思い出の使い方教えます@陰陽師 如月爾

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思い出の使い方教えます@陰陽師 如月爾 5

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 眩しい――と颯太が感じると同時に激しい痛みがみぞおちあたりに広がる。

「げほっ、痛い……息ができない」全く今度は何なんだ!楓太は自分がどこにいるのか確認をしようとした。考える間もなく続けざまに激痛が走る。

「痛い、げぼっ、やめて!やめてください!」また、女性の声が聞こえる。

「なんてこった、また俺は誰かの中にいるのか?さっきのような感じで人の思い出を体験しなくちゃいけないのか?」体は自分のものではないけれど痛みは感じる。

 なぜ殴られているんだろう?楓太は周りを必死で確認しようとした。すると目の前には、冷酷な気持ちが読み取れない、けれど恐ろしい目をした男の顔が近づく。そして女性の首を締め付ける。

「あなた、やめて……落ち着いて!私が悪いの、うぐっ……」女性の意識が遠くなりそうになる、そのまま体を床に叩きつけられ足で顔を踏みつけられる。

「やめてだと?誰に言ってるんだお前?飯を作って子供も寝かせて待ってろと言っただろ?誰が先に寝ていいなんて許可した?あ?」

「ごめんなさい」

「だからぁ……お前は謝り方も知らないのかって言ってんだ!バカ女め!俺に対してごめんだと?すみませんだろ!」もっと激しく顔を踏みつける。

 俺は恐怖を超えて怒りが湧き出てきた。これがDVってやつか!この女性も踏みつけれて何故こんな風に謝れるのか楓太は疑問に思ったが、彼女の思い出が流れてきてその謎がすぐ解けた。彼女には守りたいものがあるんだ!

「すみません、許してください。すぐご飯も温め直しますから」必死で泣きながら謝り、男に平伏し許しを請う。

「けっ」ともう一度腹を蹴り隣の部屋に去る。

 男をその女性の中から楓太は見つめている。楓太の中にこの女性の思い、思い出の全てが伝わる。恐怖、憎しみ、絶望。そして愛情。彼女の思い出の中から楓太は守らなければいけないものが子供だという事も。
 それにしても、なぜここまでされているのに、されたままなのだろう?逃げないのだろう?警察に逃げ込めばいいのに。楓太は不思議に思った。こんなに痛い思いもしているのに……

 だが、彼女の中でいくら思っても楓太は抜け出せないし、彼女に影響をもたらすことができないことは、先程の恋人の事で分かっている。ここで時間を潰してはいられない、人の思い出の中から抜け出さなければ。

 でも、どうしたら……

 今まで起きた出来事を楓太は思い出した。何か帰れるヒントはないものか?さっきは1つの出来事が終わったのでトンネルの様な所をすごいスピードで抜けてきた。トンネルに戻るには、嫌でも思い出を経験して終わらせないといけないのか?

 あの瓶が割れて思い出に触れたことが原因ならば……確かに、瓶1つに1つの思い出なのだから、1つ完結すれば抜けれる可能性はあるかもしれない。
 あのトンネルの様な所からルートを変えれるかもしれない。チャンスを見極めないといけないとなと颯太はこの女性の中で考えた。

 DV男は眠ったようでこの女性も疲れ果ててソファでうたた寝を始めたようだ。すると以前経験したようにメリーゴーランドから思い出を見るようにいろんな情景が見えてきた。

 あのDV男が笑っている、この女性も笑っている。幸せを感じているのが楓太にも流れてくる。男に対して愛情を持っていたのも確かなようだ。赤ちゃんを抱く男とそれを嬉しそうに見ているこの女性、確かに幸せな日々もあったようだ。次に場面が変わって激しい罵声が聞こえてくる。あの男の声だ、殴る蹴るの暴力だ、激痛が走る。

「止めてくれ、痛い!どうして殴るんだ!辛い!悲しい!誰か助けて!」楓太は女性の中にいるので思うように体を動かせない、耳をふさぎ体を女性と共に丸めるようにして震えていた。

 場面はどんどん変わり、DVがエスカレートしていく。数か月に1度だったのに週に3回は暴力を振るい始めた男。恐怖ばかり楓太の心に流れ込む。暴力の思い出が続いていたある瞬間に、楓太の心に彼女のはっきりとした思いが伝わった。

 殺してやる……

 ――えっ?楓太は女性の声を聞いた。

 そう、これは彼女の思い出、確実に彼女が抱いた感情。楓太は今まで人と喧嘩をしてむかついたとしても持ったことのない感情。

 殺意――

 この思いに戸惑った。なんと突き刺さるような感情、胸が悪くなるくらいの負の感情。どんなものにも表せないような感情。だけど殺すという怒りの底にはとても冷静で寂しい気持ちがあるのも感じている。

 これが彼女の思い出の1つと言うのなら……

 まさかこの女性はあいつを殺したというのか?嫌だ、俺は人を殺す思い出なんて感じたくない、そんな気持ち知りたくもない――

「頼む!誰か!ユイさん!ここから出してくれ!」と叫んだ時、少しだけ楓太の意思でこの女性の周りを見回すことができた。

 見回す事しか出来ないが、もしかしたら女性が寝ているおかげで意識の1部を楓太が使えたのかもしれない。  
 楓太が周りを少し眺めていると携帯の画面が光るのが目に入った。目をこらすと文字が次々に浮かび上がっている。

――ユイだ!

 楓太は直感で思った。体は動かせないが何とか画面を見つめていると
「楓太君、多分このメッセージを今見ていると思う。楓太君は人の思い出の中にいるの。もうすぐしたら楓太君は長いトンネルのような所に吸い込まれる。こちらの世界に戻るチャンスはそこだから、そしてそのチャンスは次しかないの」

「次しかない?どういうことだ」楓太は焦る、そして携帯のメッセージは続く。

「思い出はあくまでも思い出の世界。思い出を無くしていない人が長い間いると思い出に取り込まれてしまうの。今は楓太君は自分を認識しているけれど、時間が経てばわからなくなる。そこから出れるチャンスは1度だけ。そして楓太君の戻りたい強い思いだけが頼り。お願い!自分を見失わないで!暗いトンネルに吸い込まれたら私が案内をするから、必ず戻るのよ!」 ――携帯のメッセージは消えた、戻るチャンスは1度だけ。

「マジかよ、チャンスは1度……」ぶるっと身震いする。

 まったく何という1日だろう。楓太は今さらながら、自分のミスを恨んだ。だが、やるだけはやらなくては!ここから帰れないなんて、俺自身が無くなるなんて嫌だ!ユイの言う通りにして戻るんだ!ユイが手伝ってくれる。そう思うと俄然今の状況に立ち向かう決心がついた。

 女性が目覚めようと寝返りを打った途端に時間が進んだようだ。

 何が起きているんだろう?状況を把握するまでに数秒かかった。

 手のひらがぬるっと生温かい、嫌な予感がする。目の前には先程の暴力男が目を見開いている。女性の髪を掴んで厭らしい笑いを見せつける。

 グチュッ――

 もう1度全体重をかけて、男の腹を刺す。筋肉に包丁が食い込む。包丁の持ち手のギリギリまで深く突き刺さり指も手のひらも血と男の肉が触れる。

 俺は恐怖と興奮の入り混じった激しい感情が流れ込み震えた。これほど人を憎くむとは、人を憎む気持ちはこんなにも自分を醜くするのか。そして殺したこの爽快感。こんなことで爽快なんて感じたくない。しいたげられた苦しみとそこからの開放感。こんなこと有り得ない、俺には分からない。

 わかりたくない!ああ、精神が崩壊しそうだ――その時足元に気配を感じた。

 子供……彼女と共に見下ろし子供を見た途端に恐怖感がわいてきた。

 それは失う事の怖さだ。愛するものを守るために殺した。だがその為に警察に捕まる。子供と離れる。犯罪者の親としてもう子供に会えないだろう。そこまでの覚悟。こんなにも曲がっているのに純粋な親の愛。現実を再認識したこの女性の激しい感情の波が押し寄せる。

