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第四章 答え合わせ

16.ひらめきは泳ぐ熱のなかで

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「触れあうって…どういうこと!!?」



ちゃぷん…

湯の張られたバスタブ。
アヒルちゃんで遊ぶお姉さま。
裸の…僕。


「チカぁ。早く身体洗っちゃいなさいよぉ。」

「なんで僕たちは一緒にお風呂入ってるんですか…。」

「もちろん触れあうためよ。つまり、裸の付き合い!」

「はぁ。」

(どこでそんな言葉覚えたのやら。)


触れあうとか言うから何かと思ったら、普通にそれぞれ自分で自分の身体を洗っている状況。いや、それでいいのだが。

妹から貸してくれた大人向けの漫画でも、恋する二人がお風呂に入るシーンがあった。触れあうと言ったらもっと違った展開になってたような…。

(僕とお姉さまは、恋の意味を探す二人だからそうならなくて当然か。)


「なぁにもにょもにょ言ってるのぉ?」

「何でもないですっ。」

「なに残念がってるのよ。いいから早く入りなさいよ。お湯が冷めちゃう。」


お姉さまに急かされて僕はおずおずと湯船に足を入れた。
妹ともよく一緒に入ってたけど、なんだかそれとは違った感じがする。

(温泉でも他人とはこんな近くにならないしなぁ。)


「たまには二人で入るのも悪くないわねぇ。」

「狭くないですか?」

「そんな縮こまってるからそう感じるのよ。」


お姉さまは僕を同じ方向へ向かせ、腰をつかんで自分のほうに寄せた。


「これで広くなったでしょ?」

僕の脚の先が見える。
お姉さまに後ろから抱き抱えられてるような体勢になった。

(確かに広くなったけど…。)

耳元で唇が動くのがわかるくらいの距離。背中に感じる感触。

僕はこれが特殊な状況だということをやっと理解し始めた。


「なによぉ。不満なの?」

パシャパシャと子供が遊ぶように波を立てる。
不満とか、それどころじゃなかった。


「ーーっ、課題について考えましょう!」

「考えてるわ。だからこうしてるんじゃない。」


肩に手を置かれ、どうにか身体が触れないようにする僕を嘲笑うかのように引き寄せる。
手はするりと前のほうまで伸びてきた。

ビクッ

慣れない状況に困惑して身体が反応する。
お風呂に入っているせいか、頭もクラクラしてきた。


「すごいわ…こんなに鼓動が速くなってる。」

「…え?」

「ドキドキしてるの?」

「……。」


ボーッとしてしまって、すぐには答えられない。
僕の左胸に触れてる白魚のような手が湯のなかに見えた。


「どこ触ってるんですかっ。」

「不思議よねぇ。魂だけの存在のはずなのに身体はまるでここにあるもの。」

「…確かにそうですね。」


手を離さず話始めたので、僕はもうしばらくこの恥ずかしさを耐えることにした。
お姉さまの話を途中で遮ることは経験上よくないとわかってるからでもあるが、その言葉の先に何が続くのかも気になったから。


「死ぬ前はこうなるなんて思わなかったわ。チカにも会えるなんて思わなかったし。」

「僕も、完全に予想外でした。」


死ぬ前か。お姉さまはどんな人生を送ってきたのかな。
お姉さまも僕と同じで以前の人生はすでに終わってしまった。


「私達ってなんなのかしらねぇ。」


今は生きてもない。死んで幽霊になったというような、そんな単純な存在にも思えない。
ただただ、ここにいるだけ。

(自分でも確信が持てない存在だけど、でも…。)


ーートクン。


初めて感じた僕以外の小さな鼓動。
背中から、胸元の手から、お姉さまの体温も鼓動も確かに伝わる。


「…お姉さまもここいるって感じますよ。」

「ほんと?」

「はい。熱も、鼓動も、全部僕にも伝わってますから。」


おぶさるようにして肩に頭を乗せられた。僕は前を向いているし表情がわからない。
湯の熱のせいか、冷たい印象に思えてたお姉さまの身体が温かく思えた。


「もっと感じて…。」


濁流のような想いが熱と混ざって、頭のなかに押し寄せる。

もっとここにいることを確かめたい。離れたくない。お互いのことを知りたい。大切にしたい。

僕たちはお互いの深いところまでは知らないし知られたくない。

ーーでも、あなたにならいつか知られてもいいかもしれない。そう信じたい。


あなたも同じ気持ちならいいな…。


これが僕の思考なのか、お姉さまの思考なのか、お互いの気持ちが混ざりあったものなのか、のぼせて気を失った僕には定かではない。



「ん…。」

天井が見える。
肌に感じる布の質感。
僕はベッドまで運ばれていたようだ。


「あ、気がついたのね。大丈夫?」

差し出された水の入ったコップに口をつけ、まだ熱が残ってボーッとする頭を冷やす。


「私、1つひらめいたわ。」


僕の髪を指先で撫でながらにこりと笑った。


「離しがたいものだってわかった。」

「恋が?」

「チカが。」


…どうしてそういうこと簡単に言えるんだろう。
口からポタポタと落ちる水を押さえながら、僕も何かわかったものがないか思いを巡らせた。


しかし思い出すのは、湯のなかで戯れるお姉さまの手。
僕はさっきの熱を身体から逃がしきれてないようだ。


「あら?また顔が熱くなってきたわね。」

「気のせいですっ。」

「頑固ねぇ…今日はもう休みなさい。」


僕に布団をかけてくれる。お姉さまを前より身近に感じた。


「お姉さま…。」

「もう、いつまでたっても名前で呼ばないんだから。」

「ここに、いてください。」


ふと、今思ったままのことを口に出していた。僕らしくない。熱に浮かされていたことにしよう。


「あなたがそう言うなんて珍しいわね。」


お姉さまはベッドに入り、僕の隣に寝転がった。
二人寝ても十分なスペースはあるのに、こちらにぴったりと寄り添ってくる。ところどころ触れる肌が温かい。熱に浮かされているのは一人だけじゃないみたいだ。

お姉さまがしたように、僕もお姉さまの髪を指先で撫でた。


(…離しがたくなってるのは僕のほうだ。)


これが恋だというのなら、それも悪くないかもしれない。
ただ、大好きっていうよりかは僕がお姉さまとの間に感じているのはもっと複雑なもの。

それは、単純に恋愛というより…。


「あ。」

「?、どうしたのチカ?」



「お姉さま、『恋』の意味わかりましたよ。」


小指のリボンが緩んだ。
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