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第7章 ダンジョン都市
第198話 クランバトル①
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ケビンたち【ウロボロス】とカイエン率いる【鮮血の傭兵団】が訓練場へやって来ると、観客席には野次馬の冒険者たちで埋め尽くされていた。
訓練場の中央ではケビンとカイエンが相対して、クランメンバーは壁際でその様子を窺っていた。
「ルールは、さっき言った通りで殺しはなしってことでいいの?」
「あぁ、それで構わない。どちらかが降参するまでだ」
「もし、意地張って降参しなかった場合は? 狂犬は確実にそうなりそうなんだけど、死なないにしても痛めつけることになるよ?」
「その時は、状況を見て俺が止める」
「そっちは、何人参加? 多いなら纏めてやりたいんだけど?」
「こっちは、俺を含めて5人だ。幹部以外の者だと手も足も出さない内に、倒されてしまいそうだからな。それだと、相手の強さがわからないまま終わってしまう」
「じゃあ、瞬殺はなしってことだね。手を抜くけどいいよね?」
「それほどの差があるのか?」
「ぶっちゃけ5人纏めてかかってきても、負ける気はしないしね」
「そうか……楽しめそうだな。この高揚感は戦争以来だ」
「ダンジョンでも楽しめると思うけど? まだ深層には行ってないでしょ? あそこは戦いがいがあるよ」
「そういえば、ダンジョンを制覇していたな。そこまで言うなら、これが終わったら攻略を再開するとしよう」
「あぁ、是非楽しんでね。50階層を超えたあたりから難易度が徐々に上がるようになっているから、練度を上げるには持ってこいだよ。それにレアボスは更に難易度が高いから、ボスを倒した後でもまた楽しめるしね」
「では、そろそろ始めるか」
「そうだね」
訓練場の中央からカイエンが立ち去ると、代わりに出てきたのはケビンが名付けた狂犬であった。
「やっぱり狂犬が1番手か」
「ガキが……」
今にも飛びかかりそうな勢いで睨みつける狂犬を他所に、ケビンは野次馬の中に受付嬢を見つけると声をかけた。
「そこの受付嬢さん、試合を仕切ってくれる?」
「は、はい! で、では、クランバトル、【ウロボロス】対【鮮血の傭兵団】の第1試合を始めます。両者は所定の位置に」
ケビンにいきなり声をかけられた受付嬢は、オドオドとしながらも気を引き締めて試合を仕切り始めた。
ケビンと狂犬は予め印をつけていた所定の位置につくと、受付嬢が開始の合図をする。
「第1試合……始め!」
その合図とともに動き出したのは、狂犬であった。ケビンは瞬殺しない方向性で動くため、受け身の姿勢である。
「待ってたぜェ!! この瞬間をよぉ!! 死に晒せやぁぁぁぁっ!」
ケビンから散々コケにされた鬱憤が溜まっていたのか、怒涛の勢いで斬りつけてくる狂犬に対して、ケビンは難なく回避して狂犬の背後へと移動する。
斬りつけたはずの目の前からケビンがいなくなったことに対して、狂犬が驚いているとその背後から声をかけられる。
「殺しはなしって言ったのに、そのセリフはどうなの?」
慌てて振り向く狂犬の視線の先には、先程まで自分が立っていた開始位置の場所に、ケビンが武器を構えることもなく自然体で立っていた。
ケビンの移動速度を目で追えた者はおらず、鮮血の傭兵団や観客席の野次馬たちも言葉を失っていた。
静寂が辺りを包み込んだのも束の間、次の瞬間には騒然たる歓声が静寂を塗りつぶした。
「なんだあいつ! いつの間に移動しやがった!?」
「全然見えなかったぞ!」
「あの子何者なの!?」
「圧倒的じゃない!?」
観客たちが驚いている中、それは鮮血の傭兵団たちも同様で、まさかここまでの実力差があるとは露ほどにも思わなかった。
「ここまでとはな……」
周りの喧騒の中で団長の漏らした呟きに、周りの幹部たちも固唾を飲み込む。これから目の前の強者に挑まなくてはならないのだ。
鮮血の傭兵団の幹部として、不戦敗を選ぶことなどあってはならない故に、如何にして闘うかを思考してみるが、改善策が何も思いつかないでいた。
そんな幹部たちの気持ちを汲み取ったのか、団長が幹部たちに声をかける。
「別に気負う必要はない。端から勝てる見込みなどないのだ。あの歳でダンジョンを制覇するような子供だぞ? 普通であるはずがない。胸を借りるつもりで挑んでこい。俺もそのつもりだしな、情けない話ではあるが」
「団長……それならば、何故クランバトルを申し込まれたのですか?」
クランバトルに反対であった副団長が聞いてみると、驚くべき言葉が返ってきた。
「月光の騎士団がなくなってからは、お前たちを含めて団員たちが調子に乗っていたからな。そんな時に現れたのがウロボロスだ。話を聞いていくうちに、お前たちのテコ入れに使えると思ってな。それにガス抜きをさせるのにもちょうどいいだろう」
「しかし、舐められたままでは……」
「そもそも、俺たちを舐めていたのはあいつではなくギルドだ。こっちの足元を見て冒険者資格の剥奪をチラつかせただろ? それに、あいつはギルドの思惑を知ると強気に出て、素材を卸さないと言っていた。本来は俺たちもああすべきだったんだ。ギルドは別にここだけじゃないし、ここに拘る必要もない。あいつのように他の街のギルドに卸すのもありじゃないか? 俺たちに舐めた真似をして後悔させるには充分だろう?」
「確かにそうですね」
「俺としては、あいつに特に思うところはない。喧嘩をふっかけてクランを潰されたら、たまったもんじゃないしな。月光の騎士団の二の舞になるのはごめんだ」
「末恐ろしい子供ですね」
「あぁ……だが、友好を結んでいれば恐れることはない。敵対しなければただの子供だしな」
団長と副団長が会話している最中、舞台では未だに攻撃を避け続けているケビンの姿があった。
狂犬が必死に剣を振るうも、掠りすらもしないで避けられている。ムキになる狂犬を他所に、ケビンはカイエンに向けて言葉をかける。
「カイエンさん、武器破壊ってあり?」
いきなりケビンに声をかけられるも、慌てる様子もなくカイエンが答えた。
「出来ればなしで頼む。割かし高い武器を使っているからな」
「わかったよ」
狂犬そっちのけで話をするケビンに、ますますムキになって斬りかかっているが、一向に当てれる気配すらない。
ケビンは武器破壊ができないとあっては、ドワンによって改造済みである愛用の刀を使うわけにもいかず、訓練場脇にある模擬刀に目をつけた。
「ねぇ、そこのお姉さん」
「ッ! ひゃい!」
いきなりケビンに声をかけられた女性冒険者は、ビックリして思わず返事を噛んでしまった。
「ははっ、驚かせてごめんね。そこに置いてある模擬刀を投げてくれない?」
「こ、これですか!?」
「そう、それ」
女性冒険者は言われた通りに模擬刀を投げるが、いきなりのことで緊張しているのか、思いのほか飛ばずにすぐそこに落ちてしまった。ケビンがいる場所は、そこから数メートル先であるのに対して。
「ご、ごめんなさい!」
やらかしてしまった女性冒険者はすぐさま謝ったが、ケビンは全く気にしていなかった。
「いいよ、取りに行くから」
有言実行とばかりにケビンが模擬刀を取りに行く。当然、狂犬に背中を向けて堂々と歩きながら。
「うわぁ……ケビン君、煽り方が半端ないわね」
「鬼畜」
「さすがは、ケビン様です!」
その姿を見ている観客たちも敵に背を向けて歩くなど、ありえない行動をしてのけるケビンに、ある意味、戦慄を覚えていた。
そんな姿を晒されては煽られている当人である狂犬は、怒りが天元突破してたとえ後で卑怯者と罵られようとも、なりふり構わずに斬りかかりに向かった。
「舐めてんじゃねぇぇっ!」
まさにケビンの背中が斬りつけられようとした瞬間、その姿はまたしても消えて落ちている模擬刀の所にいた。
「ありがとね、綺麗なお姉さん」
ケビンが模擬刀を拾うとニッコリ笑って、女性冒険者にお礼を告げる。対する女性冒険者は、ケビンのあどけない笑顔にしてやられるのであった。
「はふぅ~……」
女性冒険者はその場に座り込んでしまい、ケビンの笑顔を脳内ハードディスクへと焼き付けるのである。
「相変わらずね」
「天然炸裂」
「あの笑顔が尊い……」
ティナとニーナがケビンの行動に呆れている中、ルルだけはケビン至上主義を貫いていた。
「てめぇ、まさか真剣相手にそんなもんでやり合うつもりか?」
ケビンが模擬刀を手にしたところで怒り心頭の狂犬が尋ねると、ケビンは当たり前のように返答した。
「これで充分だから」
ケビンが持っている模擬刀は、刃を潰した金属製のものではなく、普通の木刀だったのだ。
「ぶった斬ってやるっ!」
再び狂犬が斬りかかると、先程とは打って変わってケビンは避けずに、模擬刀で受け止めた。
「なっ!?」
狂犬は切れているはずの模擬刀が切れておらず、しっかりと受け止めていることに驚愕する。
「あれって【魔力操作】の応用よね?」
「木でも出来るんだ……」
「基本的に何にでも応用が効きますよ」
ティナとニーナの疑問にルルが答えていると、観客たちは目の前で起きている事態に自分たちの目がおかしくなったのかとこすり始めていた。
「足元がお留守だよ」
驚いて攻撃の手が止まっている狂犬の足を払うと、狂犬はそのまま尻もちをつく。
「ぐっ……」
「ほら、早く立ち上がらないと不利だよ?」
ケビンは特に追い討ちをかけるでもなく、狂犬が立ち上がるのをひたすら待っていたが、対する狂犬は自分の置かれている状況を理解して怒りで顔を真っ赤にしている。
「ふざけやがってぇ!」
相変わらず大振りが続く狂犬に、外野のカイエンからアドバイスがかけられた。
「そんな大振りだといつまで経っても当たらないぞ。少しは冷静になれ」
団長からの指示とあって狂犬は一旦距離を置くことにして、攻撃の手を休めることにすると、ケビンはその行動に追い討ちをかけずに待っていた。
「……ふぅぅ……」
大きく息を吐き出した狂犬の表情は、今までと違って真剣味を帯びて、ケビンを見据えている。そんな狂犬にケビンが声をかける。
「やっとマシな感じになったね、カイエンさんに感謝しなよ?」
そこからの闘いは、ケビンによる煽り成分がゼロとなった打ち合いと化す。
狂犬が袈裟斬りをすると、対するケビンはそれに合わせて剣を受け止め、フェイントを混じえながら斬りつけるも、ケビンが冷静に対処して受け止め、何を仕掛けようとも受け止められて、次第に狂犬は疲労に包まれていくのだった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「そろそろ降参かな?」
「だ……誰が……ぜぇ……するか……」
「だ、そうだよ? カイエンさん」
「最後に一撃を与えてやってくれ。もちろん死なない程度に」
「わかった。狂犬、今から攻撃するからその後にゆっくり休むといいよ」
「う……受け止めて……やる」
狂犬は今までされた仕返しをするかの如く途切れ途切れに呟くが、ケビンは気にせず構えると、狂犬はその姿を捉えるために凝視していたが、初動すら見極めきれずに見失ってしまった。
「――ッ!」
周りの者たちが再びその姿を目にした時には、狂犬が既に吹き飛ばされていた。吹き飛ばされた狂犬は、そのまま鮮血の傭兵団側の壁へと大きな音を立ててぶつかりようやく止まる。
「ガハッ……」
壁にぶつかった狂犬は度重なる疲労も相まって、そのまま項垂れ意識を手放すのであった。
「……」
訓練場が静まりかえる中、ケビンが受付嬢に声をかけると、受付嬢は我に返ってケビンの勝利を宣言した。
その瞬間、割れんばかりの歓声が起こり、ケビンを称える声や戦闘を仲間と分析しあう者、圧倒的強さに惚れ込んだ黄色い声援がその場を埋め尽くした。
そんな中、憂鬱な気分でいるのは鮮血の傭兵団の幹部だった。目の前で起きた有様は、戦意を喪失させるには充分であったからだ。
「あぁぁ……俺っち、闘うのを棄権したいんだけど……」
「奇遇だな、俺もだ」
そんな2人の幹部を副団長が窘める。
「闘う前から逃げてどうする?」
「いやぁ……壁に激突コースは避けたいかなって……」
「こいつの防具を見てみろ、横一文字に凹んでるんだぞ!? 木刀でこれだぞ!?」
そんな2人の懸念を団長が振り払う。
