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【第1章】幼き3人の姫君達
その17✤その頃のマクシミリアン---その1
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一方、この小説のもう一人の登場人物である---我らが「中世の騎士」マクシミリアンは当時どうしていたのだろうか。
もともと彼が誕生したのはドイツ神聖ローマ帝国の皇帝一家なのだが、その当時のマクシミリアンの生活は、正直言って皇帝一家の御曹司とは思えないほどのわびしい生活ぶりだった。しかしながらそれを理解していただくためには、父フリードリッヒ3世についてまずご説明させていただこうと思う。
そもそも父である神聖ローマ帝国皇帝のフリードリッヒ3世は、オーストリア南部のシュタイエルマルク、ケルンテン、クラインのわずか三州を持つだけの、貧しく、そして弱々しい地方の伯爵に過ぎなく、その上彼は武勇に優れているという噂もなく、どちらかと言えば臆病者で知られ、陰気で風采のあがらない、いかにも御(ぎょ)し易(やす)いと思われる男だったのだが、実はそれこそが、彼が神聖ローマ帝国皇帝という地位に祭り上げられた理由だった。
西暦800年、フランク王国を建国し西ローマ帝国の大帝になったカール大帝の意志や権威を継承しようと、962年オットー3世が神聖ローマ皇帝という名称で皇帝位を復興したことから始まったこの地位なのだが、13世紀には大空位時代と呼ばれるほとんど意味をなさない、皇帝とは名ばかりの時代を経て、14世紀にはもはや到底“皇帝“と名がつくとは思えない地位の衰退ぶりで、ほとんど名目上だけの官職に成り果てていた。
そして1356年には、皇帝カール4世がローマ王(神聖ローマ皇帝の後継者)は現在のドイツ辺りに住む7人の有力な家系の選帝侯による選挙で決定されると定めたのだが、この選帝侯達にとってなんといっても一番大切な決め手というのが
「自分達の邪魔をしない者」であり、そのためには貧しく力がなく、その上采配(さいはい)する能力も低そうな者を選ぶことが重要で、そう言った意味から、おおよそ皇帝どころか田舎の一君主としてすら頼りないフリードリッヒ3世という男は実にぴったりの適任者だったのだ。
当時300を超える領邦国家(りょうほうこっか)が乱立していたドイツでは、誰もが自分の家の繁栄という私利私欲しか考えていなかったので、正直神聖ローマ皇帝など、どうでも良かったと言っても言い過ぎではないだろう。
ローマ皇帝の後継者を決める7人の選帝侯達(注1参照)は聖界諸侯でもそもそも富裕家系出身であり、世俗諸侯達も付近の弱小貴族の領地を併合してますます勢力を拡大していたので、名ばかり皇帝などという地位は、能力も財産もないこのどこから見ても凡庸な田舎伯爵にでも任せて、そして権力もないまま、そのうち亡くなるのを待てば良い、と当時誰もが(と言うのが言い過ぎであるなら、少なくともこの7人の選帝侯は)そう信じ願い、またほぼ誰からも尊敬すらされなかったのがマクシミリアンの父フリードリツヒ3世だったのである。
そんな彼は結婚も遅く、初めて結婚したのは36歳の時、皇妃に選ばれたのはポルトガルのジョアン大王の嫡男であるドゥアルテ1世(注2参照)の愛娘エレオノーレ、当時16歳の姫だった。
透き通るほど白い肌をもつこのポルトガルの姫は「天使のように美しい少女」で、
「輝かしい神聖ローマ皇帝の皇妃になる」と聞かされていたエレオノーレは大きな希望を胸にオ-ストリアに嫁いで来るのだが、36歳という高齢(当時は普通は既に孫もいる年齢)の陰気な夫に会い落胆したばかりではなく、衝撃を受けたのはそのわびしい暮らしぶりたった。
その頃、現在のウィーンの南方に位置していたヴィーナー・ノイシュタットにあったフリードリッヒ3世の宮殿は宮殿とは名ばかりの、古くみすぼらしい暗い城塞だったし、美しい窓ガラスもまだドイツ帝国内では全く普及していなかったので、とにかく窓は全部小さくて(これは外部からの侵入を防ぐためと防寒上の理由から)城内はいつも暗くて、晴れ晴れと明るいリスボンの自分の育った宮殿とは想像もできないほどの陰気さだった。
だいたい常に金欠だったフリードリッヒ3世の食卓は非常に質素で、主食は豆、もちろん肉はおろか海からの魚介類などあるわけもなく、暖かいポルトガルであれば栽培できる美味しい果物すらなかった。オーストリアでは果物の味すら劣っていたのだ。
その上に、その彼女の倍近い年で大きな鷲鼻を持つこの夫は非常に無口で、たまに口を開いてもボソボソと呟くようにしか話さない男であり、おおよそ人間的な魅力にも欠けていた。
このオーストリアで、まだうら若く美しいエレオノーレがどのような気持ちで日々を過ごしていたのか、期待が大きかっただけにその失望はいかばかりであろうかと、想像すればするほど胸が痛くなるが、結婚から7年後にやっと彼女は待望の子供を授かる。しかも夫フリードリッヒ3世を喜ばせる男子でもあった。
それが「我らが騎士マクシミリアン」であり、この陰気な父フリードリッヒ3世とは似ても似つかない光り輝くように明るい魂を持った御曹司が産まれたのは、1459年3月22日のことだった。
※画像はマクシミリアンの両親---フリードリッヒ3世とエレオノ-レ。
(注1)
3人の聖界諸侯 マインツ大司教、トリア大司教、ケルン大司教
4人の世俗諸侯 ボヘミア王、ライン・プワァルツ伯、ザクセン公、ブランデンブルグ辺境伯
この7人の選帝侯が神聖ローマ皇帝の後継者であるローマ王を決定することができるという大きな権力を握っていた。
(注2)
ドゥアルテ1世は、ジョアン大王とランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの娘フィリパの嫡男であり、マリーの祖母イザベル・ド・ポルトガルにとっては兄。
つまりマクシミリアンの母エレオノーレとマリーの父シャルル突進公は従兄妹同士で、マクシミリアンとマリーは又従姉弟の関係でもある。
Copyright(C)2022-kaorukyara
もともと彼が誕生したのはドイツ神聖ローマ帝国の皇帝一家なのだが、その当時のマクシミリアンの生活は、正直言って皇帝一家の御曹司とは思えないほどのわびしい生活ぶりだった。しかしながらそれを理解していただくためには、父フリードリッヒ3世についてまずご説明させていただこうと思う。
そもそも父である神聖ローマ帝国皇帝のフリードリッヒ3世は、オーストリア南部のシュタイエルマルク、ケルンテン、クラインのわずか三州を持つだけの、貧しく、そして弱々しい地方の伯爵に過ぎなく、その上彼は武勇に優れているという噂もなく、どちらかと言えば臆病者で知られ、陰気で風采のあがらない、いかにも御(ぎょ)し易(やす)いと思われる男だったのだが、実はそれこそが、彼が神聖ローマ帝国皇帝という地位に祭り上げられた理由だった。
西暦800年、フランク王国を建国し西ローマ帝国の大帝になったカール大帝の意志や権威を継承しようと、962年オットー3世が神聖ローマ皇帝という名称で皇帝位を復興したことから始まったこの地位なのだが、13世紀には大空位時代と呼ばれるほとんど意味をなさない、皇帝とは名ばかりの時代を経て、14世紀にはもはや到底“皇帝“と名がつくとは思えない地位の衰退ぶりで、ほとんど名目上だけの官職に成り果てていた。
そして1356年には、皇帝カール4世がローマ王(神聖ローマ皇帝の後継者)は現在のドイツ辺りに住む7人の有力な家系の選帝侯による選挙で決定されると定めたのだが、この選帝侯達にとってなんといっても一番大切な決め手というのが
「自分達の邪魔をしない者」であり、そのためには貧しく力がなく、その上采配(さいはい)する能力も低そうな者を選ぶことが重要で、そう言った意味から、おおよそ皇帝どころか田舎の一君主としてすら頼りないフリードリッヒ3世という男は実にぴったりの適任者だったのだ。
