フリンダルの優しい世界

咲狛洋々

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 トットランドの夜は真夜中にも関わらず昼間の様に明るい。
朝市に出す商品を持ち込む行商人は一仕事終えたからか、公園で休んだり、酒を飲み歌を歌い踊っている。そんな深夜の宴会場の明るい街灯の下を一人歩く大人の手前に差し掛かった少年がいた。行商人は顔馴染みなのか、その子を呼び寄せると袋を手渡した。

「はいよ!今週の分だ!ジャガイモが美味いぞ?採れたてだしな!それにしても、お前さんの作った肥料は凄いな!甘味が増して収穫量も増えて良い事だらけだ!」

「へへっ!そうだろ?」

少年は鼻を啜りながら袋に手を突っ込むと林檎を一つ取り出しかぶり付いた。あっという間に一つ食べると、二つ目を食べるかどうか考えている。もう一つ食べたい、でもこれを食べて終えば兄弟姉妹の分は無くなってしまう。どうしようかと考え込む少年の姿を見た行商人は、その大きな口を開けて笑った。

「坊主、うめぇか?」

「あぁ!おっちゃんの作る物はどれも美味い!もう一つ食べたいけど…妹や弟達にも食わせてやりてぇからな…我慢するか!」

「ほらよっ!持ってきな!サービスだ」

行商人は林檎を一つ籠から取り出すと少年に投げ渡した。
自分の作った物を目の前であんなに美味しそうに食べられたら、商売人でも心の紐が緩くなる。とびきり出来の良い一つを選んだその男はこの少年が可愛くて仕方が無かった。

「良いのか?」

「食ってけ食ってけ!」

少年は袋を抱えると、もう片方の手で貰った林檎を服で擦り被り付いた。

「おっちゃん!ありがとな!めっちゃ美味い‼︎」

「そりゃどうも!また来週な!」

「あぁ!あんまり酒飲むなよ?倒れちまうぞ!」

「バカ吐かせ!これは水だよ!」

「そんな茶色い水、余計に身体にわるいよ!じゃあね!」

「明け方は寒いからな!あったかくして寝ろ!」

そんなやり取りを幾つかのマーケットで行って、少年は袋がいっぱいになると桟橋で次に何処に行くか考えている。まだまだ年を越すには食べ物が足りなかった。

 夜明けまで時間があるな。久しぶりにメールフィールドまで行ってみるかな?肉にあり付けるかもしれない。もし肉があったらフリンに食わしてやらなきゃな。あいつは体が弱いし、昼間は学校に行ってるらしいから馬鹿にされねぇ様にしてやんなきゃ。あいつのお陰で肥料も作れた。俺達は学校には行けない。でもあいつが色々教えてくれる。俺には母ちゃんとあいつらがいるし寂しくも無いけど、フリンは違う。きっとあいつは人々と関わって生きていきたいんだと思う。俺達には無理だけど、あいつなら…。

少年は上着を脱ぎ、いつもの様に桟橋の下に荷物と共にその上着を隠すと首を回して駆け出した。夜の澄んだ空気の中で少年は光の様に魔力を棚引かせて駆けて行く。旧市街地の店々は人気も無く真っ暗で、少年は店裏のゴミ捨て場に行くとこっそりとダストボックスの扉を開けた。


「おっ!ハムじゃないか!気前がいいな!んんっ!ソーセージもある!ありがとなぁ!女将さん」

この店の主人は知っていた。
毎週金曜の夜に何者かが食べ物を漁っているのを。それを不憫に思ってなのか、単に客には出せないが捨てるには惜しい物を何とかしたかったのかは分からないが、こうやってダストボックスの内側に皿を置いてその上にまとめて置いていた。

「フリン達も喜ぶぞ!さて、もう一軒回るか!」

 白々と明け出した空を見上げ、少年は慌てて桟橋に戻ると袋を咥えた。そして上着を着込み辺りを見渡す。

「そろそろ人が外にで始める。早く家に帰らなきゃな!」

 少年は全速力で街中を駆け抜けてスラム街の奥の家に潜り込む。崩れかけの家は適当な木の柱で支えられていて、ちょっとの振動でガタガタと揺れた。だが彼等には何処よりも居心地の良い幸せが詰まった場所だった。

