1 / 5
ある被害者遺族の思い
しおりを挟む
自ら死を望む者に死刑を科すことは、果たして刑罰としての意味があるのだろうか――。
最近、俺の国ではそんな話題があちこちで盛り上がっている。「生きる希望」を失った人間が、自ら死刑になることを目的に、凄惨な凶悪犯罪を起こす事例が、社会問題となるくらい増えているせいだ。
死刑制度の是非を含め、憲法・法律・国家・人権・倫理・哲学・歴史と、さまざまな専門家がさまざまな小難しい、貴重なご意見を述べている。だが世論の多くは「死にたい奴は死刑にしてしまえ。それで被害者遺族も少しは報われる」という感情論を支持していた。
それに、「死刑にしてくれ」と言いながら、逮捕・収監後は生への執着を見せ始める者も少なくなく、そういった死刑囚にとって死刑は十分意味があるとする意見もあった。
その一方で、終始一貫して死刑を望み、そして望み通りクソみたいな人生にケリをつけた死刑囚も確かにいる。そういう奴らにとって、死刑とは「刑罰」ではなく「殺人のご褒美」なのかもしれない。正直それが羨ましいと、思わないでもない。
ある大量殺傷事件の被害者遺族は、犯人の死刑執行に立ち会った後にこう言った。
「結局被告の望みどおりになったんだと思うと、無念が晴れるどころか増すばかりです。何をしたって息子が帰ってこないことは知っている。それでも、せめて犯人が『生きたい』と懇願する中、その望みを断ち切るような死刑にしてほしかった」
憎しみを微塵も隠そうともしない苛烈な言葉は、その正否はともかく、少なくない人の共感を呼んだようだった。事件で幼い愛息を失ったという父親は、何かしらの思いを込めているのか、髪の毛を坊主のように剃り上げており、メディアの前では必ず額に入れた息子の写真を大事に抱えていたのが印象的だった。
―――
本気で死刑を望む人間に、「生きたい」と思わせることはできるのだろうか?
最近引っ越したばかりのマンションの一室で、俺は猫用トイレの砂を入れ替えながらぼんやりと考えてみた。まだ昼過ぎだというのに、五階の窓から見る外は不吉なくらいどんよりと暗く、分厚い雨雲が低く垂れこんでいる。遠くでゴロゴロと雷の音も聞こえる。
俺は砂を入れ替え終えると、部屋の明かりをつけた。二十平米ほどのフローリング敷きされたリビングに、長方形のローテーブルが置かれ、その上にホワイトガーベラの切り花が花瓶に活けてある。そのほかにもソファ、ラグマット、テレビ台とテレビ、ステレオセット、スタンドライト、雑誌ラックなどが、まるで映画のセットのように配置されている。業者に配置も頼んだのは俺のはずだが、あらゆるものが新品のため生活感がなく、どうにもショールームみたいな部屋に見えてしまう。
ソファーに腰を下ろした俺は、改めて考えを巡らせた。本気で死刑を望む死刑囚に、「生きたい」と思わせることができるのか。
まあ、無理だろうな。俺の頭の中に、雨雲ようにどす黒い思いがモコモコと膨らんでくる。俺には、よくわかる。死刑を望んで凶悪犯罪を引き起こすような連中の気持ちが。俺だって、
突然ビリっと、俺の脳裏に電流が走った。いや、もちろんただの例えで、本当に電流が走ったわけではない。ともかく直感的に「できる」という思いが、強い確信を伴って湧いてきたのだ。窓に目をやると、雨雲の隙間から一瞬だけ太陽の光が差し込んでいるのが見えた。
そうだできる。何を言っている。絶望し死を望む人間だって、「生きたい」と思うことは絶対にできるはずじゃないか。俺自身が、そうだったのだから。
最近、俺の国ではそんな話題があちこちで盛り上がっている。「生きる希望」を失った人間が、自ら死刑になることを目的に、凄惨な凶悪犯罪を起こす事例が、社会問題となるくらい増えているせいだ。
死刑制度の是非を含め、憲法・法律・国家・人権・倫理・哲学・歴史と、さまざまな専門家がさまざまな小難しい、貴重なご意見を述べている。だが世論の多くは「死にたい奴は死刑にしてしまえ。それで被害者遺族も少しは報われる」という感情論を支持していた。
それに、「死刑にしてくれ」と言いながら、逮捕・収監後は生への執着を見せ始める者も少なくなく、そういった死刑囚にとって死刑は十分意味があるとする意見もあった。
その一方で、終始一貫して死刑を望み、そして望み通りクソみたいな人生にケリをつけた死刑囚も確かにいる。そういう奴らにとって、死刑とは「刑罰」ではなく「殺人のご褒美」なのかもしれない。正直それが羨ましいと、思わないでもない。
ある大量殺傷事件の被害者遺族は、犯人の死刑執行に立ち会った後にこう言った。
「結局被告の望みどおりになったんだと思うと、無念が晴れるどころか増すばかりです。何をしたって息子が帰ってこないことは知っている。それでも、せめて犯人が『生きたい』と懇願する中、その望みを断ち切るような死刑にしてほしかった」
憎しみを微塵も隠そうともしない苛烈な言葉は、その正否はともかく、少なくない人の共感を呼んだようだった。事件で幼い愛息を失ったという父親は、何かしらの思いを込めているのか、髪の毛を坊主のように剃り上げており、メディアの前では必ず額に入れた息子の写真を大事に抱えていたのが印象的だった。
―――
本気で死刑を望む人間に、「生きたい」と思わせることはできるのだろうか?
最近引っ越したばかりのマンションの一室で、俺は猫用トイレの砂を入れ替えながらぼんやりと考えてみた。まだ昼過ぎだというのに、五階の窓から見る外は不吉なくらいどんよりと暗く、分厚い雨雲が低く垂れこんでいる。遠くでゴロゴロと雷の音も聞こえる。
俺は砂を入れ替え終えると、部屋の明かりをつけた。二十平米ほどのフローリング敷きされたリビングに、長方形のローテーブルが置かれ、その上にホワイトガーベラの切り花が花瓶に活けてある。そのほかにもソファ、ラグマット、テレビ台とテレビ、ステレオセット、スタンドライト、雑誌ラックなどが、まるで映画のセットのように配置されている。業者に配置も頼んだのは俺のはずだが、あらゆるものが新品のため生活感がなく、どうにもショールームみたいな部屋に見えてしまう。
ソファーに腰を下ろした俺は、改めて考えを巡らせた。本気で死刑を望む死刑囚に、「生きたい」と思わせることができるのか。
まあ、無理だろうな。俺の頭の中に、雨雲ようにどす黒い思いがモコモコと膨らんでくる。俺には、よくわかる。死刑を望んで凶悪犯罪を引き起こすような連中の気持ちが。俺だって、
突然ビリっと、俺の脳裏に電流が走った。いや、もちろんただの例えで、本当に電流が走ったわけではない。ともかく直感的に「できる」という思いが、強い確信を伴って湧いてきたのだ。窓に目をやると、雨雲の隙間から一瞬だけ太陽の光が差し込んでいるのが見えた。
そうだできる。何を言っている。絶望し死を望む人間だって、「生きたい」と思うことは絶対にできるはずじゃないか。俺自身が、そうだったのだから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる