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花を買いに1
宰相の執務室は、国王の執務室と別棟になっている。いざという時、どちらかが無事でないと緊急の指示が出来ないからだ。理由はわかっているが、この限りなく平和な時代には、ただの面倒くさく古いしきたりでしかなかった。
「ユリウス、書類に陛下の御璽をもらってきてくれ」
国王であるリチャード様も仕事の全てを把握されて、もう教師のように側に控えていなくても大丈夫だから、一日に数度しかお目にかかれない。それが不満といえば、不満の源だが、これもいい大人だから仕方がない。
「ユリウス?」
年若い補佐官のユリウスは、窓の外を見つめたままぼんやりとしていた。
「おい! ユリウス!」
「あ……、申し訳ございません」
先輩であるウォルターが、慌ててユリウスを叱責する。
「どうした。ユリウスらしくないな。具合でも悪いのか?」
忙しいと噂の宰相府だけど、今は差し迫った国事があるわけでもなく、普段の業務(それはそれで大変だが)をこなしているだけなので、具合が悪いなら帰って休んでもらって構わないのだが。
「いえ、大丈夫です」
「閣下、ユリウスは失恋して、落ち込んでいるんですよ」
「ユリウスを振る?」
身内のひいき目かもしれないが、優秀な青年だ。どんな忙しい時期も弱音をあげず、最後までやり通す根気も根性も備わっている。見た目も、やや線は細いが男性として問題があるとも思えない。顔は整っているんじゃないだろうか。家格は、高いわけではないけれど、この年で宰相補佐官になるのだから前途洋々としている。
余程の馬鹿な女だったのだろうか。
「僕が悪いんです。仕事仕事でデートにあまり誘えなくて……。そうこうしているうちに、『実は私、筋肉隆々とした男の人が好きなの』って……」
申し訳ない気持ちもあるが、それは、趣味の問題だろう。
「で、その女が告白したのが、あいつですよ」
窓の外に立つ騎士は三人。王と宰相の執務室の間にある中庭は、厳重な警備が敷かれている。だから、ここから見える場所に立つということは、その男も騎士の中で優秀な若手なのだろう。
「なら、お使いは他のものに行ってもらおう。エルマー行ってくれ」
執務室からでて、国王の部屋に行くとき、警護がつくのだが、それも中庭の隊と同じ近衛の人間なのだ。今、ユリウスに頼めば、その男がつくかもしれない。仕事だから割り切れというほど、私も鬼ではない。忙しい時期なら蹴り飛ばすが。
「いえ、僕が行きます。その、エルマー先輩も……」
エルマーを見ると、水をやり忘れていた花瓶の花のように萎れていた。
「ウォルター」
「私も、なんですよね。何で女って騎士がいいんですかね? 私達だって、それなりにいい物件だと思うんですよ」
「不甲斐ないな……。何が原因だ? 仕事が忙しすぎるのか?」
どいつもこいつも情けない。この年で結婚していない私がいう台詞でもないが。
「だって、どうやって肩とか抱けばいいんですか?」
「キスするタイミングってわかるんですか?」
「プレゼントが気にいらないって……」
「足がくさいって……」
しまいには、既婚者まで混ざって、私に縋るような目で訴えかけてくる。
「知るか! 肩なんか抱きたい時に抱けばいいし、キスは相手が可愛いなと思った時にすればいいし、プレゼントは欲しいものを聞けばいいだろう! 足が臭いのは、ハーブでも靴にいれておけ」
私は、精一杯のアドバイスしたつもりだ。だが、皆の目は、感謝でないもので溢れている。
ああっ、涙ぐむな――。男の涙なんか一リーク(お金)の価値もあるか。
「モテる人は、これだから……」
「努力とかしなくてもいいんですからね……」
悪いが、この方モテて困ることはあっても努力なんかしたこともないから、これ以上付き合ってられるか。
自分で持って行くかとため息を吐くと、下から泣きそうな声がした。
「どうやって接したらいいのかわからないんです……」
ユリウスの言葉がなければ、私はこの書類を自分で陛下のところに持って行っただろう。そして、最近の若者は……と愚痴っていたと思う。
「こうやってだな……」
座るユリウスの頤を上げ、いつもよりも幾分緩めた瞳で見つめて、微かに笑う。そして、指を滑らせ頬を撫でた。
「あ……」
ユリウスの頼りなげな声に、思わず鼻を摘まむと、周りで深く息を吐く音が聞こえた。
「駄目ですって――。閣下の色香に迷ったら、普通の女の人に目がいかなくなる! もう! ユリウス、戻ってこい」
頬を染めたユリウスの頬を叩いたウォルターは、そういうことじゃなくてと前置きしてから、訳のわからないことを言い始めた。
「可哀想な私たちを『青の花園』に連れて行ってください」
「お前、私でもそうそう使うことのない超高級娼館だぞ」
「閣下が使う必要がないのは、わかってます! 高級娼婦だって、喜んで部屋に遊びに来るんでしょう? 見たことありますよ」
それは、娼婦だけどソレ目的で呼んだわけではないと言うわけにもいかない。情報を、あらゆるところから集めるのは、私の本来の仕事ではないからだ。
「外国のお客様をお迎えするときに使いますけど、どんなところか見たことがないのは問題だと思うんですよ」
もっともらしくエルマーがのってきた。
「ユリウスも初めてを失敗したのが、嫌われた原因だって思っているし」
口を滑らせたウォルターの言葉のせいで全員の目がユリウスに集まり、気まずそうに逸らされた。
「……すいません」
私を見上げ、そして頬を染めながら俯いたユリウスの謝罪に、かける言葉は探しても見当たらなかった。
「わかった――。だが、銅花までだぞ」
『青の花園』は、国が後ろ盾となっている高級娼館だ。外国のお客様を迎えることもあるから、教養も芸事も教えられ、そこらの貴婦人よりも優れていると言われている。ランクは金銀銅、後は赤や青に花がつけられている。時代によっては、妾妃となることもあった。
「太っ腹!」
「いついきますか? 今日ですか?」
何故か既婚者までも混ざっている。
「言っておくが、既婚者は連れて行かないからな。独身だけだ。奥方達に恨まれるのはごめんだからな」
涙で暮れるおっさんたち(部下)を放って、私は自分で届けることにした。
ユリウスには、青花か白花が似合いそうだなと思いながら。
「ということがあったんですよ」
リチャード様は、笑いながら私の話を聞いていた。
「ユリウスは、今時珍しいくらい純粋な男だからな。変な女に引っかからないようにしてやってくれ」
「はい。館のお嬢さん達に骨抜きにされないか心配ですけどね」
「カシューがそんな心配する年になったんだなぁ」
「酷いですね」
幸せな結婚をしたリチャード様は、身体も特に不安もなく、日々を楽しそうに暮らされている。
「いついくんだ?」
「リチャード様も行きますか?」
軽口で、そう聞くと「間に合っている」と言われた。のろけですね。
「そうですね。明後日の夜は、特に用事もないですし」
「カシューも行くんだろ?」
「ええ。暇な独り身ですからね」
別に行っても行かなくてもいいのだが、そろそろ新しい情報が入っているかも知れない。
「ユリウス、書類に陛下の御璽をもらってきてくれ」
国王であるリチャード様も仕事の全てを把握されて、もう教師のように側に控えていなくても大丈夫だから、一日に数度しかお目にかかれない。それが不満といえば、不満の源だが、これもいい大人だから仕方がない。
「ユリウス?」
年若い補佐官のユリウスは、窓の外を見つめたままぼんやりとしていた。
「おい! ユリウス!」
「あ……、申し訳ございません」
先輩であるウォルターが、慌ててユリウスを叱責する。
「どうした。ユリウスらしくないな。具合でも悪いのか?」
忙しいと噂の宰相府だけど、今は差し迫った国事があるわけでもなく、普段の業務(それはそれで大変だが)をこなしているだけなので、具合が悪いなら帰って休んでもらって構わないのだが。
「いえ、大丈夫です」
「閣下、ユリウスは失恋して、落ち込んでいるんですよ」
「ユリウスを振る?」
身内のひいき目かもしれないが、優秀な青年だ。どんな忙しい時期も弱音をあげず、最後までやり通す根気も根性も備わっている。見た目も、やや線は細いが男性として問題があるとも思えない。顔は整っているんじゃないだろうか。家格は、高いわけではないけれど、この年で宰相補佐官になるのだから前途洋々としている。
余程の馬鹿な女だったのだろうか。
「僕が悪いんです。仕事仕事でデートにあまり誘えなくて……。そうこうしているうちに、『実は私、筋肉隆々とした男の人が好きなの』って……」
申し訳ない気持ちもあるが、それは、趣味の問題だろう。
「で、その女が告白したのが、あいつですよ」
窓の外に立つ騎士は三人。王と宰相の執務室の間にある中庭は、厳重な警備が敷かれている。だから、ここから見える場所に立つということは、その男も騎士の中で優秀な若手なのだろう。
「なら、お使いは他のものに行ってもらおう。エルマー行ってくれ」
執務室からでて、国王の部屋に行くとき、警護がつくのだが、それも中庭の隊と同じ近衛の人間なのだ。今、ユリウスに頼めば、その男がつくかもしれない。仕事だから割り切れというほど、私も鬼ではない。忙しい時期なら蹴り飛ばすが。
