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第三章

ヴェロニカ逃走する

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「おっす、ダン・カン」

 そんなダン・カンのうっふん尋問中、無礼なほど脳天気な挨拶と共に、ティピーの布が突然開けられた。

「なんだっ!」

 ダン・カンは慌てて女のオッパイから口を離し、振り返った。

「どうでぇ? その女何か知ってたか?」

 入ってきたのは、ペニスケースを付けてない先住民だ。だが全裸なわけでもない。貫頭衣でもない。

 その男は、深緑色の軍服をきちっと着こんでいた。

 ヴェロニカはとろんとした目で彼を認め、一瞬でその目を見開いた。

(アリビア植民地軍の軍服──やはり、そういうことでしたのね)

 二人が公用語で話しているのも頷ける。

「あなた……中部のナシュカ族……ですわね」

 かすれた声で言うと、緑の軍服の男はあられもないヴェロニカの恰好を見てひるんだ。

「ひゃぁ! やるな、ダン・カン、このやろー。お愉しみじゃねぇか」
「ちがっ、こ、こ、こ、これは尋問していただけだ」

 ダン・カンの無表情が、かすかに焦りの色を浮かべる。

「相手の拠点、武器、残りの兵士の人数を聞き出そうと、たっぷり痛めつけて──」
「とか言ってダン、おめえ、ペニスケースがおっ勃ちすぎて、あばらに刺さっているじゃねぇか。オラもまぜてけろ──」

 ナシュカ族の若者が、大真面目に軍服を脱ぎだす。

「こう見えてもオラ、尋問は得意なんだ。輪姦しようぜ?」
「だめだめだめだめ!」

 ダン・カンの無表情が、さらに崩れる。

「マチンカ・パイパイ、君の兄さん(※)が言っていたぞ。君は早々に中部に帰らないと。国境の砦に詰めてもらうとか言っていたぞ」
「でぇじょーぶだ、ダン・カン。あっちはマッチラ族が行ってくれるらしいんだ。オラ、暑いのは苦手だしな。けえって来いとは言われてねぇぞ」
「いいから、こっちは俺たちコマネチ族に任せてさっさと故郷にけえって──帰ってくれ!」

 押し出されて、しぶしぶティピーから出て行くナシュカ族。

「白人が、嫌いなのではなくて?」

 軍服の男が出ていくのをダン・カンがホッとして見送ると、その背にか細い声がかけられる。

 振り返ると、見事な乳房をさらけだしたまま、ヴェロニカが睨みつけていた。ダンは思わず見とれてしまった。

 やはりこの女は、悪魔というものなのだろう。まとめ髪がほつれ、白い首筋から肩に散ったおくれ毛が、彼の唾液で汚れた乳房に張り付いている。

 壮絶な色香に、ダンは眩暈を覚えた。……くらくらして、死んでしまいそうだ。そう、悪魔なのだこの小娘は。

 ……こんな姿をマチンカに見せてしまった。なんとなく、誰にも見せたくなかった。

「ナシュカ族は、白人の国アリビアと手を結んでいてよ? あなたたち騙されているんですわ」
「知っている。我々は一時的に手を借りているだけだ」

 ダン・カンは我に返り、頭を振った。ペニスケースが刺さった脇腹をさすりながら、女に蔑んだ視線を投げる。

 この女、まさか敵のペニスケースが立ち上がるのを見越して──我々を勃起させるためのハニートラップか。

 ペニスケースが臓腑に突き刺さって死ぬのを狙っているのか?

 リーサルウェポンか。

「貴様は尋問が終わりしだい殺す。我々の一族の女たちは、ほとんどお前ら白人に辱められ、殺された」

 ヴェロニカは息を呑む。チンポロ族はどうにかなったが、そもそもツァーリの新大陸攻略作戦は、掃討戦なのだ。

 軍管長である父からの手紙によれば、ウエスティアの軍管区の兵士たちの質は悪かったらしい。

 先遣隊は無能で、わざと先住民を怒らせる行動をとった。ブルゴドルラードのことを責められない蛮行である。

 さらにブルゴドルラード軍の方は撤退の際、船にたくさん先住民の女子供を乗せていったとか。見世物や奴隷にするために。白人は恨まれて当然のことをしている。

 でも開拓者たちだって、先住民からひどい目にあっている。一か所に集められ、火を放たれた村もあった。

 ヴェロニカはぐっと睨みつける。

「お互い様だわ。貴方たちだって、女子供を含め開拓者たちを皆殺しにした」
「言っただろう。コマネチ族はやられたら百倍返し──だが……」

 縛り付けられた女を見つめ、口の端を歪める。わざと怖がらせるようにずいと近づく。

「これからはお前ひとりに復讐してやろう。コマネチの女たちがウケた屈辱を、お前一人で贖ってみせろ」

 おそろしいことを言いながらも、なぜか手首の縄をほどいてくれる。ヴェロニカは恥ずかしくなって慌ててシュミーズを直した。

「着るものを……ちょうだい」

 弱々しく要求したが、鼻で笑われただけだった。

 今まで彼女の要求が通らなかったことがあろうか。

 あの義兄アレクセイからですら、どうにか逃げ切ったというのに。この男──ダン・カンはなんにも思い通りにならない。



 ティピーの外から部族語で何か呼ばれ、ダンが出て行った。

 一人になったヴェロニカは、思案にくれる。

 このティピーはあの男専用の持ち物らしく、他のコマネチ族が入って来ないのは嬉しかった。

 外から「コマネチ! コマネチ!」という彼ら特有の挨拶の声が聞こえるが、一体どれくらいの人数が居るのか分からなかった。

 一応、水と食べ物は運んで貰えた。

 もぐもぐと、蒸した甘いお芋のような根菜を食べながら、さて、どうやって逃げようかと策略を巡らせる。

「こんな下着一枚で、遠くまで逃げられるとは思わないけど」

 いや、彼らはペニスケース一本で外をウロウロしている。下着一枚で逃げようと思えば逃げられるのではないか。

 だが、上着か毛布、それに馬ぐらい盗んでからでないと、すぐにでも死にそうである。

「ねえ、オッジョーサン」

 そう声がかけられたのは、外からだった。

 ティピーの中で丸くなっていると、いつの間にかうとうとしてしまったようだ。

 後にユリの根だったと分かる、食べ物のかすをほっぺにつけたまま起き上がる。

 食事を運ばれた時同様、別の人間は天幕には入れないらしく──ナシュカ族のマチンカは不躾だったのだ──カタコトの公用語で話しかけてくる相手の顔は分からない。

 仕方なく天幕を持ち上げて顔を出した。下着姿なんだけど。

「なにかしら」

 警戒するヴェロニカ。処刑の時が来たのだろうか。食って寝てる場合じゃなかった。

 外には先住民の女が二人居た。黒髪のおさげ髪が可愛い、若い女たちだ。どっさり布を抱えている。

「敵のオンナ、※◎☆▽$だけどクサいまま※◎☆▽$生贄ササゲルすると、精霊怒るスル。ワタシタチ※◎☆▽$蒸し風呂入らせてヤルでアリマス」

 蒸し風呂!? 色々何言っているか分からないけれど、蒸し風呂だけは聞こえた!

「あら、どうしてもって言うなら。案内してくださる?」

 あくまでも優雅に気高く、ヴェロニカは言った。


 川沿いに連れて行かれた。着替えは二種類渡された。丈の長い鞣し革の貫頭衣と、毛織の白人の服だ。開拓民の残していったものだろう。

「※◎☆▽$ブス、お前、※◎選べスル」

 なんか、言葉に棘が無いか?

 コマネチ族の民族衣装は幅に余裕が無く、ヴェロニカのお尻がピッチピチになりそうだった。それに丈が長いので、馬を盗んで乗る時に、尻までまくり上げなくてはならなさそうだ。

 仕方なく、毛織の粗末な古着に手を出す。コルセットがないとなんとなく背骨が落ち着かないが、仕方ない。だって下着すら、このシュミーズしか無いのである。

「※◎☆▽$ビッチ!」

 すっと着替えを引っ込められる。

「※◎☆▽$デブ※◎☆▽$クソアマ※◎☆▽$」

 先住民の言葉で、選んだ服を指さして何か説明している。ところどころディスられている気がするが、もう気のせいだと思うことにした。

 仕方なく、手話を使う。

『服が何?』
『今は渡さない。処刑は明日の日の出。それまで逃げられないように、蒸し風呂が終わってから渡す。全裸なら逃げられないだろう』

 お前の部族の男、ほぼ全裸だけど? 頭にきて手話で言い返そうとしたが、不毛なので止めておいた。

 だいたい明日処刑とか言われて、逃げない者がいるだろうか。

 仕方なく、ドーム状の蒸し風呂の小屋に入る。貝殻にオイルを入れた簡易ランプで、ようやく中が見える程度だ。

 ヴェロニカはシルクのシュミーズを脱いだ。

 湯をたくさん焼き石にかけ、たっぷり汗をかく。途中、外で待機していた先住民の女がなめし革の入り口を開けて、空気を入れ替えてくれた。

 先住民の女は、ケロッとしているヴェロニカを見て驚く。

 手話でこう告げた。

『おまえ、スウェットロッジに随分長く入れるな。白人は、拷問だと思うらしいぞ』

 南部の人間なら耐えられなかっただろう。だが、ヴェロニカは北国育ちだ。このサウナは、祖国の蒸し風呂に比べたらずっと低温である。

 祖国では、途中で浴槽に入り、石鹸で体を洗ったり、バラ水で髪を洗うのだが──。

 ここでは外に連れ出され、川に突き落とされた。正確には蹴り落とされた。

 ……浅くて良かった。

 ウエスティア北部の平野は、小さな湖水や緩やかな──まるで水路のような浅い川が多い。

 しかし川の水はとても冷たかった。それもそうだろう、もう秋口だ。

(せっかく温まったのに)

 だが、ヘチマのようなスポンジや、石鹸のような泡立つ謎の液体もあり、しっかり洗わせてもらった。

 そして再びドーム型のテントに放り込まれ、蒸される。さらに体を内部から温められ、発汗作用を促され、肌が艶々になった。
 
 先住民の蒸し風呂は、本来体を温めるというより治癒と浄化のための儀式なのだが、ヴェロニカはすっかり寛いでしまった。

(冷たい麦酒でも飲みたいわね)

 と、外の女に声をかけようとして、ハタと我に返る。

 明日の日の出に処刑ですって? じわじわと現実が迫ってくる。

(まさかそのために、肌を艶々にされているのかしら)

 震えあがった。

(こんなことしてる場合じゃないわ! やはり今、逃げださなくては)

 ヴェロニカは着替えを持った見張りの女が居る場所から、反対側のドームの革をめくりあげ、這って外に出る。

 全裸なので、四つん這いでくぐると、オッパイがたゆんたゆん揺れた。が、気にしていられない。

 全裸で逃げても、どこかの砦にたどりつけば、どうにかなる。まあ、社会的死は免れないが……。

 きっと全裸令嬢とか呼ばれるようになるのだろう。でも拷問されて死ぬよりはマシだ。

 ヴェロニカは、裏手の草原近くまで這うと、そこから藪を目指して全力で走った。

 丈の高い草が生えている。あそこに潜り込めば──。

 足が、宙を踏んだ。






※マチンカ・パイパイはチチンカ・パイパイの弟です。興味がある方は別シリーズの一つ「孤独な美剣士~」へGOTOエロ!
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