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「…すごい食欲だったな」
 私が食べるさまを観察していたらしいその人をギロリと睨む。おのれ。
「私はお貴族様のご令嬢ではありませんから。働いているんです」
 恥じる事なんかなにひとつないもの。つん、と頭を上げる。
「そうだった。失礼なことをいった」
 うっ。なによその笑顔、反則じゃないの? タレ目が更にへにょって下がって可愛い。大人なのに可愛いってずるいと思う。これでおもちゃみたいなスカイブルーの髪と瞳じゃなければ惚れてた。完全に。でもなんかこう、色があれで3Dアニメキャラ感がすごい。下町のおじちゃんおばちゃんだとここまで顔が整ってないから結構大丈夫だけど、イケメンだから余計そんな感じがしちゃうんだ、きっと。
 頭をひとつ下げてそういうと、兵隊さんはワゴンを下げていった。ダジャレじゃないし。うまいこと言ったなんて思ってないからね?
 馬鹿なことでも考えていないと、八つ当たりした自分が嫌いになりそうだった。

 ノックが聞こえて、また返事をする前にあの偉そうなお貴族様が入ってきた。
「娘、家まで送ろう」
「…………」
 ジト目でお迎えする。他に何か言うことはないのか。
「…ニールズが早とちりをして失礼した。もう帰っていただいてよろしい」
 はぁ。これ以上は無理っぽいな。抵抗する意味もなさそうだし、早く解放して貰った方が得策ね。
 私は軽く頭を下げて、なにも返事をしないまま扉の外に出た。でも、まだそこにいた兵隊さんにはにこやかに手を振って感謝を伝えた。
「ムーアとなにかあったのか」
「お腹が空きすぎて倒れそうになった私を心配してサンドウィッチ持ってきてくれたの。朝、日の出前の朝食を食べた切り、頭殴られたあげく、監禁されてたから。貧血起こしたのよ」
「殴られた? 誰にだ!」
「あのチョビ髭オヤ…お貴族様よ。名前は知らないわ」
「ニールズめ。名前すら名乗らず、聖女さま候補を殴りつけるとは」
 わなわなと怒りに震えているけど、私はあなたの名前も知らないからね?
「……私が誰だか、知らなかったのか」
 ビックリされても。一年前にここにきたばっかりの異世界人ですし、私。
「…ラノーラ王国王太子ケルヴィン。それで、その君の名前は?」
「…友木りん。リンがファーストネームで、トモキがファミリーネームです」
 変わった名だな──、そう呟いた後は、馬車に乗り込んでも王太子さまは何も言おうとしなかった。
 

 
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