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5.幼きイボンヌの野望(過去)
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世の中にある全てが、イボンヌには知りたかった。
本の中にはたくさんのイボンヌの知らない知識があって、それを知ることはたまらなく嬉しく楽しいことだった。
それなのに。もっとずっとたくさんの言語を覚えないと、全てを知ることはできないらしい。祖父から貰った辞書があってもセタ語ひとつを覚えることすら大変だったというのに。
しょんぼりと肩を落としていると、仲の良い国立図書館の司書からどうしたのかと聴かれ、「世界には、たくさんの言葉があってそれがわからないと他の国の本は読めないのね」と正直に話した。
司書は笑って、励ますつもりで王宮図書館の話をしてくれたのだ。
「そこに行けば、国立図書館よりずっと専門的な本もいっぱいあるし、なんなら外国の本も、あちらの言葉で書かれた本を借りて読むこともできますよ」
司書としては、今のうちに勉学に励めばいつかはそこで本を借りることもできるようになるかもしれませんね、というだけのつもりで振った話だった。
なにしろ、イボンヌはウィンタースベルガー伯爵令嬢なのだ。
今はひっつめ髪で冴えない見目をしていようとも、美しい母親がまだ幼なかった頃を知る者としては、幼い頃の母親によく似た末の妹もきっと美しく成長するのだろう、そうしたら今ほどの知識欲も他へと向かうだろうと。
そんなイボンヌは、一週間前に9歳の誕生日を迎えた。
そのプレゼントとして宰相補佐をしている父に頼み込んだのが、念願の王宮図書館への入館証だった。
ライトロード王国における知識の殿堂。あの日、司書から教えて貰った時からずっと憧れていた場所だ。
国内最高峰の蔵書数を誇るその場所に足を踏み入れるには、貸し出した本を盗まないという身分保証と保証金が必要である。
更に言えば基本的に辞書や歴史書、そして各種専門書ばかりが置かれている為、それを読み理解できるだけの知識が必要となる。
まだ幼いイボンヌには早いと首を振られたが、諦めようとしない愛娘の懇願に、折れたのは父親の方だった。
「今日は、ついにあの本が書架に入っているのね」
ずっと憧れていた王宮図書館に関するお知らせは国立図書館に掲示されている広報で仕入れていた。
そこで、今日入荷するその本について知ったのだ。
誕生日プレゼントにまだ早いと言われてもここの入館許可証を強請ったのもこの為だ。
右手に抱えた辞書とノートも、この日の為のもの。
その本を読む為の勉強をしてきた証だった。
ちょっと緊張しつつも慣れているのだと背すじを伸ばして受付まで向かう。
すると、そこには昨日まではなかった踏み台が置いてあった。
先日までは受付係がカウンターから出てきて、少し離れた机まで一緒に移動して、記帳を済ませていたのだ。
思わず受付内にいた係の人を見上げると、どうぞとにこやかに目線を送られる。
イボンヌがしずしずと踏み台についていたちいさな階段を上ると、それまでまったく手が届かなかったカウンターの上まで手と頭が届くようになっていた。
「レディ。どうぞ、ご記帳をお願いします」
晴れがましい気持ちで頷くと、置いてあったペンを手に取り、できるだけ丁寧に、申し入れられた通りに、ノートへと名前を書き込む。
「いぼんぬ・うぃんたーすべるがー」
まだ小さな文字を書く事には慣れていないが、それでも昨日より綺麗に書けた気がして誇らしい。
掲示された身分証明書と記帳に書いた名前を見比べて頷いた受付係から、身分証明書を返却される。
「ごゆっくりご利用ください」
「ありがとうございます」
にこやかに館内へと迎えいれられたイボンヌは、お目当ての新刊が置いてあるであろう奥の貸出禁止区域へと足を向けた。
世の中にある全てが、イボンヌには知りたかった。
本の中にはたくさんのイボンヌの知らない知識があって、それを知ることはたまらなく嬉しく楽しいことだった。
それなのに。もっとずっとたくさんの言語を覚えないと、全てを知ることはできないらしい。祖父から貰った辞書があってもセタ語ひとつを覚えることすら大変だったというのに。
しょんぼりと肩を落としていると、仲の良い国立図書館の司書からどうしたのかと聴かれ、「世界には、たくさんの言葉があってそれがわからないと他の国の本は読めないのね」と正直に話した。
司書は笑って、励ますつもりで王宮図書館の話をしてくれたのだ。
「そこに行けば、国立図書館よりずっと専門的な本もいっぱいあるし、なんなら外国の本も、あちらの言葉で書かれた本を借りて読むこともできますよ」
司書としては、今のうちに勉学に励めばいつかはそこで本を借りることもできるようになるかもしれませんね、というだけのつもりで振った話だった。
なにしろ、イボンヌはウィンタースベルガー伯爵令嬢なのだ。
今はひっつめ髪で冴えない見目をしていようとも、美しい母親がまだ幼なかった頃を知る者としては、幼い頃の母親によく似た末の妹もきっと美しく成長するのだろう、そうしたら今ほどの知識欲も他へと向かうだろうと。
そんなイボンヌは、一週間前に9歳の誕生日を迎えた。
そのプレゼントとして宰相補佐をしている父に頼み込んだのが、念願の王宮図書館への入館証だった。
ライトロード王国における知識の殿堂。あの日、司書から教えて貰った時からずっと憧れていた場所だ。
国内最高峰の蔵書数を誇るその場所に足を踏み入れるには、貸し出した本を盗まないという身分保証と保証金が必要である。
更に言えば基本的に辞書や歴史書、そして各種専門書ばかりが置かれている為、それを読み理解できるだけの知識が必要となる。
まだ幼いイボンヌには早いと首を振られたが、諦めようとしない愛娘の懇願に、折れたのは父親の方だった。
「今日は、ついにあの本が書架に入っているのね」
ずっと憧れていた王宮図書館に関するお知らせは国立図書館に掲示されている広報で仕入れていた。
そこで、今日入荷するその本について知ったのだ。
誕生日プレゼントにまだ早いと言われてもここの入館許可証を強請ったのもこの為だ。
右手に抱えた辞書とノートも、この日の為のもの。
その本を読む為の勉強をしてきた証だった。
ちょっと緊張しつつも慣れているのだと背すじを伸ばして受付まで向かう。
すると、そこには昨日まではなかった踏み台が置いてあった。
先日までは受付係がカウンターから出てきて、少し離れた机まで一緒に移動して、記帳を済ませていたのだ。
思わず受付内にいた係の人を見上げると、どうぞとにこやかに目線を送られる。
イボンヌがしずしずと踏み台についていたちいさな階段を上ると、それまでまったく手が届かなかったカウンターの上まで手と頭が届くようになっていた。
「レディ。どうぞ、ご記帳をお願いします」
晴れがましい気持ちで頷くと、置いてあったペンを手に取り、できるだけ丁寧に、申し入れられた通りに、ノートへと名前を書き込む。
「いぼんぬ・うぃんたーすべるがー」
まだ小さな文字を書く事には慣れていないが、それでも昨日より綺麗に書けた気がして誇らしい。
掲示された身分証明書と記帳に書いた名前を見比べて頷いた受付係から、身分証明書を返却される。
「ごゆっくりご利用ください」
「ありがとうございます」
にこやかに館内へと迎えいれられたイボンヌは、お目当ての新刊が置いてあるであろう奥の貸出禁止区域へと足を向けた。
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