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第二章 盾と剣
2 それは応援団長になること
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冬の奉納祭から帰る道で、私は道行く人々をパパの肩越しに眺めている。キラキラ光る街灯に、魔法による誘導灯がチカチカしていて、その規則的な点滅が私を眠りへと誘っている。くあっと欠伸をして、パパの肩に頬を乗せた時、ふと後ろを歩く少年と目が合った。私より少し年上位で、品の良さそうな彼は一瞬驚いた顔をしたけど、直ぐに嫌な顔をして私から目を背けてしまった。何故だろう?眠いのにまだ眠りたく無くて、必死に瞬きを増やして私は目を開けている。
ここに居る人達は皆貴族。そして大体が辺境領地や下位、中位貴族らしいけど、親が子を抱き上げ歩いているのは私とパパさんだけだった。もしかしたら、皆んな羨ましいのかな?そりゃそうだよね。誰だって、小さな頃の親の愛情が他の家族より劣っているとは思いたく無い物だ。でもそれだけじゃ無いような……いや、あの目は違うかな……貴族なのに親に抱かれているのが信じられないのかも知れない。
彼等は私達と違って綺麗な服を着ているし、男性も女性も、子供達でさえ豪華な宝飾品を身に付けている。私達は敢えて少し汚れた服を着ていたけれど、何だかそれが少し残念だ。
道の傍には従者や側仕えが主を待っているのか、ゴテゴテした馬車を背に立っていた。私達は行きはアルバートさんの用意してくれた馬車できたけれど、帰りは貸馬車を使う予定だった。なのに、パパさんはそこを素通りする。何故乗らないのだろう?座席で寝れると思っていたのに。はしゃぎ過ぎた私はもうクタクタで、瞼をなんとか上げていても、きっと白目を向いていただろう。
「パパ、馬車……は?」
「歩いて帰りましょう」
「重い……よ」
「軽いですよ、軽過ぎて飛んで行ってしまいそうでパパは抱っこしていないと不安なんです。眠って良いですからね」
「あのね…帰って…きたら」
「はい」
「一緒にさ…暮ら……ぶすっぷすっ……ぴーぴー」
帰ってきたら……一緒に暮らそう?
貴女もそう願ってくれたんですね、とても嬉しいです。でもフロー、暫くはそのお願いは聞けそうにありません。
1年。私に1年の時間を下さい。それまでに全ての障害にカタを付けますから……待っていてくれますか?
「どんな家に住みましょうか。庭があって、あぁそうです。兎を飼う為の小屋を準備しなくては……厩舎も必要ですね。馬がいれば遠くに行けますから」
出立後、私の居ない所で貴女はカナムの養女となります。それを見ずに済むのは幸いだったかもしれませんが、貴女は誤解するかもしれない。カナムが説明をしても……いえ、聡明な貴女の事だ、これが私の苦渋の決断なのだと理解してくれるでしょう。
「ぷふぅ~~」
「鼻を鳴らしても、涎を垂らしていても……ふふっ、貴女はどうしてこんなに愛おしいのでしょうかね」
あの日、アルバートの言葉に私は目が醒めた気分でした。努力する先を間違えていた。貴女に愛情を注ぎ、王宮からの目を逸らす為に足繁く義父でもある陛下に謁見する回数を増やした。ですが、そんな事で貴女を守れる訳が無かったんだ。
「ふぅ……軽いですねぇ。シャナアムトの溜息が、貴女を遠くオーフェンタールの元へ運んでしまいそうで怖い位です」
夢を見た。
ゆらゆら揺れる藁の船の中で、私は横たわり空を見ている。何処へ向かおうとしているのか、それとも辿り着いた場所なのかも分からない。ただ、居心地が良くて私は夢の中だと言うのに眠りに着いた。そして別の夢を見る。
花々の咲き乱れる大地を素足で走り、私は踊る。ふと目をやれば、両手には鈴が沢山付いているタンバリンの様な物があって、それを振ると沢山光が出てくる。私は面白くなって、シャンシャン鳴らしては光の粒を撒き散らして踊る。くるくる回ると、光がその風に舞い上げられて空へと消えて無くなってしまった。まるでシャボン玉の様で、とても綺麗。
「私の声は誰かに届くかな」
そんな事を何気なく呟いた。誰もいないこの場所が、少し寂しくなってきて、私はパパが居たらいいのにと思う。
「私の愛し子よ」
どこからともなく声がした。その声に聞き覚えなんかあるはず無いのに、でも知っていると思った。
「フェリラーデさん?」
「貴女は何が好き?」
夢はいつも唐突で、きっと起きていたら姿を先ずは現せと言ったかも知れない。でも、答えなくてはならない。そんな気がした。
「好きな物?食べ物とか?」
「貴女が貴女を形作る物は何?」
「……」
ある、とは思えなかった。肉体の話では無い事は分かる。きっと、自己表現が出来る物を問われているのだろう。でも、何も無い。私は私が好きな物、唯一と思える物が何も無い。
「無いなぁ。何にも無い」
「それが貴女の力となり、守りたい物を守れる力となるでしょう」
そんな事言われても。本当に思いつかないんだよ。
「あったらそれでパパを守るけど、無いからなぁ。いざとなったらお兄ちゃん達召喚するかなぁ」
カレーナさんを探してあのクセのある聖願をしてもらおう。そしたら嫌でも来てくれるだろう。
「ならば歌はどう?」
「フロリアと書いて音痴と呼ぶ位下手だよ?」
「なら踊りは?」
「黒田節かモンキーダンスなら」
私の授業でダンスの時間なんて殆ど無かったよ。義務教育の差を感じるねぇ。今や筆記体習わないんだって。あんなに綺麗な字体なんだけどなぁ。
「なら……えと、どうしましょうね?」
ね?って聞かれてもな。何が出来るだろう、DTPのスキルじゃ守れないしね。イラスト描ける訳でも無いし。描けたら護符でも作るんだけど。
「教えてくれる?間に合うなら、頑張って覚えるから。パパの為だもん、なんだってマスターする。今度は前世みたいに怠惰には生きない」
「ならば、貴女に歌を教えましょう」
歌か。……歌ねぇ。どんな歌だろうか?
「さぁ、時間がありません。始めますよ」
そこから、私は夢の中だと言うのに血反吐を吐く訓練を行った。まずは神力を感じるところから始まって、神力を自在に体に纏う、形として顕現させると続いた。神力は感じられる様になったけど、それを自在に動かす、これがまた大変だった。カメハメ●が出ないのに、出せると信じてポーズを取るがの如く、何度も何度も何度も合わせた両手を少し開いて水を掬う様に、腕に力を入れて天に向けて掲げては力があふれ溢れるイメージをする。出ない!何にも出ない!ここに誰もいなくて助かったよ。こんな姿見られたら、恥ずかしくて爆発してたよ。それでも、まだ歌を歌う所まで行けないのは私が不器用だからだろうか?
「困りましたわね、こうも神力が神体の力を上回り妨害するなんて。私、ここまで力は残していなかった筈ですのに……あぁ、この力。トールですね」
「あぁ、私お兄ちゃんと繋がってるから」
「……神力が強すぎる様です」
「どうする?」
「どうしましょう?」
そんな、朗らかに悩まれてもな。困ってるのは私の方なんだけど?
「ねぇ、私がやれる事ならなんでも良いんだよね?」
「えぇ」
悩むなぁ。何が出来る?そもそも、何のためにフェリラーデさんに教えを乞うていたんだっけ?悩み続ける私にフェリラーデさんは囁いた。
「愛する者達を守り、鼓舞して戦う者達に勝利を授けたいのでしょう?」
「うん」
そうだ、私は力になりたい。背を押したい。
応援しちゃう?
「応援してみようかな」
「あら、鼓舞に定めたのですね?」
鼓舞、鼓舞ねぇ。
そういえば、小さい頃お兄ちゃんの高校の体育祭を楽しみにしていたっけな。お兄ちゃんは毎年応援団に選ばれてて、2年生と3年生は応援団長だった。長ランに白い手袋、赤い鉢巻きが格好良かった。3年生の最後の応援、見に行きたかったのに風邪を引いた私は、駄々を捏ねて父さんに仕事を休ませてビデオを撮って貰った。お兄ちゃんは恥ずかしがっていたけど、毎日私はそのビデオを見た。張り上げる声、真剣な眼差し。お兄ちゃんの笑顔、全部が格好良かった。
やってみよう。お兄ちゃんを追いかけてみようか。
「リットールナの勝利を祈願してー!応援するぞー!」
フロリアはむんっとぽっこりしたお腹を突き出して、両手を後ろに組むと仰け反り声を張り上げる。そして「フレー!」と叫びながら右手を左手前に出すと斬り上げるように手を右上へと伸ばす。左手も上げると今度は交互に肩に手を当てる様に肘を曲げ、声を張った。
「フレー!フレー!パーパ!フレー!フレー!アルバート!フレッフレッパーパ!頑張れ頑張れみんな!戦え戦えみんな!」
ふぅっと私は息を吐き、パパさんが剣を掲げて声を張る姿を想像した。
「リットールナの第一師団の力を見せつけろ!剣を掲げろ!盾を鳴らせ!遅れをとるな!ハカナームト神に、戦神レネベントに勝利を捧げろ!」
「三三七拍ー子!」
シャンシャンシャン シャンシャンシャン……
両手のタンバリン擬きを鳴らしながら、右へ左へと頭上で腕を動かして、地面にそれを置いた。
「勝利の型!」
お兄ちゃんは腰を落として構えると、右手左手交互に正拳突きしてて、腰を上げると蹴りをしていた。そして地面に拳を付けた後、立ち上がって右足を下げる。腰で拳を握って次は上段蹴り、回し蹴り、最後に正面に突き。そして真っ直ぐ立って、こう言ってた。
「勝利の為に!我等が応援を捧げる!」
ぷっはぁーー!覚えているもんだね!なんだか気分もいいぞ?どうかな?神力を体に纏えたり、放出出来たりしたかな?
「素晴らしいわ!素晴らしいわフロリア!初めてよ、その様な祈祷!私、心がゾクゾクしてこうっ、ぐわっと神力が湧き上がったわ!厳密に言えば貴女の神力ですけど!」
祈祷⁉︎全然関係無いじゃん!
でも、声だけだけどだいぶフェリラーデさんが興奮しているのが分かる。うんうん!応援って高まるよねー!気持ちが!フェリラーデさんも気に入ってくれたのなら成功かな?
フロリアが安堵していると、夢を切り裂く様な衝撃が走り、太く艶のある声が響き渡った。
「我の力を求めし者、その祈りしかと受け取った。戦神レネベントの名において、パパとアルバート、第一師団への加護として聖琰を授ける」
まるで法事の時の様な、犍稚が鳴り響き轟々と炎が燃え盛り、パチパチと爆ぜる音がする。
「だっ……誰?」
「あらあら、フロリア。すごいわ、夢の中だと言うのに祈祷を成功させるなんて!」
「フェリラーデさん⁉︎だ、誰!あれ!」
「レネベントよ。相変わらず勇ましい子ね、それに法炎を全て習得したのね……頑張ったのね、レネベント」
まるで草葉の陰から息子の成長を喜ぶかの様なフェリラーデさんに、私はそんな場合じゃないよね⁉︎とツッコミを入れた。
「……其方の祈祷、実に良い。我の炎の喜びが神魂を心地よく震わせておる。其方、名を何と言う」
怖っ!レネベントまじ怖っ!いやいや、勇ましいとかそんなレベルじゃ無いんですけど⁉︎
「ふ、フロリアだよ」
「フロリアか。しかと覚えた……だが何故だ。まるで我が主、フェリラーデ様の如き神力。其方、いつ上神した神だ」
「え、上神してないよ?私はフェリラーデさんと聖女さんの契約なんだよ」
「其方が‼︎……そうか、そうか。良く、生まれてきた!フェリラーデ様がその姿を見たなら、きっとお慶びになっただろう」
うーん。見てたのかなぁ?多分居るんだろうけど、私の脳内なんだよなぁ。残念だったね、レネベントさん。
真っ赤な炎の様な髪、その瞳はルビーの様にキラキラしてる。身体がゴツすぎて、金や銀の飾りをジャラジャラさせても肉体に目が行ってしまう。ゲームとかで描かれる哪吒っぽいなぁ、でも怖いんだよぉ、その顔と神力!も、もう帰ってくんないかな。
「加護、あざした!レネベントさん、パ、パパの事守ってくれる?」
「良かろう、パパとは聖騎士団の衛生兵パパド•パラードの事で良いのか」
「あっ!ち、違う!ますっ!ハリィ•トルソン!副師団長のハリィ•トルソン!あと、アルバート•フェルダーン!この2人を特に宜しくおねがいしゃす」
はわわわわ!緊張でっ!口調が舐めた若者風になっちゃったよ!そ、そうだよね、フルネームじゃ無いと分かんないよね!
「相分かった」
……そこから5分位だろうか?特にお互い話すでも無く対峙していますが、何か⁉︎まだ何かあります?お、お帰りは……。
「其方、また我に祈祷を頼むぞ」
「あ、はい。機会があれば」
「月に一度は欲しい。それに我の守護月ならば週に一度は欲しい物だ」
いや……何気に応援恥ずかしいんだよ?しかも1人でやるなんて。月一とか忘れちゃうよ。まぁ、それでパパさんが死なずに済むならやるけどさ。
「パパを守って。無事に私の所に帰す、それを約束してくれるなら2ヶ月は毎日だってしてあげる!」
「ふむ……期間限定か?まぁ良い。その者の命は確約しよう、頼んだぞ。主の愛し子よ」
轟々の燃え盛る炎がレネベントを包み、その中で赤い瞳を細めて微笑みながらその姿を消した。
「おっかねー!何だって応援で神様出てきちゃうかね」
「貴女のその鼓舞には、神を癒す力があったわ」
ちょっとフェリラーデさんや。何でレネベントさん居た時は出てこなかった?
「神を癒す?人じゃ無くて?」
「レネベントは戦神。加護を与え、祝福を与えるというのは命を奪う事でもあるの。それは神にとって傷を増やす行為でもあるから、あの子はいつも傷が癒えない」
「あ……」
そうだ。パパさんが勝つと言う事は、その裏で人が死ぬと言う事だ。その差配を神様はしている。それはまるで私が死ぬべき人と生かす人間を選んだかの様で、急に心が冷えてゆく。
「悩まなくていいのよ」
「悩むよ!でも、パパには生きて帰って欲しい」
「私達神がどれ程祝福を与えたとしても、人は生まれながらに運命を自分で定められる力を持っているわ。私達神と違ってね」
「それって、加護があっても無くても死ぬ時は死ぬって事?」
「そうね。でも、レネベントの与える加護があればそれを十分に回避できるわ。それに、貴女の鼓舞はレネベントの癒えない傷を癒したわ。それはレネベントにも出来ない事よ?」
「痛い?」
「そうね。加護や祝福を与えた事によって命の火が消える時、その火がレネベントに傷を与える。それは心も神体もとても痛いはずよ」
平和が一番。そう言う事だね。
でも、この世界で戦争を無くすと言う事は、すなわち神の存在を消す。そう言う事なんだろうか。
それに気付いてしまった私は、いつかパパさんを取るか、トールお兄ちゃん達を取るのか迫られるのでは無いだろうかと思った。
「そろそろ、目覚めなくてはならないわね」
「やっぱり夢オチかぁ」
「4日も寝ているし、あの人の子達はみな心配しているわ」
はぁぁ。ここって天上界だったんですか。一言、一言あって良いと思うよ?全世界、宇宙全体の共通語にならないかな。
「報連相‼︎」
ここに居る人達は皆貴族。そして大体が辺境領地や下位、中位貴族らしいけど、親が子を抱き上げ歩いているのは私とパパさんだけだった。もしかしたら、皆んな羨ましいのかな?そりゃそうだよね。誰だって、小さな頃の親の愛情が他の家族より劣っているとは思いたく無い物だ。でもそれだけじゃ無いような……いや、あの目は違うかな……貴族なのに親に抱かれているのが信じられないのかも知れない。
彼等は私達と違って綺麗な服を着ているし、男性も女性も、子供達でさえ豪華な宝飾品を身に付けている。私達は敢えて少し汚れた服を着ていたけれど、何だかそれが少し残念だ。
道の傍には従者や側仕えが主を待っているのか、ゴテゴテした馬車を背に立っていた。私達は行きはアルバートさんの用意してくれた馬車できたけれど、帰りは貸馬車を使う予定だった。なのに、パパさんはそこを素通りする。何故乗らないのだろう?座席で寝れると思っていたのに。はしゃぎ過ぎた私はもうクタクタで、瞼をなんとか上げていても、きっと白目を向いていただろう。
「パパ、馬車……は?」
「歩いて帰りましょう」
「重い……よ」
「軽いですよ、軽過ぎて飛んで行ってしまいそうでパパは抱っこしていないと不安なんです。眠って良いですからね」
「あのね…帰って…きたら」
「はい」
「一緒にさ…暮ら……ぶすっぷすっ……ぴーぴー」
帰ってきたら……一緒に暮らそう?
貴女もそう願ってくれたんですね、とても嬉しいです。でもフロー、暫くはそのお願いは聞けそうにありません。
1年。私に1年の時間を下さい。それまでに全ての障害にカタを付けますから……待っていてくれますか?
「どんな家に住みましょうか。庭があって、あぁそうです。兎を飼う為の小屋を準備しなくては……厩舎も必要ですね。馬がいれば遠くに行けますから」
出立後、私の居ない所で貴女はカナムの養女となります。それを見ずに済むのは幸いだったかもしれませんが、貴女は誤解するかもしれない。カナムが説明をしても……いえ、聡明な貴女の事だ、これが私の苦渋の決断なのだと理解してくれるでしょう。
「ぷふぅ~~」
「鼻を鳴らしても、涎を垂らしていても……ふふっ、貴女はどうしてこんなに愛おしいのでしょうかね」
あの日、アルバートの言葉に私は目が醒めた気分でした。努力する先を間違えていた。貴女に愛情を注ぎ、王宮からの目を逸らす為に足繁く義父でもある陛下に謁見する回数を増やした。ですが、そんな事で貴女を守れる訳が無かったんだ。
「ふぅ……軽いですねぇ。シャナアムトの溜息が、貴女を遠くオーフェンタールの元へ運んでしまいそうで怖い位です」
夢を見た。
ゆらゆら揺れる藁の船の中で、私は横たわり空を見ている。何処へ向かおうとしているのか、それとも辿り着いた場所なのかも分からない。ただ、居心地が良くて私は夢の中だと言うのに眠りに着いた。そして別の夢を見る。
花々の咲き乱れる大地を素足で走り、私は踊る。ふと目をやれば、両手には鈴が沢山付いているタンバリンの様な物があって、それを振ると沢山光が出てくる。私は面白くなって、シャンシャン鳴らしては光の粒を撒き散らして踊る。くるくる回ると、光がその風に舞い上げられて空へと消えて無くなってしまった。まるでシャボン玉の様で、とても綺麗。
「私の声は誰かに届くかな」
そんな事を何気なく呟いた。誰もいないこの場所が、少し寂しくなってきて、私はパパが居たらいいのにと思う。
「私の愛し子よ」
どこからともなく声がした。その声に聞き覚えなんかあるはず無いのに、でも知っていると思った。
「フェリラーデさん?」
「貴女は何が好き?」
夢はいつも唐突で、きっと起きていたら姿を先ずは現せと言ったかも知れない。でも、答えなくてはならない。そんな気がした。
「好きな物?食べ物とか?」
「貴女が貴女を形作る物は何?」
「……」
ある、とは思えなかった。肉体の話では無い事は分かる。きっと、自己表現が出来る物を問われているのだろう。でも、何も無い。私は私が好きな物、唯一と思える物が何も無い。
「無いなぁ。何にも無い」
「それが貴女の力となり、守りたい物を守れる力となるでしょう」
そんな事言われても。本当に思いつかないんだよ。
「あったらそれでパパを守るけど、無いからなぁ。いざとなったらお兄ちゃん達召喚するかなぁ」
カレーナさんを探してあのクセのある聖願をしてもらおう。そしたら嫌でも来てくれるだろう。
「ならば歌はどう?」
「フロリアと書いて音痴と呼ぶ位下手だよ?」
「なら踊りは?」
「黒田節かモンキーダンスなら」
私の授業でダンスの時間なんて殆ど無かったよ。義務教育の差を感じるねぇ。今や筆記体習わないんだって。あんなに綺麗な字体なんだけどなぁ。
「なら……えと、どうしましょうね?」
ね?って聞かれてもな。何が出来るだろう、DTPのスキルじゃ守れないしね。イラスト描ける訳でも無いし。描けたら護符でも作るんだけど。
「教えてくれる?間に合うなら、頑張って覚えるから。パパの為だもん、なんだってマスターする。今度は前世みたいに怠惰には生きない」
「ならば、貴女に歌を教えましょう」
歌か。……歌ねぇ。どんな歌だろうか?
「さぁ、時間がありません。始めますよ」
そこから、私は夢の中だと言うのに血反吐を吐く訓練を行った。まずは神力を感じるところから始まって、神力を自在に体に纏う、形として顕現させると続いた。神力は感じられる様になったけど、それを自在に動かす、これがまた大変だった。カメハメ●が出ないのに、出せると信じてポーズを取るがの如く、何度も何度も何度も合わせた両手を少し開いて水を掬う様に、腕に力を入れて天に向けて掲げては力があふれ溢れるイメージをする。出ない!何にも出ない!ここに誰もいなくて助かったよ。こんな姿見られたら、恥ずかしくて爆発してたよ。それでも、まだ歌を歌う所まで行けないのは私が不器用だからだろうか?
「困りましたわね、こうも神力が神体の力を上回り妨害するなんて。私、ここまで力は残していなかった筈ですのに……あぁ、この力。トールですね」
「あぁ、私お兄ちゃんと繋がってるから」
「……神力が強すぎる様です」
「どうする?」
「どうしましょう?」
そんな、朗らかに悩まれてもな。困ってるのは私の方なんだけど?
「ねぇ、私がやれる事ならなんでも良いんだよね?」
「えぇ」
悩むなぁ。何が出来る?そもそも、何のためにフェリラーデさんに教えを乞うていたんだっけ?悩み続ける私にフェリラーデさんは囁いた。
「愛する者達を守り、鼓舞して戦う者達に勝利を授けたいのでしょう?」
「うん」
そうだ、私は力になりたい。背を押したい。
応援しちゃう?
「応援してみようかな」
「あら、鼓舞に定めたのですね?」
鼓舞、鼓舞ねぇ。
そういえば、小さい頃お兄ちゃんの高校の体育祭を楽しみにしていたっけな。お兄ちゃんは毎年応援団に選ばれてて、2年生と3年生は応援団長だった。長ランに白い手袋、赤い鉢巻きが格好良かった。3年生の最後の応援、見に行きたかったのに風邪を引いた私は、駄々を捏ねて父さんに仕事を休ませてビデオを撮って貰った。お兄ちゃんは恥ずかしがっていたけど、毎日私はそのビデオを見た。張り上げる声、真剣な眼差し。お兄ちゃんの笑顔、全部が格好良かった。
やってみよう。お兄ちゃんを追いかけてみようか。
「リットールナの勝利を祈願してー!応援するぞー!」
フロリアはむんっとぽっこりしたお腹を突き出して、両手を後ろに組むと仰け反り声を張り上げる。そして「フレー!」と叫びながら右手を左手前に出すと斬り上げるように手を右上へと伸ばす。左手も上げると今度は交互に肩に手を当てる様に肘を曲げ、声を張った。
「フレー!フレー!パーパ!フレー!フレー!アルバート!フレッフレッパーパ!頑張れ頑張れみんな!戦え戦えみんな!」
ふぅっと私は息を吐き、パパさんが剣を掲げて声を張る姿を想像した。
「リットールナの第一師団の力を見せつけろ!剣を掲げろ!盾を鳴らせ!遅れをとるな!ハカナームト神に、戦神レネベントに勝利を捧げろ!」
「三三七拍ー子!」
シャンシャンシャン シャンシャンシャン……
両手のタンバリン擬きを鳴らしながら、右へ左へと頭上で腕を動かして、地面にそれを置いた。
「勝利の型!」
お兄ちゃんは腰を落として構えると、右手左手交互に正拳突きしてて、腰を上げると蹴りをしていた。そして地面に拳を付けた後、立ち上がって右足を下げる。腰で拳を握って次は上段蹴り、回し蹴り、最後に正面に突き。そして真っ直ぐ立って、こう言ってた。
「勝利の為に!我等が応援を捧げる!」
ぷっはぁーー!覚えているもんだね!なんだか気分もいいぞ?どうかな?神力を体に纏えたり、放出出来たりしたかな?
「素晴らしいわ!素晴らしいわフロリア!初めてよ、その様な祈祷!私、心がゾクゾクしてこうっ、ぐわっと神力が湧き上がったわ!厳密に言えば貴女の神力ですけど!」
祈祷⁉︎全然関係無いじゃん!
でも、声だけだけどだいぶフェリラーデさんが興奮しているのが分かる。うんうん!応援って高まるよねー!気持ちが!フェリラーデさんも気に入ってくれたのなら成功かな?
フロリアが安堵していると、夢を切り裂く様な衝撃が走り、太く艶のある声が響き渡った。
「我の力を求めし者、その祈りしかと受け取った。戦神レネベントの名において、パパとアルバート、第一師団への加護として聖琰を授ける」
まるで法事の時の様な、犍稚が鳴り響き轟々と炎が燃え盛り、パチパチと爆ぜる音がする。
「だっ……誰?」
「あらあら、フロリア。すごいわ、夢の中だと言うのに祈祷を成功させるなんて!」
「フェリラーデさん⁉︎だ、誰!あれ!」
「レネベントよ。相変わらず勇ましい子ね、それに法炎を全て習得したのね……頑張ったのね、レネベント」
まるで草葉の陰から息子の成長を喜ぶかの様なフェリラーデさんに、私はそんな場合じゃないよね⁉︎とツッコミを入れた。
「……其方の祈祷、実に良い。我の炎の喜びが神魂を心地よく震わせておる。其方、名を何と言う」
怖っ!レネベントまじ怖っ!いやいや、勇ましいとかそんなレベルじゃ無いんですけど⁉︎
「ふ、フロリアだよ」
「フロリアか。しかと覚えた……だが何故だ。まるで我が主、フェリラーデ様の如き神力。其方、いつ上神した神だ」
「え、上神してないよ?私はフェリラーデさんと聖女さんの契約なんだよ」
「其方が‼︎……そうか、そうか。良く、生まれてきた!フェリラーデ様がその姿を見たなら、きっとお慶びになっただろう」
うーん。見てたのかなぁ?多分居るんだろうけど、私の脳内なんだよなぁ。残念だったね、レネベントさん。
真っ赤な炎の様な髪、その瞳はルビーの様にキラキラしてる。身体がゴツすぎて、金や銀の飾りをジャラジャラさせても肉体に目が行ってしまう。ゲームとかで描かれる哪吒っぽいなぁ、でも怖いんだよぉ、その顔と神力!も、もう帰ってくんないかな。
「加護、あざした!レネベントさん、パ、パパの事守ってくれる?」
「良かろう、パパとは聖騎士団の衛生兵パパド•パラードの事で良いのか」
「あっ!ち、違う!ますっ!ハリィ•トルソン!副師団長のハリィ•トルソン!あと、アルバート•フェルダーン!この2人を特に宜しくおねがいしゃす」
はわわわわ!緊張でっ!口調が舐めた若者風になっちゃったよ!そ、そうだよね、フルネームじゃ無いと分かんないよね!
「相分かった」
……そこから5分位だろうか?特にお互い話すでも無く対峙していますが、何か⁉︎まだ何かあります?お、お帰りは……。
「其方、また我に祈祷を頼むぞ」
「あ、はい。機会があれば」
「月に一度は欲しい。それに我の守護月ならば週に一度は欲しい物だ」
いや……何気に応援恥ずかしいんだよ?しかも1人でやるなんて。月一とか忘れちゃうよ。まぁ、それでパパさんが死なずに済むならやるけどさ。
「パパを守って。無事に私の所に帰す、それを約束してくれるなら2ヶ月は毎日だってしてあげる!」
「ふむ……期間限定か?まぁ良い。その者の命は確約しよう、頼んだぞ。主の愛し子よ」
轟々の燃え盛る炎がレネベントを包み、その中で赤い瞳を細めて微笑みながらその姿を消した。
「おっかねー!何だって応援で神様出てきちゃうかね」
「貴女のその鼓舞には、神を癒す力があったわ」
ちょっとフェリラーデさんや。何でレネベントさん居た時は出てこなかった?
「神を癒す?人じゃ無くて?」
「レネベントは戦神。加護を与え、祝福を与えるというのは命を奪う事でもあるの。それは神にとって傷を増やす行為でもあるから、あの子はいつも傷が癒えない」
「あ……」
そうだ。パパさんが勝つと言う事は、その裏で人が死ぬと言う事だ。その差配を神様はしている。それはまるで私が死ぬべき人と生かす人間を選んだかの様で、急に心が冷えてゆく。
「悩まなくていいのよ」
「悩むよ!でも、パパには生きて帰って欲しい」
「私達神がどれ程祝福を与えたとしても、人は生まれながらに運命を自分で定められる力を持っているわ。私達神と違ってね」
「それって、加護があっても無くても死ぬ時は死ぬって事?」
「そうね。でも、レネベントの与える加護があればそれを十分に回避できるわ。それに、貴女の鼓舞はレネベントの癒えない傷を癒したわ。それはレネベントにも出来ない事よ?」
「痛い?」
「そうね。加護や祝福を与えた事によって命の火が消える時、その火がレネベントに傷を与える。それは心も神体もとても痛いはずよ」
平和が一番。そう言う事だね。
でも、この世界で戦争を無くすと言う事は、すなわち神の存在を消す。そう言う事なんだろうか。
それに気付いてしまった私は、いつかパパさんを取るか、トールお兄ちゃん達を取るのか迫られるのでは無いだろうかと思った。
「そろそろ、目覚めなくてはならないわね」
「やっぱり夢オチかぁ」
「4日も寝ているし、あの人の子達はみな心配しているわ」
はぁぁ。ここって天上界だったんですか。一言、一言あって良いと思うよ?全世界、宇宙全体の共通語にならないかな。
「報連相‼︎」
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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