5 / 49
第五話「ルルア、ごめんね」
「アイリス様、夕食の準備ができました」
「あ……ルルア」
殿下が王宮へお帰りになったあと、私は自室に移動した。
家庭教師に宿題を課され、参考書の問題を解いていたころ、ルルアがドアをノックしてやってきた。
ルルアはアイリスの侍女で、小説ではアイリスにこき使われいじめられているという設定だった。
私は前世の記憶を取り戻すまで小説の話通りに動いていたわけで、今までルルアにひどいことを言ってきた。
厳しい勉強のストレスが溜まって八つ当たりとしてルルアに暴言や我儘をよく吐いていたのだ。
ルルアは元孤児で、教会育ちの女性だった。
それを今のヴィーレイナ家当主であるお父様の気まぐれに拾われて、私の侍女として生活してきたのだ。
だから、アイリスは貴族じゃない女性に世話をしてもらうことが気に入らないという理由でルルアをいじめ始めるのだ。
――貴方ってば、そんなこともできないの!?
――喉が渇いたわ。早くブドウジュースを持ってきてちょうだい。え? ブドウを切らしてる? ふざけないで! じゃあ貴方が買いに行きなさい!
などなど過去の前世に気づく前の私を思い出して、思わず頭を抱える。
「本当に、最低だわ、私……」
「アイリス様? どうかされましたか? 体調でも悪いのですか?」
それでもルルアは私に健気に寄り添ってくれる。
ルルアは私が我儘を言っても嫌な顔一つせずに応えてくれた。
たくさん無理を聞かせてしまっていたのに、私は一度もお礼を言っていない。
「……ルルア」
「なんでしょう、アイリス様」
ルルアは笑顔で答える。
その純粋さや健気さが私の胸を貫いて、申し訳なさで頭も心もいっぱいになった。
私はルルアの手を握る。
少し冷たくて、そういえば今は冬だし廊下は寒いのだとわからせてくれた。
私の部屋には暖炉があって暖かいけれど、廊下にそれはない。
以前、私が零した紅茶をルルアに拭かせたことがあった。
でも紅茶を拭いているルルアの手は、そのとき冬なのもあって洗い物であかぎれしていた。
今のルルアの手はあかぎれしていないけれど、当時は私がハンドクリームを与えたりして労わるべきだったのだ。
それなのに、「早く拭きなさい」だなんて言ったりして、小説の話通りに動いていたとはいえ、全部私の我儘、私の都合しか考えていなくて……。
「ルルア、ごめんなさい」
「え……どうされたのですか!? アイリス様!」
気づけば私は一筋の涙を零していた。
焦ったルルアがポケットからハンカチを取り出して拭いてくれる。「私のもので申し訳ありませんが……」なんて言ったりしながら。
「私、貴方にたくさんひどいことをしたわ。勉強のストレスで何度も貴方に暴言を吐いたし、無茶苦茶な我儘だって言ってた。……ごめんなさい、ルルア。私、もっと貴方を大切にするわ。絶対に大切にする」
「アイリス様……」
「今までのこと、許してくれなんて思っていないわ。でも……これからは、私と一緒にお話ししたり、中庭でお茶をしたりしてほしいの」
今までルルアのことを元孤児だからといって、私に釣り合う人間じゃないと思って話も命令と我儘だけだったし、彼女と中庭でお茶なんてしたことがなかった。
でも、前世の記憶を取り戻した今なら、ルルアと一緒にいろんなことがしたい。
両親から止められていて屋敷の外には出られないけれど……。
私は前世の記憶を思い返す。
私の上司も我儘で、無理難題な命令を押しつけてきたりしていた。
公爵令嬢という上に立つ人間として、そんな人間にはなりたくない。
私が懇願するように上目で背の高いルルアを見つめると、ルルアは瞳を潤ませて柔らかく微笑んだ。
「アイリス様。私は貴方に怒りを向けたことなんてありませんよ。今までの我儘や暴言を許さないだなんて思ってもいません」
「ルルア……?」
「アイリス様は一人で王太子妃になるための勉学と戦ってきました。すごいことなんですよ。無事王太子妃になれて、アイリス様はとても立派な女性です。だから、『ほんの少し』の八つ当たりくらい、なんとも思っていませんよ。アイリス様は頑張ってきたんですから」
「……っ」
私が地獄のような勉学に励んでも、お父様とお母様は喜んだり褒めたりしてくれなかった。
むしろ、もっと教養を身に着けようとさらに本を買い、家庭教師をつけていた。
前世だって上司に褒められたこともないし、同僚と飲むことはあっても仕事を褒められたことはなかった。
私はたくさん仕事をこなしていたから、嫉妬の面もあったんだと思う。
だから……そんなことを言ってくれたルルアに、一筋だった涙は大粒のものとなって溢れ出した。
「ごめんね……っ、ルルア、ごめんね……!」
「大丈夫ですよ。アイリス様」
泣いている私を、ルルアがそっと抱きしめてくれる。
八歳の私より大きな身体があって、この世界でお母様に抱きしめられた記憶もない私は、すごく安心してしまう。
ルルアは私が泣き止むまで、抱き竦めて背中をさすってくれた。
「あ……ルルア」
殿下が王宮へお帰りになったあと、私は自室に移動した。
家庭教師に宿題を課され、参考書の問題を解いていたころ、ルルアがドアをノックしてやってきた。
ルルアはアイリスの侍女で、小説ではアイリスにこき使われいじめられているという設定だった。
私は前世の記憶を取り戻すまで小説の話通りに動いていたわけで、今までルルアにひどいことを言ってきた。
厳しい勉強のストレスが溜まって八つ当たりとしてルルアに暴言や我儘をよく吐いていたのだ。
ルルアは元孤児で、教会育ちの女性だった。
それを今のヴィーレイナ家当主であるお父様の気まぐれに拾われて、私の侍女として生活してきたのだ。
だから、アイリスは貴族じゃない女性に世話をしてもらうことが気に入らないという理由でルルアをいじめ始めるのだ。
――貴方ってば、そんなこともできないの!?
