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第三章 魔法と神力と神聖儀式
16 完全なる姿の為に
しおりを挟む私は元々セジャーイーに暮らす平民の子だった。だが父が魔獣に襲われ死んだ頃から状況は一変した。
母は何とか生活をする為に、見よう見まねで父の仕事であった行商を行うが、女である事や不慣れが祟ってあっという間に仕事を失った。そして農家の手伝いなどをして細々とその日暮らしをしていた。だが、そんな日々も長くは続かなかった。
母の実家はリットールナにあるシャークスター子爵家だった。そして一人娘で、行商人であった父と恋に落ち駆け落ちしてセジャーイーに住み着いたのだと言う。そんな過去を持つ母と父はある意味謀反人であった。そんな母は慣れぬ仕事を無理に続けた所為か、過労で倒れた。
まだ10歳の私に母をどうこう出来る訳もなく、恥を忍び母の実家を頼った。きっと嫌厭されるだろうと思ったが、縋れば実の娘だ。幾らかお金を融通してくれるのではないかと子供ながらにそんな事を考えた。
「アルビナの娘?」
祖父は私とは違っていて、白い肌に銀髪。そして青い目をした人だった。祖母も祖父同様だった。
「この子の目、貴方にそっくりだわ」
褐色の肌に銀髪、そして父譲り金の目。銀髪以外に血筋を訴える物は無いように思えたが、祖母は私の外見の全てが幼い頃の祖父にそっくりだと私を抱きしめた。
「アルビナはどうしているの?」
「母は伏せっている。必ず私が働いて返す……だから金を貸してほしい。銀貨5枚で良いんだ。父が死んで、母の病は重い。医者に診せたい」
祖母は私の言葉を聞くと馬車を用意してくれて、祖父と共に家へと来てくれた。実家の家など比べ物にならない様な動物小屋の様な私達の家、薄汚れた服を着て眠っていた母を見た祖父母は、その日の内に私と母を連れて子爵家へと向かった。
「もう、何も心配する事はない。私に任せておきなさい」
祖父は母を系譜に戻し、私を孫として迎え入れてくれた。良い服に、美味しい食事。そして学院にも通わせて貰い、何不自由無い生活を送らせて貰った。そんな祖父も70歳を越え、衰えが目に見えて分かる様になると、その霞む後ろ姿は私にとって父の死後を思い出させた。私は急に不安になった。
祖父が死んだら私は爵位を継いで後継者としてやっていけるのか?いや、そんな事は無理だろう。ならばどうしたら良い。
悩む私に同僚が助言をくれた。
「取り敢えず貴族の次男か三男と結婚して、子供が生まれたらその子をお前の実家の当主にしたら良いだろ?その間は旦那にシャークスターの管理を頼めば良い。何なら俺がなってやろうか?」
そうか。その手があったか。ならばこいつに頼むか?私は護衛騎士だ、職務の為に己を犠牲にする事に抵抗は無い。ならば見知らぬ他人よりも、性格を良く知る仲間の方が良いだろうと思った。
「そうか。では頼めるか」
「はっ?いやっ、冗談だよ!すまんっ、俺婚約者いるから」
ならば何故そんな提案をしたのやら。ふざけるのが好きな男ばかりで困った物だ。
「ふむ。私は貴族の子弟に詳しく無いからな。どうしたものか」
「奥様に相談したらどうだ?」
「奥様に?そんな事出来る訳ないだろ」
「いやいや、喜んでなさって下さるさ。何たって縁結びが趣味のお人だ」
フェルダーン家はリットールナにある武門筆頭高位貴族だ。父と先代当主に交流があり、その先代当主が後妻を娶ったのを機に、女である事を理由に私を護衛騎士として受け入れてくださった。
「奥様」
「なぁに?ロア、どうしたの。そんなに怖い顔をして」
「私に貴族の子弟についてお教え頂けませんでしょうか」
奥様は嬉々として私の縁談先を探し、ナルファン伯爵家を紹介してくださった。ナルファン伯爵家はフェルダーン公爵家の一門末席の家だったが、子弟が6人も居て、長男である次期当主以外の兄弟は別に仕事を見つけねばならず、次男のレセルが私の話に乗ってくれた。
「ロア、私がシャークスター家の婿になるよ」
婿入り。これはリットールナの貴族社会において恥ずべき行為とされた。しかし、領地も爵位も継げない者は恥を忍びつつもこの様な手を取る以外に、生きて行く術を持つ者は多く無いのも事実だった。
「すまないレセル。子が出来たなら、シャークスターの領地一つ貴方に譲ろう。離縁して貰って構わない」
「……結婚前から離婚話か?」
「私は、貴族令嬢の様に男を喜ばせる事は何も出来ないし。刺繍も出来なければ社交界の話題も知らない。宝石など身に付けた事も無いしな。貴方を苦しめるのは目に見えているんだ、ならばこんな無理を引き受けてくれた礼と、幸せな未来位準備してやりたい」
こんな女にも男にもなれぬ獣の様な私を抱かねばならぬレセルを私は哀れだと思ったし、申し訳ないとも思った。だが彼は穏やかな人であったから、剣を握れぬ自分と、針を持てぬ私は似ていると言い、私の手を取る事は彼の幸せの為なのだと言った。ならば出来るだけ幸せにしてやりたいと思っていた。
「おいっ!何であいつらと寝た!」
結婚して半年。夫婦生活に問題は無かったが、一向に子供ができる気配はなく、このままでは彼に申し訳ないのでは無いかと思い始めていた。
「……レセル。私は奥様の護衛でヤーリスへ向かった。野宿は護衛の基本の様な物だ。それはどうしようもないだろう?」
「同じ毛布に包まって寝る?どうかしているよ!」
「今年はクローヴェルの加護月があった。どんなに備えていてもあの極寒では仲間同士で固まって暖を取らねば死んでしまうではないか」
夫のレセルは何故か私に執着し、護衛を辞めろと言った。しかし、護衛を辞めればフェルダーン家の支援を失う事なる。悩んだが、私の様な者に婿入りしてくれた彼を安心させてやりたいと思い、護衛を辞めさせてもらった。
「ロア、俺が養うから側に居てくれ」
彼の言う通り、屋敷を取り纏める事に集中した。しかし、何故かシャークスター家に負債が出来た。何が起きたのか分からず、督促状に目を疑いレセルを問い詰めた。
「き、君に良いところを見せたかったんだ」
彼は私や祖父の預かり知らぬ所で他国の鉱山に投資して、それが詐欺だと気付かずに私名義の領地を担保にしていた。幸い祖父が生きて居たお陰で祖父と祖母、母名義の領地は手元に残っていた。だが、私名義の物は全て奪われ、祖父は「離縁しろ」と言い離縁状に無理やりサインさせると激昂し憤死してしまった。私は何が間違いだったのか分からぬまま彼と離縁し、彼は負債の返済も出来ず離縁後自殺した。出戻りとなり、子もおらず、当主を失った私に領地運営はできずあっという間に家を傾かせてしまった。祖母と母、屋敷勤めの者達、領民をどうすれば良いか分からず路頭に迷っていた。
「ロア、戻ってきたらどうだ?奥様に俺が口添えしてやるから」
私の事情を知った元同僚が手を差し伸べてくれた。藁をも掴む思いで奥様に縋ったが、奥様の側には既に別の護衛が居た。あぁ、戻る場所などどこにも無いのだと、虚しさや不安、後悔。ありとあらゆる負の感情にもう目を開けて立っては居られなかった。
「そういえば、カナムが側仕えが欲しいっていってたのよね。ロア、護衛も出来て身の回りの世話もやれるならアルバートに連絡してあげるわよ?まぁ、ナルファン伯爵家を紹介したのは私だしね。紹介状を書いてあげるから行ってみなさい」
天のご加護だと思った。またフェルダーン家の門を潜った時の高揚感は忘れられない。そしてまさか自分が神の愛し子の専属侍従(側仕えであり護衛)となるとは思わなかった。そしてお仕えして半年を過ぎようとしている今、私は試されているのだと思う。
主であるフロリア様は女神フェリラーデの愛し子。それは神の子と言って良い、そしてその神体には神魂と人の魂が混在し、聖女として覚醒するにはその2つの同調、融合は必須なのだと聞いた。
泣き声が部屋から漏れ聞こえ、事のあらましを知る私とラナ殿は困惑した。聖様の叫びは悲痛で、父の死、元夫の死、祖父の死にも泣く事が無かった私が……その声に心を揺さぶられていた。
護衛として、主の為に死ぬ事は名誉な事。ましてそれが大恩あるフェルダーン家の為ならば喜んでこの命を捧げると言う物。だが、聖様は違う。望んだ訳でも無い神の贄としての運命、贄となった後の事も分からない。死と言う意味なのか、フロリア様に成り代わると言う事なのか。だが、聞こえ来る話では前者の意味の様だった。
「ロア……こんなのあんまりだわ」
「……」
ラナ殿は護衛騎士の目も気にせずしゃがみ込んで泣いて居て、その気持ちが何となく分かるからか、慰める事も諫める事も出来なかった。
「フロリア様は私の主です。どちらを取るのかと聞かれたなら、私は迷わずフロリア様の手を取ります」
「貴女は知らないのよ……フロリア様が寝ている時に呟く寝言を」
「……えぇ、知りません」
「フロリア、私の分もお願い。そう言ったのよ?私の分も生きてと言う意味?それともトルソン様を大切にして?どちらにしてもあれは間違いなく聖様の声よ。お可哀想で、仕方ないと思っていても辛いわ!」
「ならばフロリア様を犠牲にしますか」
「……ふぅっ、ううっ!神々も酷いわ。聖様をお呼びしたのなら最期まで責任を負うべきよ」
「神々にとって人間など足元で這う虫も同然。ただその慈愛を以て虫ケラである我々を慈しんで下さる……ならば贄も仕方無き事なのでは?」
そう。騎士精神としてはそうなのだ。だが、何故こうも胸がざわついて落ち着かない。
「そう言いながらっ、何で泣いているの?」
ポタリポタリと頬を伝わず涙が足元に落ちて、何が悲しいのか涙が止まらなかった。しかし、トルソン卿との言い争いが終わると涙がスッと引いて、何だかぽっかりと胸に大きな風穴が開いた様で妙な清々しさと、諦めの様な無気力感が私を包んだ。
突然扉が開き聖様が現れたが、そのお顔は初めてご挨拶させて頂いた時の様に大人びた面差しで、そして旦那様を呼ぶ悲痛な程痛々しい声にラナ殿も私も動けないでいる。
旦那様の腕を掴み懇願する聖様は笑っているのに怒っている様な、苦痛を堪えている様な表情で、旦那様はそのお顔を両手で包むと仰った。
「そんな事思う訳ねぇだろ。俺にとってお前も、フロリアも……大事なフェルダーン家の人間だ。贄になるとか消えるとか、当主である俺が許すと思うのか。そのままで良い、もしも神罰が下るなら俺が引き受けてやる、お前はここに居て良いんだ……泣くな聖。答えが一つしか無いなんてある訳ないんだ」
私は神に試されている。いざと言う時に何を、誰を守るのかと。私が守るべきはこの小さな身体に宿る2つの魂、そしてその御心。
何故神の言葉だけを聞き、己は何も考えなかったのだ!己の愚鈍さに、悔やんでも悔やみ切れぬ。守るべき者の心を理解せず、どうやって守れる!過去を思う事に意味は無いが、もしも私がレセルの気持ちを理解し寄り添っていたなら、祖父の心痛を慮る事が出来ていたなら。きっと現在は違っていただろう。
「どこに別の答えがあるの?アルバートさん。私、フロリアの贄なんだって、フロリアを成長させるには仕方ないんだって!どうしよう、アルバートさん。どうしたら良い?」
「聖……」
旦那様はフロリア様、いや聖様を抱き寄せるとその肩が涙で濡れるのも構わず頭を撫でてらっしゃった。
