あなたが浮気できるのは私のおかげだと理解していますか?

たくみ

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41.出会い

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「はい、これ今月の収支表よ~ん」

「ありがとう」

 ジェラルドから冊子を受け取り目を通すエリーゼ。相変わらず収入の方に0がたくさんついている。店のことに関してはほぼジェラルドやその他の従業員に任せているが本当に有能な人達だと感心するばかりだ。

 数字を目で追うエリーゼをじーっと眺めるジェラルド。そこにあるのは女神も羨まんばかりの美貌。職業柄たくさんの美女に会ってきたが、彼女ほどの美貌にはお目にかかったことがない。


 初めて彼女を目にしたのは9年程前だったかしら……。

 前に勤めていたドレスの店でデザイナーとして働いていた自分にまだ少女と言える年齢だった彼女はそのときも輝かんばかりの美貌に笑みを浮かべていたのだった。


「ちょっと!ジェラルドは私の男よ!」

「はあ!?おばさんはお呼びじゃないのよ!」
 
( なんでこうなるのよ~ん )

 ジェラルドは泣きたかった。

 店の前で2人の女性に右腕と左腕をそれぞれ引っ張られる若きジェラルドは身体の痛み、そして心の痛みから冷や汗が吹き出る。

 1人は勤め先の洋服店の店長、もう1人はお客様である。

 彼の美貌に惚れ込んだ客が店に毎日通ってきては彼の身体にベタベタと触り、愛人の誘いをするなどセクハラ行為を繰り返していた。

 繰り返される悩ましい行為にキレたのは店長だった。今日も今日とて、店に入った瞬間ジェラルドの胸元を撫でさするお客に店長が「私の男に触るな」と思いっきりお客を突き飛ばしたのだ。

 何度も突っ張りをかまし、遂には扉の前まで来た2人。店長の渾身の張り手により客は扉に激突。バターン!と扉が開き、外に倒れ込んだ客。

 それだけでは終わらず客の上に跨り殴る店長だったが、黙ってやられるような客ではなかった。「お前の男じゃない!私の男よ!」と店長を蹴り上げ場所を入れ替え、殴り始めた。

 何事かと立ち止まる人々を気にすることなく掴み合い、殴り合うという大喧嘩。

 彼女の言葉からわかるように店長の行動は従業員を守ろうという経営者魂からではない。彼は自分のものだという傍迷惑な想いから。彼女も普段からジェラルドの身体に同意なく触れ、毎日手作りの食事を押し付けたり、休日に家に押しかけたり、押し倒してきたりとなかなか自分本意な感情を押しつけてくる女性で彼は大嫌いであった。

 暫く呆然としていたジェラルドだった。なんでこんなことばかり……。前の店もそのまた前、更に前、そのまた前でも同じようなことが起こった。お陰で店を転々とすることになり、雑用ばかりでろくにデザインもさせてもらえていない。

 と、そんなことを思い出している場合ではない。ヤバいと身体を無理矢理動かす。だって大勢の人が遠巻きに彼女たちのキャットファイトを見ているから。

 そう見ているだけ。助けがないことに絶望しながらとりあえず2人を引き離そうとジェラルドは2人に駆け寄り間に身を割り込ませようと両手を伸ばし無理矢理引き離そうとした時悲劇は起こった。

 愛しい彼が伸ばした手――それはもちろん自分に向けられたもの。

 2人の女性は即座に喧嘩をやめ、その指を左右それぞれガシッと掴んだ。

 そして相手も掴んだことに気づくと彼の手首に手を伸ばししっかりと掴み――思いっきり引っ張った。

 身長の低い2人の女性に引っ張られバランスを崩し膝をつくジェラルドだったが、手は離されることはなかった。


 で、今に至る

 ――のだがとにかく痛い。爪が腕に食い込み、肩が外れそうだ。冷や汗が出てきて腕も滑るはずだが、執念とでもいうのかその力は弱まることがない。
 
 思いっきり振り払いたいが転んで怪我でもされたら……相手は2人とも貴族。平民の自分が罰されるのは目に見えているので我慢するしかない。

「は、離してください!」

 自分にできるのはこう言うだけなのだが……

「嫌がってるじゃない!その汚い手を早く離しなさいよ!」

「はあ!?あんたが離しなさいよ!」

 と、ジェラルドの叫びなど無視してその力は更に強くなるばかり。

「っ!痛っ!手が……!手がっ…………!!」

 もう泣いてもいいだろうか。多くの人が見ているのに誰も助けようとしない。平民はなんとも気の毒そうな顔をしているが、貴族らしき人々がなんとも楽しそうに口元をニヤつかせているのが目に入る。

 ――最悪だ。これ肩が抜けたら戻るのだろうか。

 もし戻らなかったらデザインが二度とできなくなる。

「あらあら貴族ともあろうものが見苦しいわね」

「あれは男も悪いだろ。平民の分際であんな顔を貼り付けているからだ。生意気な。男娼にでもなっときゃいいんだよ。ははっ売れっ子になるぞ」

 そんなやり取りが聞こえてくる。
 
 いや、どうしろと。顔なんて変えられるものではない。潰してしまえとでもいうのか。

 なんかこんなことばかりだ。

 男からは嫉妬の視線。女からは色欲に塗れた視線。ベタベタベタベタと触られ、襲われそうになった回数だってもう何度あったか覚えていない。

 心が女である自分にはその視線はとても辛くて、好きになった男に女を奪ったと罵られたことが何度あったか。

 辛くたって助けてくれるものなんていなかった。身も心も自分を守ることができるのは自分でしかなくて――最終的に逃げるしかなくて。

 まあ今は逃げられる状況ではないが。

 きっといつかは離してくれるはず。

 トイレだって、食事だって人間には必要だし。

 けれど

 あー……なんか心が痛いかも。

 涙が目に浮かんだ時だった。

「!!?」

 え、何?首!首!首が!

 首が抜ける!

 細くて小さい手らしきものが頬に添えられ、上?いや後ろ?に引っ張られている。

「何々!?」

 頭の中が大パニックだ。

 その言葉と同時に腕が解放された。

 え?聞いてもらえた?さっきまで絶対に離さないと言わんばかりの鬼の形相だったというのに。

「あら、もう終わり?面白そうだと思って参加したのに」

 そんな清らかで美しい声音が後ろからしたと同時に頬にあった温もりも消えた。

 振り返るとそこには小柄な天使がいた。

 え、ここあの世?

 いや普通に景色も変わってないし、人もいるし、そんなわけない。ということはこの子は圧倒的な美を誇る子供だということ。

 身に着けるものは最上級のドレス、平民ではありえない身にまとう高貴なオーラ。

 どこの貴族の子供なのかしら?

 これは……助けてくれたのよね?

 思いっきり顔を挟まれ、首が抜けそうなほど引っ張られたが。

「あの……どちら様?」

「「エリーゼ様!」」

 店長と客の声が重なる。彼女たちに視線を移すと慌てて姿勢を正し、子供に向かい頭を下げている。

 エリーゼ様だ。

 エリーゼ様よ。

 戸惑いを含むようなそんな声音がところどころから聞こえたかと思うと貴族らしき人たちが彼女に向かい頭を下げた。

 大の大人が、しかも普段ふんぞり返っている貴族が子供に頭を下げる様子にジェラルドだけでなく、平民たちも言葉を失う。

 そんな奇妙な緊張感が漂う中、動じることなく子供はふわりと微笑む。

「ふふ、皆様ご機嫌よう」



 その瞬間、緊張感は霧散し皆が彼女に見惚れた。
 


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