33 / 47
教会の手
8.ゴルド・ドルバガは主の幸せを誰より願っている
しおりを挟む
■
まっすぐな視線だった。傲慢な口振りも、ゴルドのことを心配する心も、嘘偽りなくそこにあって、ゴルドの心を惹き付けてやまない。
王家の三男として生まれ、予備の予備扱いで辺境で軍を任され、冷や飯喰いを強いられようとも。
第一王子の横領の後始末を押し付けられ、色に狂った第二王子のしりぬぐいをさせられようとも。
この国の王族として、民草のために最前線で剣を取ることを選び、ついには近隣諸国より“大王”と呼ばれる存在にまでなった。そんな、誰より敬愛すべき唯ひとりのゴルドの主。
「アレクサンドル様。俺は、平和になったこの世界で、あなたに、幸せになって頂きたいのです」
「……俺が、不幸であると?」
「王族の婚姻が、政治経済に左右されることは存じております。しかし、今のこの国に対して他国がなにを申せましょう。魔族を退け、人類を勝利へと導いたのは、アレクサンドル大王、あなた様です。あなたは幸せになるべきだ。そうでなければならない」
「その勝利は、お前の力だ。ゴルド」
「俺は、アレクサンドル様の剣であり盾です。つまり、あなた様の御力です」
剣も盾も、それを有効に揮える者が手にしなければただの金属の塊でしかない。邪魔な重い荷物にするか、武器と防具として役に立てることができるかは、使う者次第だ。
「俺は、アレクサンドル様がアレクサンドル様であるからこそ、自分がこれまで築き上げてきたすべてを捧げて、あなたの助命を神へと祈った。そうしてそれを、神は聞き届けて下さった。アレクサンドル様がこの国の王でなければ、それは叶わなかった」
ゴルドの顔に浮かぶ儚い笑顔。その顔に、アレクサンドルは覚悟を見た。
「もう、決めてしまったのか」
「はい」
「俺が、許さないとしてもか」
「はい。俺は、俺の血筋を遺さなければなりません。それが成せる相手があなたしかいないというなら、受け入れようと覚悟を決めました。しかし、そうではなかった。ならば俺は、俺の血筋を遺しつつ、我が主の幸せも掴み取りたい」
「ゴルド。お前に、傍にいて欲しいと願うのは、俺の我がままか」
「ありがたき幸せ。この上なき栄誉。光栄なお言葉に感謝いたします、我が主、我が王よ。この国の平和のため、というよりも、俺の唯一人と決めた主のためにできる最善を選ぶ。俺はそう決めました。それがたとえ、我が主の意に背くものであったとしても。それこそが忠臣というものありましょうぞ」
この身体になってしまう前からそう決めてずっと生きてきたゴルドに、他の生き方などできる訳がない。
「どうか、愛し愛される婚姻を。素晴らしき伴侶をお迎えになることを、いつだって、俺は、願い、祈っております」
とん、とちいさな手が、アレクサンドルの胸を押した。
どんなことをしてでも、いっそ鍵の付いた塔に閉じ込めてでも、傍に置いておこうと思っているのに。
あれほどの膂力を誇るアレクサンドルの腕の中から、ゴルドの細い身体がひらりと飛び降りる。
「ゴルド!」
振り返ることなく、醜怪な笑みを浮かべた老人に向かって歩いていく背中へ、アレクサンドルは万感の思いを込めて、忠臣の名前を叫んだ。
赤い靴の動きが、止まる。
高く結い上げられた、豊かに輝く銀色の髪。細い首も、薄い腰も、まるでアレクサンドルが誰より信じた忠臣のモノとはまるで別物だ。
美しい少女の身体がアレクサンドルの声に応じるように、ふわりと振り向いた。深く腰を下ろして頭を下げる。
「我が主の、益々の御清栄と御発展を。心よりお祈り申し上げる」
口上を述べると、またふわりと立ち上がった。
鈴を転がすような声。傷ひとつなくまろい頬はどこまでも白く。アレクサンドルをまっすぐ見返す瞳は、まるで夜明け前の空のような濃い藍色に金色の星が飛んでいるようだ。
どこにも、ひとつも、赤い悪魔と謳われたゴルド・ドルバガの姿と重なるものは見つけられない。
それでも、まっすぐに伸びた背筋と、躊躇いのない覚悟を決めた瞳、揺るがない信念の籠った言葉のひとつひとつが、彼の漢の魂がそこに在ることを示している。
「お前、……お前、分かっているのか。俺以外の男に組み敷かれるということだぞ。男って言うのはな、愛も敬意もない相手には妙に嗜虐的になるんだ。愛を求めて与えてくれない女に対してもそうだ。心と体に傷をつけてやりたいと思うことだって」
ここから先、ゴルド・ドルバガは血を絶やさぬことのみを使命とする聖女として、異国の王族もしくはそれに近い存在だけを相手にするのであろうと、多数の男の種を胎に入れその子を宿すことのみを目的にして、身体を繋ぐことになる。
それを神聖な行為であると正確に受け止めてくれる男ばかりではないだろう。ゴルドとて、その位の想像はつく。
初めての相手はまだいい。しかし、二人目三人目と回数を重ねていく度に、ゴルドの扱いは娼婦かなにかと同じ物となっていくのかもしれない。
それでも。
ゴルドは、主の幸せを選び取る。そう決めたからだ。
「素晴らしき王となられますよう。お幸せに」
最後にひと言、笑って付け足して。
聖女ルーとして生きることを決めてしまったアレクサンドルの忠臣は、自分の足で教会の馬車に乗り込み、去って行った。
まっすぐな視線だった。傲慢な口振りも、ゴルドのことを心配する心も、嘘偽りなくそこにあって、ゴルドの心を惹き付けてやまない。
王家の三男として生まれ、予備の予備扱いで辺境で軍を任され、冷や飯喰いを強いられようとも。
第一王子の横領の後始末を押し付けられ、色に狂った第二王子のしりぬぐいをさせられようとも。
この国の王族として、民草のために最前線で剣を取ることを選び、ついには近隣諸国より“大王”と呼ばれる存在にまでなった。そんな、誰より敬愛すべき唯ひとりのゴルドの主。
「アレクサンドル様。俺は、平和になったこの世界で、あなたに、幸せになって頂きたいのです」
「……俺が、不幸であると?」
「王族の婚姻が、政治経済に左右されることは存じております。しかし、今のこの国に対して他国がなにを申せましょう。魔族を退け、人類を勝利へと導いたのは、アレクサンドル大王、あなた様です。あなたは幸せになるべきだ。そうでなければならない」
「その勝利は、お前の力だ。ゴルド」
「俺は、アレクサンドル様の剣であり盾です。つまり、あなた様の御力です」
剣も盾も、それを有効に揮える者が手にしなければただの金属の塊でしかない。邪魔な重い荷物にするか、武器と防具として役に立てることができるかは、使う者次第だ。
「俺は、アレクサンドル様がアレクサンドル様であるからこそ、自分がこれまで築き上げてきたすべてを捧げて、あなたの助命を神へと祈った。そうしてそれを、神は聞き届けて下さった。アレクサンドル様がこの国の王でなければ、それは叶わなかった」
ゴルドの顔に浮かぶ儚い笑顔。その顔に、アレクサンドルは覚悟を見た。
「もう、決めてしまったのか」
「はい」
「俺が、許さないとしてもか」
「はい。俺は、俺の血筋を遺さなければなりません。それが成せる相手があなたしかいないというなら、受け入れようと覚悟を決めました。しかし、そうではなかった。ならば俺は、俺の血筋を遺しつつ、我が主の幸せも掴み取りたい」
「ゴルド。お前に、傍にいて欲しいと願うのは、俺の我がままか」
「ありがたき幸せ。この上なき栄誉。光栄なお言葉に感謝いたします、我が主、我が王よ。この国の平和のため、というよりも、俺の唯一人と決めた主のためにできる最善を選ぶ。俺はそう決めました。それがたとえ、我が主の意に背くものであったとしても。それこそが忠臣というものありましょうぞ」
この身体になってしまう前からそう決めてずっと生きてきたゴルドに、他の生き方などできる訳がない。
「どうか、愛し愛される婚姻を。素晴らしき伴侶をお迎えになることを、いつだって、俺は、願い、祈っております」
とん、とちいさな手が、アレクサンドルの胸を押した。
どんなことをしてでも、いっそ鍵の付いた塔に閉じ込めてでも、傍に置いておこうと思っているのに。
あれほどの膂力を誇るアレクサンドルの腕の中から、ゴルドの細い身体がひらりと飛び降りる。
「ゴルド!」
振り返ることなく、醜怪な笑みを浮かべた老人に向かって歩いていく背中へ、アレクサンドルは万感の思いを込めて、忠臣の名前を叫んだ。
赤い靴の動きが、止まる。
高く結い上げられた、豊かに輝く銀色の髪。細い首も、薄い腰も、まるでアレクサンドルが誰より信じた忠臣のモノとはまるで別物だ。
美しい少女の身体がアレクサンドルの声に応じるように、ふわりと振り向いた。深く腰を下ろして頭を下げる。
「我が主の、益々の御清栄と御発展を。心よりお祈り申し上げる」
口上を述べると、またふわりと立ち上がった。
鈴を転がすような声。傷ひとつなくまろい頬はどこまでも白く。アレクサンドルをまっすぐ見返す瞳は、まるで夜明け前の空のような濃い藍色に金色の星が飛んでいるようだ。
どこにも、ひとつも、赤い悪魔と謳われたゴルド・ドルバガの姿と重なるものは見つけられない。
それでも、まっすぐに伸びた背筋と、躊躇いのない覚悟を決めた瞳、揺るがない信念の籠った言葉のひとつひとつが、彼の漢の魂がそこに在ることを示している。
「お前、……お前、分かっているのか。俺以外の男に組み敷かれるということだぞ。男って言うのはな、愛も敬意もない相手には妙に嗜虐的になるんだ。愛を求めて与えてくれない女に対してもそうだ。心と体に傷をつけてやりたいと思うことだって」
ここから先、ゴルド・ドルバガは血を絶やさぬことのみを使命とする聖女として、異国の王族もしくはそれに近い存在だけを相手にするのであろうと、多数の男の種を胎に入れその子を宿すことのみを目的にして、身体を繋ぐことになる。
それを神聖な行為であると正確に受け止めてくれる男ばかりではないだろう。ゴルドとて、その位の想像はつく。
初めての相手はまだいい。しかし、二人目三人目と回数を重ねていく度に、ゴルドの扱いは娼婦かなにかと同じ物となっていくのかもしれない。
それでも。
ゴルドは、主の幸せを選び取る。そう決めたからだ。
「素晴らしき王となられますよう。お幸せに」
最後にひと言、笑って付け足して。
聖女ルーとして生きることを決めてしまったアレクサンドルの忠臣は、自分の足で教会の馬車に乗り込み、去って行った。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ある日、私は聖女召喚で呼び出され悪魔と間違われた。〜引き取ってくれた冷血無慈悲公爵にペットとして可愛がられる〜
楠ノ木雫
恋愛
気が付いた時には見知らぬ場所にいた。周りには複数の女性達。そう、私達は《聖女》としてここに呼び出されたのだ。だけど、そこでいきなり私を悪魔だと剣を向ける者達がいて。殺されはしなかったけれど、聖女ではないと認識され、冷血公爵に押し付けられることになった。
私は断じて悪魔じゃありません! 見た目は真っ黒で丸い角もあるけれど、悪魔ではなく……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる