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【第1章】幼き3人の姫君達
その4✤マリー姫---誕生の記録2
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マリー姫が生まれたのは1457年の2月13日の正午過ぎ、ブリュッセルにあるクーテンベルク城だった。
シャロレー伯爵夫人と呼ばれた母イザベル・ド・ブルボンはマリーが生まれた時、真っ白なベッドカバーが被せられた、豪華な光沢のあるダマスク織りシルクの緑色の天蓋付きのベッドに横たわっていた。緑色とは特別な色で、彼女の高い身分も表していた。
ベッドの横に置かれた家具はフランス王妃もかくや、と思われる程の大きく豪華なものだったが、それもそのはず、イザベル・ド・ブルボンはフランス王室のブルボン王家の血を引いているため、彼女の地位より上にいる女性はフランス王妃くらいのもので、その上夫のシャルルは欧州での1、2を争う豊かなブルゴーニュ公でもあり、そのシャルルの父君である善良公フィリップ3世はこの出産のお祝いに宝石と純金で装飾された、想像を超えるほど豪華な食器類まで作らせたのだ。
当時の王室では出産の際には出産部屋にその家の持つ高価な品々---例えば金と銀の食器、象牙で作られた製品、美しい表紙の付いた本、また安産を願って美しい碧玉(へきぎょく)などを飾っておくのが普通だったのだが、それにしても舅であるフィリップ善良公がこの時用意した「精緻な装飾が施された金製の底鋲(スタッズ)付きの金椀(かなまり)は、当時の合計金額が約10万タラーと推定」されていると文献にも載っているくらいで、実際この10万タラーを今のEuroに換算することはいささか難しいのだが(注1参照)、度肝を抜かれる金額だったのだろうということは想像に難くない。
このフィリップ善良公はイザベル・ド・ブルボンの母アニエスの実兄に当たり、フィリップ善良公はこの妹を溺愛していたそうで、自分の息子シャルルの2度目の嫁として迎えることを決めた。シャルルの最初の妻はそれこそフランス王シャルル7世の娘カトリーヌ王女だったのだが彼女は17歳で早世したため、シャルルにはまだ子供がいなかった。
そもそもシャルル自身もフィリップ善良公の3度目の妻イザベル・ド・ポルトガルの三男なのだが、この時代若くして亡くなることは多かったので、フィリップ善良公の2人の妻も早世、シャルルの兄2人も子供の時に亡くなってしまっている。
よってシャルルはフィリップ善良公のたった一人の世継ぎであり、その世継ぎが子を持つことはブルゴーニュ公国の中では重要な課題となっていた。
ブルゴーニュ公国において女子でも公爵家の相続人になることは問題なかったのだが、それでも婚姻によってブルゴーニュ公国が他家に取り込まれてしまうかもしれないという心配はもちろんあったのだ。
フィリップ善良公がシャルルの後継者をどれほど待ち望んでいたことか……にもかかわらず結局女のマリーが生まれたせいなのかどうか、フィリップ善良公が赤子のマリーに会いに来ることはなかったのだが、この時代の記録者であるジョルジュ・シャステリスによると、誕生の瞬間、ブラバントの地に大きな雷鳴が響いたという。後に彼女がハプスブルグ家にもたらした大いなる繁栄を考えると、これは作り話ではなかったかもしれない。
聖ミカエル大聖堂のカリヨンがブルゴーニュの国境まで伸びるお祝いの鐘を鳴らし、あちこちでお祝いの焚き火が焚かれ、あらゆる教会の鐘の音もブルゴーニュ地方の国境に祝祭の前奏曲を響かせた。
そしてブルージュ、ゲント、リールなど、どこでも、人々はこの機会を利用して、フランドル様式の豪華な宴会を開く準備を始め、また通りや広場では、人々が「Viva Bourgogne!(ブルゴーニュ万歳!)」と叫んだ。
ブルゴーニュ公国の市民達にとって愛してやまない、そして永遠にたった一人の「我らの姫君」マリー公女の誕生であった。
(注1)
タラーとは15世紀終わり頃から、ヨーロッパ中で使われていた銀貨のこと。
現代と比べてどのくらいの価値なのかと簡単に換算することはできないが、例えば詩人のウィーランド(ドイツの詩人・作家で、シラーなどと並びドイツの古典主義時代において有名)は、1772年にワイマール公国で王子の家庭教師として雇われ、1,000タラーの年俸を受け取ったと言われている。
また1800年頃の記録でウォーバーグ地区(ドイツのNRW州の地区)の統計では、4人の小さな子供を持つ労働者階級の家族の年間要件として次のように、住居の家賃や食料品などの生活費は1年間に130タラーと見積つもられていた。
マリーの時代は15世紀終わりということで、それも合わせて考えると10万タラーの金碗(かなまり)が桁違いに高価なものだったということは想像できる。
Copyright(C)2022-kaorukyara
シャロレー伯爵夫人と呼ばれた母イザベル・ド・ブルボンはマリーが生まれた時、真っ白なベッドカバーが被せられた、豪華な光沢のあるダマスク織りシルクの緑色の天蓋付きのベッドに横たわっていた。緑色とは特別な色で、彼女の高い身分も表していた。
ベッドの横に置かれた家具はフランス王妃もかくや、と思われる程の大きく豪華なものだったが、それもそのはず、イザベル・ド・ブルボンはフランス王室のブルボン王家の血を引いているため、彼女の地位より上にいる女性はフランス王妃くらいのもので、その上夫のシャルルは欧州での1、2を争う豊かなブルゴーニュ公でもあり、そのシャルルの父君である善良公フィリップ3世はこの出産のお祝いに宝石と純金で装飾された、想像を超えるほど豪華な食器類まで作らせたのだ。
当時の王室では出産の際には出産部屋にその家の持つ高価な品々---例えば金と銀の食器、象牙で作られた製品、美しい表紙の付いた本、また安産を願って美しい碧玉(へきぎょく)などを飾っておくのが普通だったのだが、それにしても舅であるフィリップ善良公がこの時用意した「精緻な装飾が施された金製の底鋲(スタッズ)付きの金椀(かなまり)は、当時の合計金額が約10万タラーと推定」されていると文献にも載っているくらいで、実際この10万タラーを今のEuroに換算することはいささか難しいのだが(注1参照)、度肝を抜かれる金額だったのだろうということは想像に難くない。
このフィリップ善良公はイザベル・ド・ブルボンの母アニエスの実兄に当たり、フィリップ善良公はこの妹を溺愛していたそうで、自分の息子シャルルの2度目の嫁として迎えることを決めた。シャルルの最初の妻はそれこそフランス王シャルル7世の娘カトリーヌ王女だったのだが彼女は17歳で早世したため、シャルルにはまだ子供がいなかった。
そもそもシャルル自身もフィリップ善良公の3度目の妻イザベル・ド・ポルトガルの三男なのだが、この時代若くして亡くなることは多かったので、フィリップ善良公の2人の妻も早世、シャルルの兄2人も子供の時に亡くなってしまっている。
よってシャルルはフィリップ善良公のたった一人の世継ぎであり、その世継ぎが子を持つことはブルゴーニュ公国の中では重要な課題となっていた。
ブルゴーニュ公国において女子でも公爵家の相続人になることは問題なかったのだが、それでも婚姻によってブルゴーニュ公国が他家に取り込まれてしまうかもしれないという心配はもちろんあったのだ。
フィリップ善良公がシャルルの後継者をどれほど待ち望んでいたことか……にもかかわらず結局女のマリーが生まれたせいなのかどうか、フィリップ善良公が赤子のマリーに会いに来ることはなかったのだが、この時代の記録者であるジョルジュ・シャステリスによると、誕生の瞬間、ブラバントの地に大きな雷鳴が響いたという。後に彼女がハプスブルグ家にもたらした大いなる繁栄を考えると、これは作り話ではなかったかもしれない。
聖ミカエル大聖堂のカリヨンがブルゴーニュの国境まで伸びるお祝いの鐘を鳴らし、あちこちでお祝いの焚き火が焚かれ、あらゆる教会の鐘の音もブルゴーニュ地方の国境に祝祭の前奏曲を響かせた。
そしてブルージュ、ゲント、リールなど、どこでも、人々はこの機会を利用して、フランドル様式の豪華な宴会を開く準備を始め、また通りや広場では、人々が「Viva Bourgogne!(ブルゴーニュ万歳!)」と叫んだ。
ブルゴーニュ公国の市民達にとって愛してやまない、そして永遠にたった一人の「我らの姫君」マリー公女の誕生であった。
(注1)
タラーとは15世紀終わり頃から、ヨーロッパ中で使われていた銀貨のこと。
現代と比べてどのくらいの価値なのかと簡単に換算することはできないが、例えば詩人のウィーランド(ドイツの詩人・作家で、シラーなどと並びドイツの古典主義時代において有名)は、1772年にワイマール公国で王子の家庭教師として雇われ、1,000タラーの年俸を受け取ったと言われている。
また1800年頃の記録でウォーバーグ地区(ドイツのNRW州の地区)の統計では、4人の小さな子供を持つ労働者階級の家族の年間要件として次のように、住居の家賃や食料品などの生活費は1年間に130タラーと見積つもられていた。
マリーの時代は15世紀終わりということで、それも合わせて考えると10万タラーの金碗(かなまり)が桁違いに高価なものだったということは想像できる。
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