「やめてくれ!耐えられない。苦しい。お願いだ、そんな目で見つめないでくれ!」どうかこの子供が幸せになるように――

 彼女の激しい感情の波に押されながらも楓太は、はっきりと彼女と子供の会話を聞いた。

「ママ、抱っこ。パパはねんね、ママ泣いてる?痛いの、手が赤いよ」まだ、人が死ぬという概念のない無邪気で残酷な子供の声。

「大丈夫よ、泣いてないよ。たっ君はいい子だからさぁ、ママがお迎えに行くまで待ってられるかな?」

「どこか行くの?一緒に行く」

「たっ君は子供だから行けないの、ママはたっ君の保育園に行けないでしょ?あれと同じ。ちゃんとお迎え行くから、お利口だから待ってられるかな?」

「うん!」明るく答える子供。

 もう耐えられない……なぜ、この解決しかなかったのか。今さら言っても仕方がない。すでに楓太は崩壊しそうだった、こんな感情、こんな思い出!

「うぁぁぁ――」力の限り楓太は叫んだ。

 楓太君――

 ユイの声が聞こえた気がした、その瞬間に楓太の全身が暗闇に吸い込まれる。

「うぐっ、息が苦しい」激しい勢いで吸い込まれるので息ができない。様々な声が暗闇の中から聞こえる。
 ここは以前も抜けた記憶のトンネルではないだろうか?真っ暗な中に時折、人の姿が見える。声も聞こえる。すべてが聞こえるわけではないけれどこの思い出の持ち主に関わる人々の声。

 それだとしたら――

 これが抜け出す最後のチャンスのトンネルだ!楓太は必死で自分を取り戻す。

「ユイさんが言っていた、最後のチャンス。どこだよ、どこから抜け出せるんだ!」

 吸い込まれて移動する俺は、まるで記憶の濁流に流されているようだ。掴むものも何もない、そのうえ暗闇だ。恐怖心が無い訳ではない、だが俺はここから抜け出したい。抜け出さなければならない。ユイが言っていた、長くこちらの世界にいると思い出に飲み込まれてしまう……俺は帰れないという事だ。

「ううっ、どこだ、次に俺はどうすればいい!ユイさん!」必死でユイの顔を思い出し声を絞り出す。その時、あの聞きなれたユイの声が聞こえた。

「楓太君、そこは思い出の持ち主の記憶のトンネル、凄いスピードだけど私がこちらに戻れるようにドアを作るから、楓太君はイメージを受け取って!」

「イメージって!どういう……」

「つべこべ言っている時間はないの!とにかく私のことを思い浮かべて、そこは思い出のトンネル。思念の塊でもあるの。イメージすればその通りのものが作り出せるわ、ただ、そこは楓太君の思い出ではないから時間は限られているし、邪魔が入るかもしれない。絶対に余計なことは考えないで、帰りたい気持ち、自分を信じる気持ち、そして忘れないで、これは命令よ、私に会いに帰ってくること!」

 命令か――

 帰れなくなるかもしれないのに、最後のユイのひと言で落ち着いたようだ。

「わかったよ!ユイさん!」どこかわからないが、向こうの世界のユイに返事をする。激しい流れの中、様々な感情の流れの中で俺は意識を集中した。

「帰るためのドア……」暗闇のトンネルの両サイドにキラキラ光るものが見えてきた。もっと集中する。感情の流れの中に少し異質な感情を感じた。

 ユイだ――直感だが確信した、この感情はユイだ、ユイが送ってきている。もっと集中する。
 キラキラしたものがドアに変わっていく。両サイドに数えきれないほどのドアが次々に現れた。後はドアを開けばいいのだが、でも、どのドアを開ければいい?どれを開けても帰ることができるのか?そもそも、この流れの中をどうやってドアまで行けばいいのだろう。

「ユイさん!ドアは見えたよ。でも沢山ドアが現れたんだ。どれでもいいの?」その時予想外の答えが返ってきた。

「えっ、沢山?楓太君、ドアが沢山なの?」とても不安そうな声だ。

「そうです、今トンネルの両サイドに数えきれないほどのドアが現れたんです」答えが無い。俺は急に不安になる。再度ユイに問いかける。

「どのドアでもいいんですよね、ユイさん」なんだか不安になるとドアが不安定になる。
 不安になった瞬間に、俺にも変化が起きてくる。帰りたいのに何故か眠いような、どうでもいいような気持ちになってくる。これは思い出に飲み込まてしまう前触れなのか。必死で抵抗する。

「ユイさん!ユイさん!お願いだ、声を聞かせて、なんだか俺眠くなるんだ、ドアが……見えていたドアが不安定になってきたよ」
 その時、木の蔦のようなものが俺の目の前に現れた。見るとドアにつながっている。これに摑まればあのドアまで行ける。かすかにドアも開いている。頑張らないと、帰らなければ。蔦を自分に引き寄せるようにすると、ドアの向こうから声がする。

「今日は早いのね、楓太」

「やりたいことは無いのか?楓太」

「楓太はお父さんに似ているけど、好きにしていいんだよ」懐かしい俺の家族の声。

 なんで母さん達の声が聞こえるんだ、お祖母ちゃんまで。蔦を引き寄せよじ登り、ドアの前に立つ。ドアの向こうには懐かしい光景が広がる。懐かしさの光に包まれる。今までの事が嘘のようだ。安心する。久々の母さんの料理の匂い。疲れていたからか腹が減る。

「あれ、俺ここにどうやって来たんだ?帰ってきたんだっけ?」よくわからないけれど、考えなくてもいい感じがする。

「母さん、腹へった」俺はそう言いながら母さんの作る夕飯を待つ。出てくる料理は全て懐かしく美味かった。

 疲れたからなのか体中が重く眠気が襲う。明日の事を考えても考えられない。――大学の講義はあったかな?バイトあったかな?なんだかどうでもいい……考えなくてはいけないかもしれないが、考えたくない。いや、考えられないのだ……どうでもいい、どうでもいい……

 自分の部屋で横になろうと立ち上がった時に家族の視線を感じた。全員が俺を見ている。

「なんか、今日は俺さぁ、もの凄く疲れたんだ」そう言うと傍にいた父親が

「お前は毎日、頑張るからなぁ。よくそこまで何にでも力を入れて頑張れるな!これで父さんの仕事を任せても大丈夫だな」

「そうだね、楓太はやりたいと思う事をいつも一生懸命やりぬく、本当に偉い子だったもんねぇ。お祖母ちゃんも自慢だよ。」俺を見ながら2人が話す。

 違う――

 この違和感はなんだ、急に不安になる。 妙な汗が出てきた。両親と祖母が一気に俺に向かって微笑みかける。

 違う!何かが違う。
 
 だが、家族は変わらず微笑み続け、俺の事を褒め続ける。彼らの言葉が体に絡まりつくようだ。ねっとりとして、俺の違和感を飲み込むように。だが、俺の心は確信していた。ここは現実ではないと。何故なら、これは有り得ない光景だから。俺はお祖母ちゃんと一緒に暮らしていなかった――でも、どうすればいいのだろう。家族が俺を囲み、甘い言葉に包まれる。抵抗していられるのも時間の問題なのかもしれない。楓太は急に不安になった。

 その時どこからか声が聞こえてきた。

「お前は、今まで何もやりぬいたことなんかねぇだろ!調子に乗ってるんじゃねぇ!ぼけっとしないで集中しろっ」聞いた事も無い男の声で恫喝される。

 だがその声にはとても安心感を感じる、何故だろう、知らない男の声だというのに。しかもどこから聞こえているのかもわからない。
だが、目の前の家族よりリアル――俺の心がこの声が正しいと伝える。俺はさっき入ってきたドアを探して一気に外に出る。

「うわっ――」吸い込まれる。そうだ、思い出した。俺は人の思い出の中にいるんだ!抜け出さないと帰れなくなる、思い出に飲み込まれてしまうと誰かが教えてくれた。
 俺に色々教えてくれた人だ、その人の笑顔と声が頭に浮かんだ!

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