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プロローグ
嘘のキス
しおりを挟む街灯の明かりがわずかしか届かない薄闇の中で、真紅の瞳が光っていた。
そこには、いつもの穏やかな感情は見当たらない。
「ごめん」
彼はそう言った。
何が? と言おうとして開きかけた私の唇に、温かいものが押しつけられる。エイベル君の唇が……。
あ……どうしよう、ファーストキス。
びっくりして彼の肩を押した私の耳に、歩道を遠ざかっていくクラスメイトたちの声が聞こえた。
エイベル君は唇を離し、私の耳に囁く。
「あいつらが見ているかも。もう少し我慢して」
そして再び唇を重ねられた。しかも、唇を割ってぬるりと何か入ってきたではないか。
舌? これは、キスなの? 初めてのことでよく分からない。
でも……でもなんて淫らで、なんて素敵なのだろう。足がガクガク震え、膝から崩れ落ちそうになる。
彼はそんな私の腰に手を回し、しっかり支えてくれた。
エイベル君の舌が口蓋を舐め、柔らかい内側の粘膜を刺激し、私の舌を見つけて絡みついてくる。
頭の奥がジンジン痺れ、身体中の毛穴から何かが潤み出てきそうだ。
私はそのえも言われぬ心地良さに、いつの間にか半眼を閉じていた。
まずい……好きが止められない。
私は彼が好き。
もっと、もっと彼が欲しい。
彼の舌に自分のそれを絡め啜ろうとしたその瞬間、エイベル君は突然パッと唇を離した。
もしかして、この不埒な気持ちに気づいたの?
彼は私から距離を取り、掠れた低い声で言った。
「皆、もう行ったみたい」
「え……ええ……」
荒い息を整えながら、私は冷静に答えた。
「もういいわね。私たちも行きましょう」
歩き出しながら、彼がじっとこちらの様子を窺っているような気配に気づいた。
しかし私はなんだか後ろめたくて、視線を車道に向けたままだった。
バカッ、しっかりしなさい! 私は偽物の恋人なのよ?
絶対に絶対に、この気持ちを知られてはならないの。
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