薮原劇場3 蛇令嬢エミイ、私を陥れるもざまあ

真田奈依

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 薮原恵巳やぶはらえみは前世で、イギリスのヴィクトリア時代によく似た異世界で、エミイ・ツイスターという名で生きていた……。



 私は、六歳から十六歳の女生徒が学ぶ寄宿学校を経営している。
 そのブライト学園の前に、美しくてお洒落な馬車が止まった。立派な紳士が十歳の娘を連れてきた。
 年の割に背が高く痩せている娘は、羽飾りのついた帽子をかぶり、王女様のような服を着ていた。父親は人当たりがよく、羽振りがよさそうだった。名刺には地主と書いてあった。
 娘の名前はエミイ・ツイスター。私は父親からエミイを預かった。気立てのいい娘だった。
 父親と会ったのはその時だけだった。その後、全く連絡が取れなくなった。エミイの生活費は私が負担していた。
 友人の探偵に行方を捜してもらう。名刺にあったミッドランド州にはサウスリバーというような場所は存在せず、ウイキッドウェイ・ツイスター氏というような人物も実在しなかった。

 その後の調査で、エミイの父親が獄中死したことが分かった。
 エミイを預けた時には、知人の出資金を持ち逃げしていたのだった。莫大な富が儲けられると話を持ちかけだましていた。
 新世界に愛人と逃亡しようとしたところを、詐欺で捕まり監獄に入れられたのだった。エミイの父親は娘を捨てたのだ。私に預けて。

 エミイは天涯孤独となった。
 何という親だろう。親に捨てられた娘がどうなるか考えなかったのか。それとも私がなんとかしてくれると、をくくっていたのか。身内のいないエミイは孤児院に入ることになるが、それでいいのだろうか。
 寄宿料も学費も授業料も未納。エミイに必要な物は、私が買い与えていた。その立て替えたお金は、回収できないことがはっきりした。エミイは一文無し。
 かなりの損をさせられた。だからといって気立てのいい娘を、学園から放り出すことは私にはできなかった。エミイに罪はない。私は寄る辺ない娘が幸せに生きていくにはどうすればいいかを考えた。
 寄る辺ない娘でも自立して生きていけるように育ててあげよう。私が身内の代りに支えてあげればいい、そう決意した。
「あなたのこれからのことを考えないとね。あなたがこの学園にいたいのなら、いていいのよ。私の仕事を手伝いながら勉強を続けたらどうかしら。身寄りのないあなたが生きていくのは大変だけど、自立した生き方もできるわ。
 ここで学業を修めて、学校の先生か家庭教師になって、自分で生活費を稼げるようになってはどうかしら」
 寄る辺ないエミイは、学園にとどまることになった。
 


     ♠

 わしは一人書斎で、暖炉のそばの肘掛け椅子に座って、部屋着をはおり毛皮にくるまっている。額を押さえて、火を見つめている。
 金持ちだが家族のいない寂しさを感じていた。独り者の味気ない日々。気が滅入る。 
 従者ヴァレットが入ってきて、わしの気を晴らそうと、最近親しくなったという娘の話をはじめた。
「初めて外で見かけたときに微笑みかけてくれました。とても人当たりのいい娘です。何度か顔を合わせるうち、言葉を交わすようになりました。
 態度やふるまいが礼儀正しいお嬢様のようで、言葉遣いも立派なのですが、どういうわけか、身なりがまるで乞食のようなのです」

 後日いつものように書斎で、片手で目を覆い、うつむいて、晴れない心を持てあましていた。
「あの娘がご主人様をお見舞いしたいと言っております」
 従者ヴァレットに案内され、娘は書斎に入ってきた。なるほど、くたびれた服を着て、痩せた娘だった。
「エミイ・ツイスターと申します。いつも、窓の外から見える旦那様のお姿がおつらそうで、心配しておりました。あたし、旦那様のお姿を見るたびに、(神様のご加護がありますように)と、旦那様の幸せをお祈りしておりました」
 心のこもった、やさしい話し方。品性のそなわった娘だった。わしのそばに来て、ひざまづいた。
「元気づけて差し上げられたらいいのですが」
 そう言って娘はわしの痩せた手に顔を寄せると、その手に繰り返し繰り返しキスをした。
「いつもお苦しそうで……。あたしが頭をなでて差し上げたら、もしかしたら楽になるかもしれないと思って参りました」
 エミイが頭をなでると気持ちが楽になった。
「あなたに《ちっちゃな奥様》がいらしたらいいのにと思います。そうしたら、あなたが苦しんでいる時に、その子はあなたをなでてくれるでしょうから。
《ちっちゃな奥様》は、いっしょに馬車に乗ったり、オペラを観に行ったり、話しをしたり本を読んで差しあげたりしてくれるでしょうね」

「エミイ、君のことを聞かせてくれないか?」
 わしは穏やかに尋ねた。エミイは一瞬戸惑い、深いため息をついてから話し始めた。
「あたしは隣のブライト学園の特別生徒でした。でも身内が誰もいなくなったため、今は学園に置いてもらうために働いています。
 父はとてもお金持ちでした。お友達に頼まれ、事業の共同出資者になっていたのですが……」
 エミイは声を震わせ、涙を流しそうな顔になった。
「その事業が失敗し、心労から病気になって死んでしまいました。
 父はお友達のために全財産をつぎ込んだので、一文無になってしまいました。あたしもです」
 エミイの声はかすれ、涙が頬を伝って落ちた。
「頑張って働いていますが、先生に叱られてばかり。でも、先生はあたしを教育するために怒ってくださっているのです。だから、昼でも夜でも、ひどい天気のときに限ってお使いに出されたあげく叩かれて、食事を抜かれても、腐りかけのりんごの砂糖漬けしか食べられなくても平気です」
「それは教育とは違うよ。我慢することではない。それに、こき使われているだけじゃないか」
「仕方ないです、学園を追い出されたら行くところがないのですもの」
 エミイはハンカチを取り出し、目元を軽く押さえた。わしは深い溜息をつき、しばし沈黙した。

 エミイの身の上がわかった。エミイは父親の被った不幸のために、下働きのような仕事をさせられていた。気の毒に思った。
「エミイ、そんなに苦しんできたのか。君の話を聞いて、私は何かしらの手助けをしたいと思うよ」
「本当に…ありがとうございます。あたしはただ、少しでも安心して過ごせる場所が欲しいです」
エミイは涙を拭いながら、感謝の言葉を口にした。
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