没落寸前の伯爵令嬢、トキメク恋愛世界の住人を観察する

咲狛洋々

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第二幕 道化達のパーティー

恋人達の在る風景

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 こんにちは。窮地に立たされたエリアリスでございます。
何故かレナウス様とエヴァン様のお茶会に参加しておりまして、私と致しましては、早々にこの場から退席させて頂きたく……。


「レナウス、ほら。落ち着いて」


ガブ飲みしたお茶を溢すレナウスの口元や服を手巾で拭い、心から幸せそうな笑みを浮かべるエヴァン。そして、嫌だ嫌だとゴネながらもエヴァンの心の内を想像しているのか、諦観したような顔でされるがままのレナウスを見て、エリアリスは人と人が、それまでは他人だったのに、心を互いに汲んで繋がる過程を見た気がしていた。

 こんな状況だが、彼女が何故か思い出したのは5年もの日々を過ごした豪華な後宮の一間。そこには妃教育を受ける貴族の子女達が数百名居た。しかし、彼女達が友として繋がる事は無かった。何故なら帝国だけではなく、友好国からも訪れていた妃候補の彼女達は国の威信を背負っていたからだ。もし彼女達が妃として選抜されれば国の威信は守られ、帝国の庇護を受けられる、もしくは二心を疑われずに済む。そんな焦りにも似た阿りの手練手管が年端も行かぬ子供であった彼女達には刷り込まれていて、常にお国事情やお家事情でお互いを見ていた。


 この社会に於いて、まだ忌避される関係を築こうと互いの心に触れ合うお二人を拝見しまして、私は何故か眩しく感じております。
思い返しますと、私が家族以外に心を許す事など、5年の妃教育の中で有りましたでしょうか?冷え冷えとしたホールの中で繰り返し行われる、内心の探り合い、情報戦に舌合戦……。
そんな各国の関係性の縮図とも言える環境の中で、私は無である事を選びました。蹴落とす事も、蹴落とされる対象としても選ばれぬ様壁に掛かる絵画同様に、ただそこに在ったのです。友達を作る?そんな事を意識する事すら許されぬ雰囲気でした。
まだ妹よりも幼いであろう、やっと言葉を交わす事を覚えた様な幼児までが着飾り、他者を貶し家門の誉を高らかに口にするのです。それはもう、地獄絵図の様な環境でございました。そして、1人、また1人と国や領地へと知らぬ間に戻って行くのですが、それに気付き始めたのは教育が始まって2年目からの事でございました。


『聞きまして?ベルフォン侯爵令嬢の事』

『えぇ、昨日の模擬試験の事ですわよね?モールドナー子爵令嬢のカップの持ち手をこっそり右にしたんでしょう?』

『そう。それを試験官のケルマーン様に見られていたらしいわ』

『まぁ!そうでしたの?はぁ、お国のコーセーンは近頃協定見直しの時期でしょう?お国に帰れるのかしら……』

『私、侍従に調べさせたんですけど……昨晩国境沿いのコーセーン側の川辺でお亡くなりになったそうよ』

『まさか!候補から外れただけですわよね?』


こんな話に、当初は恐怖を覚え妃候補から外れる事すら許されないのかと泣いた事もございました。しかし、それらも日常茶飯事となると何も感じなくなったのでございます。心が硬いガラスにでもなって行くかの様に。そして、16を迎えた今年の春。皇妃様の一声で決められた第二皇子の婚約者としての立場が私を更に無にしたのです。それすらも、高位貴族としての当たり前だと、私自身が納得していたのかも知れません。


 秋のまだ穏やかな風がエリアリスの頸を撫で、熟れた果実と朽ち行く草花の香りを運ぶ。そしてレナウスとエヴァンの子犬の戯れの様な賑やかな声にエリアリスは、はっとした。


「私……お二人が幸せだと……とても嬉しいです」

「え⁉︎」


目をひん剥くレナウス、破顔するエヴァン。
レナウスは少し悲し気なエリアリスの顔を見て、急に席を立つとその腕を取り母屋へと歩き出した。


「レナウス⁉︎」

「ごめん!エヴァン、ちょっと待ってて!」

「レ、レナウス様⁉︎」


目の前の少年に手を引かれ、エリアリスはその背中が思いの外広い事に気がついた。毎日見ていたレナウスの姿。だが、目の前に見えるその背中はちゃんと男の背中だったのだ。


「先生、先生!」

「レナウス様?」

「何で……悲しいんですか?」

「悲……しい?私が、ですか?」

「うん!……今にも泣きそうで、辛そうです」


そう、なのでしょうか?
私は悲しいのでしょうか?
何故?


「先生、僕は僕ですよ」

「え?は、はい」

「エヴァンを恋愛対象として好きになれるかは分からないです。でも、友達として意識した訳じゃないのも自覚してます」

「それは……恋。という事でしょうか?」

「認めたくはありません……でも、そうなのかも知れません」

「それを何故私に?」

「先生、まるで仲間外れになったような……手に出来ない物を諦める様な顔してます」

「そうなのでしょうか?」

「僕達が幸せだと嬉しいって言ったのに、先生が泣きそうなのは何でですか?」

「私は……本心からお二人が仲睦まじくあると良いと思っております!泣く理由など」

「でも泣いてます」


気が付けば、ポロポロと大粒の涙がエリアリスの頬を伝い胸元に落ちている。その事にエリアリス自身が一番驚いていた。


「あ……」

「先生?もしかして、先生にも好きな人が居るんじゃ……」

「まさか‼︎いえ!そんな方との出会いすらございませんでしたのに!」

「そ、そうですよね!あ、あーー良かった‼︎」

「え?何が良かったのですか?」

「い!いや、先生にもしも好きな人がいたら……辞めちゃうのかと」


思わずウィリアムの事を口にしそうになったレナウスだったが、何とかその言葉を飲み込んだ。そして、なにがエリアリスを悲しくさせたのか……エリアリスもレナウスも分からないだろう。ただ、エリアリスが自分には得られなかった青春の一幕を見て、初めて他人を羨み、その感情を上手く処理出来なかっただけであるという事を。
そう、彼女は初めて人としてあるべき感情の一つを手に入れたのであった。

 それからエリアリスは部屋へ戻る為歩き出し、扉の前に立つと振り返った。視界には、エヴァンの元に駆け戻るレナウスの後ろ姿。始まったばかりの、苦く躊躇いを含んだ初々しい感情に翻弄されるその姿に、エリアリスはドキドキしていた。












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