騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

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愛してる

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「リド様、起きてください」

 ラズは恐ろしく巨大な魔力を前に一瞬怯んだ。手を繋いでいるウィス様がいなければ腰を抜かして動けなくなっていても不思議じゃない。結界の前で声を掛けて、やはり無理かと思いながら手を突っ込んだ。抵抗は全くなかった。

「リド様、こんな別れは嫌です」

 温度を感じない完璧な魔法守護だ。ウィス様の防御の見事さにラズは今でも嫉妬をおぼえてしまう。ずっと、そんな割り切れない自分の心がちんけで愚かだと思っていた。魔法に縋り、こだわる自分が恥ずかしくもあった。けれど、二人はラズの努力を認めてくれた。それがどれほどラズに勇気を与えてくれたか知りもしないで。
 ラズは今の自分が嫌いじゃない。それは二人のお陰だと思っている。認めてくれたのは二人だけじゃない。エカテおばさんやマスト、ハイターもだ。皆と一緒に生きて行きたい。
 それにラズは思い出したことがある。かつてラズがユーリアスだったとき、魔法を必死に練習していたあの頃の想いを。

「俺は、英雄にはなれない。俺が魔力を欲しいと願ったのは、父の誉れとなりたかったこともあるけれど、絵本に載っていた竜の力を持つ英雄のお話を読んだからなんです。竜の血をもつ英雄は俺の憧れの元だった……。戻ってきて、一緒に桃を採りに行きましょう。ブドウも、オレンジもリンゴも。あなたのためにお菓子を作って差し上げますから……だから戻ってきてくださいリド様」

 背伸びをして、それでも届かないから片手でリド様の首にぶら下がって唇を寄せた。お菓子を大量に作るのは体力がいる。ラズは知らぬ間に筋肉トレしていたようだ。
 石のようなリド様の唇は硬い。隙間に舌を差し込んで唾液を送り込んだ。ラズは魔力を与えるためのキスしか知らない。
 ラズがキスをしてからどれくらい経ったのかわからない。一瞬のような気もするし、何時間もしているような気もした。
 ラズが諦められず蝉のようにリド様にくっついてキスを繰り返していると、フワッと魔力が動いたような気がした。
 リド様の喉がコクッと動いて、ラズの身体にやわらかな風がまとわりついた。温かな風を感じたことで、ウィス様の防御が消えていることに気が付いた。

「甘い……」

 石のようだったリド様が人の身体に戻っていた。身体全体から放出されていた熱量は消えていた。リド様の開いた青く澄み切った瞳の中に自分を見つけて、ラズは微笑んだ。

「リド様……」

 降りようとしたラズを掻き抱き、リド様はラズの顎を持ち上げた。

「ラズ、愛してる」

 愛しいという気持ちをリド様は隠さなかった。いつもならラズを慮って引いてくれるのに、一切の容赦のないキスにリド様の余裕のなさを感じた。

「あ……んぅっ……ん……ふ……っ」

 舌が絡みあう。癒すように、挑むように、二人の舌は互いの口の中を行き来して、唾液がラズの顎を伝って首筋にまで流れる。立っていられず、ラズは膝をついた。同じように膝をついて、リド様はラズの口元を拭う。

「ラズ! 殺してしまったのかと思った――。生きてたのだな。もう、我慢できない――。愛してる、どこもかしこも私で染めてしまいたい」

 後悔と、歓喜と欲望にまみれたリド様のキスは、ラズから思考を奪っていく。
 領地持ちの貴族には心惹かれないようにと戒めていたはずなのに、それが今更のことのように思えた。領地もなにも、今生きてることが奇跡と言ってもおかしくない。
 そこで、ハッと気付く。右手が握るもう一人の大事な人のことを。
 ラズがギュッと握っても反応がなかった。

「ウィス様!」

 ラズを励まして隣に立っていたはずのウィス様の身体が床に倒れていた。
 もうリド様は大丈夫だというのに、ウィス様が力尽きたのだろうか。ラズの目から涙が零れた。パタパタとウィス様の顔に落ちるのを拭こうとして、リド様に止められた。

「それは栄養剤のようなものだ。浴びせておけ。ラズ、ウィスは魔力枯渇を起こしているんだ。放っておけば死ぬが……」
「MPポーション! アメージングの出番ですよ!」
「急いできたので、持ってきてない」

 スッと目を逸らしてリド様は酷い事実を告げた。

「ええっ! なら、あれです。リド様がウィス様にキスすれば!」
「うぇっ……」
「酷い……。従兄弟なんですよね? リド様のためにウィス様はがんばったのに!」

 リド様がそんな薄情なことを言うと思わなかったとラズは、目をつり上げた。

「ラズ、ウィスはラズがキスをすればいいと思うぞ」
「俺、干からびそうですね……。いいです、元々俺を助けに来てくれたんですから。俺の命だけですめば……」

 魔力が豊富な人が少ない人に与える分には問題ないけれど、魔力が少ない人が与える場合、相手の意識がなければ無意識に全部吸い取られるということがあるらしい。どう考えてもラズの魔力は少なく、意識を失ったウィス様は多い。確実に全部もっていかれそうだ。
 それでもラズは迷いはなかった。

「ウィスのことがそれほど大事なのか」
「大事ですよ! リド様のことだって……。俺には愛なんてわからない。でも、自分より大事な人だってことは確かなんです」

 リド様は、ため息を吐いて笑う。

「私の事も大事だというのなら我慢できる……。ラズなら、魔力が尽きることはない。貴実として成熟したラズなら……」

 リド様がウィス様の身体を後ろから抱き起こしてくれたのでラズは難なくキスすることができた。ウィス様の薄い唇を自分の唇で開いて、舌を差し込む。舌が触れ合った瞬間、ウィス様がピクリと反応した。そのことに励まされて、ラズは何度も唾液を送りこんだ。緩慢な動作でラズに応えるようになるまで二人の世界だった。目を閉じていたせいか、リド様の事も気にならなかった。

「ラズ……」

 名を呼ばれて目を開けると、ウィス様が目を細めて笑っていた。
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