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第一話「私……悪役令嬢!?」
そのとき、ふわりと甘い香りが鼻腔を擽った。
ずっと嗅いでいたいような、この香りに包まれていたいような、そんな匂い。
その匂いはブッフェスタンドに並べられている、目を惹くようなイチゴのスイーツからではなくて……。
「ようやく見つけた……! 俺の、『運命の番』……!」
――私の目前で嬉しそうにこちらを見つめている、美しい銀の髪の狼獣人から漂っていた。
◇◇◇
「アイリス。今日はお前の婚約者がこちらに訪問される日ですよ。王太子直々にいらしてくださるのですから、粗相のないようにしなさい」
「わかりました、お母様」
笑みを一つも零さずに今日の予定を話したアイリスの母親は、それだけ告げるとアイリスの部屋から去って行ってしまった。
今日がアイリスの八歳の誕生日であるのにも関わらず、特におめでとうも言わずに母親はどこかへ行った。
アイリスは侍女から上品なドレスを着せられる。
舞踏会などで着る煌びやかなものではなく、桃色のさらりとした生地にヴァイオレットの刺繍が施された気品のあるドレスだ。
アイリスは幼少期から王太子であるアルヴィーン・ローズウェリーとの婚約が決められていて、今の今までずっと王太子妃になるための教育を施されてきた。
幼いアイリスは何度も泣いた。
勉学に励むことの何が楽しいのかもわからず、解答を間違えると厳しい家庭教師に怒鳴られ、毎日が辛い日々だった。
だが、今日はアルヴィーンが公爵令嬢であるアイリス・ヴィーレイナの屋敷に訪問してくる日。
婚約者としての、初の挨拶となる。
朝から支度で忙しいアイリスは、今日は厳しい家庭教師に怒られることがないのだとホッとしていた。
「アイリス様、今髪を結いますね」
「ええ。早くしてちょうだい」
肩先までの黒髪がさらりと揺れる侍女、ルルアが、アイリスの髪を丁寧に結わいていく。
腰まであるプラチナブロンドの髪を、三つ編みに結って右肩に下ろしていく。
髪には小花の装飾をふんだんに。
首には煌めくエメラルドのネックレスを。
耳には薔薇の形を模した小さめのイヤリングを。
鏡を見ながらふと考える。
アイリスは自分の見た目に奇妙な既視感があった。
――この見た目の女の子を、私はどこかで見たことがあるような気がする……。
でもその既視感が思い出せないまま、今日まで過ごしてきたのだった。
「アイリス。殿下がお見えです。迎えに行きなさい」
「はい。わかりました」
支度を終えてから小一時間、国史の本を読んで待っていたアイリスは、母から命令が下った。
赤のカーペットが敷かれた廊下をリボンがついたミドルヒールで踏みしめて渡り、金色の手すりに触れて階段を下りる。
アイリスは僅かに緊張していた。
これから自分の婚約者である、アルヴィーンにお会いするのだ。
どんな人なのだろう。
今まで王太子妃になるために部屋にこもって勉学に励んでいたから、アルヴィーンの見て呉れも何もかもわからない。
緊張して心臓を早く鳴らしながらもしばらく歩いて玄関に到着した、そのとき――。
「ごきげんよう、アイリス・ヴィーレイナ。ローズウェリー王国の第一王子、アルヴィーン・ローズウェリーだ。婚約者として、これからよろしく頼む」
玄関に立って軽いお辞儀をしたアルヴィーンに、アイリスは雷を落とされたような衝撃が走った。
玄関の傍にある窓から零れる日差しがアルヴィーンの金髪を鮮やかに照らす。
絵本の中に出てくるような王子様の恰好をしたアルヴィーンは、僅かに頭を下げ、髪を揺らしている。
そして、顔を上げた瞬間。
アイリスは気絶しそうになった。
「うそ……うそよ、そんな……」
アルヴィーンに聞こえないように震えた小声を口から漏らす。
――うそ、うそよ、こんなの、うそ……。
アルヴィーンの顔を見て思い出してしまった。
アイリスは……いえ、わたし、私は……。
