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第二十一話「働き先、決めなくちゃ!」
◇◇◇
エリオットの家に来てから、一週間が経った。
その間、私はルルアに『運命の番』である狼獣人に出会ったこと、外に出てたくさんのカフェを巡ったことを手紙に綴って送った。
二日後に『元気そうでとても安心しました。『運命の番』の方と、どうかお幸せにお過ごしくださいね』というような内容の手紙がポストに入っていた。
ルルアは私がいなくなってしまったあとのヴィーレイナ家は寂しいとも書いてあった。
私のように楽しい話ができる人がおらず、もしかしたら侍女を辞めて今までの給与を貯めているからひっそり一人暮らしをするかもしれない、とも。
「それじゃあ、行ってくるね、アイリス」
「行ってらっしゃい、エリオット」
エリオットは今日、仕事である。
この一週間、エリオットが騎士団の仕事をしている間、私は家にいるかベスティエ街のカフェに行っていた。
私が「エリオットが仕事に行っている間は家事をしたい」と言って一歩も引かずにいたら、掃除や洗濯を頼んでくれた。
それらをこなし、昼食はカフェに行って、帰宅して夕食を作る。
そんな日々を過ごしていたわけだけど……。
「さすがに働かないとまずいでしょ!」
私は頭を抱える。
自分が投資で貯めていたお金を崩したからカフェ巡りはそれで済ませているけれど、家での食費や家のローンはエリオットが支払っている。
一緒に住んでいるわけだし、かかる費用は私も協力したい。
「……働き先を探さなきゃ」
私は外出用の服に着替え、外に出た。
季節はまだ冬。
ダッフルコートにマフラーを着こんでも寒い。
この国は日本とあまり気候が変わらない。
でも、冬は曇りの日が日本にいたときよりもかなり多い気がする。
ベスティエ街を歩き、仕事を募集している貼り紙はないか探す。
「んー……」
いろいろと探し回るけれど、なかなか良さそうな店がない。
やっぱり働くならカフェがいい。
好きなところで働くのが、前世からの夢だったのだ。
「お仕事募集してるカフェとか……うーん、ベスティエ街広いし、迷子になっちゃいそう」
「あ! アイリス様!」
遠くで私を呼ぶ声がした。
私のことを様付けする人は、恐らく貴族として関わってきた令嬢や令息しかいない。
まさか、学園を追い出された私を追ってここまでやってきた、とか……?
何度も「アイリス様!」と呼ばれ、声がどんどん近くなり、私は怖くなって振り向けずにいた。
……そういえば、この声を最近聞いたことがある気がする。
「アイリス様!」
「はい……って、カリナさん!?」
以前にパンケーキのアドバイスを私がして、喜んでくれたカリナさんだった。
息を切らし、目の前に来たカリナさんは私服姿だ。
花柄のワンピースにショートブーツという可愛らしい服装で、恐らく仕事が休みなのだろう。
「どうされたんですか?」
「あの……っ、感謝を、伝えたくて……っ!」
感謝? 私、カリナさんに感謝されるようなことってしたっけ?
ただ、パンケーキのメニューにアドバイスしただけなんだけど……。
わからなくて首を傾げていると、息を整えたカリナさんが真っ直ぐ私を見つめる。
「実は……アイリス様が、私が考案したパンケーキにアドバイスをして下さったじゃないですか」
「ええ、しましたね」
「その通りにメニューを作り直したら……大盛況で、朝から大行列なんです!」
「ええっ!?」
「あのメープルシフォンパンケーキが、とても可愛らしいと大人気になって……。それと、オプションで三段重ねのパンケーキもメニューに取り入れたら、男性や獣人の方々も来てくださって! もう売り上げがこの一週間ちょっとだけで去年のこの月の四倍なんです!」
「そんなに!?」
私、そんなにすごい発言をした覚えはないのだけれど!?
「良かったらぜひ、また私たちのお店にも来てください。美味しいパンケーキを提供致しますので」
「そのときは三段重ねでもいいかしら?」
「はい、もちろん!」
カリナさんが嬉しそうに笑う。
私のちょこっとしたアドバイスだけで、そんなにお店を盛り上げられるだなんて予想していなかった。
まあ、仮にも私は前世で飲食店の企画運営の仕事をしていたのだ。
自信は持っていいのだろう。
「それじゃあ、この後用事がありますので、それでは!」
「ええ。喜ばしいお知らせをありがとうございます。私も嬉しかったです!」
「はい! またアドバイスしたいことがあれば、いつでもなんでもお伝えください! お待ちしています!」
カリナさんは手を振りながら、手に持ったカバンを揺らして去って行ってしまった。
影も見えなくなるほどどこか行ってしまってから、私はしまった、と気づく。
「カリナさんの職場で人員が不足していないか聞けばよかったわ……」
こういうのって、いつも終わってから気づくのよね……。
歳なのかしら。アイリスはまだ十八歳だけど。
こうして働く職場のチャンスを一度失った私は、いろんなカフェの窓を眺めて人員募集の貼り紙が貼っていないかチェックした。
働き先をなんとしても見つけないと、と獲物を狙うようなギラギラとした目つきでいろんなカフェの窓を隅々まで見る。
何件か回ったけれど募集しているような紙を貼っているカフェはなかった。
なら、直接店員に募集しているか聞いてみようかしら……?
と、どこかのカフェに入ろうと辺りを見回したとき。
「お、アイリス! おーい!」
……今日はよく話しかけられるわね。
後ろから呼びかける声がして振り返ってみれば、フレッドが走って来るところだった。
「フレッド。今日は非番なの?」
「いや、さっき護衛の休憩を貰って来たところなんだ。俺、隣町を護衛してるんだけど、こっちのほうが美味しい食いもんあるから休憩のたびに来ちゃうんだよね。アイリスは何してるんだ?」
「ええっと、お仕事を探しているところよ。さすがに一緒に住んでいるエリオットに申し訳ないし、働こうと思っていて」
「えー、それ、エリオットが働けって言ったの?」
「いえ、言ってないけれど……」
フレッドが不思議そうに首を傾げる。
「なら働かなくていいだろ。エリオットは獣人騎士団の副団長だぞ? 十分給与貰ってるし、貯金だってあるはずさ。エリオットもアイリスは働かなくていいって思ってるんじゃないか?」
「そんなの絶対ダメ! エリオットが頑張って働いてるんだから、私だって働いてエリオットを支えたいの」
私が少し声を張って言うと、フレッドは驚いて固まっていた。
フレッドが頭を掻いて、少し視線を逸らす。
「珍しいな、そんなに働きたがるなんて。この国は男性が十分生活できるような金持ってたら、働かない女性が多いよ。特に貴族とか、そうだしな」
……それもそうだ。
私は殿下と婚約していた頃、殿下を支えることだけを考えろとは言われていたけれど、働けとは言われていなかった。
学園卒業を間近に控えていたときでさえ、両親とでも令嬢たちとでも働き先の話など一つも話題に上がらなかったのだ。
まあ、考えてみれば貴族はそれが普通なのだろう。
彼女たちはお茶会を開いて自分の婚約者の地位を上げる発言をしたり、婚約者の家格を落とさず、婚約者のお仕事に少し助言をするのが役目でありお仕事なのだから。
でも、今の私は令嬢じゃない。
ただの普通のアイリスという名の女性だ。
「エリオットがいくらお金を持っていたって、自分が欲しいものは自分で稼いだお金で買いたいわ。家事だって手伝ってくれているし、なんでも負担させるわけにはいかないもの」
「……」
それに……この国でごく普通に働いてみたいという願望も込められている。
私が正直に話すと、フレッドはくすりと笑った。
「……うん。きっとアイリスは、エリオットの立派な妻になれるだろうな」
「つ、つま!?」
ぼわっと顔を赤くさせると、フレッドが今度は声を上げて笑った。
「あはは! エリオットが羨ましいよ」
「……??」
「仕事を探してるんだろ? どこで働きたいとか、希望はあるのか? 俺で良ければ力になるよ」
「本当!? 私、カフェで働きたいのだけど……」
「うーん、それなら……」
フレッドが顎に手を当てて熟考する。
しばらくして、「あっ」と顔を上げた。
「王都とベスティエ街の境目にある、レビィが募集してたはずだ」
「レビィ?」
「確か、ガトーショコラが食べ比べできる珍しいカフェだよ。どの料理もスイーツも絶品で、人気だから人手が足りてないって前に聞いたぞ」
「本当? 行ってみようかしら」
「行ってみな! 紙持ってるから、地図書いておくよ」
そう言うとフレッドは便箋にボールペンでサラサラと地図を書き、私に渡してくれた。
その後、腕時計を一瞥して「休憩終わっちまう! それじゃあな、アイリス!」と手を振って去って行ってしまった。
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