私は考えた。何故贄なのか神魂と人の魂の同調とは?統合や結合では無く同調。ならば共にあり続ける事は可能なのでは無いだろうか。神の事は我々人間に理解する事など出来はしない。ならば神に聞けば良い。
「不躾ながら宜しいでしょうか」
「なんだロア」
「決断を急ぐ前に、先ずはハカナームト神にお伺いを立てるべきでは無いでしょうか。神々が強要する事の意味を我々が計ることは出来ません。ならばお聞きになるべきです、何故聖様が消えねばならぬのかと」
アルバートは憮然としたロアを見上げ頷くと、聖の体をそっと離して目を見た。
「聖、ロアの言う通りだ。俺は正直どういう状況なのかも分からん。何故唐突にそんな話になったのか。フロリアは順調に成長している、何故今ここでそんな話になるのか俺も聞きたい」
「アルバートさん、側にいて。今だけで良いから!このまま目を閉じたら消えて無くなってるかも知れないと思うと……覚悟をしていても怖い!」
「……それは俺の役目じゃないな。ハリィに居てもらえ」
「なんでそんな可哀想な事言うの?ハリィさんの心が壊れちゃうよ!」
「ならその程度の人間だったんだ。師団長ならば決断せねばならぬ事は山程ある。戦地で仲間が死ぬと分かっていて突撃させねばならぬ事、子供であろうと敵国の者なら殺めねばならぬ事。そんな時にいちいち泣いて蹲っていては無駄に騎士を失う。お前も、フロリアもあいつは守りたい筈だ、ならばお前も惚れた男の為に共に立つ位の事はしてやれ」
流石旦那様だ。私には言えない言葉。
傷付くと分かっているお2人に逃げるなと仰っている。
逃げても解決しない、ならばぶつかり乗り越えてみせろと背を押してらっしゃる。
耳が痛いのは私もレセルとそうあるべきだったと思えるからだろう。そして侍従として聖様に向き合い、寄り添うべきだった。まだ間に合う、今からでもその手をお取りしよう。
「聖様、このままで良い訳が無いと私は思うのです」
「ロア……さん?」
聖は振り返り部屋の片隅に蹲るハリィを見た。ハリィが悪い訳じゃない、どうしようもできない事に八つ当たりして傷付けたのは聖だった。そして彼女は言ってはいけない言葉を言った。今更無かった事には出来ない言葉を思い出す。
『フロリアの為になら他人すら殺せる癖に、良い人ぶらないで』
嗚咽が聞こえる。それはまるで神々に懺悔をしているようでいて、煮え切らない態度であったトルソン卿を断罪した聖様に感謝している様でもあった。私に何が出来るだろう?私は聖様の手を取って、背を押してトルソン卿に歩み寄った。今ここで拗れた結を解かねば、かたく結ばれ二度とは解けないかもしれない。
「トルソン卿、今一度……聖様と、フロリア様とお話をなさってください。トルソン卿とてこのままで終わりたくはありませんよね」
「うっ、くっ……私に何が出来る……盾といいつつ聖様にの御心すらお守りできぬのに!私は私を許せない」
「あの、2人でお話をしてもいいですか?」
聖は皆を見渡し頼んだ。アルバートはラナとロアを部屋から出すとそっと扉を閉めた。
扉の前では、終わりの見えない重い状況に光射すのを待つロア。
呼ばれる事はないかもしれない、だが辛い時に慰められる存在でいたい。想いが重ならぬのは辛い事だ……しかしそんな事は世の常で、どこかで飲み込まなくてはならない。今がお二人にとってその時なのだろう。
「ハリィさん、仲直り……出来ませんか」
「ははっ、何故そんなに優しくなれるのですか?」
「もう十分お互い傷付いたじゃないですか」
「はぁっ……ヒジリィ様は許せるのですか?こんな人でなしの私を」
「そうねぇ。許したいし、私はハリィさんに許されたいの」
「私に?」
「ごめんね、嫌な思いさせて。好きになってごめんね」
