騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

文字の大きさ
28 / 62

ブラウニーにラムレーズンのアイスを添えて

しおりを挟む
「暑い! 兄ちゃん暑いよ~」

 孤児院の外から調理部屋にやってきたサイが叫ぶ。人が一人入ってきただけで暑さが増したのは気のせいだろうか。

「はいはい、兄ちゃんも暑いよ」

 お菓子を作る部屋は暑いので少しだけ魔法を使って涼しくしている。でないとバターが溶けて使い物にならないからだ。

「兄ちゃん、ラッピングは俺がしとくよ。団長さんが来たよ」

 サイは来客の報せをしてくれる。

「ありがとう、頼むな。後でリンにも頼むから」

 サイとリンは仲がいい。二人とも面倒見がいいから気が合うのだろう。

「はーい」

 嬉しそうに笑うサイは十四歳。後四年で成人だ。この街では成人する前に働きに出る事が多い。十六歳から見習いとして孤児院を出る子が多いから後二年。そろそろそれに見合った勉強も必要だろう。
 考え事をしながら孤児院の玄関から外に出る。

「よしよし、ユーリ、良い子だ。可愛い、可愛すぎるぞ。ユーリ、ここの防犯がお前だけっていうのは問題があると思うぞ。お前、誰にでも腹をむけてるんだろう」

 クロ、改めユーリの名で呼ばれる真っ黒の犬は服従を示すように腹をむけて絶賛リド様に撫でられ中だった。
 自分で言ったから仕方ないけれど、まるでラズが褒められてけなされているような気がする。複雑な気分で近づくと、リド様がこちらを向いた。
 ドキッとする。リド様が怖いわけでもないのに何故か慣れない。
 空の色のような明るい瞳はラズを見て細められる。

「こんにちは。今日は何のご用ですか」

 動揺を見せないように無表情になったラズに「桃のコンポートを食べにいこう」と笑顔をむける。
 お菓子の勉強ならば仕方ない。ラズは精一杯仕方ないという顔を作って頷いた。

 ラズが白鷲騎士団の所属になってからひと月と少し。休みの度にリド様が孤児院に顔を出す。最初こそ荷物を運んでくれたり孤児院に食べ物を寄付してくれたりで恐縮していたラズだったが、最近は孤児院に来る度に現れるので気付いてしまったのだ。

「リド様は無類のお菓子好きですね」

 焼きたてほかほかのお菓子を出すと目の色が違うのだ。孤児院の子供と変わらない純粋で無垢な食欲に呆れると同時に嬉しくなる。

「ここで食べるお菓子は格別だからな」

 呆れた顔をしても全く気にしない。子供達と遊んだり、犬と遊んだり、お菓子を食べたりして満足げに帰って行く姿は英雄である白鷲騎士団の団長には見えない。

「今日はアイスですけど、食べてから行きますか?」
「ああ、食べないわけがない」
「熱々のお菓子が好きなのかと思っていました。だから、焼きたてのブラウニーもあります。アイスを添えてお出ししますね」

 子供達がリド様にへばりついている。引き連れて、というか腕に何人しがみついてるんだろうと数えたら五人もいた。全然重そうに見えない。

「ブラウニー! 作れたのか?」
「リド様がチョコレートを持ってきてくれたでしょう。料理長に何かいいお菓子はないかと聞いて教えてもらったんです。温めたり冷やしたりは得意なので、多分俺と相性のいいお菓子だと思います」

 お菓子の勉強をしようといってくれたウィス様が遠征に出てしまったので、料理長が頼みだ。

「料理長、マストか」
「はい。知ってるんですか」
「知ってるも何も。エカテリテの息子だ」

 危うく玄関の段差で躓きそうになった。

「ええっ! エカテおばさんは貴族でしょう?」
「貴族だ。マストは小さい頃から料理が好きで『料理人になる!』といって家を出たんだ。お菓子も得意だったはずだ。貴族籍は抜いたが両親ともにマストを認めてるよ」

 貴族からすれば脱落した息子と思われても不思議じゃない。マストの頑張りのせいかもしれないし、両親が優しいからかもしれない。
 ラズも自分の境遇と比べても意味がないことはわかっている。けれど、父がもう少し母を思いやり、ラズに優しさをみせてくれたらあんな結末じゃなかったのだろうにと思うと切なかった。

「ラズ、どうかしたか」

 リド様は思いにふけってしまったラズを気遣うように訊ねた。

「いえ。いい家族なんだなと思って」
「そうだな。マストにお菓子を習うといい」
「忙しくてそっちまで手が回らないって言ってました」

 マストはがっつりした肉料理とか食べ応えのあるものを作るのが好きらしい。庭で豚の丸焼きを作りたいけど怒られるんだよなぁと言っていた。

「料理人は増えただろう」
「増えましたね。アーサー様の元恋人が二人復職したので」
「あいつに様なんてつけなくていい」

 自分の弟なのに先日のことは余程リド様の逆鱗に触れたらしい。

「でも国を護ってくれている騎士様ですから」
「しばらく外回りだから体力もちょうどいいだろう。竜の血のせいにするなんてアレが怠惰なだけだ」

 厳しい顔は鬼の騎士団長と呼ばれるに相応しいものだけど、ラズはその顔に慣れない。
 ビクッとラズが反応したのに気付いたのか、リド様は怒気を緩めてくれた。

 アーサー様は外回りの仕事に就くことになったらしい。一年間、遠征が続く厳しいものだ。そのため、アーサー様といると仕事にならないから別れたいと思っていた元恋人(複数)が長期遠征の間に他の職場に移って帰って来ないことから料理人が不足していたのだという。アーサー様が帰ってくるまで一年あるということで元恋人(達)も帰ってきたのだそうだ。一年の間に料理人を増やすことが決まっている。

