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四話
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「おばあちゃん、翔のことを聡兄さんだと思っているみたい」
家に帰って、母は言いました。
聡とは、祖母の息子で、母の兄の名前でした。翔の年くらいの頃に、交通事故で死んでしまったそうです。そして翔は、聡伯父さんにそっくりだったのです。
「おばあちゃん、兄さんのことが好きだった。本当に悲しかったのよ。だから、翔のこと、本当にかわいがっていた」
母は言いました。とても悲しい声でした。私はその話を聞いたときの不思議な心地を忘れることができません。母の顔が、母じゃなく見えたからです。母が母ではなく、私たちのように子どもだったころなど、当時の私は想像ができなかったのです。
そしてまた、祖母の祖母以外の顔など、全く考えることができませんでした。
「お母さん、おばあちゃんに言ってあげた? 翔だよって」
私は尋ねました。けれど母は、目を伏せて首を横に振りました。
「違うって言っちゃいけないのよ。混乱してしまうから」
ごめんね。
母は、それきり黙ってしまいました。私もショックで黙っていました。祖母のことをかわいそうだと思いました。母のこともかわいそうだと思いました。何より、翔のことを思うと、どうしようもなく気がふさがりました。
けれど、このとき一番最初に明るい声を出したのが翔でした。
「おばあちゃんはずっとさみしかったんだね」
母が顔を上げました。
「翔。あのね」
「うん。わかってるよ。僕は大丈夫だよ」
翔は笑って答えました。翔の様子はとてもしっかりして見えました。私は翔が、翔じゃないようで、不思議な感慨を覚えました。
次の日から、翔の帰りは遅くなりました。学校の帰りに、祖母の家に通い始めたのだと、わかりました。母の手前、翔は何も言いませんでした。母が祖母の家にいるような日は避けていたようでした。けれど、私も母も何となく察していました。母は、何もないような顔をしている翔を、以前のように厳しく止めることはできないようでした。
私は不思議でなりませんでした。あの気の弱い翔に、このような一途さと強さがあるとは知らなかったからです。
私は、何もないふりをして帰ってくる翔の頬から、涙のあとを探しました。夜、いつも隣で寝ている翔の寝息にそっと耳をそばだてました。翔が泣いていないか、確かめるためです。けれど、翔が泣いているところを見つけることはできませんでした。
私が祖母に会いに行くのは、母や父につれられてのお見舞いの時だけでした。祖母は聡伯父さんの話をよくしました。
「私が寝ているから、起きて、っていつもこの窓を叩くの」
ベッドのそばの窓をさして、祖母は言いました。私は窓を叩く翔の姿を思い浮かべました。
家にいても、友達と遊んでいても、私はずっと翔のことが気にかかりました。翔は私がこうしている間にも、祖母と話しているのだろうか、聡伯父さんのふりをして。そう思うと、私は胸の奥が冷えたようになり、なにも楽しくなくなるのでした。
家に帰って、母は言いました。
聡とは、祖母の息子で、母の兄の名前でした。翔の年くらいの頃に、交通事故で死んでしまったそうです。そして翔は、聡伯父さんにそっくりだったのです。
「おばあちゃん、兄さんのことが好きだった。本当に悲しかったのよ。だから、翔のこと、本当にかわいがっていた」
母は言いました。とても悲しい声でした。私はその話を聞いたときの不思議な心地を忘れることができません。母の顔が、母じゃなく見えたからです。母が母ではなく、私たちのように子どもだったころなど、当時の私は想像ができなかったのです。
そしてまた、祖母の祖母以外の顔など、全く考えることができませんでした。
「お母さん、おばあちゃんに言ってあげた? 翔だよって」
私は尋ねました。けれど母は、目を伏せて首を横に振りました。
「違うって言っちゃいけないのよ。混乱してしまうから」
ごめんね。
母は、それきり黙ってしまいました。私もショックで黙っていました。祖母のことをかわいそうだと思いました。母のこともかわいそうだと思いました。何より、翔のことを思うと、どうしようもなく気がふさがりました。
けれど、このとき一番最初に明るい声を出したのが翔でした。
「おばあちゃんはずっとさみしかったんだね」
母が顔を上げました。
「翔。あのね」
「うん。わかってるよ。僕は大丈夫だよ」
翔は笑って答えました。翔の様子はとてもしっかりして見えました。私は翔が、翔じゃないようで、不思議な感慨を覚えました。
次の日から、翔の帰りは遅くなりました。学校の帰りに、祖母の家に通い始めたのだと、わかりました。母の手前、翔は何も言いませんでした。母が祖母の家にいるような日は避けていたようでした。けれど、私も母も何となく察していました。母は、何もないような顔をしている翔を、以前のように厳しく止めることはできないようでした。
私は不思議でなりませんでした。あの気の弱い翔に、このような一途さと強さがあるとは知らなかったからです。
私は、何もないふりをして帰ってくる翔の頬から、涙のあとを探しました。夜、いつも隣で寝ている翔の寝息にそっと耳をそばだてました。翔が泣いていないか、確かめるためです。けれど、翔が泣いているところを見つけることはできませんでした。
私が祖母に会いに行くのは、母や父につれられてのお見舞いの時だけでした。祖母は聡伯父さんの話をよくしました。
「私が寝ているから、起きて、っていつもこの窓を叩くの」
ベッドのそばの窓をさして、祖母は言いました。私は窓を叩く翔の姿を思い浮かべました。
家にいても、友達と遊んでいても、私はずっと翔のことが気にかかりました。翔は私がこうしている間にも、祖母と話しているのだろうか、聡伯父さんのふりをして。そう思うと、私は胸の奥が冷えたようになり、なにも楽しくなくなるのでした。
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