31 / 39
第二幕 道化達のパーティー
恋人達の在る風景
しおりを挟むこんにちは。窮地に立たされたエリアリスでございます。
何故かレナウス様とエヴァン様のお茶会に参加しておりまして、私と致しましては、早々にこの場から退席させて頂きたく……。
「レナウス、ほら。落ち着いて」
ガブ飲みしたお茶を溢すレナウスの口元や服を手巾で拭い、心から幸せそうな笑みを浮かべるエヴァン。そして、嫌だ嫌だとゴネながらもエヴァンの心の内を想像しているのか、諦観したような顔でされるがままのレナウスを見て、エリアリスは人と人が、それまでは他人だったのに、心を互いに汲んで繋がる過程を見た気がしていた。
こんな状況だが、彼女が何故か思い出したのは5年もの日々を過ごした豪華な後宮の一間。そこには妃教育を受ける貴族の子女達が数百名居た。しかし、彼女達が友として繋がる事は無かった。何故なら帝国だけではなく、友好国からも訪れていた妃候補の彼女達は国の威信を背負っていたからだ。もし彼女達が妃として選抜されれば国の威信は守られ、帝国の庇護を受けられる、もしくは二心を疑われずに済む。そんな焦りにも似た阿りの手練手管が年端も行かぬ子供であった彼女達には刷り込まれていて、常にお国事情やお家事情でお互いを見ていた。
この社会に於いて、まだ忌避される関係を築こうと互いの心に触れ合うお二人を拝見しまして、私は何故か眩しく感じております。
思い返しますと、私が家族以外に心を許す事など、5年の妃教育の中で有りましたでしょうか?冷え冷えとしたホールの中で繰り返し行われる、内心の探り合い、情報戦に舌合戦……。
そんな各国の関係性の縮図とも言える環境の中で、私は無である事を選びました。蹴落とす事も、蹴落とされる対象としても選ばれぬ様壁に掛かる絵画同様に、ただそこに在ったのです。友達を作る?そんな事を意識する事すら許されぬ雰囲気でした。
まだ妹よりも幼いであろう、やっと言葉を交わす事を覚えた様な幼児までが着飾り、他者を貶し家門の誉を高らかに口にするのです。それはもう、地獄絵図の様な環境でございました。そして、1人、また1人と国や領地へと知らぬ間に戻って行くのですが、それに気付き始めたのは教育が始まって2年目からの事でございました。
『聞きまして?ベルフォン侯爵令嬢の事』
『えぇ、昨日の模擬試験の事ですわよね?モールドナー子爵令嬢のカップの持ち手をこっそり右にしたんでしょう?』
『そう。それを試験官のケルマーン様に見られていたらしいわ』
『まぁ!そうでしたの?はぁ、お国のコーセーンは近頃協定見直しの時期でしょう?お国に帰れるのかしら……』
『私、侍従に調べさせたんですけど……昨晩国境沿いのコーセーン側の川辺でお亡くなりになったそうよ』
『まさか!候補から外れただけですわよね?』
こんな話に、当初は恐怖を覚え妃候補から外れる事すら許されないのかと泣いた事もございました。しかし、それらも日常茶飯事となると何も感じなくなったのでございます。心が硬いガラスにでもなって行くかの様に。そして、16を迎えた今年の春。皇妃様の一声で決められた第二皇子の婚約者としての立場が私を更に無にしたのです。それすらも、高位貴族としての当たり前だと、私自身が納得していたのかも知れません。
秋のまだ穏やかな風がエリアリスの頸を撫で、熟れた果実と朽ち行く草花の香りを運ぶ。そしてレナウスとエヴァンの子犬の戯れの様な賑やかな声にエリアリスは、はっとした。
「私……お二人が幸せだと……とても嬉しいです」
「え⁉︎」
目をひん剥くレナウス、破顔するエヴァン。
レナウスは少し悲し気なエリアリスの顔を見て、急に席を立つとその腕を取り母屋へと歩き出した。
「レナウス⁉︎」
「ごめん!エヴァン、ちょっと待ってて!」
「レ、レナウス様⁉︎」
目の前の少年に手を引かれ、エリアリスはその背中が思いの外広い事に気がついた。毎日見ていたレナウスの姿。だが、目の前に見えるその背中はちゃんと男の背中だったのだ。
「先生、先生!」
「レナウス様?」
「何で……悲しいんですか?」
「悲……しい?私が、ですか?」
「うん!……今にも泣きそうで、辛そうです」
そう、なのでしょうか?
私は悲しいのでしょうか?
何故?
「先生、僕は僕ですよ」
「え?は、はい」
「エヴァンを恋愛対象として好きになれるかは分からないです。でも、友達として意識した訳じゃないのも自覚してます」
「それは……恋。という事でしょうか?」
「認めたくはありません……でも、そうなのかも知れません」
「それを何故私に?」
「先生、まるで仲間外れになったような……手に出来ない物を諦める様な顔してます」
「そうなのでしょうか?」
「僕達が幸せだと嬉しいって言ったのに、先生が泣きそうなのは何でですか?」
「私は……本心からお二人が仲睦まじくあると良いと思っております!泣く理由など」
「でも泣いてます」
気が付けば、ポロポロと大粒の涙がエリアリスの頬を伝い胸元に落ちている。その事にエリアリス自身が一番驚いていた。
「あ……」
「先生?もしかして、先生にも好きな人が居るんじゃ……」
「まさか‼︎いえ!そんな方との出会いすらございませんでしたのに!」
「そ、そうですよね!あ、あーー良かった‼︎」
「え?何が良かったのですか?」
「い!いや、先生にもしも好きな人がいたら……辞めちゃうのかと」
思わずウィリアムの事を口にしそうになったレナウスだったが、何とかその言葉を飲み込んだ。そして、なにがエリアリスを悲しくさせたのか……エリアリスもレナウスも分からないだろう。ただ、エリアリスが自分には得られなかった青春の一幕を見て、初めて他人を羨み、その感情を上手く処理出来なかっただけであるという事を。
そう、彼女は初めて人としてあるべき感情の一つを手に入れたのであった。
それからエリアリスは部屋へ戻る為歩き出し、扉の前に立つと振り返った。視界には、エヴァンの元に駆け戻るレナウスの後ろ姿。始まったばかりの、苦く躊躇いを含んだ初々しい感情に翻弄されるその姿に、エリアリスはドキドキしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる