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狂態カンセン
しおりを挟むその瞬間、奈緒をおそったのは激しい怒りであった。
「なによその目は!」
思うより早く、奈緒の怒りは言葉に変わっていた。
「あんたのせいじゃないの! あんたのためじゃないの!」
奈緒は明子を指さした。着膨れした腕は、ぴたりと止めることが出来ず、びいんと揺れた。
奇異の視線には気づいていた。その事にたいして、羞恥はあった。しかし、そんなものはずっと、ずっとあったのだ。明子が変わってから、そして自分が明子のためにこのような格好をするようになってからもそうだった。奈緒はそれをずっと耐えてきたという自負があった。耐えたのは、奈緒の、明子への友情のためであった。
「あんたがそんな薄い装備でいるから! このままじゃ殺されるかも知れないから! でも、変だって言ったら前みたいに傷つけるかもしれないから、だからこうやって示してたのに! ちゃんと服を着て身を守るように、前の格好に戻らせるために、がんばってたのに! 恥ずかしくても、がんばってたのに!」
そして、明子を死なせたくないという覚悟だった。
しかしその明子自身に、こんな奇異の視線を向けられるとは思わなかった。それは奈緒にとってはどうしようもなく理不尽で、悲しく、耐え難いことだったのだ。
「どうしてそんな目で見るの! ひどいじゃん! 裏切り者!」
奈緒は感情を止めることができなかった。頭がぐらぐらする。それが怒りのせいか、暑さのせいかもはやわからなかった。ひとしきり叫ぶと、今度は涙があふれ出てきた。奈緒はつらくて、ひざまずいてしまった。そうして顔を手袋をはめた両手で覆った。顔を覆うにも脇や肘がつっぱって、よけい悲しくなった。ざらざらとした生地が顔にあたり、涙をじわじわ吸った。
「きちがいかよ」
通りすがる、誰かがぽつりと漏らしたのが聞こえた。奈緒は涙まみれになった目を見開いた。しかし、胸の痛みに耐えられず、またかたく閉じた。
ちがう、私はくるってなんかいない。くるっているのは――
次の言葉は継げなかった。奈緒はうずくまって泣き続けた。
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