「いえ、僕が行きます。その、エルマー先輩も……」
エルマーを見ると、水をやり忘れていた花瓶の花のように萎れていた。
「ウォルター」
「私も、なんですよね。何で女って騎士がいいんですかね? 私達だって、それなりにいい物件だと思うんですよ」
「不甲斐ないな……。何が原因だ? 仕事が忙しすぎるのか?」
どいつもこいつも情けない。この年で結婚していない私がいう台詞でもないが。
「だって、どうやって肩とか抱けばいいんですか?」
「キスするタイミングってわかるんですか?」
「プレゼントが気にいらないって……」
「足がくさいって……」
しまいには、既婚者まで混ざって、私に縋るような目で訴えかけてくる。
「知るか! 肩なんか抱きたい時に抱けばいいし、キスは相手が可愛いなと思った時にすればいいし、プレゼントは欲しいものを聞けばいいだろう! 足が臭いのは、ハーブでも靴にいれておけ」
私は、精一杯のアドバイスしたつもりだ。だが、皆の目は、感謝でないもので溢れている。
ああっ、涙ぐむな――。男の涙なんか一リーク(お金)の価値もあるか。
「モテる人は、これだから……」
「努力とかしなくてもいいんですからね……」
悪いが、この方モテて困ることはあっても努力なんかしたこともないから、これ以上付き合ってられるか。
自分で持って行くかとため息を吐くと、下から泣きそうな声がした。
「どうやって接したらいいのかわからないんです……」
ユリウスの言葉がなければ、私はこの書類を自分で陛下のところに持って行っただろう。そして、最近の若者は……と愚痴っていたと思う。
「こうやってだな……」
座るユリウスの頤を上げ、いつもよりも幾分緩めた瞳で見つめて、微かに笑う。そして、指を滑らせ頬を撫でた。
「あ……」
ユリウスの頼りなげな声に、思わず鼻を摘まむと、周りで深く息を吐く音が聞こえた。
「駄目ですって――。閣下の色香に迷ったら、普通の女の人に目がいかなくなる! もう! ユリウス、戻ってこい」
頬を染めたユリウスの頬を叩いたウォルターは、そういうことじゃなくてと前置きしてから、訳のわからないことを言い始めた。
「可哀想な私たちを『青の花園』に連れて行ってください」
「お前、私でもそうそう使うことのない超高級娼館だぞ」
「閣下が使う必要がないのは、わかってます! 高級娼婦だって、喜んで部屋に遊びに来るんでしょう? 見たことありますよ」
それは、娼婦だけどソレ目的で呼んだわけではないと言うわけにもいかない。情報を、あらゆるところから集めるのは、私の本来の仕事ではないからだ。
「外国のお客様をお迎えするときに使いますけど、どんなところか見たことがないのは問題だと思うんですよ」
もっともらしくエルマーがのってきた。
「ユリウスも初めてを失敗したのが、嫌われた原因だって思っているし」
口を滑らせたウォルターの言葉のせいで全員の目がユリウスに集まり、気まずそうに逸らされた。
「……すいません」
私を見上げ、そして頬を染めながら俯いたユリウスの謝罪に、かける言葉は探しても見当たらなかった。
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『青の花園』は、国が後ろ盾となっている高級娼館だ。外国のお客様を迎えることもあるから、教養も芸事も教えられ、そこらの貴婦人よりも優れていると言われている。ランクは金銀銅、後は赤や青に花がつけられている。時代によっては、妾妃となることもあった。
「太っ腹!」
「いついきますか? 今日ですか?」
何故か既婚者までも混ざっている。
「言っておくが、既婚者は連れて行かないからな。独身だけだ。奥方達に恨まれるのはごめんだからな」
涙で暮れるおっさんたち(部下)を放って、私は自分で届けることにした。
ユリウスには、青花か白花が似合いそうだなと思いながら。
「ということがあったんですよ」
リチャード様は、笑いながら私の話を聞いていた。
「ユリウスは、今時珍しいくらい純粋な男だからな。変な女に引っかからないようにしてやってくれ」
「はい。館のお嬢さん達に骨抜きにされないか心配ですけどね」
「カシューがそんな心配する年になったんだなぁ」
「酷いですね」
幸せな結婚をしたリチャード様は、身体も特に不安もなく、日々を楽しそうに暮らされている。
「いついくんだ?」
「リチャード様も行きますか?」
軽口で、そう聞くと「間に合っている」と言われた。のろけですね。
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