祓い屋が、あやかしの世界に呼ばれました。

月城 律

文字の大きさ
1 / 4

第一話 お守りは大事に

しおりを挟む

 新しい年、それはひとつの節目。
 終わるものがあり、始まるものがある。

 季節は春。今日から私は大学三年生になる。
 幼い頃は進級することが一大イベントのようでとても喜んでいた記憶があるが、この歳になると進級くらいでは動じなくなってしまった。大人になったという事だろうかとしみじみとしてしまう。そんなことをぼんやり考えながら、私はリビングの窓を開けた。
 外の空気はまだ少し冷たく、春といえど肌寒い。窓の外を眺めているとピンポン玉ほどの黒くて丸い影がふわふわと近づいてきた。どうやらこの家に入り込もうとしているらしい。

「ほら、あっち行って。この家を根城にするつもりなら、祓っちゃうよ」

 私は人差し指でその黒い丸をつん、とつつきながら軽く言い放つ。黒い影はぶるっと震えたかと思うと慌てた様子で飛び去っていった。目を凝らすとまだ数匹のあやかしが遠巻きにこちらを伺っている。けれどさっきの一言が効いたのか、それ以上は近づいてこようとはしなかった。
 とりあえず害はなさそうだと判断して窓を網戸にし、隣の和室に移動する。仏壇の前の座布団に腰を下ろし、線香に火を点けた。

「おはよう。お父さん、お母さん。無事に大学三年生になったよ」

 仏壇に飾られた父の写真に向かって微笑む。
 私は父子家庭で育った。母は私が幼い頃に亡くなったと聞いている。病弱だったらしく、写真を撮られるのを嫌がっていたそうで母の写真は一枚も残されていない。
 そして父も、一年前に亡くなった。最近体型を気にしてきていた父だったが持病などは持っていなかった。仕事から帰ろうと車を運転している時に前方不注意で突進してきた車と衝突し、即死だったと聞いた。還暦を迎えずに旅立った父、夫婦揃って早すぎる死だ。
 そんな父と母は駆け落ち同然で結ばれたそうで、私は祖父母の顔を知らない。縁を切ったか、切られたのか、それはもう知るすべもない。
 父は誰にでも優しくて真面目で、芯のある人だった。そして…優秀な祓い屋だった。
 西園寺という、あやかしの世界では名の知れた祓い屋一族の一人息子だったらしい。駆け落ちして家から離れた後はひっそりと祓い屋を営んでいた。私が先程の黒い奴ら"あやかし"が見えるのもその血を継いでいるからだろう。
 祓い屋とは、あやかしによって困っている人を助ける仕事だ。けれど父は必要以上にあやかしを排除することはなかった。話し合いで解決できる相手なら逃がし、本当に人に害をなす存在のみを祓っていた。そんな父に、私は何度も言われてきた。

『この力を使わないで済むなら、それが一番だよ』

 幼い頃の私は霊力が強く、触れただけであやかしを消滅させかけたことがある。そのときの父の慌てた顔は今でもはっきりと思い出せる。
 以来、私は力のコントロールに努め、今ではある程度自在に操れるようになった。
 そして母がいなかった分、私は早くから一人で身の回りのことができるようになった。けどそれは一人でいることに慣れたという事じゃない。今になって、もっと友達を作っておけばよかったなと思うこともある。

「あ、そろそろ家でなくちゃ。いってきます」

 時計を見るともうすぐ七時。仏壇にもう一度手を合わせて立ち上がり、春らしい薄いピンクのワンピースに着替える。

「財布よし、ハンカチ入れて……ブレスレットもオッケー」

 確認しながら鞄に荷物を詰めていく。
 自分の腕には翡翠のブレスレットが今日も変わらずそこにある。これは私があやかしを見るようになった頃に父がくれたものだ。お守りだから、ずっと身につけているんだよ。というその言葉を、私は今でも守っている。
 重くなった鞄を肩にかけて家中の戸締りをして家を出る。
 まだ少し肌寒い風が、思い出に浸っていた意識を現実に引き戻し、私は足早に駅へと向かった。

「朝ごはんは大学に着く前にコンビニで買おう…」

 急ぎ足で曲がり角を曲がると、木の棒を持った小学生の男の子たちに腕がぶつかってよろめく。
 咄嗟にごめん!と謝るもその男の子たちは気にもしない様子で走っていった。子供はいつも元気で全力だなあと思いつつ私も急ごうとずり落ちた鞄を肩にかけなおした時だった。
 バラバラ、と腕にしていたブレスレットが千切れて道路に散らばる。

「えっ…」

 うそ。もしかしてさっき引っかけた?
 慌てて散らばった翡翠を拾おうとしゃがみこむとくらりと目眩がして、足元が沼のように沈んで行く感覚に襲われた。
 そして、反射的に足元を見たのがいけなかった。
 私の立っている場所の下に黒塗りの円が現れ、その円が段々と大きくなっていく。私の体はもう腰まで円の中に飲み込まれていた。
 深い深い闇、まるでブラックホールだ。何かに掴まろうと手を伸ばすも壁にもどこにも届かない。
 そのまま円は私の抵抗を嘲笑うように首元まで飲み込んだ。
 恐ろしくて現実離れした怪奇現象に声も出ず、ただ握りしめた翡翠を頼りに強く目を閉じるしかなかった。

 ぬるい水に包まれてるような感覚。
 それ以上の事を考える前に、私の意識は途切れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スラム街の幼女、魔導書を拾う。

海夏世もみじ
ファンタジー
 スラム街でたくましく生きている六歳の幼女エシラはある日、貴族のゴミ捨て場で一冊の本を拾う。その本は一人たりとも契約できた者はいない伝説の魔導書だったが、彼女はなぜか契約できてしまう。  それからというもの、様々なトラブルに巻き込まれいくうちにみるみる強くなり、スラム街から世界へと羽ばたいて行く。  これは、その魔導書で人々の忘れ物を取り戻してゆき、決して忘れない、忘れられない〝忘れじの魔女〟として生きるための物語。

ハイエルフの幼女に転生しました。

レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは 神様に転生させてもらって新しい世界で たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく 死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。 ゆっくり書いて行きます。 感想も待っています。 はげみになります。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

無能だと捨てられた第七王女、前世の『カウンセラー』知識で人の心を読み解き、言葉だけで最強の騎士団を作り上げる

☆ほしい
ファンタジー
エルミート王国の第七王女リリアーナは、王族でありながら魔力を持たない『無能』として生まれ、北の塔に長年幽閉されていた。 ある日、高熱で生死の境をさまよった彼女は、前世で臨床心理士(カウンセラー)だった記憶を取り戻す。 時を同じくして、リリアーナは厄介払いのように、魔物の跋扈する極寒の地を治める『氷の辺境伯』アシュトン・グレイウォールに嫁がされることが決定する。 死地へ送られるも同然の状況だったが、リリアーナは絶望しなかった。 彼女には、前世で培った心理学の知識と言葉の力があったからだ。 心を閉ざした辺境伯、戦争のトラウマに苦しむ騎士たち、貧困にあえぐ領民。 リリアーナは彼らの声に耳を傾け、その知識を駆使して一人ひとりの心を丁寧に癒していく。 やがて彼女の言葉は、ならず者集団と揶揄された騎士団を鉄の結束を誇る最強の部隊へと変え、痩せた辺境の地を着実に豊かな場所へと改革していくのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...