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【第2章】赤い薔薇と白い薔薇
その58✤お腹の子の父は
しおりを挟む※こちらは「ラビーの薔薇」とも「誇り高きシス」とも呼ばれたセシリー・ネヴィルの肖像画。彼女の2人の息子はイングランド国王に、孫娘はイングランド王妃に、そしてひ孫もまたイングランド国王になる。つまりかの有名なヘンリー8世の曾祖母が彼女であった。ヘンリー8世以降のすべてのイングランドおよびその後の英国の君主は、エリザベス オブ ヨークの子孫なので、したがって今に続く英王室の血筋がセシリー・ネヴィルから来ているということになる。
セシリーはベアトリスに単刀直入に尋ねた。
「貴女のお腹にはもしや稚児(やや)がいるのではないですか?」
ベアトリスは寝台に横になったまま、静かに頷き、消え入りそうな声で答えた。
「多分、そうかと……」ベアトリスにはこの体調の悪さの理由ははっきりわからなかったが、今まで経験したことがない身体の変化が身の上に起きているということは理解していた。
ここのところベアトリスは顔色が悪いだけではなく、全身までも血の気が抜けたほど真っ白になり、ほとんど食事は取らず、細い体はますます細くなっていた。
食事も取っていないのにも関わらず、嘔吐を繰り返し、食欲すら全くないようだった。
子供を13回も身ごもった経験のあるセシリーにはこの状況は明白だった。ひどい悪阻(つわり)の症状だった。
産婆も呼び診察させてところ、子供を身ごもっているのは間違いないということだった。
ただセシリーにとって問題はそれが誰の子なのかということだった。
もしエドワードの子であるのなら、今となってはロンドンのエドワードの元へ連れていくのも問題はないかもしれない。例えベアトリスが彼を愛していなかったとしても、エドワードがベアトリスへ執着していることも、これまた確かだった。
エドワードは、ベアトリスとの間に自分の子ができたと知ればどれほど喜ぶだろう。ベアトリスも子供のためと思えば、エドワードを受け入れる日も来るかもしれない。
ただこの時世ではランカスター家出身のベアトリスを王妃にできるかどうかは不明ではあるが---エドワードは今やただのマーチ伯爵でもーク公爵でもなく、6月には正式にイングランドの国王になるのだ。
エドワードは王になった今では、すべてを自分の一存で決定するわけにはいかない立場になり、ベアトリスは果たしてロンドンの議会においても王妃として認められるだろうか、それは彼女にも全く分からなかった。
イングランド国王の結婚において、その王妃になる者は一番に政治的な面から検討される必要があるからだ。
しかしそれにしても考えれば考えるほど、なんという大逆転劇が起こったのだろうか。
夫リチャードが生きていればそれこそ涙を流し歓喜したことだろう。
彼が果たせなかった夢を、息子が成し遂げたのだ。
「しかし、それもこれも12月30日のウェイクフィールドの戦いにおいて愛するリチャードとエドムンド、我が兄ソールズベリー伯の犠牲があったればこそ、であろう。
そして甥のウォリック伯のロンドンでの凄まじい人気ぶりが、エドワードを国王にすることを後押ししたと聞いている。我が一門の皆の思いが全知全能の神に届いたのだ」
そう
「正義は果たされた」とセシリーは確信していた。
そして、状況が一変した今、セシリーの心配はお腹の子が、もしやエドムンドの子であれば、どうなるのだろう、という方向にも変化していた。
ベアトリスの思いがエドムンドにあるのは以前から知っていた。エドムンドも子供時代からベアトリスに憧れを持ち慕っていた、それもわかっていた。エドムンドがベアトリスを見つめる瞳にはどれほど愛情が込められていたかは、母親としても気が付いていたのだ。
でも可哀そうなことにエドムンドは17歳という若さで戦場において殺されてしまったのだ。憎きクリフォード卿はエドムンドの首を跳ねてその血を拭った布を、夫リチャードに投げつけ
「お前の息子の血が付いたこの布で、お前の涙を拭えばいい」と言ったという。
可哀そうなエドムンド---この話を思い出すたびにセシリーの胸は悲しみで引き裂かれそうになる。
「なんと不運で悲しいエドムンドの生涯だったのだろう……」
だがしかし、それでも今となってはエドムンドとベアトリスの二人が結ばれることはどうしたって不可能なのだ。
「だから……」
セシリーは思う。
「もし万が一これがエドワードの子だったら、エドワードもベアトリスのことも赤子のことも大切にするだろうから、万が一、正妻になることがなくてもベアトリスにとって悪いようにはなるまい」
セシリーは望みを持ってベアトリスに尋ねた。
「そして教えてちょうだい。これは誰の赤子なのですか」
ベアトリスは大粒の涙を流し、泣き崩れ、
「お許しください。エドムンドと一夜の契りを結びました」と答えた。
「あぁ、そうであったか!」
セシリーはため息をついた。
そして次の心配が押し寄せた。
「エドワードは果たしてこの事態を受け入れてくれるだろうか……」
エドモンドがいない今、ベアトリスの想い人はいなくなったが、彼の愛するそのベアトリスのお腹の中にエドムンドの稚児(やや)がいると知れば、エドワードはベアトリス共々、その稚児(やや)をも大切にしてくれるだろうか……実際には彼の甥に当たる稚児ではあるものの、それでも強い嫉妬心を感じることはないだろうか……?
このような中、ベアトリスをエドワードの元へ送ることなどで出来るわけがない。
赤子の件と共に、この問題は簡単には解決しそうにないことがわかったセシリーであったが、エドワードの手紙の通り現在ユトレヒトに避難している、マーガレット、ジョージ、リチャードの3人の子供達をここに呼び寄せて、そして今すぐにロンドンへ送ることは、念のために待ったほうが良いのではないかともちょうど考えていた時でもあった。皆でロンドンへ行くのは、エドワード即位の戴冠式が執行される6月まで待つべきではないだろうか。
なのでこのまま3人の子供達をロンドンへ送る件も少し先に延ばし、その間にベアトリスのこともどうしたら良いか考えよう。
「今は待つのだ、我らヨーク家の運命の先を……我らはこれまでもう10年は待ったのだ、これ以上何を急ぐことがあろう、すべては神の思し召しによって決まるのだから……」
そして、今一番大切なのはひどい悪阻(つわり)で身体が弱り切っているベアトリスの介護をすることだった。
「エドムンドは亡くなってしまったというのに、でもなんとベアトリスの中にあの子の血が続いていただなんて……これこそ奇跡ではないの!
これもまた神に感謝すべきこと!」
ベアトリスのお腹の中にいる赤子がエドムンドの子供だと判り、セシリーは、今まで以上にベアトリスのことを大切にしなければ、と心の中で誓うのだった。
「このお腹の中の稚児(やや)が無事生まれますように」
その日からこの子供の未来を神へ祈るセシリーであった。
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