31 / 47
教会の手
6.教会の罠
しおりを挟む
■
「聖女ルー。尊き貴女の血筋がこの世界から失われた時、神の御加護は失われ、またあの憎き魔族の侵攻が始まってしまう。間違いありませんな?」
「まぁそうだな」
別に、ゴルドは情報を秘するつもりはないので、神から聞かされてきたそのルールを説明してきた。
だから、教会のトップである教皇がそれを知っていても当たり前なのかもしれないが、誰よりそれを知っているゴルドに対してなにを諭そうというのか。訝しむ。
「貴女の血筋を絶やす訳にはいかない。その重要性を本当にご理解していますか。疑問でならないのです。たしかにアレクサンドル殿とのお血筋も残すべきでしょう。あなたはこの国の家臣であり、この国を護りたいと願うのはごく自然なことです。それ故、この国の王家の血統にあなたの血を残すべきだと判断されたことは分かります。えぇ当然のことです」
滔々と語るワシリーの声は、いつしか熱気を帯びていた。
説得する声にも力が入り、大きくなっていき、視線が集まる。
『ふふ。どうだ、私の視線から目を離せまい。長年研究を続けてきたのだ。相手が反論を口に出そうとするそのタイミングを詠むことができるようになった私には、自身の言葉を被せて反論を潰すことも、視線の動かし方で口をつぐませることも自由自在よ』
見つめる先にある獲物──今日の獲物は特に特上品だ。
きらめき流れるような銀色の長い髪。沁み一つない美術品のように滑らかな白い肌。大きな瞳はまるで夜明け前の空のようで幻想的な色合いをしており、その瞳に自分だけが映されているのは気分が良い。
なるほど神の御遣いと称されるだけはある、美しい娘だった。
なにより清楚であり、動きに気品がある。ワシリー自身は既にそちらへの欲望は遠くなり、記憶と知識となって久しいが、きっとある種のコンプレックスを抱えている男たちにとっては、それを穢してやりたいという昏い欲望を駆り立てる、よき対象となるだろう。
単なるかすり傷を、死の淵から戻したと言い張る。すべてを誇張し、己を大きく見せるのは、この世界の常套句である。とはいえ荒唐無稽な中にも真実らしさという華を添える必要がある。
ワシリーの目の前に立っている娘ならば、確かにその価値はあるだろう。神の御遣いとして持ち上げるだけの価値が。
若いおなご如き、ワシリーには操ることなど簡単だ。
だが油断して逃すつもりはさらさら無い。
絶対に連れて帰る。ワシリーは本気だった。
「……ですが」
ここで言葉を止めて、ワシリーはゴルドの視線が自身へ固定されているのを確認して、心の中でにんまりした。すでに相手はワシリーの話術という罠の中にいる。そう確信した。
疑問を挟む余地を許さず畳み掛けるなら、ここだ。
「一つの国の血統にのみへと偏るのは危険なのでですよ。それが本当にお分かりか。継承争いや戦争、いいや、ただ子ができぬだけでも容易く絶える」
絞り出すような声を上げ、悲しみを籠めて、悲痛な訴えを投げかける。
「ワシリー・バブーリン教皇は、俺にどうしろと仰るのか」
掛かった! ワシリーは娘の口からその言葉が出る瞬間を待っていた。だが、逸る気持ちをひた隠しにして、厳格さを全面に押し出し、重く告げる。
「世界中の王族たちとの間に、あなたの血を遺す事。それこそがあなたの選ぶべき最善最良の道なのです。世界の平和を護るには、あなたの血筋が必要なのだということを、重く肝に銘じられよ」
ここまで言われて、それを拒否することなど、若い娘にできる筈がない。
そう確信したワシリーは、ゆっくりと、未だ閉まったままの門の向こう側に立っている若い娘へと手を差し伸べた。
「私たち教会ならば、そのお手伝いができます。国と国の力関係や諍いを鑑み、諫め宥め、中立を尊ぶ私達ならば。他の誰よりも公平に。それこそが神の定め」
「なるほど。つまりあれだな。お前等なら、俺に欲情できる男共と大量に繋ぎが取れるってことだな?」
「……」
「どうした?」
「いや。こちらの事だ。気にせずとも良い。そうだな、言葉選びが悪すぎるが、平民らしい言葉を使って、平たく言えばそうなる、か」
他国の王族へ貸し出す前に、厳しい教育が必要そうだとワシリーは絶句した。
いっそ薬漬けにして意志のない者としてしまう方が手軽かと思ったが、それでは気品ある動きも何もかもを奪ってしまうことになる。口の悪さが誤魔化せようとも、価値が下がっては元も子もない。
ワシリーは、聖女ルーの血筋を多くの王族との間に残す計画を立てていた。
その際には勿論お布施を貰うことになる。教育だってタダではない。衣食住の面倒も、教育も施すのだ。
聖女の後見として当然の権利だ。
「しかし……俺としたい男なんぞ、そうそういないと思うがなぁ」
「ほっほっほ。それが若いという証明です。若い頃は、自身の価値が見えにくいものなのです。勿論、自己評価が高すぎるということもありますがね。でも、大丈夫。あなたに嫌を突き付ける男性などおりませんよ」
若いというだけで価値がある。そこに美しさがあるのだ。口が悪かろうが、実は得体のしれぬ平民出であろうが関係ない。
そこに、教会の保証つき聖女というブランド価値まで付いているのだ。
この美しい少女と子を為す権利に、高値がつかない訳がない。
「んーそうでもないと思うぞ?」
ゴルドが、いつの間にかすぐ後ろまでやってきていた騎士団の面々に向けて、ちらりと視線を動かせば、誰もが自分の顔の前で懸命に手を振っていた。
ぺこぺこと腰を90度まで曲げて頭を下げている者もいる。
「聖女ルー。尊き貴女の血筋がこの世界から失われた時、神の御加護は失われ、またあの憎き魔族の侵攻が始まってしまう。間違いありませんな?」
「まぁそうだな」
別に、ゴルドは情報を秘するつもりはないので、神から聞かされてきたそのルールを説明してきた。
だから、教会のトップである教皇がそれを知っていても当たり前なのかもしれないが、誰よりそれを知っているゴルドに対してなにを諭そうというのか。訝しむ。
「貴女の血筋を絶やす訳にはいかない。その重要性を本当にご理解していますか。疑問でならないのです。たしかにアレクサンドル殿とのお血筋も残すべきでしょう。あなたはこの国の家臣であり、この国を護りたいと願うのはごく自然なことです。それ故、この国の王家の血統にあなたの血を残すべきだと判断されたことは分かります。えぇ当然のことです」
滔々と語るワシリーの声は、いつしか熱気を帯びていた。
説得する声にも力が入り、大きくなっていき、視線が集まる。
『ふふ。どうだ、私の視線から目を離せまい。長年研究を続けてきたのだ。相手が反論を口に出そうとするそのタイミングを詠むことができるようになった私には、自身の言葉を被せて反論を潰すことも、視線の動かし方で口をつぐませることも自由自在よ』
見つめる先にある獲物──今日の獲物は特に特上品だ。
きらめき流れるような銀色の長い髪。沁み一つない美術品のように滑らかな白い肌。大きな瞳はまるで夜明け前の空のようで幻想的な色合いをしており、その瞳に自分だけが映されているのは気分が良い。
なるほど神の御遣いと称されるだけはある、美しい娘だった。
なにより清楚であり、動きに気品がある。ワシリー自身は既にそちらへの欲望は遠くなり、記憶と知識となって久しいが、きっとある種のコンプレックスを抱えている男たちにとっては、それを穢してやりたいという昏い欲望を駆り立てる、よき対象となるだろう。
単なるかすり傷を、死の淵から戻したと言い張る。すべてを誇張し、己を大きく見せるのは、この世界の常套句である。とはいえ荒唐無稽な中にも真実らしさという華を添える必要がある。
ワシリーの目の前に立っている娘ならば、確かにその価値はあるだろう。神の御遣いとして持ち上げるだけの価値が。
若いおなご如き、ワシリーには操ることなど簡単だ。
だが油断して逃すつもりはさらさら無い。
絶対に連れて帰る。ワシリーは本気だった。
「……ですが」
ここで言葉を止めて、ワシリーはゴルドの視線が自身へ固定されているのを確認して、心の中でにんまりした。すでに相手はワシリーの話術という罠の中にいる。そう確信した。
疑問を挟む余地を許さず畳み掛けるなら、ここだ。
「一つの国の血統にのみへと偏るのは危険なのでですよ。それが本当にお分かりか。継承争いや戦争、いいや、ただ子ができぬだけでも容易く絶える」
絞り出すような声を上げ、悲しみを籠めて、悲痛な訴えを投げかける。
「ワシリー・バブーリン教皇は、俺にどうしろと仰るのか」
掛かった! ワシリーは娘の口からその言葉が出る瞬間を待っていた。だが、逸る気持ちをひた隠しにして、厳格さを全面に押し出し、重く告げる。
「世界中の王族たちとの間に、あなたの血を遺す事。それこそがあなたの選ぶべき最善最良の道なのです。世界の平和を護るには、あなたの血筋が必要なのだということを、重く肝に銘じられよ」
ここまで言われて、それを拒否することなど、若い娘にできる筈がない。
そう確信したワシリーは、ゆっくりと、未だ閉まったままの門の向こう側に立っている若い娘へと手を差し伸べた。
「私たち教会ならば、そのお手伝いができます。国と国の力関係や諍いを鑑み、諫め宥め、中立を尊ぶ私達ならば。他の誰よりも公平に。それこそが神の定め」
「なるほど。つまりあれだな。お前等なら、俺に欲情できる男共と大量に繋ぎが取れるってことだな?」
「……」
「どうした?」
「いや。こちらの事だ。気にせずとも良い。そうだな、言葉選びが悪すぎるが、平民らしい言葉を使って、平たく言えばそうなる、か」
他国の王族へ貸し出す前に、厳しい教育が必要そうだとワシリーは絶句した。
いっそ薬漬けにして意志のない者としてしまう方が手軽かと思ったが、それでは気品ある動きも何もかもを奪ってしまうことになる。口の悪さが誤魔化せようとも、価値が下がっては元も子もない。
ワシリーは、聖女ルーの血筋を多くの王族との間に残す計画を立てていた。
その際には勿論お布施を貰うことになる。教育だってタダではない。衣食住の面倒も、教育も施すのだ。
聖女の後見として当然の権利だ。
「しかし……俺としたい男なんぞ、そうそういないと思うがなぁ」
「ほっほっほ。それが若いという証明です。若い頃は、自身の価値が見えにくいものなのです。勿論、自己評価が高すぎるということもありますがね。でも、大丈夫。あなたに嫌を突き付ける男性などおりませんよ」
若いというだけで価値がある。そこに美しさがあるのだ。口が悪かろうが、実は得体のしれぬ平民出であろうが関係ない。
そこに、教会の保証つき聖女というブランド価値まで付いているのだ。
この美しい少女と子を為す権利に、高値がつかない訳がない。
「んーそうでもないと思うぞ?」
ゴルドが、いつの間にかすぐ後ろまでやってきていた騎士団の面々に向けて、ちらりと視線を動かせば、誰もが自分の顔の前で懸命に手を振っていた。
ぺこぺこと腰を90度まで曲げて頭を下げている者もいる。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ある日、私は聖女召喚で呼び出され悪魔と間違われた。〜引き取ってくれた冷血無慈悲公爵にペットとして可愛がられる〜
楠ノ木雫
恋愛
気が付いた時には見知らぬ場所にいた。周りには複数の女性達。そう、私達は《聖女》としてここに呼び出されたのだ。だけど、そこでいきなり私を悪魔だと剣を向ける者達がいて。殺されはしなかったけれど、聖女ではないと認識され、冷血公爵に押し付けられることになった。
私は断じて悪魔じゃありません! 見た目は真っ黒で丸い角もあるけれど、悪魔ではなく……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる