。

「お前は優秀だ。それは皆が知っていることだ。殿下が拾い上げた石はただの石ころではない、磨けば光り輝く原石だと言われているのを知らないのか?」
「知るか。・・・・・・恥ずかしいやつだな――」

 真摯な目で偽りのない心を伝えようとするこの男こそ、未来の騎士団長だと言われているのに。

「もういい――。黙れ」

 手首を掴んで、私はこの部屋の奥にある寝室へと男を誘った。
 カチャリと鍵を掛ける。今日は城にいる皆が忙しすぎて多分自分を探しにはこないだろうと思っていたが、それでもいざという時に邪魔をされるのは好きではない。

「お前の寝室・・・・・・初めて入った・・・・・・が、汚いな・・・・・・」

 汚れているわけではないが、所せまいしと床も寝台の上も本が積み上げられている。

「・・・・・・止めるか?」

 嫌なら帰れと、言いながら、汚しては堪らないので本を寝台から撤去していると、溜息を吐きながら男も手伝い始める。

 清々しい・・・・・・とは言い難いが、ここ最近にないくらい本は片付いた。これで終わっていいくらいの充実感だった――。

 寝台に転がり、一番近くにあった本をペラリと捲った。王都にある料理屋のレシピ集だった。暇な時は、こういう自分にあまり意味のないものを読むようにしている。味も匂いも知らないレシピが頭の中で沢山あるが、使われることはないだろう。

「おま、え、何寛いでんだ?」

 直ぐにでも始めたかったのだろう男の気持ちを挫いたのは楽しくて仕方がなかったが、お冠のようだ。

「いや、この寝台がこんなに広かったんだと感慨深いな・・・・・・と」
「そうだな、それだけはいいことだ」

 寝台に転がっていた私の横に座り、ヴァレリーは意外に女々しいのか「いいんだな?」と訊ねてきた。ここで「駄目だ」って言われたら帰るんだろうかこの男はと思いながら、流石に私も素直に頷いた。

「後悔するなよ――?」

 それはこっちの台詞だ。

「んっ・・・・・・あ・・・・・・、待て――」
「何だ? 怯んだのか?」

 噛みつくような口づけに男がどれほど望んでいたのかわかる。

「潤滑油、いるんだろ・・・・・・」

 男は女のように濡れない。

「ある――。薔薇の匂いだけどな」

 着ていた騎士の上着のポケットを探り、男は小さな緑色の瓶を寝台に落とした。

「用意周到なことだ」

 どうせそれはいつも女に使っているやつだろう。まぁ、どうでもいいことだ。

「くっ! 噛みつくな」
「さっきのお返しだ」

 首筋に歯をたてられて身を捩れば、そんなことを言う。俺の噛みつきなんて、赤くすらならないようなものだったのに、こいつのこれは・・・・・・絶対歯型がついている。

「しつこい・・・・・・」

 耳を引っ張ると、地味に痛そうに起こした顔が情欲に歪んでいた。

「お前、いつもこんなやり方なのか? 野獣って呼ばれているんじゃないのか?」
「いつもは・・・・・・、こんなんじゃない。俺が抱いたっていう印が欲しいから・・・・・・。お前に消えない跡をつけてやりたかった・・・・・・」

 何だろう、この最後の記念的な・・・・・・と思ったところで気付いた。

「ああ、もしかして、お前。失恋記念に一回とか思ってたの?」

 図星だったのだろう、目線が宙を彷徨う。

「そうだ、心の傷につけ込んだ卑怯な奴だと笑えばいい」
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