44 / 57
冷めたイモフライは本当は誰かに愛されたい
44.油断しすぎた
しおりを挟む
■
オリーが席へと戻ると、入れ替わるように赤毛の閣下が立ち上がった。
「ちょうど良かった。トイレに行きたかったんだよ」
常連である赤毛の閣下は当然トイレの場所を知っていた。
けれど店のシステムとして、トイレは席についている者が他の客と重ならないように別の場所へと案内することになっているので、悩んでいたらしい。
勿論、通路には黒服が待機しているので彼らに声を掛ければ連れて行ってくれる。
だがそれをするということは、席を担当した接客係が客を放置したとみなされてしまうことになる。それを懸念してくれたのだろう。
「お待たせして申し訳ありません。ご案内いたしますね」
マダムの教えを思い出しつつ黒服へと視線を送ると、一番ちかい場所ではないトイレを指し示された。
なるほど。あそこまで送っていけばいいのか。
「では閣下、こちらへどうぞ」
赤毛の閣下が横に並んだことを確認して、オリーは空いているトイレへと歩き出した。
「それにしても、まさか本当にダンスが苦手な嬢がこのサロンにいると思わなかったなぁ」
「私ひとりくらい下手な者が混ざっていた方が、ダンスの苦手な閣下方のお心が慰められるというものでございましょう」
「あはははは。あるかもしれんな」
勿論、これはオリーの法螺話だ。
ただ単に、オリーの怪我が治るまでの時間で、つけペンの遣い方から指導教育を施す羽目になったので、ダンスまで完璧にできなかったというだけである。
もっとも、もっとオリーにダンスの才能があればよかったのだろう。
リズムはとれる。しかし、それに合わせて足を動かそうとしてもどうしても足がついてこない。
子供の頃はもっと踊れた気がしたのにとオリーは悔しがった。
しかし、子供用の踵の低い靴で練習するのと成人の証でもある踵の高い靴を履いて踊るのとではまったく違っていて、悲しくなるほど下手なままだった。
それでもなんとか足を踏まない程度までにはなったということで、早くこの屋敷から出ていきたいオリーは今日という日を迎えることになったのだが。
やはりもう少し練習に時間を取ってから、サロンに出るべきだった。
そんな風にまたしても意識が他所にやっていたからだろうか。
赤毛の閣下を男性用のそこへと送り出し、ほっとひと息ついたところで、ダンッと背後から頭を掴まれて、壁際へと叩きつけられた。
痛みと衝撃で、声が出なかった。
治ったばかりの頭への不意打ちに目がチカチカした。
何が起こったのか理解できずに、周囲を見回そうとしたけれど、オリーを押さえつける手が更に力を籠めてきた。
振り返る事どころか、壁へと押し付けられて息すら碌に吸うことができずにあえいでいる私の耳元へ、嘲る男の声がした。
「んー? なんで貴族専用のこの場所に、不細工な平民が紛れ込んでるんだ」
聞き覚えのある、嫌味な声だった。
嫌な記憶がそこに重なる。
『不細工な上に借金まみれとか。冗談じゃない』
「……ストラ・ボッティ」
記憶にあるよりずっと不快な方向へと成長を遂げた、元婚約者がそこにいた。
オリーが席へと戻ると、入れ替わるように赤毛の閣下が立ち上がった。
「ちょうど良かった。トイレに行きたかったんだよ」
常連である赤毛の閣下は当然トイレの場所を知っていた。
けれど店のシステムとして、トイレは席についている者が他の客と重ならないように別の場所へと案内することになっているので、悩んでいたらしい。
勿論、通路には黒服が待機しているので彼らに声を掛ければ連れて行ってくれる。
だがそれをするということは、席を担当した接客係が客を放置したとみなされてしまうことになる。それを懸念してくれたのだろう。
「お待たせして申し訳ありません。ご案内いたしますね」
マダムの教えを思い出しつつ黒服へと視線を送ると、一番ちかい場所ではないトイレを指し示された。
なるほど。あそこまで送っていけばいいのか。
「では閣下、こちらへどうぞ」
赤毛の閣下が横に並んだことを確認して、オリーは空いているトイレへと歩き出した。
「それにしても、まさか本当にダンスが苦手な嬢がこのサロンにいると思わなかったなぁ」
「私ひとりくらい下手な者が混ざっていた方が、ダンスの苦手な閣下方のお心が慰められるというものでございましょう」
「あはははは。あるかもしれんな」
勿論、これはオリーの法螺話だ。
ただ単に、オリーの怪我が治るまでの時間で、つけペンの遣い方から指導教育を施す羽目になったので、ダンスまで完璧にできなかったというだけである。
もっとも、もっとオリーにダンスの才能があればよかったのだろう。
リズムはとれる。しかし、それに合わせて足を動かそうとしてもどうしても足がついてこない。
子供の頃はもっと踊れた気がしたのにとオリーは悔しがった。
しかし、子供用の踵の低い靴で練習するのと成人の証でもある踵の高い靴を履いて踊るのとではまったく違っていて、悲しくなるほど下手なままだった。
それでもなんとか足を踏まない程度までにはなったということで、早くこの屋敷から出ていきたいオリーは今日という日を迎えることになったのだが。
やはりもう少し練習に時間を取ってから、サロンに出るべきだった。
そんな風にまたしても意識が他所にやっていたからだろうか。
赤毛の閣下を男性用のそこへと送り出し、ほっとひと息ついたところで、ダンッと背後から頭を掴まれて、壁際へと叩きつけられた。
痛みと衝撃で、声が出なかった。
治ったばかりの頭への不意打ちに目がチカチカした。
何が起こったのか理解できずに、周囲を見回そうとしたけれど、オリーを押さえつける手が更に力を籠めてきた。
振り返る事どころか、壁へと押し付けられて息すら碌に吸うことができずにあえいでいる私の耳元へ、嘲る男の声がした。
「んー? なんで貴族専用のこの場所に、不細工な平民が紛れ込んでるんだ」
聞き覚えのある、嫌味な声だった。
嫌な記憶がそこに重なる。
『不細工な上に借金まみれとか。冗談じゃない』
「……ストラ・ボッティ」
記憶にあるよりずっと不快な方向へと成長を遂げた、元婚約者がそこにいた。
11
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。
そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて……
表紙はかなさんのファンアートです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました
あい
恋愛
両親を失ったあの日、
赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。
それが、アリア。
世間からは「若い母」と呼ばれながらも、
彼女は否定しなかった。
十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。
恋も未来も、すべて後回し。
けれど弟は成長し、ついに巣立つ。
「今度は、自分の人生を生きて」
その一言が、
止まっていた時間を動かした。
役目を終えた夜。
アリアは初めて、自分のために扉を開く。
向かった先は、婚姻仲介所。
愛を求めたわけではない。
ただ、このまま立ち止まりたくなかった。
――けれどその名前は、
結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。
これは、
十六年“母”だった女性が、
もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる