あなたが浮気できるのは私のおかげだと理解していますか?

たくみ

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43.もーらった

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「あらあら、お父ちゃんに言いつけちゃうぞって……あなたたち子供じゃないんだから」

「「な!?」」

 あ、公爵令嬢が平民の自分と同じことを考えている。

 こんな時になんだが彼女も同じ人間なんだと思った。

「ふふ、極上の獲物に群がる野獣から麗しい美男を助けたというのになぜ叱られますの?」

「な!?」

「だから彼は嫌がってなんかいないと言っているでしょう!」

「お父様に言いたければどうぞ。でも本当に叱られるのはどちらか考えた方が宜しくてよ」

「「…………………………」」

 自分たちの方が正しいに決まっている。決まっているけれど、エリーゼが自分の都合の良いように言い訳すればお叱りを受けるのはこちらかもしれない。最悪家族にも何かああるかも…………でも――――。

 歯を食いしばりじーっと目を見開きジェラルドを食い入るように見る店長と客。

 彼はただの顔のいいだけの平民だ。なのになんで自分のものにならない?平民になどブスしかいないだろうに、自分のような美しい娘などいないだろうに。

 平民が貴族に見初められるなんて夢物語ではないか。贅沢できるし、働かなくても良い。良いことづくめなのになんで?

 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?

 なんで彼は自分を受け入れない?

 血走る2人の目を見たエリーゼは駄々をこねる幼子に疲れた母親のようにはぁと息を吐く。

「ねぇ」

 エリーゼの声かけに誰も反応しない。それもそのはず彼女の視線の先にいた彼は下を向いていたから。

「……………………?………………は、はい!?」

 彼女たちの様子を見てどちらが子供かわかったものじゃないと呆れていたジェラルド。誰も返事をしないのでちらりと顔を上げるとぶつかる視線と視線。

 え……?恐る恐る自分です?と自らを指さす。

 そうそうとコクコク頷くエリーゼ。

「し、失礼致しました!」

 慌てて正座し地面におでこをつけるジェラルドは全身の血の気が引くのを感じた。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。少し聞きたいことがあるだけだから、顔を上げてちょうだい」

 その言葉にゆっくりと顔を上げる。再び絡まる視線と視線。今度は逸らされなかった視線にエリーゼは満足そうにニコリと笑う。

「お兄さんはこのお姉さんたちのことが好きなの?」

「好きじゃありません!」
 
 あ!思わず食い気味になってしまった。

「嘘よ!またあなたはそんなことばかり言って!」

「好きに決まってるわよね!」

「平民が貴族に好かれるなんてなかなかないのよ!光栄に思うべきでしょ!」

「そのままじゃただの貧乏人で終わるわよ!」

「平民が貴族に恥をかかせるわけないわよね!?」

「顔が少し良いから飼ってあげようとしてるのに!いつまでもじらすなんて生意気よ!」

 キーキーキーキーと甲高い声がジェラルドの耳を襲う。痛い、耳だけでなく頭も、そして心も痛い。

 なぜこんなに責められないといけないのか。

 相手が平民であればなんでもして良いと思っているのだろうか。

 でもそんなことを言うことは…………額を汗がツーと流れた。目眩だろうか少し視界は霞み、フラフラする。そんな中目に入ったのは海を思わせる美しい青い瞳。

 そして少女の美しい顔。
  
 彼女の顔がやけにはっきりと見える。

 ?

 ゆっくりと彼女の口が音もなく開く。

 ジェラルドの目がはっきりとなんと言っているのか捉えた。

『言っちゃいなよ』

 いいのだろうか?

 平民が貴族に物申すなんて。しかも雇い主。間違いなく明日から、いや物申した瞬間にクビだ。貴族を敵に回した平民を雇ってくれるところなんてないかもしれない。

 頭ではわかっている。

 でも――――ひしひしと感じる視線は自分の背を後押しするもので。いや、それどころかやれと命令されているような気さえする。

 ふ――無意識に唇が笑みを形作る。
  
「ちょっとジェラルド聞いているの!?優しくしてれば調子に乗りすぎなんじゃないの!?」

「私の貴重な時間をこんなに使わせて……仕事が終わったらお仕置きなんだから!」

 厳しい口調ながら何を想像しているのかニヤける店長。

 ゾゾォッと走る悪寒にジェラルドは遂にキレた。

「…………ないわぁ」

「「え?」」

「女が私とチョメチョメするのを想像してニヤニヤするんじゃないわよぉ。鳥肌が立っちゃうじゃなぁい」

「「……………………え?」」

 驚愕に目を見開く2人を置き去りに言葉を続けるジェラルド。

「さっきから平民平民ってうるさいのよっ。そんなに気に入らないなら平民の私のことなんてほっといて頂戴。男に追い回されるならまだしも女に追い回される趣味なんてないのよっ!」

「ジェ、ジェラルドあなた……嘘よね?」

「心は女性とか……?そんなわけないわよね?」

「うふん、私のタイプは紳士的なのに身体が引き締まった男よぉん」

「諦めの悪い私たちを騙そうとしているのね?そうよね!?」

「あらあん自分たちが嫌われてるってわかってるんじゃなぁい」

「ほ、ほらジェラルド見て!この胸を!興奮するでしょう!?」

 ムギュッとその豊満な胸を自らの腕で挟む客をジェラルドは睨む。

「そんなもんに興奮なんかしないわよっ!私が感じるのは怒りだけよ!私が好きになった男が何人それのせいで奪われたと思ってるの!?自慢?自慢なの?絶壁の私に対する自慢なのぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 座ったまま天を仰ぎ絶叫するジェラルドに思わず立ち上がり一歩後退りし距離を取る2人。

 これは……まじもんのオネエだ。

「あ、えと私……あ、あなたにあげるわ!」

「え!?あなたこそどうぞ!」

 先程までこれでもかと目を血走らせ争奪戦を繰り広げていたのに今度は顔を青褪め押し付け合う2人。

 ああ、こんな本性を出して押し付けあってくれるのならさっさと出せば良かった。周囲からの視線は痛いし、失ったものも多いが清々しい気分だ。

 でもどうしようか。

「よっこいしょー」

 そんな掛け声とともに彼の顎の下から頭までぐるりと子供の腕に包まれ、そのまま優しく上半身が倒れる。

「え?」

 ぽす、と後頭部が何かに到着したかと思うとひょいと上下逆さまのエリーゼの顔が現れた。どうやらここは彼女の膝の上のよう。

「お兄さんもーらった!」

 ニカと少女らしい笑みを見せた彼女はジェラルドから視線を外すと、正面を見据える。

 そこには2人の女性。

「私の勝ちで良いよね」

「はい!流石エリーゼ様お強いですわあ!」

「私達ではエリーゼ様に敵いませんわあ!」

 逃げ時とばかりに挨拶だけするとスカートを鷲掴み走って逃げ去って行く2人。

「お嬢様が失礼致しました。お怪我はございませんか?」

 寝転がったままのジェラルドを案じるダンディな低音ボイスが掛けられ真っ白な手袋をはめた手が横から差し出された。

 顔は太陽の光が眩しくて見えない。

「は、はい……大丈夫です!」

 せっかく手を貸してくれたが自分の力で慌てて立ち上がる。使用人とはいえ、高位貴族に仕えるものは貴族だったり大金持ちだったりする。そんな方の手を借りるわけにはいかない。

 だが……………トゥンク……

 ジェラルドの胸が高鳴った。

 彼はその手を取らなかったことを後悔した。

 立ち上がり視界に入ったのは柔和ながらきりりと整った紳士的なイケメンフェイス。身長も長身の自分とどっこいどっこい。

 やだぁん……超タイプ。

 彼にとって運命の出会い。

 こんな時なのに彼のことしか見えなくなるジェラルド。

 彼は一体誰?

 独身?

 貴族?平民?

 男もいけるかしら?



 いや、そんなこと考えたって無駄というもの。

 彼は公爵家の使用人。自分とは身分が違う。

 
「……ライカネル公爵令嬢様、誠にありがとうございました」 


 そう一言お礼だけ言ってエリーゼとじいやに背を向けるジェラルド。一歩足を踏み出し―― 

 






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