「お前たちはそうならんさ。そいつの場合は、お灸を据える意味もあったんだろ。狂犬って呼ばれてたしな」
団長の気休め程度にしかならない言葉に、2人はガックリと項垂れるのであった。
訓練場の中央ではケビンとカイエンが相対して、クランメンバーは壁際でその様子を窺っていた。
「ルールは、さっき言った通りで殺しはなしってことでいいの?」
「あぁ、それで構わない。どちらかが降参するまでだ」
「もし、意地張って降参しなかった場合は? 狂犬は確実にそうなりそうなんだけど、死なないにしても痛めつけることになるよ?」
「その時は、状況を見て俺が止める」
「そっちは、何人参加? 多いなら纏めてやりたいんだけど?」
「こっちは、俺を含めて5人だ。幹部以外の者だと手も足も出さない内に、倒されてしまいそうだからな。それだと、相手の強さがわからないまま終わってしまう」
「じゃあ、瞬殺はなしってことだね。手を抜くけどいいよね?」
「それほどの差があるのか?」
「ぶっちゃけ5人纏めてかかってきても、負ける気はしないしね」
「そうか……楽しめそうだな。この高揚感は戦争以来だ」
「ダンジョンでも楽しめると思うけど? まだ深層には行ってないでしょ? あそこは戦いがいがあるよ」
「そういえば、ダンジョンを制覇していたな。そこまで言うなら、これが終わったら攻略を再開するとしよう」
「あぁ、是非楽しんでね。50階層を超えたあたりから難易度が徐々に上がるようになっているから、練度を上げるには持ってこいだよ。それにレアボスは更に難易度が高いから、ボスを倒した後でもまた楽しめるしね」
「では、そろそろ始めるか」
「そうだね」
訓練場の中央からカイエンが立ち去ると、代わりに出てきたのはケビンが名付けた狂犬であった。
「やっぱり狂犬が1番手か」
「ガキが……」
今にも飛びかかりそうな勢いで睨みつける狂犬を他所に、ケビンは野次馬の中に受付嬢を見つけると声をかけた。
「そこの受付嬢さん、試合を仕切ってくれる?」
「は、はい! で、では、クランバトル、【ウロボロス】対【鮮血の傭兵団】の第1試合を始めます。両者は所定の位置に」
ケビンにいきなり声をかけられた受付嬢は、オドオドとしながらも気を引き締めて試合を仕切り始めた。
ケビンと狂犬は予め印をつけていた所定の位置につくと、受付嬢が開始の合図をする。
「第1試合……始め!」
その合図とともに動き出したのは、狂犬であった。ケビンは瞬殺しない方向性で動くため、受け身の姿勢である。
「待ってたぜェ!! この瞬間をよぉ!! 死に晒せやぁぁぁぁっ!」
ケビンから散々コケにされた鬱憤が溜まっていたのか、怒涛の勢いで斬りつけてくる狂犬に対して、ケビンは難なく回避して狂犬の背後へと移動する。
斬りつけたはずの目の前からケビンがいなくなったことに対して、狂犬が驚いているとその背後から声をかけられる。
「殺しはなしって言ったのに、そのセリフはどうなの?」
慌てて振り向く狂犬の視線の先には、先程まで自分が立っていた開始位置の場所に、ケビンが武器を構えることもなく自然体で立っていた。
ケビンの移動速度を目で追えた者はおらず、鮮血の傭兵団や観客席の野次馬たちも言葉を失っていた。
静寂が辺りを包み込んだのも束の間、次の瞬間には騒然たる歓声が静寂を塗りつぶした。
「なんだあいつ! いつの間に移動しやがった!?」
「全然見えなかったぞ!」
「あの子何者なの!?」
「圧倒的じゃない!?」
観客たちが驚いている中、それは鮮血の傭兵団たちも同様で、まさかここまでの実力差があるとは露ほどにも思わなかった。
「ここまでとはな……」
周りの喧騒の中で団長の漏らした呟きに、周りの幹部たちも固唾を飲み込む。これから目の前の強者に挑まなくてはならないのだ。
鮮血の傭兵団の幹部として、不戦敗を選ぶことなどあってはならない故に、如何にして闘うかを思考してみるが、改善策が何も思いつかないでいた。
そんな幹部たちの気持ちを汲み取ったのか、団長が幹部たちに声をかける。
「別に気負う必要はない。端から勝てる見込みなどないのだ。あの歳でダンジョンを制覇するような子供だぞ? 普通であるはずがない。胸を借りるつもりで挑んでこい。俺もそのつもりだしな、情けない話ではあるが」
「団長……それならば、何故クランバトルを申し込まれたのですか?」
クランバトルに反対であった副団長が聞いてみると、驚くべき言葉が返ってきた。
「月光の騎士団がなくなってからは、お前たちを含めて団員たちが調子に乗っていたからな。そんな時に現れたのがウロボロスだ。話を聞いていくうちに、お前たちのテコ入れに使えると思ってな。それにガス抜きをさせるのにもちょうどいいだろう」
「しかし、舐められたままでは……」
「そもそも、俺たちを舐めていたのはあいつではなくギルドだ。こっちの足元を見て冒険者資格の剥奪をチラつかせただろ? それに、あいつはギルドの思惑を知ると強気に出て、素材を卸さないと言っていた。本来は俺たちもああすべきだったんだ。ギルドは別にここだけじゃないし、ここに拘る必要もない。あいつのように他の街のギルドに卸すのもありじゃないか? 俺たちに舐めた真似をして後悔させるには充分だろう?」
「確かにそうですね」
「俺としては、あいつに特に思うところはない。喧嘩をふっかけてクランを潰されたら、たまったもんじゃないしな。月光の騎士団の二の舞になるのはごめんだ」
「末恐ろしい子供ですね」
「あぁ……だが、友好を結んでいれば恐れることはない。敵対しなければただの子供だしな」
団長と副団長が会話している最中、舞台では未だに攻撃を避け続けているケビンの姿があった。
狂犬が必死に剣を振るうも、掠りすらもしないで避けられている。ムキになる狂犬を他所に、ケビンはカイエンに向けて言葉をかける。
「カイエンさん、武器破壊ってあり?」
いきなりケビンに声をかけられるも、慌てる様子もなくカイエンが答えた。
「出来ればなしで頼む。割かし高い武器を使っているからな」
「わかったよ」
狂犬そっちのけで話をするケビンに、ますますムキになって斬りかかっているが、一向に当てれる気配すらない。
ケビンは武器破壊ができないとあっては、ドワンによって改造済みである愛用の刀を使うわけにもいかず、訓練場脇にある模擬刀に目をつけた。
「ねぇ、そこのお姉さん」
「ッ! ひゃい!」
いきなりケビンに声をかけられた女性冒険者は、ビックリして思わず返事を噛んでしまった。
「ははっ、驚かせてごめんね。そこに置いてある模擬刀を投げてくれない?」
「こ、これですか!?」
「そう、それ」
女性冒険者は言われた通りに模擬刀を投げるが、いきなりのことで緊張しているのか、思いのほか飛ばずにすぐそこに落ちてしまった。ケビンがいる場所は、そこから数メートル先であるのに対して。
「ご、ごめんなさい!」
やらかしてしまった女性冒険者はすぐさま謝ったが、ケビンは全く気にしていなかった。
「いいよ、取りに行くから」
有言実行とばかりにケビンが模擬刀を取りに行く。当然、狂犬に背中を向けて堂々と歩きながら。
「うわぁ……ケビン君、煽り方が半端ないわね」
「鬼畜」
「さすがは、ケビン様です!」
その姿を見ている観客たちも敵に背を向けて歩くなど、ありえない行動をしてのけるケビンに、ある意味、戦慄を覚えていた。
そんな姿を晒されては煽られている当人である狂犬は、怒りが天元突破してたとえ後で卑怯者と罵られようとも、なりふり構わずに斬りかかりに向かった。
「舐めてんじゃねぇぇっ!」
まさにケビンの背中が斬りつけられようとした瞬間、その姿はまたしても消えて落ちている模擬刀の所にいた。
「ありがとね、綺麗なお姉さん」
ケビンが模擬刀を拾うとニッコリ笑って、女性冒険者にお礼を告げる。対する女性冒険者は、ケビンのあどけない笑顔にしてやられるのであった。
「はふぅ~……」
女性冒険者はその場に座り込んでしまい、ケビンの笑顔を脳内ハードディスクへと焼き付けるのである。
「相変わらずね」
「天然炸裂」
「あの笑顔が尊い……」
ティナとニーナがケビンの行動に呆れている中、ルルだけはケビン至上主義を貫いていた。
「てめぇ、まさか真剣相手にそんなもんでやり合うつもりか?」
ケビンが模擬刀を手にしたところで怒り心頭の狂犬が尋ねると、ケビンは当たり前のように返答した。
「これで充分だから」
ケビンが持っている模擬刀は、刃を潰した金属製のものではなく、普通の木刀だったのだ。
「ぶった斬ってやるっ!」
再び狂犬が斬りかかると、先程とは打って変わってケビンは避けずに、模擬刀で受け止めた。
「なっ!?」
狂犬は切れているはずの模擬刀が切れておらず、しっかりと受け止めていることに驚愕する。
「あれって【魔力操作】の応用よね?」
「木でも出来るんだ……」
「基本的に何にでも応用が効きますよ」
ティナとニーナの疑問にルルが答えていると、観客たちは目の前で起きている事態に自分たちの目がおかしくなったのかとこすり始めていた。
「足元がお留守だよ」
驚いて攻撃の手が止まっている狂犬の足を払うと、狂犬はそのまま尻もちをつく。
「ぐっ……」
「ほら、早く立ち上がらないと不利だよ?」
ケビンは特に追い討ちをかけるでもなく、狂犬が立ち上がるのをひたすら待っていたが、対する狂犬は自分の置かれている状況を理解して怒りで顔を真っ赤にしている。
「ふざけやがってぇ!」
相変わらず大振りが続く狂犬に、外野のカイエンからアドバイスがかけられた。
「そんな大振りだといつまで経っても当たらないぞ。少しは冷静になれ」
団長からの指示とあって狂犬は一旦距離を置くことにして、攻撃の手を休めることにすると、ケビンはその行動に追い討ちをかけずに待っていた。
「……ふぅぅ……」
大きく息を吐き出した狂犬の表情は、今までと違って真剣味を帯びて、ケビンを見据えている。そんな狂犬にケビンが声をかける。
「やっとマシな感じになったね、カイエンさんに感謝しなよ?」
そこからの闘いは、ケビンによる煽り成分がゼロとなった打ち合いと化す。
狂犬が袈裟斬りをすると、対するケビンはそれに合わせて剣を受け止め、フェイントを混じえながら斬りつけるも、ケビンが冷静に対処して受け止め、何を仕掛けようとも受け止められて、次第に狂犬は疲労に包まれていくのだった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「そろそろ降参かな?」
「だ……誰が……ぜぇ……するか……」
「だ、そうだよ? カイエンさん」
「最後に一撃を与えてやってくれ。もちろん死なない程度に」
「わかった。狂犬、今から攻撃するからその後にゆっくり休むといいよ」
「う……受け止めて……やる」
狂犬は今までされた仕返しをするかの如く途切れ途切れに呟くが、ケビンは気にせず構えると、狂犬はその姿を捉えるために凝視していたが、初動すら見極めきれずに見失ってしまった。
「――ッ!」
周りの者たちが再びその姿を目にした時には、狂犬が既に吹き飛ばされていた。吹き飛ばされた狂犬は、そのまま鮮血の傭兵団側の壁へと大きな音を立ててぶつかりようやく止まる。
「ガハッ……」
壁にぶつかった狂犬は度重なる疲労も相まって、そのまま項垂れ意識を手放すのであった。
「……」
訓練場が静まりかえる中、ケビンが受付嬢に声をかけると、受付嬢は我に返ってケビンの勝利を宣言した。
その瞬間、割れんばかりの歓声が起こり、ケビンを称える声や戦闘を仲間と分析しあう者、圧倒的強さに惚れ込んだ黄色い声援がその場を埋め尽くした。
そんな中、憂鬱な気分でいるのは鮮血の傭兵団の幹部だった。目の前で起きた有様は、戦意を喪失させるには充分であったからだ。
「あぁぁ……俺っち、闘うのを棄権したいんだけど……」
「奇遇だな、俺もだ」
そんな2人の幹部を副団長が窘める。
「闘う前から逃げてどうする?」
「いやぁ……壁に激突コースは避けたいかなって……」
「こいつの防具を見てみろ、横一文字に凹んでるんだぞ!? 木刀でこれだぞ!?」
そんな2人の懸念を団長が振り払う。
「お前たちはそうならんさ。そいつの場合は、お灸を据える意味もあったんだろ。狂犬って呼ばれてたしな」
団長の気休め程度にしかならない言葉に、2人はガックリと項垂れるのであった。
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