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第1章

花と竜

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真っ白な蔓薔薇の花が咲いているアーチを抜けて、庭園に足を踏み入れる。

石畳の小路をウキウキした気分で歩き始めると両脇にはガウラがその花を風に揺らしている。

少し先には、色とりどりの大輪の薔薇が
競うように咲き誇っていて
辺りには良い香りが漂っていた。

「素敵ね。」

普段、辺境伯様のお屋敷の庭園の手入れを手伝っている私はこの薔薇がとても丁寧に大切に育てられているのがよく分かる。
薔薇は沢山肥料がいる植物で、ここまで大きな花を咲かせるためにはどれ程の量を使っているのかなぁと思う。 

私、思考が全然ロマンチックじゃないな。

期間限定の一般開放のため、
もっと混雑しているのかと思ったけど
わりと空いてるのね。

時々、他の人と会釈をしながらすれ違う。中にはとても高級そうなドレス姿の女性も居て、薔薇の花よりも美しい。
お付きの人を引き連れているから、貴族のご令嬢なんだろうなぁ。

私は白いパフスリーブの膝丈ワンピースにベージュのブーツ。手には小さめのバスケット。(中にはミーシャ婆ちゃんお手製の冷たいお茶が入っている)

やっぱり、私はどこか野暮ったい感じがする。王都の女性達は洗練されているなぁと思う。まあ、でも、私はおのぼりさんなんだし、爺さんもミーシャ婆ちゃんも可愛いって褒めてくれたからこれでいいわ。


少し喉が渇いたのでガゼボで
ひと休みすることにした。
そこには1人先客がいたので座る前に
声を掛けることにした。

「こんにちは。ここ、座ってもいいですか?」

振り返った男性は
私の顔を見て一瞬固まったように見えた。

「あ、ど、どうぞ。」

「ありがとうございます。」


少し離れて座る。
バスケットからお茶を出して、飲み始めるとこちらをチラチラと見る視線が気になった。喉渇いてるのかなぁ。

「あのー、良かったら飲みませんか?
冷たくて美味しいミントのお茶なんです。」
 

少し首を傾げて聞いてみると
その男性は真っ赤な顔をして

「いやっ、えっと…。」

「遠慮なさらずどうぞ。水筒にまだ沢山ありますから。」

そう言って、
もう1つあったカップに注ぎ、差し出した。

男性は、シンプルなベージュのシャツに
黒いズボン、茶色のブーツを履いていたので、私と同じ平民なのだろう。

「あ、ありがとう。頂きます。」

長い黒髪を後ろで縛り涼やかな目元には優しい光を灯している。

男性は真っ赤な顔のまま大きな両手でカップを受け取った。

ゆっくりと香りを確かめながら1口飲み、うまいな…。と呟いて 今度はにっこりと笑いゴクゴクと飲み干した。

「美味しかったです。ありがとう。」

と、カップを縁を指で拭った後それを私に返した。


笑った顔が素敵だなぁ。
そう思いながら

「どういたしまして。」

私もにっこり笑う。目が合うと、ドギマギとした様子で目を逸らされてしまった。

ふと、その男性のシャツの捲ってある袖口から青いタトゥーが見えた。

とても綺麗な青い色…。

普段、母さんの店には、タトゥーを入れた冒険者や傭兵がよく来るので、タトゥー自体珍しいものではないけれどこんなに鮮やかな青い色のものを見たのは初めてだ。

思わず、「綺麗な色…。」と
口に出てしまった。

男性は少し考え、
「あ、これのことですか?」
袖をぐいっと上げた。

そこには1匹の竜が描かれていた。
ドラゴンではなく、竜。
蛇みたいに体の長い竜だ。

「こんなに綺麗な色のタトゥーは
初めて見ました。」

私がうっとりと眺めていると男性はそのタトゥーを撫でながら恥ずかしそうに

「私は…こんなに…美しい女性に初めて会いました。」


え、今、美しいって言ったの?
わ、私のこと??

リップサービスだとわかっていても今度は私の方が真っ赤になった。

「よかったら、貴女の名前を教えて貰えないでしょうか。」

「…イオン…。」

照れくさくて、小さな声で名前を言った。

「イオン…さん。私はリュートと申します。」


リュートさん、ていうのかぁ。

彼は旅しながらその土地の伝承などを集めて研究する仕事をしていると教えてくれた。その途中で知り合った大きな湖の畔に暮らす少数民族の人にそのタトゥーを彫って貰ったのだそう。



「姉さん!探しちゃったよー。」

そこにカミュが猛ダッシュでやってきた。
アーチを抜けたところまでは一緒だったのだけど、気付いたらはぐれてたのよね。

というか、私が迷子?

カミュは、チラチラとリュートさんを見ながら私に手を差し伸べて
「そろそろ行こうか。」
と言った。立ち上がりリュートさんに挨拶をする。

「少しの間でしたが楽しかったです。私はこれで失礼します。」


「こちらこそ。美しい貴女とのひとときは楽しかったです。お茶もありがとう…。あの~『さ!帰るよ!』」

と、何か言いかけたリュートさんの言葉をちょっと強引に切ったカミュはそのまま私の手をぐいぐい引っ張った。誰にでも愛想の良いカミュがガン無視とは珍しいわ。


「さようなら~。ごきげんよう。」

リュートさんに手を降りながら、ガゼボを出た。
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