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クレープ
しおりを挟む「おいしいね」
おいしいわけなかった。クレープを食べる明子に奈緒はとっさに言葉をぶっつけそうになり、急ぎ飲み込んだ。
もわりと湯気が立ち上る。一人蒸し風呂を作り上げているそのなかで、もうもうと汗に顔をべったりとはりつけるように濡らして、眼鏡を曇らせながら、べとべとと唇をクレープのクリームで汚している。
そんな人間と天気のもとでクレープを食べて、食欲減退の激流を食らわない人間が果たしているのだろうか?奈緒はえづきそうになるのを必死で耐えた。明子は私の気持ちをわかっているのだろうか。非難めいた視線を思わず投げそうになり、目をそらした。
するとおなじくクレープを食べていた客の一人と目があった。相手は目をあわただしくそらした。口許は笑っていた。気まずそうにしているが、気まずい、という様子を自身の連れに見せてあえておどけている、こちらを無視した気まずさだった。
瞬間、体がカッと熱くなった。思わず力が入り、手の中のクレープのクリームがにゅっと飛び出した。こぼれる、それで「落ち着け」と自分に言い聞かすことができた。
奈緒はクレープを持つ手の生温さを感じながら、自分の胸に沸々わく気持ちを、こなそうとする。周囲のジロジロとした視線。嘲笑。嫌悪、奇異。ただ異質なものを見るのに、どれほど多くの感情を人は多彩に使うのか。それだけでも居たたまれなく、神経が苛々と尖ってしまうのに、それが自分にも向けられている。それが突然どうしようもなく許しがたいものに感じた。
クリームは暑気と奈緒自身の体温によってどろりと溶け始めている。それがまた不快だった。不快だ、そう思った瞬間、不意に、――なぜかこれが明子のせいだと思った。
「どうしたの」
我にかえる。気づけば奈緒は立ち上がっていた。
この目の前の着だるまの服を、引っ付かんで服をひっぺがしてやりたい。服をとられ、昔の時代劇よろしく「あーれー」と地面を転がっていく明子のイメージが我に返った後からついてきた。奈緒はその残像を追いかけたまま、何をしようとしたんだろうととぼけたことを心のうちでぼんやりと呟いた。
暑い。次に出たのがその言葉だった。
そうだ、そもそも今日は暑いのだ。暑いから気が立ってしまうのだ。
だから、これは暑さのせいなのだ……奈緒は心の中でぶつぶつ繰り返した。
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