「遠征は団長であるリド様と副長であるウィス様が一緒に行くんだと思っていました」
「竜の案件だけだな。他の魔物や幻獣が相手のときは、どちらかが対応することになっている。竜はこっちも全力でいかないと追い払えないからな。私が全力を出すと被害も大きいんだ。ウィスが白鷲騎士団にはいるまでは結構被害が出ていたはずだ」

 ウィス様は二十六歳でリド様は二十八歳だから二年間の間だろうか。

「被害ってどうなるんですか?」
「伯爵以上の領地は結界石があるし、王都は魔法省が護ってるからな。街の被害はそうないと思う。領地外の湖が消し飛んだとかあったそうだが」
 
 伯爵である父がラズを見限ったのは伯爵家の結界石に注げるだけの魔力がなかったからだ。

「ウィス様がきてからはどうなったんですか」
「護りに関してはあいつは当代一の魔法使いだ。竜の攻撃も私が飛ばしたやつも全て無効化していると思う」
「ウィス様がいれば、結界石も必要ないんですね……」

 ラズが追い出される前にウィス様が騎士団にいてくれたら……とあり得ないことを願ってしまった。今更時は戻らないのに。

「ラズ、どうかしたか」
「いえ、思った以上にリド様やウィス様の仕事が大変なんですね。俺はお菓子くらいしか作れないけど、二人が喜んでくれるなら頑張らないと」

 子供達は既に孤児院の食堂へ向かった後だった。ラズはそのことにも気付いていなかった。慌ててお菓子の準備をする。

「お菓子くらいじゃない。ラズは私に、ウィスにも元気をくれる」
「ありがとうございます。アイス、多めに盛りますね」

 大きめに切ったブラウニーのよこにアイスを添える。ラム酒で漬けたレーズンをいれた大人の味付け。リド様のために作ったものだ。

「これ。美味しいな」
「ありふれたものですよ。お菓子だって」

 リド様の家になら立派な料理人がいるだろう。もしかしたらデザートを専門にしてる人だって。

「このアイス、子供には少し酒が強いだろう。ラズは子供が食べるものには気をつけているから、私のために作ってくれたんじゃないか?」
「えっと……、だって。チョコレートも、アイスを作った生クリームもリド様がくれたものですから」
「ラズの時間とラズの気持ちが入ってる。美味しいし、嬉しい」

 リド様は、そう言ってラズの口元に一口大のブラウニー(アイス乗せ)を運んだ。

「冷たくて、美味しい……」
「そうだろう。美味しい。ラズのお菓子は元気をくれる」

 まるで自分が作ったもののようにリド様は胸を張って褒める。それが何だかおかしくて、ラズは笑ってしまった。

「リド様は俺を気分良くする魔法を使えるようですね」

 英雄の魔法を一人占めだ。

「私はとうに、ラズの魔法にかかってる」
「お菓子の魔法ですね」

 子供達もかかってるやつだ。おやつの時間が楽しみなのはラズも覚えがある。

「そういうことにしとこうか」

 ポンとラズの頭を撫でて、リド様は意味深な笑みを浮かべた。見たことのない笑みにラズは思わず見惚れて、頷くことしかできなかった。

 三つもあったブラウニーがあっという間に胃袋の中に消えていた。

 

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

【完結】ハーレムルートには重要な手掛かりが隠されています

天冨 七緒
BL
僕は幼い頃から男の子が好きだった。 気が付いたら女の子より男の子が好き。 だけどなんとなくこの感情は「イケナイ」ことなんだと思って、ひた隠しにした。 そんな僕が勇気を出して高校は男子校を選んだ。 素敵な人は沢山いた。 けど、気持ちは伝えられなかった。 知れば、皆は女の子が好きだったから。 だから、僕は小説の世界に逃げた。 少し遠くの駅の本屋で男の子同士の恋愛の話を買った。 それだけが僕の逃げ場所で救いだった。 小説を読んでいる間は、僕も主人公になれた。 主人公のように好きな人に好きになってもらいたい。 僕の願いはそれだけ…叶わない願いだけど…。 早く家に帰ってゆっくり本が読みたかった。 それだけだったのに、信号が変わると僕は地面に横たわっていた…。 電信柱を折るようにトラックが突っ込んでいた。 …僕は死んだ。 死んだはずだったのに…生きてる…これは死ぬ瞬間に見ている夢なのかな? 格好いい人が目の前にいるの… えっ?えっ?えっ? 僕達は今…。 純愛…ルート ハーレムルート 設定を知る者 物語は終盤へ とあり、かなりの長編となっております。 ゲームの番外編のような物語です、何故なら本編は… 純愛…ルートから一変するハーレムルートすべての謎が解けるのはラスト。 長すぎて面倒という方は最終回で全ての流れが分かるかと…禁じ手ではありますが

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

抹茶砂糖
BL
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 第13回BL大賞にエントリーしています。 応援いただけるとうれしいです! ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

狼領主は俺を抱いて眠りたい

明樹
BL
王都から遠く離れた辺境の地に、狼様と呼ばれる城主がいた。狼のように鋭い目つきの怖い顔で、他人が近寄ろう者なら威嚇する怖い人なのだそうだ。実際、街に買い物に来る城に仕える騎士や使用人達が「とても厳しく怖い方だ」とよく話している。そんな城主といろんな場所で出会い、ついには、なぜか城へ連れていかれる主人公のリオ。リオは一人で旅をしているのだが、それには複雑な理由があるようで…。 素敵な表紙は前作に引き続き、えか様に描いて頂いております。

処理中です...