――喉が渇いたわ。早くブドウジュースを持ってきてちょうだい。え? ブドウを切らしてる? ふざけないで! じゃあ貴方が買いに行きなさい!
などなど過去の前世に気づく前の私を思い出して、思わず頭を抱える。
「本当に、最低だわ、私……」
「アイリス様? どうかされましたか? 体調でも悪いのですか?」
それでもルルアは私に健気に寄り添ってくれる。
ルルアは私が我儘を言っても嫌な顔一つせずに応えてくれた。
たくさん無理を聞かせてしまっていたのに、私は一度もお礼を言っていない。
「……ルルア」
「なんでしょう、アイリス様」
ルルアは笑顔で答える。
その純粋さや健気さが私の胸を貫いて、申し訳なさで頭も心もいっぱいになった。
私はルルアの手を握る。
少し冷たくて、そういえば今は冬だし廊下は寒いのだとわからせてくれた。
私の部屋には暖炉があって暖かいけれど、廊下にそれはない。
以前、私が零した紅茶をルルアに拭かせたことがあった。
でも紅茶を拭いているルルアの手は、そのとき冬なのもあって洗い物であかぎれしていた。
今のルルアの手はあかぎれしていないけれど、当時は私がハンドクリームを与えたりして労わるべきだったのだ。
それなのに、「早く拭きなさい」だなんて言ったりして、小説の話通りに動いていたとはいえ、全部私の我儘、私の都合しか考えていなくて……。
「ルルア、ごめんなさい」
「え……どうされたのですか!? アイリス様!」
気づけば私は一筋の涙を零していた。
焦ったルルアがポケットからハンカチを取り出して拭いてくれる。「私のもので申し訳ありませんが……」なんて言ったりしながら。
「私、貴方にたくさんひどいことをしたわ。勉強のストレスで何度も貴方に暴言を吐いたし、無茶苦茶な我儘だって言ってた。……ごめんなさい、ルルア。私、もっと貴方を大切にするわ。絶対に大切にする」
「アイリス様……」
「今までのこと、許してくれなんて思っていないわ。でも……これからは、私と一緒にお話ししたり、中庭でお茶をしたりしてほしいの」
今までルルアのことを元孤児だからといって、私に釣り合う人間じゃないと思って話も命令と我儘だけだったし、彼女と中庭でお茶なんてしたことがなかった。
でも、前世の記憶を取り戻した今なら、ルルアと一緒にいろんなことがしたい。
両親から止められていて屋敷の外には出られないけれど……。
私は前世の記憶を思い返す。
私の上司も我儘で、無理難題な命令を押しつけてきたりしていた。
公爵令嬢という上に立つ人間として、そんな人間にはなりたくない。
私が懇願するように上目で背の高いルルアを見つめると、ルルアは瞳を潤ませて柔らかく微笑んだ。
「アイリス様。私は貴方に怒りを向けたことなんてありませんよ。今までの我儘や暴言を許さないだなんて思ってもいません」
「ルルア……?」
「アイリス様は一人で王太子妃になるための勉学と戦ってきました。すごいことなんですよ。無事王太子妃になれて、アイリス様はとても立派な女性です。だから、『ほんの少し』の八つ当たりくらい、なんとも思っていませんよ。アイリス様は頑張ってきたんですから」
「……っ」
私が地獄のような勉学に励んでも、お父様とお母様は喜んだり褒めたりしてくれなかった。
むしろ、もっと教養を身に着けようとさらに本を買い、家庭教師をつけていた。
前世だって上司に褒められたこともないし、同僚と飲むことはあっても仕事を褒められたことはなかった。
私はたくさん仕事をこなしていたから、嫉妬の面もあったんだと思う。
だから……そんなことを言ってくれたルルアに、一筋だった涙は大粒のものとなって溢れ出した。
「ごめんね……っ、ルルア、ごめんね……!」
「大丈夫ですよ。アイリス様」
泣いている私を、ルルアがそっと抱きしめてくれる。
八歳の私より大きな身体があって、この世界でお母様に抱きしめられた記憶もない私は、すごく安心してしまう。
ルルアは私が泣き止むまで、抱き竦めて背中をさすってくれた。
あなたにおすすめの小説
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
【完結】捨てられた悪役はきっと幸せになる
ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。
強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。
その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。
それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。
「ヴィヴィア、あなたを愛してます」
ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。
そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは?
愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。
※本作は、一般的な爽快ざまぁ・即溺愛を主軸とした作品ではありません。
また、人によっては元鞘に見える展開や、ヒーローが執着・独占欲強め(ヤンデレ寄り)と感じられる描写があります。
残酷な描写、精神的トラウマ描写を含みますので、苦手な方はご注意ください。
婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします
タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。
悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。