本当にそれ、鑑定ですか?

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第4話 葉月ちゃんは天使ですか?

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 自宅アパートから大学の方へ歩くこと5分、住宅地の一角に洋風でオシャレな喫茶店が見えてきた。

 大きな窓から見える店内には、珈琲の匂いに誘われたサラリーマンや近くの女子高に通う生徒が集まっていた。今日もマスター珈琲の中毒者は健在である。

 ドアを開けると、澄んだドアベルの音が響き渡る。

「いらっしゃいませ~」

 天使がいた。笑顔が眩しい!

 黒いロングワンピースに白いエプロン、髪は後ろで一つに結んでいる。この子が天使じゃなかったら、何だと言うのだろうか。

 この店の常連の半分は、彼女を見るために通っているのではないだろうか。うん、間違いない!!

「なんだ先輩ですか。もう退院したんですね。今日はお客さんですか?」

 彼女からの第一声は素っ気なかった。

 毒舌クールな美少女である葉月ちゃんに「寂しかったです~」なんて言う言葉を期待した訳ではないが、男としてはちょっと心配して欲しかった。

「お陰様で治りました。マスターに挨拶しに来ただけだから」

 思わず素っ気なく言ってしまった。本当は感謝の気持ちを伝えようと思ったのだ。でもいつも通りの葉月ちゃんの様子を見て、ついつい……。でもしょうがない、店の奥に向かおう。

 ……何故だろう、葉月ちゃんには優しくして貰いたかった。病み上がりで寂しさマックス状態なのかもしれない。

 葉月ちゃんとすれ違うときに立ち止まり、彼女の顔を見て小さく囁いた。

「葉月ちゃんのお陰で生きてた。本当にありがとう。君は僕の天使だ。いつでも助けに行くよ」

「……っ!?」

 当社比50%増しの決め顔で言ってやった。

 からかうつもりで言ってしまったが、めちゃくちゃ恥ずかしい。僕はどうしてしまったのだろうか。

 速足で店の奥に進む。ふと振り返れば、まだ先ほどの場所から動かず固まっている葉月ちゃんの後ろ姿が見えた。

 悪い事をしてしまったかもしれない。でも本心なんだ。許してくれ。



   ◇



 すれ違う同僚に、迷惑掛けたと言って回り、マスターの所在を尋ねた。

 どうやらピークも終わり、事務所で作業しているらしい。従業員専用の出入口から事務所へ向かう。

 ノックをすると、ダンディな声が聞こえてきた。

「どうぞ」

「失礼します」

 重厚な扉を開け、事務所へ入る。喫茶店に命をかけるマスターは、事務所や裏方の内装にも拘っているのだ。

 中では180cmくらいの、白髪の似合うダンディなおじ様がPCと格闘していた。発注業務だろうか、後ろ姿もカッコイイ。この容姿とダンディな声で、やられてしまった淑女はどれ程いるのだろうか。平日の昼間は、マスターを眺めるお嬢様方がいっぱいいるのである。

「おはようございますマスター。連絡もせず休んでしまい申し訳ございませんでした」

 マスターがこちらを向き、笑顔を見せてくれた。真っ白な歯がピカっと光って、まじダンディ。

「中野くん、退院おめでとう。大事にならなくて良かったですね」

「ありがとうございます。でもご迷惑をお掛けしてしまいました」

「なんてことはありません。でも黒川さんがすごく心配していましたよ。あなたの穴埋めをしてくれたのも彼女です。後で御礼を言ってあげてください」

「葉月ちゃんが……」

 マスターの言葉が胸に突き刺さる。

 さっき会った時には素っ気ない感じだったが、心配してくれていたのか。ふと彼女の笑顔が脳裏に浮かび、心が満たされた気がした。

「今日は葉月ちゃん何時までですか?」

「あと10分で上がりです。送ってあげてください」

「分かりました。どうもありがとうございます」

 マスターに御礼を言って事務所を退室する。葉月ちゃんの仕事が終わるまで、少し休憩させて貰おう。

 休憩室に入り、ポケットからスマホを取り出し、いつもの情報まとめサイトを見る。今日の猫動画は素晴らしい! 犬の頭の上によじ登る子猫とか、鼻血が出そうだった。

 そうこうしているうちに、休憩室に天使が現れた。

「おつかれさま葉月ちゃん」

「……」

 様子がおかしい。いつもだったら何かしら返事を返してくれるはずだ。

 一瞬こちらを見ただけで、すぐにタイムカードを切りに行ってしまった。その視線も、ゴミムシを見るような冷たいものだった……。

「……えっと、さっきマスターから聞いたんだ。僕の代わりにバイト入ってくれたって。本当にありがとう」

「……」

 完全に無視されています。もう、こっちに視線も向けてくれない。ガン無視したまま女子更衣室へ入ってしまった。

 これはまずいぞ。さっきの不意打ちがまずかったのか?

 思い返せば、君は僕の天使だ、なんて言われて喜ぶ女子高生がいるだろうか? いや、いるはずがない!

 修二のようなイケメンならまだしも、僕が言ったら不審者だ。まずいぞ、非常にまずい!!

 あの時は葉月ちゃんが顔を真っ赤にして固まっていると良い方向に考えていたけれど、違ったのだ。

 きっとキモいセリフを聞いて、震え上がっていたのだ!