当時300を超える領邦国家(りょうほうこっか)が乱立していたドイツでは、誰もが自分の家の繁栄という私利私欲しか考えていなかったので、正直神聖ローマ皇帝など、どうでも良かったと言っても言い過ぎではないだろう。
ローマ皇帝の後継者を決める7人の選帝侯達(注1参照)は聖界諸侯でもそもそも富裕家系出身であり、世俗諸侯達も付近の弱小貴族の領地を併合してますます勢力を拡大していたので、名ばかり皇帝などという地位は、能力も財産もないこのどこから見ても凡庸な田舎伯爵にでも任せて、そして権力もないまま、そのうち亡くなるのを待てば良い、と当時誰もが(と言うのが言い過ぎであるなら、少なくともこの7人の選帝侯は)そう信じ願い、またほぼ誰からも尊敬すらされなかったのがマクシミリアンの父フリードリツヒ3世だったのである。
そんな彼は結婚も遅く、初めて結婚したのは36歳の時、皇妃に選ばれたのはポルトガルのジョアン大王の嫡男であるドゥアルテ1世(注2参照)の愛娘エレオノーレ、当時16歳の姫だった。
透き通るほど白い肌をもつこのポルトガルの姫は「天使のように美しい少女」で、
「輝かしい神聖ローマ皇帝の皇妃になる」と聞かされていたエレオノーレは大きな希望を胸にオ-ストリアに嫁いで来るのだが、36歳という高齢(当時は普通は既に孫もいる年齢)の陰気な夫に会い落胆したばかりではなく、衝撃を受けたのはそのわびしい暮らしぶりたった。
その頃、現在のウィーンの南方に位置していたヴィーナー・ノイシュタットにあったフリードリッヒ3世の宮殿は宮殿とは名ばかりの、古くみすぼらしい暗い城塞だったし、美しい窓ガラスもまだドイツ帝国内では全く普及していなかったので、とにかく窓は全部小さくて(これは外部からの侵入を防ぐためと防寒上の理由から)城内はいつも暗くて、晴れ晴れと明るいリスボンの自分の育った宮殿とは想像もできないほどの陰気さだった。
だいたい常に金欠だったフリードリッヒ3世の食卓は非常に質素で、主食は豆、もちろん肉はおろか海からの魚介類などあるわけもなく、暖かいポルトガルであれば栽培できる美味しい果物すらなかった。オーストリアでは果物の味すら劣っていたのだ。
その上に、その彼女の倍近い年で大きな鷲鼻を持つこの夫は非常に無口で、たまに口を開いてもボソボソと呟くようにしか話さない男であり、おおよそ人間的な魅力にも欠けていた。
このオーストリアで、まだうら若く美しいエレオノーレがどのような気持ちで日々を過ごしていたのか、期待が大きかっただけにその失望はいかばかりであろうかと、想像すればするほど胸が痛くなるが、結婚から7年後にやっと彼女は待望の子供を授かる。しかも夫フリードリッヒ3世を喜ばせる男子でもあった。
それが「我らが騎士マクシミリアン」であり、この陰気な父フリードリッヒ3世とは似ても似つかない光り輝くように明るい魂を持った御曹司が産まれたのは、1459年3月22日のことだった。
※画像はマクシミリアンの両親---フリードリッヒ3世とエレオノ-レ。
(注1)
3人の聖界諸侯 マインツ大司教、トリア大司教、ケルン大司教
4人の世俗諸侯 ボヘミア王、ライン・プワァルツ伯、ザクセン公、ブランデンブルグ辺境伯
この7人の選帝侯が神聖ローマ皇帝の後継者であるローマ王を決定することができるという大きな権力を握っていた。
(注2)
ドゥアルテ1世は、ジョアン大王とランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの娘フィリパの嫡男であり、マリーの祖母イザベル・ド・ポルトガルにとっては兄。
つまりマクシミリアンの母エレオノーレとマリーの父シャルル突進公は従兄妹同士で、マクシミリアンとマリーは又従姉弟の関係でもある。
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