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オフ会に行こう
第5話
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7
二人は複数ある『アースバウンド』のゲームモードの中でも、リリース後にしばらくしてから実装された『バトルロイヤル』にもっぱら興じていた。大佐の救援要請を無視して、ログイン時間のほとんどを費やしていたほどに。
『バトルロイヤル』は数多くの対戦者がひしめく戦場の中で最後の一チームになるまで生き残ることを目指す競技性の高いゲームモードだった。時間経過によって縮小していく戦場内で武器弾薬などの物資調達から、手足などを含む適切なマシンパーツの確保、操縦するマシンが損壊した際の修復など、戦闘状況に応じた判断を適時に行っていく必要がある。
『バトルロイヤル』で最も大事な要素となってくるのがチームワークだった。このゲームに参加するために作られる「班」の最小人数は二人であるため、一人で遊ぼうとすると必然的に見知らぬプレイヤーとタッグを組まされることになる。
当然、毎度のように急造チームで遊んでいては安定した勝率には繋がらない。タイタンズ内で最も『バトルロイヤル』に注力していたoinarisan(優雨)とojo(流歌)の二人がタッグを組むのは至極当然の流れだった。
彼らはテキストチャットのみで意見を交換し合う連携に限界を感じ、どちらともなくボイスチャットによる連携を提案した。初めはお互いに顔も知らない相手と話すことに多少の抵抗があったものの、ゲームの攻略という共通の目的が後押ししたことで次第に打ち解けていった。やがて、より濃密なコミュニケーションが二人のチームワークを確固たるものにした。それは性格的にも反発するところがなかったばかりか、むしろ好相性だった二人だからこそ実現した長時間の研鑽が生んだ結果といえる。
優雨にとって、「オジョ」は今回のオフ会で最も会いたかった人物といっても過言ではなかった。しかし、長らく一緒に遊んでいたにも関わらず相手が女性とは露ほども思っていなかったのである。女性経験に乏しい優雨は、自分が異性と仲良くお喋りできるタイプの人間だとは思っていなかった。友人として気兼ねなく話すことのできるオジョのことも、声が少し高いだけで当然のように男だと思い込んでいた。
「俺、てっきり、」
男の人だと思ってました、という言葉は悩んだ末に口にしないでおいた。すると、
「まあ、変だからね。声も見た目も」
どうやら優雨が飲み込んだ言葉を彼女はネガティブな方向に受け取ってしまったらしい。
「いえ、そんなつもりでは、」
慌てて訂正しようと思ったが、上手いこと口が回らない。そんな自分をもどかしく思っていると、「しょうがないよね」と彼女は前置きしてから、
「お祖母ちゃんがフランスの人でね。ボクの名前も向こうの人のをもじったりしてて。『流』れる『歌』って書いて『るか』って読ませるんだけど」
日本人離れした容姿についての解答を与えてくれた。
「気に入ってるから。お稲荷にだけ教えてあげる」
まるで共犯者を得たように、流歌は悪戯っぽく笑って言った。
言葉通りに受け取るなら、ここで二人だけの秘密を共有したことになる。優雨が言い淀んだことについては、捉われ方こそ本意ではなかったものの、彼女の厚意は伝わった。
「自分は、『ユウ』といいます。『優』しい『雨』と書いて」
流歌の気持ちに応えようと、優雨も自身のファーストネームを明かすことにした。
「俺も好きです。自分の名前」
次いで、共感の意思を示す。
「ユウ、か。うん、いいね」
舌の上で味を確かめるように、流歌がそう呟いた。
「素敵な名前だね。あっ、稲荷ってハンネはもしかして狐の嫁入りとかけてるのかな」
流歌が得意げな顔で指摘する。その発想にすぐさま思い至るとは、大した教養の持ち主であるようだ。
「察しがいいですね」
その手があったか。また由来を聞かれることがあったらそう答えよう。しれっとした顔で優雨は耳にしたばかりのアイデアを取り入れることにした。まさか優雨の顔がチベットスナギツネ似だからというしょうもない理由で名付けられたハンドルネームとは誰も思うまい。
「そういえばさ、今日はどっちなの」
興味津々といった様子で流歌が聞いてきた。彼女の言う「どっち」とは、優雨と蘭子のどちらが「oinarisan」としてオフ会に来ているのか知りたい、ということなのだろう。二人はアースバウンドで遊ぶゲームモードも異なれば、チャットでの発言内容もまるで違う。傍目には別人が「oinarisan」を名乗って遊んでいるか、人格の分裂でも起こしたかのように見えたに違いない。
「何のことです?」
優雨がとぼけてみせると、流歌は肩をすくめるだけに留めてそれ以上の追及はしてこなかった。当然、『バトルロイヤル』を遊ぶのはもっぱら優雨の方なので、普段から声を聞いている彼女にとっては答えなどわかりきっているのだろうが。
流歌を含め、タイタンズのメンバーには「oinarisan」のアカウントが優雨と蘭子の二人で共有されているものだということは明かしていなかった。様々なゲームにおいて戦況を見極めてから行動する慎重派であり、誰に対しても礼儀正しく接する優雨とは正反対に、蘭子のプレイスタイルは猪突猛進、その言動は誰に対しても乱暴過ぎた。それらは誰の目にも明らかな差異だったに違いない。挙句の果てには蘭子のログインが看破されると「暗黒面」などと揶揄される始末だった。
例えバレバレだったとしても、公言していない限りは認めるわけにいかないだろう。単に打ち明けるタイミングを失っただけで隠す理由もないのだが。
「もうちょっと待っててね」
そう言うと流歌は優雨に背を向け、自分のバッグから化粧道具を取り出してテーブルに並べ始めた。彼女が身を屈めると、細身の華奢な背中が強調される。
「そうそう、大佐もコスプレしてたでしょ。ここはそういうの持ち込みオーケーなんだって。だからボクも用意してきたんだ」
どうやらこの荷物置き場は簡易的な更衣室としても利用されていたようだ。すると大佐は彼女が着替え中だったことを知っていたのだろうか。だとしたら文句の一つでも言ってやりたいところだが、幸いトラブルにはならなかったので今回に限っては目を瞑ることにしよう。
「大佐がね、『私の配信に出ないか』ってみんなの前で言うんだよ」
流歌が大佐の口ぶりを真似て言った。
「そしたらね、みんなにブーイングされてて笑っちゃった。なんか可哀そうだったからさ、バトロワで一回でも一位取れたらいいよって言っといた。次の配信で必ず勝つって息巻いてたよ」
「それは見物ですね」
流歌がくすくすと笑う。この小悪魔の誘いに乗らない男などいないだろう。しかし、対人戦に不得手な大佐が『バトルロイヤル』で勝つのはさぞ骨が折れるに違いない。
「今朝はお仕事だったの?」
「ええ、まあ」
大佐と同様に、流歌が優雨のスーツ姿を見て言った。
「週末なのに大変だね。ボクは夏休みを満喫中だけど」
自分もそうなのだが、果たしてこの見た目で信じてもらえるのだろうか―――少々、自信がない。
「ゲームの話ばっかで、普段何してるかなんて聞いたことなかったよね」
「確かに、言われてみればそうですね」
相手がゲーム友達とはいえ、ネット上で迂闊に個人情報を晒すわけにはいかない。過去に後ろめたい部分があったこともあり、優雨は今まで自分の身の上について語ることは誰に対してもしてはこなかった。
「結構長い付き合いな気がしてたけど、知らないことばっかだよね。なんか変な感じ」
流歌がしみじみといった様子で言った。確かに、もう一年近くになるだろうか。蘭子のアシスタントとしての仕事にネトゲへのログイン肩代わりが加わってからのことだ。
「こっちおいでよ」
流歌が髪をまとめながら、もう片方の手でソファをぽんぽんと叩いた。空いている隣席に来るようにと招いているのだ。誘われるままに優雨がそこへ腰掛けると、うっかり見てしまった彼女の白いうなじを、しっかりと瞼の裏に焼きつけた。
「すぐに終わらせるから」
そう言って化粧直しを始めた流歌の姿をちらちらと横目にしていたのだが、彼女の手際の良さに優雨は思わず舌を巻いた。キャンバスに筆を乗せるかのように、流歌の手つきにはまるで迷いがない。
雪化粧のような肌の質感は陶器のような滑らかさに変わり、唇と頬の朱色は次第に薄まっていく。アイメイクのボリュームも落とすと、眉をウイッグカラーに馴染ませた。すると、先ほどまでの少女らしい愛らしさを前面に押し出したメイクとははっきりと異なる、掴みどころのない透明感を増した仕上がりになった。
「よし、できた。これでどうかな」
メイク直しを終えた流歌が銀髪のショートカットのウイッグを被ると、得意げにウインクをして優雨に感想を求めた。イベント会場で度々コスプレというものは目にしてきたが、ここまで本格的なものを間近で見たことは一度もない。素材と表現力次第でここまでキャラクターになりきれるものかと思わず目を瞠ったほどだ。
「お似合いです。とても」
優雨が素直に感想を述べると、流歌は照れたように笑った。
「ありがと」
彼女の笑顔に、優雨は胸が締め付けられるような思いをした。
そんな、まさか。
流歌の姿を初めて目にしたときから感じていたこの感覚はまさしく、優雨が生まれて初めて経験した「一目惚れ」だった。そのことを意識した途端、彼女を正視できなくなって目を泳がせてしまう。
「やっぱどっか変?」
それを見た流歌が不安がって聞いた。
「こういうの初めてだったから勝手がわからなくて」
「あ、いえ、そうではなく」
極度の緊張に返す言葉がなかなか見つからない。その様子に怪訝な顔をした流歌が隣から優雨の顔を覗き込んだ。途端に立ち上る香水の甘い香りに優雨の頭の中が真っ白になってしまう。
「ユウ?」
たった一言「可愛い」だとか「綺麗」だなんて言えたら、どれだけ気が楽か。優雨には面と向かって女性の容姿を褒めた経験がなく、そんな言葉を選んで口にするのにも尻込みをしてしまっていた。
「あの、」
黙した流歌が真っ直ぐにこちらを見つめている。優雨の言葉に期待しているのだ。そして、彼が口を開きかけたそのとき、
「遅いぞイナリくん。何して・・・・・・」
ドアの開く音とともに、第三者の声が二人のいたカラオケルームに響き渡る。
「あっ」
先に沈黙を破ったのは大佐の方だった。彼は至近距離で見つめ合う二人に気がつくと、仮面越しにもわかるほどの気まずい表情を浮かべる。
「お邪魔だったかな」
うろたえながらもその場を取り繕うとする大佐に、流歌が口元を抑えて笑った。
「あー、もうっ、折角いい感じだったのに」
彼女が茶化すように言うと、ソファから立ち上がった。
「どうかな、大佐。似合ってる?」
「お、おう、よく似合っているぞ。衣装のチョイスに悪意を感じるが」
「ボクはちゃんと引き当てたから」
後になって聞いた話によると、流歌が用意してきたのは先日大佐が行った、彼がハマっているソーシャルゲームの課金ガチャ配信で爆死させられたキャラクターの衣装だったらしい。そうとも知らずに、二人のやり取りを優雨はぼんやりと聞いていた。
いい感じだったのに、か。
彼女の言葉を反芻するうちに、優雨はすっかりのぼせ上がってしまった。ただのリップサービスかもしれないが、ろくに恋愛経験もない少年に夢を見させるには十分な一言だった。
「いこっか」
流歌が笑顔で促すと、優雨も慌てて立ち上がった。大佐に続いて小部屋を出ると、後ろを歩いていた流歌に背中をつつかれる。優雨が振り向くと、
「ねえ、このあと時間ある?」
シャツの袖をつまみ、爪先立ちをした流歌がこっそりと彼に耳打ちした。
「どうなの」
言葉を失っていた優雨に、彼女が再度問いかけた。慌ててこくこくと首肯する優雨の顔を見てから、
「じゃあ、また後でね」
流歌は満足そうに笑みを浮かべた。そのまま優雨の脇をするりと抜けていくと、振り返った彼女が唇に人差し指を当てながら、彼に向けてウインクして見せた。まるで心臓を射抜かれたような、甘い恋の刺激に優雨の胸が再び締め付けられる。
「どうした、早く来たまえ」
大佐がパーティルームのドアノブに手を掛けると、こちらに向かって言う。顔を見合わせた二人は、彼と一緒にオフ会のメイン会場である大部屋へと足を踏み入れた。
二人は複数ある『アースバウンド』のゲームモードの中でも、リリース後にしばらくしてから実装された『バトルロイヤル』にもっぱら興じていた。大佐の救援要請を無視して、ログイン時間のほとんどを費やしていたほどに。
『バトルロイヤル』は数多くの対戦者がひしめく戦場の中で最後の一チームになるまで生き残ることを目指す競技性の高いゲームモードだった。時間経過によって縮小していく戦場内で武器弾薬などの物資調達から、手足などを含む適切なマシンパーツの確保、操縦するマシンが損壊した際の修復など、戦闘状況に応じた判断を適時に行っていく必要がある。
『バトルロイヤル』で最も大事な要素となってくるのがチームワークだった。このゲームに参加するために作られる「班」の最小人数は二人であるため、一人で遊ぼうとすると必然的に見知らぬプレイヤーとタッグを組まされることになる。
当然、毎度のように急造チームで遊んでいては安定した勝率には繋がらない。タイタンズ内で最も『バトルロイヤル』に注力していたoinarisan(優雨)とojo(流歌)の二人がタッグを組むのは至極当然の流れだった。
彼らはテキストチャットのみで意見を交換し合う連携に限界を感じ、どちらともなくボイスチャットによる連携を提案した。初めはお互いに顔も知らない相手と話すことに多少の抵抗があったものの、ゲームの攻略という共通の目的が後押ししたことで次第に打ち解けていった。やがて、より濃密なコミュニケーションが二人のチームワークを確固たるものにした。それは性格的にも反発するところがなかったばかりか、むしろ好相性だった二人だからこそ実現した長時間の研鑽が生んだ結果といえる。
優雨にとって、「オジョ」は今回のオフ会で最も会いたかった人物といっても過言ではなかった。しかし、長らく一緒に遊んでいたにも関わらず相手が女性とは露ほども思っていなかったのである。女性経験に乏しい優雨は、自分が異性と仲良くお喋りできるタイプの人間だとは思っていなかった。友人として気兼ねなく話すことのできるオジョのことも、声が少し高いだけで当然のように男だと思い込んでいた。
「俺、てっきり、」
男の人だと思ってました、という言葉は悩んだ末に口にしないでおいた。すると、
「まあ、変だからね。声も見た目も」
どうやら優雨が飲み込んだ言葉を彼女はネガティブな方向に受け取ってしまったらしい。
「いえ、そんなつもりでは、」
慌てて訂正しようと思ったが、上手いこと口が回らない。そんな自分をもどかしく思っていると、「しょうがないよね」と彼女は前置きしてから、
「お祖母ちゃんがフランスの人でね。ボクの名前も向こうの人のをもじったりしてて。『流』れる『歌』って書いて『るか』って読ませるんだけど」
日本人離れした容姿についての解答を与えてくれた。
「気に入ってるから。お稲荷にだけ教えてあげる」
まるで共犯者を得たように、流歌は悪戯っぽく笑って言った。
言葉通りに受け取るなら、ここで二人だけの秘密を共有したことになる。優雨が言い淀んだことについては、捉われ方こそ本意ではなかったものの、彼女の厚意は伝わった。
「自分は、『ユウ』といいます。『優』しい『雨』と書いて」
流歌の気持ちに応えようと、優雨も自身のファーストネームを明かすことにした。
「俺も好きです。自分の名前」
次いで、共感の意思を示す。
「ユウ、か。うん、いいね」
舌の上で味を確かめるように、流歌がそう呟いた。
「素敵な名前だね。あっ、稲荷ってハンネはもしかして狐の嫁入りとかけてるのかな」
流歌が得意げな顔で指摘する。その発想にすぐさま思い至るとは、大した教養の持ち主であるようだ。
「察しがいいですね」
その手があったか。また由来を聞かれることがあったらそう答えよう。しれっとした顔で優雨は耳にしたばかりのアイデアを取り入れることにした。まさか優雨の顔がチベットスナギツネ似だからというしょうもない理由で名付けられたハンドルネームとは誰も思うまい。
「そういえばさ、今日はどっちなの」
興味津々といった様子で流歌が聞いてきた。彼女の言う「どっち」とは、優雨と蘭子のどちらが「oinarisan」としてオフ会に来ているのか知りたい、ということなのだろう。二人はアースバウンドで遊ぶゲームモードも異なれば、チャットでの発言内容もまるで違う。傍目には別人が「oinarisan」を名乗って遊んでいるか、人格の分裂でも起こしたかのように見えたに違いない。
「何のことです?」
優雨がとぼけてみせると、流歌は肩をすくめるだけに留めてそれ以上の追及はしてこなかった。当然、『バトルロイヤル』を遊ぶのはもっぱら優雨の方なので、普段から声を聞いている彼女にとっては答えなどわかりきっているのだろうが。
流歌を含め、タイタンズのメンバーには「oinarisan」のアカウントが優雨と蘭子の二人で共有されているものだということは明かしていなかった。様々なゲームにおいて戦況を見極めてから行動する慎重派であり、誰に対しても礼儀正しく接する優雨とは正反対に、蘭子のプレイスタイルは猪突猛進、その言動は誰に対しても乱暴過ぎた。それらは誰の目にも明らかな差異だったに違いない。挙句の果てには蘭子のログインが看破されると「暗黒面」などと揶揄される始末だった。
例えバレバレだったとしても、公言していない限りは認めるわけにいかないだろう。単に打ち明けるタイミングを失っただけで隠す理由もないのだが。
「もうちょっと待っててね」
そう言うと流歌は優雨に背を向け、自分のバッグから化粧道具を取り出してテーブルに並べ始めた。彼女が身を屈めると、細身の華奢な背中が強調される。
「そうそう、大佐もコスプレしてたでしょ。ここはそういうの持ち込みオーケーなんだって。だからボクも用意してきたんだ」
どうやらこの荷物置き場は簡易的な更衣室としても利用されていたようだ。すると大佐は彼女が着替え中だったことを知っていたのだろうか。だとしたら文句の一つでも言ってやりたいところだが、幸いトラブルにはならなかったので今回に限っては目を瞑ることにしよう。
「大佐がね、『私の配信に出ないか』ってみんなの前で言うんだよ」
流歌が大佐の口ぶりを真似て言った。
「そしたらね、みんなにブーイングされてて笑っちゃった。なんか可哀そうだったからさ、バトロワで一回でも一位取れたらいいよって言っといた。次の配信で必ず勝つって息巻いてたよ」
「それは見物ですね」
流歌がくすくすと笑う。この小悪魔の誘いに乗らない男などいないだろう。しかし、対人戦に不得手な大佐が『バトルロイヤル』で勝つのはさぞ骨が折れるに違いない。
「今朝はお仕事だったの?」
「ええ、まあ」
大佐と同様に、流歌が優雨のスーツ姿を見て言った。
「週末なのに大変だね。ボクは夏休みを満喫中だけど」
自分もそうなのだが、果たしてこの見た目で信じてもらえるのだろうか―――少々、自信がない。
「ゲームの話ばっかで、普段何してるかなんて聞いたことなかったよね」
「確かに、言われてみればそうですね」
相手がゲーム友達とはいえ、ネット上で迂闊に個人情報を晒すわけにはいかない。過去に後ろめたい部分があったこともあり、優雨は今まで自分の身の上について語ることは誰に対してもしてはこなかった。
「結構長い付き合いな気がしてたけど、知らないことばっかだよね。なんか変な感じ」
流歌がしみじみといった様子で言った。確かに、もう一年近くになるだろうか。蘭子のアシスタントとしての仕事にネトゲへのログイン肩代わりが加わってからのことだ。
「こっちおいでよ」
流歌が髪をまとめながら、もう片方の手でソファをぽんぽんと叩いた。空いている隣席に来るようにと招いているのだ。誘われるままに優雨がそこへ腰掛けると、うっかり見てしまった彼女の白いうなじを、しっかりと瞼の裏に焼きつけた。
「すぐに終わらせるから」
そう言って化粧直しを始めた流歌の姿をちらちらと横目にしていたのだが、彼女の手際の良さに優雨は思わず舌を巻いた。キャンバスに筆を乗せるかのように、流歌の手つきにはまるで迷いがない。
雪化粧のような肌の質感は陶器のような滑らかさに変わり、唇と頬の朱色は次第に薄まっていく。アイメイクのボリュームも落とすと、眉をウイッグカラーに馴染ませた。すると、先ほどまでの少女らしい愛らしさを前面に押し出したメイクとははっきりと異なる、掴みどころのない透明感を増した仕上がりになった。
「よし、できた。これでどうかな」
メイク直しを終えた流歌が銀髪のショートカットのウイッグを被ると、得意げにウインクをして優雨に感想を求めた。イベント会場で度々コスプレというものは目にしてきたが、ここまで本格的なものを間近で見たことは一度もない。素材と表現力次第でここまでキャラクターになりきれるものかと思わず目を瞠ったほどだ。
「お似合いです。とても」
優雨が素直に感想を述べると、流歌は照れたように笑った。
「ありがと」
彼女の笑顔に、優雨は胸が締め付けられるような思いをした。
そんな、まさか。
流歌の姿を初めて目にしたときから感じていたこの感覚はまさしく、優雨が生まれて初めて経験した「一目惚れ」だった。そのことを意識した途端、彼女を正視できなくなって目を泳がせてしまう。
「やっぱどっか変?」
それを見た流歌が不安がって聞いた。
「こういうの初めてだったから勝手がわからなくて」
「あ、いえ、そうではなく」
極度の緊張に返す言葉がなかなか見つからない。その様子に怪訝な顔をした流歌が隣から優雨の顔を覗き込んだ。途端に立ち上る香水の甘い香りに優雨の頭の中が真っ白になってしまう。
「ユウ?」
たった一言「可愛い」だとか「綺麗」だなんて言えたら、どれだけ気が楽か。優雨には面と向かって女性の容姿を褒めた経験がなく、そんな言葉を選んで口にするのにも尻込みをしてしまっていた。
「あの、」
黙した流歌が真っ直ぐにこちらを見つめている。優雨の言葉に期待しているのだ。そして、彼が口を開きかけたそのとき、
「遅いぞイナリくん。何して・・・・・・」
ドアの開く音とともに、第三者の声が二人のいたカラオケルームに響き渡る。
「あっ」
先に沈黙を破ったのは大佐の方だった。彼は至近距離で見つめ合う二人に気がつくと、仮面越しにもわかるほどの気まずい表情を浮かべる。
「お邪魔だったかな」
うろたえながらもその場を取り繕うとする大佐に、流歌が口元を抑えて笑った。
「あー、もうっ、折角いい感じだったのに」
彼女が茶化すように言うと、ソファから立ち上がった。
「どうかな、大佐。似合ってる?」
「お、おう、よく似合っているぞ。衣装のチョイスに悪意を感じるが」
「ボクはちゃんと引き当てたから」
後になって聞いた話によると、流歌が用意してきたのは先日大佐が行った、彼がハマっているソーシャルゲームの課金ガチャ配信で爆死させられたキャラクターの衣装だったらしい。そうとも知らずに、二人のやり取りを優雨はぼんやりと聞いていた。
いい感じだったのに、か。
彼女の言葉を反芻するうちに、優雨はすっかりのぼせ上がってしまった。ただのリップサービスかもしれないが、ろくに恋愛経験もない少年に夢を見させるには十分な一言だった。
「いこっか」
流歌が笑顔で促すと、優雨も慌てて立ち上がった。大佐に続いて小部屋を出ると、後ろを歩いていた流歌に背中をつつかれる。優雨が振り向くと、
「ねえ、このあと時間ある?」
シャツの袖をつまみ、爪先立ちをした流歌がこっそりと彼に耳打ちした。
「どうなの」
言葉を失っていた優雨に、彼女が再度問いかけた。慌ててこくこくと首肯する優雨の顔を見てから、
「じゃあ、また後でね」
流歌は満足そうに笑みを浮かべた。そのまま優雨の脇をするりと抜けていくと、振り返った彼女が唇に人差し指を当てながら、彼に向けてウインクして見せた。まるで心臓を射抜かれたような、甘い恋の刺激に優雨の胸が再び締め付けられる。
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