狂態カンセン

小槻みしろ

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異変-2

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   明子がまたマフラーをつけている。水蒸気を浴びたように濡れた鼻から額を見て、何だまたかと奈緒は思った。この間のことは奇跡であり、やはり明子は戻らないのかもしれないと、やけに自分のなかで納得した。どうせすぐにこの奇跡は終わると自分で予期しているからこその、あの時の自分は微妙な反応だったのだと、奈緒は理解した。だからこそ、奈緒は諦めに似た寛大な笑顔でもって、明子を迎えた。
明子に変化はない。ただ少し付け加えるなら、時折、ほんの時折快活に笑うようになった。季節は秋も本番である。この時期になると、明子の格好はそこまで周囲から浮かない、奈緒は胸を撫で下ろす。

「それでね、」

 声音を舌の上で転がすように、明子は話す。その様子を見ながら、重い荷を下ろしたような、少々身軽になった心地で、厚手のショールを遊ばせながら明子と歩いた。


 それにしても、明子はあれで平気なのだろうか?奈緒はふとしたときに思い立った。
 夏や春にあれだけ着込んでいるのに、冬が同じ装備だというのは随分とわりに合わないのではないだろうか。
 明子はあれで自分の身を守れると思っているのだろうか。
 奈緒は思案する。守れるはずがない。結論を出す。
そうして、その自分の判断をおかしいと思う。服は着るもの、飾るものであり、そんな守れるだとか、そういうものではないはずだ。奈緒は自らのずれた発想を訂正する。
自分の思考をもとの規範に戻して、奈緒は安堵する。よそう。奈緒は思考を止める。第一、そんなことを不用意に尋ねて、明子の状態が悪化しないとも限らない。明子が気づいていないなら結構なことではないか。奈緒は納得する。
しかし、凪いだはずの思考に、また疑問が浮かんでくる。

 あれで平気なのだろうか?
 

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