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第十二話 白薔薇荘の冷遇令嬢 その3
ローエンばかりを厚遇するお母様。
食卓でも、居間でも、母の目は常にローエンだけを追っていた。
そんな家には、もういたくなかった。
私は、家を出る決心をした。
――自分の力で生きていこう。
家庭教師の紹介所を訪ねた。
数週間後、紹介所から返事が届いた。
ローレンス邸という郊外の瀟洒な屋敷に住み込みで、七歳と九歳の姉妹を教える仕事だった。
白薔薇荘の令嬢から、ローレンス邸の家庭教師へ――。
新しい暮らしが始まった。
授業は、ダンス、ピアノ、歌。
地理に、天文学、そして刺繍。
朝は鳥の声で目覚め、昼はサロンで子どもたちの笑い声を聞いた。
ローレンス家の人々は皆やさしく、私を家族の一員のように扱ってくださった。
台所のメイドたちともすぐに打ち解け、午後のお茶には焼き菓子を分けてくれた。
真昼の陽光が、ローレンス邸の白い石壁をまぶしく照らしていた。
館の庭に咲き誇るラベンダーの香りが風に乗り、クララは窓を開け放った勉強部屋で、子どもたちに歴史を教えていた。
そのとき、玄関の方で馬車の車輪の音が止まった。
メイドたちが小走りに動く気配、扉の開く音、そして――
「やあ、ただいま!」という朗らかな声が響いた。
ローレンス家の次男、アンドリュー様の帰宅だった。
法廷で鍛えられた声の張りと、都会仕込みの洗練を漂わせた青年。
しかし、その眼差しには、どこか人を測るような冷静さもあった。
クララは授業を続けながらも、胸の奥が妙にざわついた。
子どもたちが「アンドリュー兄様だ!」とはしゃいで飛び出していく。
少し遅れて、クララも挨拶のために玄関へと向かった。
「こちらが新しい家庭教師のクララ・ハースト嬢です」
奥様が紹介すると、アンドリューは一礼し、
「いつも妹たちがお世話になってます」と柔らかく微笑んだ。
その笑顔に、クララは言葉を失った。
それは、これまでのローレンス家の誰も見せなかった種類の優しさ――
侮りでも、憐れみでもなく、ひとりの人間として見つめる眼差しだった。
翌日。
午後の木陰で、子どもたちが詩の朗読をしていると、アンドリューが庭に現れた。
彼は軽い冗談めかして「ずいぶん厳しい先生だね」と笑った。
だがクララは、笑いを返さなかった。
「厳しさは、愛情の裏返しです。
子どもたちがあなたのように自分の道を見つけられるようにと思って」
アンドリューは一瞬、驚いたように彼女を見た。
誰も彼にそんな口調で話したことがなかったのだ。
「……なるほど。あなたの言葉には筋が通っている」
そう言って彼は微笑み、庭のベンチに腰を下ろした。
それ以来、アンドリューは授業の合間によく姿を見せるようになった。
彼は弁護士としての論理を子どもたちに教えたり、クララと教育方針について語り合ったりした。
時に意見はぶつかり合い、クララが毅然と反論すると、アンドリューはむしろ嬉しそうに微笑んだ。
「あなたは、僕に議論で勝った初めての女性かもしれない」
そう言われた時、クララの頬はわずかに紅潮した。
食卓でも、居間でも、母の目は常にローエンだけを追っていた。
そんな家には、もういたくなかった。
私は、家を出る決心をした。
――自分の力で生きていこう。
家庭教師の紹介所を訪ねた。
数週間後、紹介所から返事が届いた。
ローレンス邸という郊外の瀟洒な屋敷に住み込みで、七歳と九歳の姉妹を教える仕事だった。
白薔薇荘の令嬢から、ローレンス邸の家庭教師へ――。
新しい暮らしが始まった。
授業は、ダンス、ピアノ、歌。
地理に、天文学、そして刺繍。
朝は鳥の声で目覚め、昼はサロンで子どもたちの笑い声を聞いた。
ローレンス家の人々は皆やさしく、私を家族の一員のように扱ってくださった。
台所のメイドたちともすぐに打ち解け、午後のお茶には焼き菓子を分けてくれた。
真昼の陽光が、ローレンス邸の白い石壁をまぶしく照らしていた。
館の庭に咲き誇るラベンダーの香りが風に乗り、クララは窓を開け放った勉強部屋で、子どもたちに歴史を教えていた。
そのとき、玄関の方で馬車の車輪の音が止まった。
メイドたちが小走りに動く気配、扉の開く音、そして――
「やあ、ただいま!」という朗らかな声が響いた。
ローレンス家の次男、アンドリュー様の帰宅だった。
法廷で鍛えられた声の張りと、都会仕込みの洗練を漂わせた青年。
しかし、その眼差しには、どこか人を測るような冷静さもあった。
クララは授業を続けながらも、胸の奥が妙にざわついた。
子どもたちが「アンドリュー兄様だ!」とはしゃいで飛び出していく。
少し遅れて、クララも挨拶のために玄関へと向かった。
「こちらが新しい家庭教師のクララ・ハースト嬢です」
奥様が紹介すると、アンドリューは一礼し、
「いつも妹たちがお世話になってます」と柔らかく微笑んだ。
その笑顔に、クララは言葉を失った。
それは、これまでのローレンス家の誰も見せなかった種類の優しさ――
侮りでも、憐れみでもなく、ひとりの人間として見つめる眼差しだった。
翌日。
午後の木陰で、子どもたちが詩の朗読をしていると、アンドリューが庭に現れた。
彼は軽い冗談めかして「ずいぶん厳しい先生だね」と笑った。
だがクララは、笑いを返さなかった。
「厳しさは、愛情の裏返しです。
子どもたちがあなたのように自分の道を見つけられるようにと思って」
アンドリューは一瞬、驚いたように彼女を見た。
誰も彼にそんな口調で話したことがなかったのだ。
「……なるほど。あなたの言葉には筋が通っている」
そう言って彼は微笑み、庭のベンチに腰を下ろした。
それ以来、アンドリューは授業の合間によく姿を見せるようになった。
彼は弁護士としての論理を子どもたちに教えたり、クララと教育方針について語り合ったりした。
時に意見はぶつかり合い、クララが毅然と反論すると、アンドリューはむしろ嬉しそうに微笑んだ。
「あなたは、僕に議論で勝った初めての女性かもしれない」
そう言われた時、クララの頬はわずかに紅潮した。
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