「やめて下さい!私こそ、貴女に懸想してもらえる様な人間では無いのです」
「……無益だわ」
「えぇ」
「そう言えば、私……ちゃんとした初恋はハリィさんかも」
「はい?」
「付き合ってって言われて付き合った事はあっても、私から好きになった事無かったなって思って」
「光栄です。ですがもう少し男の趣味を良くした方が宜しいのでは?」
「そうね。それはハリィさん、貴方もよ?なんだってフロリアなの。基本的な性格は私と同じみたいだし、辛くない?」
「いいえ、ちっともそんな事はありませんよ」
「そう。なら仲良くね、フロリアを見て私を思い出すなんてゾッとする事はしないでよ?」
「……それは無理でしょう。少なくとも私はヒジリィ様に好感を抱いていたのです。ただ、フローと同じ様に見る事が出来ませんでした」
「そりゃ残念。はぁ、何だかこの流れだと2度と会う事が無さそうな気がするけど、次に会えたなら……今日の事は忘れて、また私の名前を呼んでくれる?」
「勿論です。ヒジリィ様、今も私を好きだと言えますか?」
「そうね。ムカつくけど多分そう、だから同調でも統合でもするよ。早く私も生まれ変わってちゃんと誰かを好きになって、その人に好かれたいもん」
「貴女に神々の祝福があります様に」
「あ、それ勘弁!もう2度と神様の治める世界に転生なんてしないから!ってか記憶持って転生とか、もう2度としたくない。貴方を忘れたいよ」
明け方までハリィと聖は語り合い、笑い合って結をゆっくりと解いて行った。喉が渇いたと言った聖の為にハリィは席を立つと、扉の外に控えていたロアにジュースを頼み、状況をアルバートに報告して欲しい、そして今日は仕事を休む旨も併せて伝えて貰える様に言うと振り返った。
「ヒジリィ様、朝食は……」
窓辺には、トルトレス神とクローヴェル神が立っていて、その掌には透明な球体を抱えていた。2柱の顔は神と思えぬ程人間臭い表情をしていて、ハリィは近寄るとその球体に触れようとした。
『もうこの魂には何も無い、魂でも無い』
「……ヒジリィ様。私は確かに愛していましたよ。たった数時間でしたけど永遠の友として、そして儚く可哀想な貴女を、大切に思っていました」
『我等を非道だと思うか』
「……えぇ、信仰を捨てたくなる程に。トルトレス神様、ヒジリィ様はもう居ないのですね」
『聖の記憶はフロリアの中で生き続けるだろう』
「聖様が望まれたのですか」
『そうだ。我々とて嫌がる者を無理に同調させる事などせぬ。同調したとて死ぬ訳ではないしな。ただフロリアと一つとなり、共に生きるだけのことだった。だが聖はそれを望まなかった』
『盾よ案ずるな。我等が妹は済生の地へと送った、またいつか別の世界で命の火を灯すだろう』
『最後に其方に伝言だ。お主の笑顔が好きだから、これからは笑っていろ。そう言っていた』
「そうですか……ならばこれからは笑って生きて行きます」
『ご苦労であった。聖に何か伝えたい事はあるか』
「貴女様の笑顔も私は好きだったとお伝え下さい。後、せめてフロリアにはきちんと説明してあげて欲しいのです」
『分かった。フロリアが目覚めた頃にまた来よう』
朝日の差し込むベッドには、ぐっすりと眠るフロリアがいた。ハリィはその顔を見つつ頭を撫でたが、つい昨日まで見慣れていた顔では無い様に思えた。
「もう私にはそんな資格はないのかも知れません。ですが、これからはフローの中で貴女が私を見て居るのだと思う事にします。ここでフローを手放せば怒るでしょうねヒジリィ様は……なのでまだお側に置いてくださいフロー」
その日フロリアの神魂は、人としての感情や世界への好奇心、力の解放を以て完全なる形となった。
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