「母ちゃんただいま」

「お帰りメロ…良いのあったかい?」

「あぁ!見てよ肉だぜ?それに果物もあるんだイルクとサファンとクインは夜中に食わせるとして、フリン達には起きたら食わせてやってよ」

「あぁ、いつも悪いね」

「何が?」

母親は目を細めるだけでそれ以上は何も言わなかった。
彼女は知っているし、分かっていた。
本当なら遊びにも行きたいだろうし、学校にも行きたいだろう事を。だが、それが出来ない兄四人達は我儘を言うでも無く食料を探しに出たり、弟達の面倒を見たりしてくれている。
母は泣きたい気持ちを押さえつけた。『なにが?』そう言って気にしていない素振りを見せたメロの優しさ、強さを大人の弱さで押し潰したくは無かったからだ。

「メロ…家族は支え合って生きているけどね。あんたの背中を押す位なんて事無いんだ。夢が出来たら追いなさい」

「…夢、ねぇ。なんだろうな?そもそも俺達が何なのか分かんないんじゃ夢の見ようもないかな?俺は家族の為に生きてるって分かればそれでいいや!でもそうだなぁ…俺の夢…フリンとアリが嫁に行く歳になったら俺が相手を選びてぇな」

「ふふ。大丈夫さ…でもどうする?兄さんと結婚するっていったら?」

「ははっ!それは嬉しいなぁ!しゃーね!そん時は俺が面倒みるか!」


 一つの大きな毛布に包まり眠る弟、妹達をメロは優しい瞳で見つめ其々の頭や頬をそっと撫でた。

俺達は表の世界では生きては行けない。誰よりも俺達がそれを分かってる。だけど、もし。もしも…俺の宝物フリン達が優しい誰かにその手を引っ張って貰えるのなら…俺は迷わずその手を掴ませる。
貧しい事が辛いんじゃない。誰にも見て貰えない事がいずれ辛くなる。
それまでは俺が守るよ。フリン、アリ、マーシャ、アロ…年が明けたらまた一つ大きくなるな。沢山食べて、沢山遊んで…兄さん達が知らない事を知ったら教えてくれ。

 早朝の朝日を背に、外に出ていたメロの四子の兄弟達がゾロゾロとメロ同様に袋を抱えて帰って来た。四人は肩を抱き合った後、朝の挨拶を母親にすると服を脱ぎ、毛皮を羽織って二階のラグの上で眠りについた。

 翌日は年末の神様からの祝福があってか、ベルファンド家の食事は豪勢だった。チーズにハム。ソーセージにシュトーレン、そして母親の作るアップルパイとオニオンスープ。それから優しい母親と兄達に見守られ、フリンダルは本を読んだ。

「…レイビンスリーが見つけたのは何の変哲もない石でした。でも、彼はその石がどうしても拾っておくれ、そう言っているように思えたのです。石を拾うと石は崩れ、中からキラキラ光る塊が出て来たのです。その塊は赤の様に見えて緑、緑の様に見えて青。そして時々黄色にも見えました。レイビンスリーは不思議に思って太陽の光に翳してみました。すると、そこには真っ黒な妖精と金色の妖精がいました」

二番目と三番目の兄が集めた小銭で買ってもらった絵本を、一生懸命たどたどしくも上手に読むフリンダルを、兄や妹弟達は床で寝転び欠伸をしながら聞いていた。

 家族に血筋や種族。性別に出生など些末な事で、一人だけ人間であるフリンダルも彼等にとって無くてはならない家族。そして祭明けの残り物をかき集め、なんとか送る事が出来た他の家よりも二日遅れの聖夜祭。それでも、優しい神達がこの家族を見守っていた。


「全ての命を私達は愛しているよ。良い夢をベルファンドの子等に…そして良いゼロを」


夜空にはグレース神の象徴、まん丸な月が輝いている。
静かで賑やかな夜は更けて行く。







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