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三章

3 ザイオスはチヤホヤされたかった

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 大男の剣が、引きちぎられた腕ごと観客席まで吹っ飛んでいった。

 見物している貴族たちの間から、恐怖とも歓喜ともとれる悲鳴が漏れる。

 巨体がズシンという地響きとともに倒れた。

 血の吹き出る腕を押さえて転がりまわる男には目もくれず、観客席には何の愛想も振りまかず、クレトは半地下へと降りていく。

 そこは、開口部が試合会場側に向いた、戦士たちの控え室となっている。

 出場者たちも試合を見られるが、ほとんどは救護室に運ばれるのか、悪くすると死ぬかなので、試合が進むにつれて人数は減っていった。

 屈強な戦士たちが畏怖の目で遠巻きにクレトを見つめるなか、ザイオスだけが気さくに話しかけた。


「ほんとにその変わった薄っぺらい剣、使いこなせるんだな」
「ああ」
「今の奴、隠し針を使っただろ。とっさによく避けたな」
「ああいう実力の無い男は、いつ小細工をしてもおかしくない」
「暗器使用オッケーとは……何でもありだな、ここの闘技会は」

 ソードの部だと言うのに、打撃武器まで併用する者がいたが、特に失格になったりはしない。

 けしからん、と自分のことのように憤慨するザイオスに、クレトは苦笑した。

「どうして? 板金鎧を持っているやつには剣じゃ無理だろ」
「だってお前は、皮鎧すら着てないじゃないか」

 クレトは肩をすくめる。そんな軽装備の彼を、フレイル(※竿の先に鎖とトゲトゲ鉄球がついているやつ)で殴りつけようとする者まで出てきたのだ。

 しかし会場は盛り上がっただけで、誰も止めようとしなかった。もちろん失格にもならない。

「かまわんさ。俺も勝つためには手段を選ばないし」

 そう言えば、長剣に巻き付いた鎖を引き寄せ、逆に相手の顔面ーー樽型の大兜バレルヘルムごしにパンチを叩き込んだ彼の拳は、いったい何で出来ているのか。

 兜が凹んでいたけど? 疑惑の目でクレトの拳を見下ろすザイオス。

 クレトは口の端を釣り上げて笑うと、黒革の手袋を見せた。

 鉄製のガントレットでは無いが、革の上から、繋がった指輪のようなものをはめている。

 ザイオスは納得した。うん、こいつも卑怯。

 この男、涼しい顔をしているが、喧嘩なれしているのだ。

 死線をくぐってきた匂いがする。

「それでも俺は、ルールは必要だと思うがな。なんでもありなんて、試合じゃない。乱闘だ」
「あんたの騎士道には反するか?」

 頷きかけて、硬直する。真顔で睨み付けるザイオスに、彼はぬけぬけと言う。

「安心しろ、あんたがどこぞのお忍びの貴族だろうが、興味もない。ほれ、次はあんたの番だぞ」

 ザイオスは、すかした顔で控え室の木の長椅子に戻っていくクレトを見送りながら思った。

「あいつも、ただの流れ者には見えないな」



 夕方になると五十名いた出場者は、わずか十名にしぼられていた。

 本当に実力のあるもの同士の戦いは、一瞬でケリがつく。

 闘技会は貴族達が望むよりも早く終わりそうだった。

 それぞれがあと一人ずつ倒せば試合は終了し、五名の対白夜用即席警備騎士が決定するのだ。

 五名で足りるのか? 白夜だぞ。

 ザイオスは不吉なほど赤い空を見上げた。ここまでは楽勝だった。

 自分の手を少しでも煩わせた腕の者は、一人もいなかった。問題はあの男だ。

 このまま勝ち上ってきたら、あいつと戦うことになりそうだ。

 ザイオスはやはり圧倒的な強さで勝ち進んできたクレト・ガルメンディアを遠目に見つめた。

 ちょうど今対峙していた相手を倒したところだった。

(あいつと当たる。俺は、あの男に勝てるか?)

 そう思った瞬間、情けなさで顔が火照った。

 自分はやつと戦いたかったはずではなかったのか。怖じ気付いたのか。

「いや、違う」

(俺は戦いたいんだ)

 クレトの試合を見てますますそう思った。今まで見たことのない型の剣技、隙のない、流れるような動き……。

 しかもザイオスは、彼が本気を出していないことも見抜いていた。

 力任せに叩き切る他の剣士たちと違って、片刃の剣でなでるように斬っていくその動きは、見とれるほど美しい。

 なんとも憎らしいほどキザだ。だって直前に刃を返して、そちらで打っているんだぜい? 

「峰打ちじゃ、安心せい」という言葉を知らないザイオスでも、無駄に相手の命を奪おうとしていないことが分かった。

 それでいて、ちょっと卑怯な手を使われそうになると、容赦なく腕を切り落としたり、メリケンサックを使ったりと、キザになりきれない青臭さもモテ要素ではないか。

 ザイオスはぎりぎりと歯ぎしりする。

 いや、モテるモテないはどうでもいいんだった。間違いなくクレトは、ザイオスが見てきたなかで一番の剣士。まさに好敵手だ。

 そもそも自分の目的は、闘技を楽しむことではない。領主の首根っこを押さえること、そして白夜を捕まえることだ。

 ザイオスは自分の腕に自信を持っているが、自信過剰になるような男でもなかった。さらに、相手の腕を見抜くだけの力も持っている。

 今までクレトと当たらなかった、おそらく試合が面白くなるように、主催者側で調整しているのだろう。
 
 認めるのは癪だが、戦えばたぶん負ける。だが、五人残るなら、あいつと戦っても用心棒になれる――はず。大丈夫だ。

(本音は、出来れば一位になりたかったけどよ)

「あいつ、闘技会で優勝したらしいぜ」と他の用心棒たちに言われたかった。くそ、クレトめ。

 まあ、自分の立場を考えれば、目立つのは良くないしな。

 ザイオスはため息をつき、暗くなりはじめた闘技場を見渡す。

 きっと試合は明日に持ち越されるだろう。貴族たちにとって試合が見にくくなる時間帯だ。


「おい、次を始めるぞ」

 主催者側の騎士に言われて、ザイオスは驚いて尋ねた。

「今日、まだ続けるんで? 明日の馬上槍試合の部の前とかにやるのかと――」

 騎士が頷く。

「高貴な方々のご所望だ。盛り上がってるからな。明かりを四方に用意してある。白夜のこともあるし、ソードの部は、今日中に警備兵を決めてしまうんだとさ。槍、棹状武器ポールアームの部は明日になる」

(決着がつくのは今日か)

 クレトと戦う、それを考えて再び緊張したその時、出入り口の方から悲鳴が聞こえた。

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