「あの恋愛小説の悪役令嬢に、転生してしまったんだわ……」
ずっと嗅いでいたいような、この香りに包まれていたいような、そんな匂い。
その匂いはブッフェスタンドに並べられている、目を惹くようなイチゴのスイーツからではなくて……。
「ようやく見つけた……! 俺の、『運命の番』……!」
――私の目前で嬉しそうにこちらを見つめている、美しい銀の髪の狼獣人から漂っていた。
◇◇◇
「アイリス。今日はお前の婚約者がこちらに訪問される日ですよ。王太子直々にいらしてくださるのですから、粗相のないようにしなさい」
「わかりました、お母様」
笑みを一つも零さずに今日の予定を話したアイリスの母親は、それだけ告げるとアイリスの部屋から去って行ってしまった。
今日がアイリスの八歳の誕生日であるのにも関わらず、特におめでとうも言わずに母親はどこかへ行った。
アイリスは侍女から上品なドレスを着せられる。
舞踏会などで着る煌びやかなものではなく、桃色のさらりとした生地にヴァイオレットの刺繍が施された気品のあるドレスだ。
アイリスは幼少期から王太子であるアルヴィーン・ローズウェリーとの婚約が決められていて、今の今までずっと王太子妃になるための教育を施されてきた。
幼いアイリスは何度も泣いた。
勉学に励むことの何が楽しいのかもわからず、解答を間違えると厳しい家庭教師に怒鳴られ、毎日が辛い日々だった。
だが、今日はアルヴィーンが公爵令嬢であるアイリス・ヴィーレイナの屋敷に訪問してくる日。
婚約者としての、初の挨拶となる。
朝から支度で忙しいアイリスは、今日は厳しい家庭教師に怒られることがないのだとホッとしていた。
「アイリス様、今髪を結いますね」
「ええ。早くしてちょうだい」
肩先までの黒髪がさらりと揺れる侍女、ルルアが、アイリスの髪を丁寧に結わいていく。
腰まであるプラチナブロンドの髪を、三つ編みに結って右肩に下ろしていく。
髪には小花の装飾をふんだんに。
首には煌めくエメラルドのネックレスを。
耳には薔薇の形を模した小さめのイヤリングを。
鏡を見ながらふと考える。
アイリスは自分の見た目に奇妙な既視感があった。
――この見た目の女の子を、私はどこかで見たことがあるような気がする……。
でもその既視感が思い出せないまま、今日まで過ごしてきたのだった。
「アイリス。殿下がお見えです。迎えに行きなさい」
「はい。わかりました」
支度を終えてから小一時間、国史の本を読んで待っていたアイリスは、母から命令が下った。
赤のカーペットが敷かれた廊下をリボンがついたミドルヒールで踏みしめて渡り、金色の手すりに触れて階段を下りる。
アイリスは僅かに緊張していた。
これから自分の婚約者である、アルヴィーンにお会いするのだ。
どんな人なのだろう。
今まで王太子妃になるために部屋にこもって勉学に励んでいたから、アルヴィーンの見て呉れも何もかもわからない。
緊張して心臓を早く鳴らしながらもしばらく歩いて玄関に到着した、そのとき――。
「ごきげんよう、アイリス・ヴィーレイナ。ローズウェリー王国の第一王子、アルヴィーン・ローズウェリーだ。婚約者として、これからよろしく頼む」
玄関に立って軽いお辞儀をしたアルヴィーンに、アイリスは雷を落とされたような衝撃が走った。
玄関の傍にある窓から零れる日差しがアルヴィーンの金髪を鮮やかに照らす。
絵本の中に出てくるような王子様の恰好をしたアルヴィーンは、僅かに頭を下げ、髪を揺らしている。
そして、顔を上げた瞬間。
アイリスは気絶しそうになった。
「うそ……うそよ、そんな……」
アルヴィーンに聞こえないように震えた小声を口から漏らす。
――うそ、うそよ、こんなの、うそ……。
アルヴィーンの顔を見て思い出してしまった。
アイリスは……いえ、わたし、私は……。
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