32 / 57
冷めたイモフライは本当は誰かに愛されたい
32.それは素朴で特別なお菓子
しおりを挟む
■
「わあ。今日のショートブレッドはオレンジピール入りなんですねぇ。バターとオレンジの香りって滅茶苦茶合いますね! 美味しい」
まるで芸術品のようなひと口サイズのケーキ達の中に、いつもひとつだけ異色を放つショートブレッド。
このお邸ではじめて出して貰ったオヤツでもあるショートブレッドは、見た目の素朴さをいい意味で裏切るリッチな味わいだ。ほろほろと口の中でとろける食感といい、大好物のひとつになっていた。
ここに来てから、たくさんの美味しい物を食べ続けて、好物といえるものがたくさん増えた。
美味しい物を、誰かと美味しいと言いながら食べるともっと幸せになれる。
たまに会う弟との食事会で知っていたけつもりだったけれど、そんな機会は二度と得ることはないと覚悟した今になって毎日のように溢れるほど機会に恵まれるなんて。
人生には想像もつかないことが多々あるものだとつくづく思う。
材料費の事は、気にしても仕方がないと諦めはじめた。
だって食事をおじいさんが持って来てくれなくなってからというもの、貴族の人達が食べているようなコース料理を出されているのだ。
鴨のコンフィ、子羊のグリル、手長エビのフリット、ローストポーク等々。
それ以外にも前菜やデザートまでひと通り出されてくる。
何度か「もっとお安い料理にならないか」とエラさんに相談してみたことがあるのだが、「皆さまがお召し上がりになっているものとは別の物を、オリー様の為に特別にお作りするということですか」と確認されて震えあがってしまった。
庶民的な料理なんて作ったことも食べたこともないような、お貴族相手のプロの料理人に、オリーの為だけに何かを作ってくれというのは、逆にお高くつくんじゃなかろうか。材料費以外の部分で。
実際の問題としては使用人用の賄いを融通してもらう交渉をするべきだったのだろうが、オリーにはそういった観点が抜けていたので思いつきもせず。
「マナーのおさらいにもなるので」というダメ押しもあり、提供される食事を受け入れることにしたのだ。
毎日届く豪華な食事。朝食に出されるベーコンとオムレツのひと皿だけだって、丸一日働きづめになったとしてもオリーの総菜屋の給金では食べる事は叶わないだろう。
「たぶん、このショートブレッドのひと口分だって無理ね」
思わずふふっと笑いが零れた。
「あら、オリー。何がそんなに面白いの?」
目の前に座っているマダムから、迫力ある笑顔で問い掛けられた。
「えっと。えっと。……このショートブレッドおいしいですよね! だいすきです」
「ウチのパティシエが腕によりをかけて作った美しいケーキより、オリーはその、素朴なショートブレッドがお気に入りなのね」
「素朴って。こんなにいっぱいバター使ってて、素朴はないですよ! 超リッチじゃないですか! 私、ここでおじいさんに初めて食べさせて貰った時、こんなに美味しいショートブレッドがあるんだって吃驚しましたよ!」
材料は、小麦粉とバターと塩と砂糖。それを根気よく混ぜ合わせて作るだけのこのお菓子は、だからこそ材料の良さや配分が重要になるのだろう。
街中で売っているショートブレッドはもっとバターが少なくて、硬い。ぼりぼりって感じの歯ごたえがある。
あと味がない。
よーく噛んで噛んで噛んでいくと、小麦の味わいがほんのりと口の中に広がっていく。気分は携帯できる保存食であって、決してお菓子ではない。いや、これまではオリーには充分贅沢なお菓子だったけれど、このお邸のショートブレッドを食べてしまったからには、もう二度とあれをお菓子だなんて思うことはできないだろう。
「フフフッ。そうなのね」
ここのショートブレッドがどれだけ美味しい特別な物なのか力説するオリーに、マダムがくすくすと笑った。
笑われた意味がわからな過ぎて返す言葉に困る。
けれど、マダムも後ろに控えているエマさんも、なぜか優しい笑顔をしているから、まぁいいか、とオリーも笑って、ショートブレッドを齧るのだった。
一緒に笑い合って食べる美味しい物は、もっと美味しくなるのだ。
(そういえば、おじいさんも行ってた
これだけは、あの変なおじいさんに感謝して上げてもいいのかもしれないと、どこから目線なのかと自分でも思うようなことを考えて、またオリーの頬に笑みが浮かぶ。
「まったくもう。さぁマナーに則って食べるのよ、オリー」
呆れた様子のマダムに諭された。
それに笑顔で頷き返して、オリーは姿勢を正して大きな口で手に残っていたそれを口へと放り込んだ。
「オリー!」
「わあ。今日のショートブレッドはオレンジピール入りなんですねぇ。バターとオレンジの香りって滅茶苦茶合いますね! 美味しい」
まるで芸術品のようなひと口サイズのケーキ達の中に、いつもひとつだけ異色を放つショートブレッド。
このお邸ではじめて出して貰ったオヤツでもあるショートブレッドは、見た目の素朴さをいい意味で裏切るリッチな味わいだ。ほろほろと口の中でとろける食感といい、大好物のひとつになっていた。
ここに来てから、たくさんの美味しい物を食べ続けて、好物といえるものがたくさん増えた。
美味しい物を、誰かと美味しいと言いながら食べるともっと幸せになれる。
たまに会う弟との食事会で知っていたけつもりだったけれど、そんな機会は二度と得ることはないと覚悟した今になって毎日のように溢れるほど機会に恵まれるなんて。
人生には想像もつかないことが多々あるものだとつくづく思う。
材料費の事は、気にしても仕方がないと諦めはじめた。
だって食事をおじいさんが持って来てくれなくなってからというもの、貴族の人達が食べているようなコース料理を出されているのだ。
鴨のコンフィ、子羊のグリル、手長エビのフリット、ローストポーク等々。
それ以外にも前菜やデザートまでひと通り出されてくる。
何度か「もっとお安い料理にならないか」とエラさんに相談してみたことがあるのだが、「皆さまがお召し上がりになっているものとは別の物を、オリー様の為に特別にお作りするということですか」と確認されて震えあがってしまった。
庶民的な料理なんて作ったことも食べたこともないような、お貴族相手のプロの料理人に、オリーの為だけに何かを作ってくれというのは、逆にお高くつくんじゃなかろうか。材料費以外の部分で。
実際の問題としては使用人用の賄いを融通してもらう交渉をするべきだったのだろうが、オリーにはそういった観点が抜けていたので思いつきもせず。
「マナーのおさらいにもなるので」というダメ押しもあり、提供される食事を受け入れることにしたのだ。
毎日届く豪華な食事。朝食に出されるベーコンとオムレツのひと皿だけだって、丸一日働きづめになったとしてもオリーの総菜屋の給金では食べる事は叶わないだろう。
「たぶん、このショートブレッドのひと口分だって無理ね」
思わずふふっと笑いが零れた。
「あら、オリー。何がそんなに面白いの?」
目の前に座っているマダムから、迫力ある笑顔で問い掛けられた。
「えっと。えっと。……このショートブレッドおいしいですよね! だいすきです」
「ウチのパティシエが腕によりをかけて作った美しいケーキより、オリーはその、素朴なショートブレッドがお気に入りなのね」
「素朴って。こんなにいっぱいバター使ってて、素朴はないですよ! 超リッチじゃないですか! 私、ここでおじいさんに初めて食べさせて貰った時、こんなに美味しいショートブレッドがあるんだって吃驚しましたよ!」
材料は、小麦粉とバターと塩と砂糖。それを根気よく混ぜ合わせて作るだけのこのお菓子は、だからこそ材料の良さや配分が重要になるのだろう。
街中で売っているショートブレッドはもっとバターが少なくて、硬い。ぼりぼりって感じの歯ごたえがある。
あと味がない。
よーく噛んで噛んで噛んでいくと、小麦の味わいがほんのりと口の中に広がっていく。気分は携帯できる保存食であって、決してお菓子ではない。いや、これまではオリーには充分贅沢なお菓子だったけれど、このお邸のショートブレッドを食べてしまったからには、もう二度とあれをお菓子だなんて思うことはできないだろう。
「フフフッ。そうなのね」
ここのショートブレッドがどれだけ美味しい特別な物なのか力説するオリーに、マダムがくすくすと笑った。
笑われた意味がわからな過ぎて返す言葉に困る。
けれど、マダムも後ろに控えているエマさんも、なぜか優しい笑顔をしているから、まぁいいか、とオリーも笑って、ショートブレッドを齧るのだった。
一緒に笑い合って食べる美味しい物は、もっと美味しくなるのだ。
(そういえば、おじいさんも行ってた
これだけは、あの変なおじいさんに感謝して上げてもいいのかもしれないと、どこから目線なのかと自分でも思うようなことを考えて、またオリーの頬に笑みが浮かぶ。
「まったくもう。さぁマナーに則って食べるのよ、オリー」
呆れた様子のマダムに諭された。
それに笑顔で頷き返して、オリーは姿勢を正して大きな口で手に残っていたそれを口へと放り込んだ。
「オリー!」
11
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
愛の損益分岐点を超えたので、無能な夫に献身料を一括請求して離縁します。
しょくぱん
恋愛
「君は強いから一人で生きていける」結婚記念日、公爵夫人のアデライドは夫から愛人を同伴した席で離縁を言い渡された。だが夫は知らない。公爵家の潤沢な資金も、王家とのコネクションも、すべては前世で経営コンサルだった彼女の「私産」であることを。「愛の損益分岐点を下回りました。投資を引き揚げます」――冷徹に帳簿を閉じた彼女が去った後、公爵家は一晩で破滅へと転落する。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。
そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて……
表紙はかなさんのファンアートです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました
あい
恋愛
両親を失ったあの日、
赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。
それが、アリア。
世間からは「若い母」と呼ばれながらも、
彼女は否定しなかった。
十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。
恋も未来も、すべて後回し。
けれど弟は成長し、ついに巣立つ。
「今度は、自分の人生を生きて」
その一言が、
止まっていた時間を動かした。
役目を終えた夜。
アリアは初めて、自分のために扉を開く。
向かった先は、婚姻仲介所。
愛を求めたわけではない。
ただ、このまま立ち止まりたくなかった。
――けれどその名前は、
結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。
これは、
十六年“母”だった女性が、
もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる