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「タイガ、美味しい?」
 パンとローストビーフを切り分けてあげて、タイガのお皿に盛りつけた。
 そうして、お城で出して貰った紅茶とは比べ物にならないほど薄い紅茶を王太子様に出して、ちいさな木製の椅子を勧め、自分はベッドに腰を下ろす。
 美味しそうに食べながらも、タイガはどこか警戒しているようだった。そりゃこの部屋には私とタイガとたまに女将さんが来るだけだもんね。しかも王太子様はさっき初めてあった人だし。
「…さっきのは、光魔法だよな」
「ちがいます」
「回復魔法だろう? その呪文だよな」
 …説明が難しいな。たしかに怪我をしたときに唱えるおかあさんやおとうさんが使う魔法の呪文、ではある。回復力はゼロだけど。

「えーっと、あれは私がいた国で一般的に家族や親しい間で唱えられる呪文です。そうです、たしかに魔法の呪文ですが」
「ホラ、そうなんじゃないか!」
 くそっ、最後まで聞けよ、クソ王太子がぁ。
「…最後まで聞いてください。先ほどお城でもいいましたが、私の世界には魔法はありません。使える人はいません」
「しかし!」
「最後まで聞けっていってんだ、こら」
 つい、脳天チョップしてしまった。あ。王太子様が固まって動けないうちに、話を進めておく。えへ。
「…こほん。魔法のない国だからこそ、なのです。魔法がないから、あるつもりで呪文を唱えるんです。そんな力はないけれど、あったなら、大好きなあなたに使ってあげる、もしくは泣いている子供をあやす為の優しい嘘、それがあの呪文です」
 魔法がない世界だからこそ、達成することの難しいことを成し遂げたら魔法使いになれるという笑い話もできるのだ。そういうことだ。…私はまだ魔法使いになるまで13年くらいある。きっと大丈夫だ。うん。大丈夫…だと思う。彼氏いたことないけど。

「と、いう訳で、今夜はもう遅いのでお帰りください」
 ガチャっと扉を開けて退出を促す。満面の笑みもサービスしておく。豪華バスケットの詰め合わせのお礼だ。
「しかし…」
「一応、私も未婚の女性ですので、これ以上部屋に居座られるのも困るんですよね」
 何時だと思ってるんだ。まったく。失礼にもほどがあるでしょ。
「ませた子供だな。私は子供なんか相手にしない」
 脳天チョップ2連続でいっておく。誰が子供だ。
「なっ。私はこの国の王太子だぞ?! おい」
「…友木りん、17歳です。この国の成人って18歳だとお聞きしておりますが?」
 コメカミがぴくぴくしちゃうぞ。
「そんな馬鹿な。私と同じ歳だと?!」
「でてけぇぇぇ」
 扉の外に強引に押し出した。足を使わなかっただけでも感謝してほしい。むっきー。
 
「明日も早いし、もう寝よう」
 本当はシャワーを浴びに行きたいところだけど、扉を開けたら馬鹿王太子が立っていそうな気がしたので、軽く顔だけ洗ってベッドに潜り込んだ。
 タイガが慰めるように、一緒のまくらで眠ってくれた。


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