聖なる幼女のお仕事、それは…

咲狛洋々

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第一章 転生と始まり

1 それは転生

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 毎日、毎日、初校に修正、入稿準備にトラブル対応、営業が忘れていた発注書が深夜1時にぶっ込まれるのは日常茶飯事。今日も家に着いたのは明け方近く。私も30歳を目前に、将来の不安が無い訳が無い…けれど、結婚も将来の展望も全く見えなくて、その不安から目を逸らしながらずるずるとここまで来てしまった。

「眠い…毎日こんな生活で、彼氏とか結婚とか転職とか考える余裕無い…どうやってそんな余裕を作ればいいの!」

寝る前の一杯。これが私のストレス発散法…虚しい。
取り敢えず、金曜日まで頑張ろう。週末になったら親友の真尋に愚痴って…愚痴って…転職の相談しよう。もう眠すぎて…眠すぎて…。

 こうして、私は布団に辿り着く事なくテーブルの上に突っ伏していつもの様に寝落ちした。






 長く寝ていた気がする。目を覚まして、視界に入る全てが見た事の無い物ばかりなのに、それに驚く事もなく私は微睡んでいた。

「おいハリィ、気がついたぞ、こいつは大丈夫なのか?」

「師団長!すぐにお医者様をお呼びしなくては!」

 まだ、私は寝ているのかな?あぁ…今日入稿予定のあれと、あれ、それにあれも修正しなきゃ。でも身体が重くて、重くて。もう、今日は休んでしまおうかな?
 一人の戦線離脱が皆んなの負担になるのは分かってる。けど、思う様に身体が動かせなくて…すみません、先輩…休ませて下さい。瞬きをして、うつ伏せになっていた身体を何とか寝返りをうたせると、ハニーブロンドの髪に、薄緑の瞳をキラキラさせたイケメンが顔を覗き込んできた。

「えぅっ!」

 おっおぅ?声が上手くだせない!出したい音が出せない!舌も回らないし、喉がカラカラで苦しい。

「フロリア様、怖かったですね…もう大丈夫、大丈夫ですよ?私達がお助けに参りましたからね、もう怖い魔人はいなくなりましたよ」

…は?何いってんのこのお兄さん…フロリア?魔人?助けに来た?貴方達が襲ってるの間違いじゃなくて?何で!こんな時に身体が動かないのっ!

「フロリア様、あぁ、こんなにやつれて…お可哀想に。師団長、何か飲み物を探しませんと!唇もカサついて脱水症状になっていますよ!」

「はぁ…面倒な。待っていろ」

 師団長と呼ばれたプラチナゴールドの長髪を靡かせた目つきの鋭い男は、転がっていたグラスを袖でキュッと拭くと、手を翳し何やら呟いた。すると、コポコポと水が湧いてグラスが満たされてゆく。

「これで良いか?」

「師団長…フロリア様がグラスで水を飲む訳がないではないですか!」

「のーかーてぅー」

「ハリィ、なにか言っているぞ」

 ハリィは抱き上げたフロリアを見た。水を見て、喉の渇きを思い出した聖は必死に手を伸ばしてグラスを掴もうとしている。寝落ちした時のビールが最後に口にした飲み物だった彼女は、この体が求めているのか、自身の記憶を思い返しての反射的な欲求なのか分からなかったが、この際何でも良いとハリィの手元にしがみつきグラスを口元に運ぼうと引き寄せた。

「喉が乾いてらっしゃるのですね?ですが、グラスからはまだ難しいでしょう、お待ちください」

 そう言うと、胸許からハンカチを出してグラスの水に浸けると、しっとりと濡れたハンカチを人差し指に巻き付け、フロリアの口にそっと挿し入れた。

 うぉう!なんでっ!え?無理!グラスから飲みたい!お兄さん、大丈夫だから!指を口に入れないでー!いや、いや、何なの?この状況!あ、でも…乾いた舌が潤う~!うぅ、羞恥心より喉の渇き!もっと下さい!

「さぁ、ゆっくりと、ゆっくりとですよ?フロリア様」

 それから、何度も水を浸したハンカチで口を潤してくれて、やっと落ち着いた頃、私は自分の視界に映る手や足に目が行った。細く小さな手、そして短い指には薄く張り付いた様にちょこんと爪が乗っている。膝や足首だけぎゅっと締まった足もまた短かった。総括すると、全部が短くて小さい!

え…?嘘でしょ。何これ…何これ‼︎

聖は自身を抱き上げる青年の顔を見上げ、必死におかしい!と訴えていたが、その青年はニコニコと微笑むばかりで、聖の望む答えは何も教えてくれなかった。

 何故お兄さんは私をフロリアと呼ぶのかも分からない、ただされるがままにお医者やメイド服を着た女性に身体を拭かれたりと世話をしてもらった。ようやく彼等が満足行く世話が一通り終わったのか、私は緑の瞳の青年に抱き抱えられて何処とも知れない家を出た。



 外は眩いばかりの光が溢れて、牧草地帯だろうか?青々として風に揺れる稲穂や花々の爽やかな香りが溢れている。綺麗だな。家と会社の往復だったのに…何故こんな場所に居るのか…けれど、そんな事はどうでも良い気がした。強制的だったにしても、外に出れたのは私にはあり得ない程の幸運なのかもしれない。手足を見る限り、私の身体は赤子になっている…。ふと、頭に浮かんだ言葉は『転生』『転移』『前世の記憶』流行り物には疎い私も流石に絶句した。宝くじに当たる確率よりも転生確率は高いのか!?

 そんな事をグルグルと考え混んでいたが、馬車の中で青年の腕に抱かれた聖は心地よい振動の所為か、いつの間にか眠りに落ちていた。

「はぁ。まさかのウォーターオパールの瞳でしたね。初めて見ましたが、文献通りで鳥肌が立ちましたよ」

「…まさか、まさかの連続だ。魔人襲撃の報告から、ベルドロイドと聖女の死体に、2人の間に生まれた子供。何で俺達が見つけてしまったのか……ツイていないな。まぁ今更言っても仕方がないが……だがっ!こうっ、腹の中がぐちゃぐちゃで呆れを通り越してまたも怒りに火がつきそうだ!」

「……私達へ陛下と教皇の怒りの矛先が向きそうですね」

「子を成せない筈の聖女が駆け落ちした挙句に子までもうけているなんて、誰が想像できた⁉︎挙句に魔人に襲われて死ぬとは。死んだ者を悪くは言いたくは無いが本当にあの2人には手を焼かされる」

 アルバートは苦々しい目で、眠るフロリアを一瞥すると舌打ちをして窓の外を眺めた。考えるも鬱陶しく、反吐が出そうな未来しか、この幼児にはない事を思うと意思疎通の出来ない者、理解の遅い者、面倒事を起こす者を嫌うリットールナ聖騎士団、師団長アルバードはフロリアを視界に入れる事を無意識に拒否した。

 ハリィはフロリアの首に掛けられた小さなネームタグの付いたネックレスをそっと撫で、アルバートを一瞥し冷たい口調で問いかけた。

「で、どうするんです?師団長。まさか、王室に差し出したりはしませんよね?」

「どうすると言っても…報告するしかないだろう。王弟であるベルドロイドと聖女の子供だ…」

「しかし!既にベルドロイド様は皇籍からは外れていらっしゃいますし、聖女様もお力を失っておいででした。フロリア様に聖女の力があるかどうかは分かりませんが…王室に報告すれば、教会にもその事は伝わります!そうすれば…力が無かったとしても、フロリア様は死ぬまで教会から出る事など出来ません‼︎」

「力を失っても影響力が大きかった聖女の子供で、王室の至宝と言われるウォーターオパールの瞳を持っているんだ。いつかは政治や魔人討伐に利用される。だったら教会に居た方が良いのでは無いか?」

「そんな…まだこんなにお小さくてらっしゃるのに」

 ハリィはフロリアの小さな手を握り、苦悶の表情であどけない寝顔を見つめた。そして、キュッとハリィの人差し指を握り返したフロリアに堪らない気持ちになって、思わずその腕の中に抱きしめた。
 そんなハリィの珍しい姿に驚きながらも、アルバートは今後について呟いた。

「けどな、その子は魔人の魔力に汚染されている…放っておくと魔人化する恐れもある。もう半魔といって過言無いレベルだ。教会へは連れて行かなくてはならないだろうな」

「まさか‼︎……魔神」

 部屋に倒れていた2人の遺体は黒に近い紫色に変色していて、その瞳は赤色に染まっていた。その光景をハリィは思い返し、確かにあそこまで汚染された2人の側に居たのであればこの子も相当に汚染されているだろうと思った。

「あぁ、二人を襲ったのは魔神に近い魔人だろう。聖女の魔力は元々底を着いていたしな。だがこの子の汚染は魔人の体液を被った所為だろうから、教会に居れば浄化されるだろう」

 しかし、その言葉を聞いてハリィはふと考えた。魔人の魔力汚染の浄化は、数十人の教会聖職者の力を何日も使っても完璧な除去は難しい。なぜなら、教会が出来る浄化は人が持つ魔力によって汚染された物だけだからだ。人が生きる以上、魔力は絶対に消費されるし、消費された魔力の残滓や、感情によって汚れた魔力は毎日出てくる。教会はそれらの除去は出来ても、魔人の持つ陰の気を持つ魔力に対しては浄化する事が難しい…魔人の魔力浄化が可能なのは…光や聖の魔力が高い一部の聖騎士、聖道士、聖人もしくは聖女だけだ。聖女しか当代に居ないこの国、教会は今や民衆の未だに根強く残る聖女への支持だけで存続を許されていると言っても過言では無い。ならば、聖騎士団で預かる事も出来るのでは?

「隊長、フロリア様を騎士団でお預かりしては?」

「⁉︎」

「魔人の魔力浄化が得意なのは我々聖騎士ですし…」

「ふざけるな!誰が面倒を見ると言うんだ」

「どのみち、教会から我々に要請が来るのですから」

 アルバートは、手に持っていた書類を座席に投げ捨てると、頭を抱えた。

「勿論私がお側で面倒を見させて頂きますよ」

「ハリィ?大丈夫なのか?」

「何がですか?」

「いや…お前…子供は好きではなかっただろう?」

「え?子供は嫌いではありませんよ?苦手な部類ではありますけど」

「苦手な部類?はっ!それを人は嫌いと言うんだ。そもそもお前は他人が嫌いだろう?何故この子供を気に掛ける」

「……分かりません。しかし、フロリア様のネームタグを見た時、瞳を見た時、抱いた時…守らねばと思ったのです」

すっかり父親の顔をした幼馴染で、右腕で、親友のハリィの溶けきった顔を見てアルバートは目を見開いた。

「だが陛下に何と報告する。2人の遺体は既に教会へと運ばれている……幸い今回あの家に連れ立った者達は俺の家の者だったから箝口令をだしたが……どこからこいつの情報が漏れるか分からん」

「……とりあえずフロリア様の存在が陛下に伝わっていた場合、お二人が住んでいた村の子の様だから保護した、と言う事にしましょう。時を稼いでその間に考えるしかありません!それに……何故か私はフロリア様に運命を感じるのです」

「なっ!何を言っている⁉︎……嘘だろ?勘弁してくれ」





 彼等に救われてから、私はこのまるで狼の様な怖い男性の屋敷へと連れて来られた。何も分からなまま屋敷に入り、おかっぱのまだあどけない少女に私の世話を任せると彼等はどこかへと行ってしまった。

「本日より、フロリア様のお世話をさせて頂きますメローと申します。宜しくお願いします」

仏頂面のまま彼女は私を嫌々抱きかかえると浴室へと向かった。そして、体中にへばりついた汚れをこれでもかと、ゴシゴシ強めに洗いザバザバとお湯を頭から掛け流す。

ちょっと……こんな幼児の体に酷いんじゃない?もう少し優しくしてよ!

「はぁ……やっとお屋敷仕えになれたって言うのに!こんな子供の世話だなんて」

 彼女の他、私に冷たい視線を投げかけてくる人は多かった。唯一アルバートさんの側にいつもいるハリィさんと執事さんだけが私に優しくしてくれた。言葉はきっと話せる……だけど、こんな幼児が急に話し出したらどう思うだろう?ただでさえ嫌な顔をされているのだから、きっと気持ち悪がられるだろうな。

彼等を味方に付けないと。
 
 それから、私の愛嬌振りき作戦を実施した。とりあえず私に関わる大人にはニコニコ笑顔を振りまいて「ありがとうあーと」を連発した。この丸くて大きな頭をコテリと傾げてヘラリと笑う。次第に大人たちの反応はかわいい小動物を可愛がるような物と変わっていった。

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