 どうしよう。どうしたら良いんだ? もう何も考えられない。

 こうなったら、あのお方に助言を得るしかない!! スマホを取り出し、電話をかけた。

 すまん修二、彼女お借りします。

「もしもし玲子さん? 緊急事態なんです助けて下さい!」

『なんですの? 緊急事態って』

「葉月ちゃんに、君は僕の天使だ、って言ったら口きいてくれなくなっちゃいました! ゴミムシを見るような目で無視されるんです! 虫だけに」

『それは緊急事態じゃなくて、通報案件ですわ』

「通報しないで! ちょっとした出来心だったんです。どうしたら許してくれるでしょうか!? アドバイスぷりーず!!」

『もう無理ですわ。諦めましょう』

「そんなー。生死を彷徨い、死の淵から生還したんだ。こんなところで死にたくないです!」

『土下座ですわ』

「土下座?」

『土下座して誠心誠意謝りなさい。いいわね?』

「はい!」

 通話を切られた。こうなったらやるしかない。

 女子更衣室が開くのをドアの前で待機しよう。

 ……随分と時間が掛かるな。
 
 女子の着替えは時間が掛かるものだよね…。しばらくすると、ドアの奥に気配を感じた!

 ドアノブが回り、徐々に扉が開かれる。

 ドアが開いたら全力土下座だ!!

「申し訳ございませんでしたー!!!」

 決まった。

 生まれてから20年、今までで最高の土下座が出来たと思う。まさに自画自賛である。まあそもそも、土下座なんてしたことないんだけどね。

「あ、中野くん退院おめでとー。そんな土下座なんてしないでいいよ~。いつもフォローして貰ってるし、お返しだよ♪」

「……」

 ゆっくりと顔を上げるとバイト仲間の加藤さんがいた。加藤さんは大学3年生の、誰にでも優しい女性である。

「そう言って貰えると助かります。おつかれさまでした」

「うん! おつかれさま~♪」

 加藤さんが休憩室から出て行き、部屋には自分だけが取り残された。

 非常に気まずい。

 次に葉月ちゃんが出てきたとき、今以上の土下座が出来るだろうか? 誠心誠意、体に宿る全てのエネルギーを出し尽くした土下座だったんだ。もう無理な気がする。

 でも…やるしかない! 次がラストチャンスだ!!

 気持ちを高めていると突然、気配無く女子更衣室のドアが開いた。

「え? あ、ああ……葉月ちゃんごめんなさい!」

 不意打ちを食らったため、最初の土下座より勢いが無かった。でも、精一杯のごめんなさいが出来たと思う。

 これで許して貰えなかったら…また謝ろう。

「……先輩。女子更衣室の前で出待ちするなんて変態ですか?」

「っ!!!」

 勢いよく顔を上げた。

 目の前に天使が居た! 天使の声が聞けた! もう思い残すことは何も無い!

 いや、まだだ。玲子先生の言葉を信じて、誠心誠意謝ろう。

「みんなから聞いたんだ。僕が入院してる間、葉月ちゃんがシフトに入ってくれたって。それにお見舞いにも来てくれたんだろ? 本当にありがとう!」

「……別にテストも無いですし、暇だっただけです。先輩の心配なんてしてませんよ。勘違いしないでください」

「それでも嬉しかったんだ。こんな高熱を出したのなんて、小学生の時以来だと思う。玄関から全然動けなくなっちゃってさ、もうこのまま死んじゃうのかなって思った」

「……」

「意識が朦朧としてる時にさ、聞こえたんだ」

 葉月ちゃんの綺麗な目を見つめる。

「……何が聞こえたんですか?」

「葉月ちゃんの、……天使の声が聞こえた」

「またそうやってからかって!」

 葉月ちゃんの目が怖い。でも負けない!

 葉月ちゃんを見つめながら、首をゆっくりと横に振る。

「からかってないよ。本当なんだ。あの時は本当に死ぬと思った」

「……」

「死んじゃうと思って、すごく寂しくて、孤独を感じてたら、葉月ちゃんの声が聞こえたんだ」

「……」

「天使が迎えに来たんだって思ったんだ」

「……私は天使じゃないです」

「葉月ちゃんが来てくれて、本当に嬉しかった。助かるんだって思ったとき、すごく安心した!」

「……!」

 葉月ちゃんの目がちょっと潤んでいる。

「今日、葉月ちゃんと会った時、笑顔が素敵だった」

「……笑顔なんてしてません」

「君の笑顔を見た瞬間、やっぱり天使だって思ったんだ」

「……ぶち殺しますよ」

 葉月ちゃんが笑顔を見せてくれた。まじ天使!!

「マスターから命令されててさ、家まで送るよ」

「……もう、しょうがないですね先輩は」

 葉月ちゃんが許してくれた!? やっぱり玲子先生の言葉は正しかった!!

「早く行きますよ、先輩?」

 ちょっと照れた葉月ちゃんが、何よりも愛おしく感じた。




   ◇~女子更衣室にて~◇




 ギャルA「あいつらまた始まったよ。更衣室から出られないんだけど」

 ギャルB「ほんとそれな!」

 ギャルA「早くしないと遅刻なんだけど」

 ギャルB「遅れても理由説明すれば、マスターも許してくれるっしょ!」

 ギャルA「てかあいつらまだ付き合ってないんだってさ」

 ギャルB「うそー! まじうけるwww」

 ギャルA「中野なんて年上の優しいお姉さんに甘えたいとかキモいこと言ってるし」

 ギャルB「マザコンかよwww」

 ギャルA「さっさと加藤パイセンに続いて出ればよかったなー」

 ギャルB「……シッ!」

 静寂の中、中野薫の恥ずかしい告白が始まる。

 ギャルA「あー胸焼けしそう」

 ギャルB「よくあんなセリフ言えるよな」

 ギャルA「てか葉月はどうなんだ? キモって思わないのかね」

 ギャルB「葉月は超お嬢様学校に通ってるからなー、あそこ女子高だし、男子に免疫ないんでしょ」

 ギャルA「修二さんに言われるならまだしも、中野だしなー」

 ギャルB「まあ言えることは一つだね……」

 ギャルAB「「さっさと結婚しろ!!」」
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