冷めたイモフライは本当は誰かに愛されたい

喜楽直人

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温め直されたイモフライは愛されるより愛したい

54.英雄将軍の悲劇

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「戦争中にすっごい嫌な辛いことがあってさぁ、その事実を知らされた翌朝さ、髪の毛の色ぬけちゃったんだよ」

 なんでもない事のように笑うおじいさんもといシュトラール将軍が痛ましくて、おもわずオリーは顔をくしゃりと歪めた。
 吟遊詩人の歌にまでなった英雄将軍を襲った悲劇。
 妊娠中の新妻が、里帰りの道中を敵軍に襲われて同行していた末の弟さんまで皆殺しにされてしまった。
 誰もが知っているからこそ、普段の将軍は、公務中とはちがう姿を取っているのかもしれない。

「奥様だけでなく、お腹のお子様まで亡くされたとお聞きしています。お辛かったですね」
 ご愁傷様です、と続けようとしたオリーに、シュトラールはへらりと笑って手を振った。
「あー、それね。みんな信じてるよねぇ。まぁ確かに一応は妻だったんだけどさ。でも僕に子供はいないんだよねぇ」
「それな!」
「まぁ、そんな女性ばかりじゃないよ」
「ばかりじゃないどころか、あれだけ性悪なのはそういませんわ」
「そうだね、マダムの言うとおりだ」

 そりゃ母子ともに亡くなったんだから子供はいないだろうと思ったけれど、周囲の慰めの言葉の意味がわからな過ぎて、ポカンとしてしまったのはオリーの頭が悪いからではないと思う。

 そうして。赤毛の閣下ことカールトン伯爵が、苦笑いで教えてくれたけれど、やっぱりオリーには理解できそうにない。

「こいつさ。戦争に出撃する隊の小隊長に任命されてさ、『その前に結婚しておけ』って上官から言われて、その上官の末の娘さんと結婚したんだけどさ、結婚式の当日出撃命令がでて、初夜も無しで戦争しまくって家にも帰れないまま転戦してたら、ある日突然、嫁さんが亡くなってしかも妊娠してたのにご愁傷様って連絡が来たんだよ」

 最悪だよなー、といわれても。
 説明された筈なのに、意味がわからない事だらけのですが。

「……え? 休暇とか、取られた時に会いに行ったりとか、その」
「いいや。糞舅というか上官の命令で、休暇といえば病院で怪我の治療をしていた間くらいだったなぁ。骨折が治ったら病院からそのまま次の戦場ってこともあったな」

 ぽいっとチョコレートを口に放り込みながら将軍が補足してくれる。

 おずおずと未婚の令嬢として口に出すのはどうなのよ、と思いつつも最大の疑問を口にすると、あっさりと否定された。

「…………え、でも奥様はその」

 それ以上なんと問えばいいのか。言葉を見つけられずに目が泳ぐ。

「ねぇ? よりによってさ、夫の実の弟とそういう関係になって、父親が逃がしてくれた戦場となっている自領へわざわざ逃げて行かなくても良かったのになぁ」

 決定的な将軍のその言葉に、オリーは常識が爆破された気分になった。

「なんですか、それ! 奥様と弟さんは、鬼ですね!」

 叫んだオリーに周囲がどっと沸く。

「だよなぁ! いいぞ、オリビア嬢。もっと言ってやれ!」

 どうやら末の娘を溺愛していた上官は、家が戦場に近いということで不安になり遠く離れた場所に田舎がある独身の部下に彼女を嫁にとらせることして娘の安全を確保したかったらしい。結婚式からそのまま初夜を迎えて夫婦になっていることができればそのまま送り出せたのだが、何の因果か婿(この時は上官も一緒)は初夜を待たずに出撃することになった。
 そこでつい、『もしかしたら、このまま休みを与えず家に帰らせなければ、白い結婚として戦争が終わったら娘を取り戻せるのでは』と考えちゃったらしい。そんな馬鹿なといいたくなる話である。

 けれど、その娘は輪をかけて、もっとずっと馬鹿だった。
 まだ子供で戦争にも行っていなかった夫の弟に、帰ってこない夫に対する相談を始め、恋愛へと発展させてしまったのだ。止める者が近くにいない禁じられた恋は、十代男子の欲も相まってあっという間に肉体関係へと進み、妊娠が発覚してようやく現実を見て怖くなったようだ。

「だからってさぁ、親が逃がしてくれた戦場となっている実家へ、ふたりで逃避行しようなんてさ。馬鹿げてるよねぇ。ちゃんと相談してくれたら良かったんだ。離縁して、弟と一緒になる道を祝福したのに」

 寂しそうにそういったシュトラール将軍の肩を、赤毛の閣下がぽんと叩いて労った。

「今は笑って話せるけどさ、さすがに当時は全部嫌になってさ。敗戦色もどんどん濃くなっていくし。上官にはなんでか僕が睨まれるし。だから無謀な賭けみたいな作戦にばんばん手を挙げてさ。それで死んだら、家に戻って弟と生まれる前の孫を失った両親の顔を見るとか上官と落ち着いて今後について話し合わなくて済むかなーって思っちゃって。次々無茶やってたら、戦争に勝っちゃった」

 部下たちにはわるいことしたよね、と笑う将軍が痛ましかった。
 周囲も一気にしんみりとしてしまったが、その空気を一掃するように、将軍が明るく言った。

「いやー、人生わからんもんだよ。吃驚するよね」
「それは、髪も白くなりますねぇ」
 空気を読んで、オリーも軽く言ってみた。

「そう。戻るかなーって思ったんだけど、戻らなかった。お、このピンクっぽいやつ、苺味だったよ。おいしいからオリーちゃんも食べなよ」
「苺好きです。ご馳走になります!」
 ぽいっと口へ放り込んで「おいしいですね」と笑い合う。

 なるほど。悲劇の将軍の髪の色が抜けたまんまなのは格好悪いからって、仕事の時は髪の色も前の黒髪に染められちゃうし、髭も剃られてしまうってことか。

 なるほどなるほど。

 つまり。

 おじいさんは、おじいさんじゃなかった。おじさん程度の年齢だった。

 なるほど悲劇だわー。


 私の貧弱な生まれたての恋心が。


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