異世界でのおれへの評価がおかしいんだが

秋山龍央

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1巻

1-1







「う……」

 ずきずきと頭が痛むのを感じながら、うっすらと目を開ける。
 そんなおれの視界に飛び込んできたのは、大量のガラクタだった。
 どうしたことか、おれは、ガラクタばかりが積みあがる部屋の中で横たわっているのだ。
 ……って、えええっ⁉ な、なんだこれ⁉
 確か……夜、見通しの悪い角の横断歩道を渡ったところで、横からいきなりバーンと、とんでもない衝撃を食らい、ドッシーンとガードレールにぶつかったはずだ。遠のく意識の中で、慌てた様子の青年がバイクから降りてきたのがかすかに見えた。

「だ、だからってなんでこんなところに……?」

 身体を起こして辺りを見回す。明かりはほとんどなく、手元は薄暗い。部屋には明かり取りの丸窓が一つついているだけで、他に照明などはなにもなかった。
 もしかして、ここは演劇の大道具部屋なのだろうか? まわりには甲冑かっちゅうや剣、たて大斧おおおの木樽きだる、いかにもな錠前じょうまえがついた宝箱らしきものが雑然と置いてある。
 おれの記憶では、バイクにねられたと思ったんだが……あれは夢だったのか?
 だとしても、何故このようなところに?

「……ん?」

 ふと、視界のすみできらりと光るものを認め、おそるおそるそれを手に取ってみる。

「おお……すごいな、これ本物? なワケないか」

 光の正体は、日本刀だった。
 まぁ、多分模造刀なんだろうが、それにしても完成度が高い。紺色こんいろさやに、金糸のひもが巻かれ、腰に帯刀できるようになっている。いかにもおれの中二心をくすぐるアイテムだ。

「いいなー、これ。どこで買えるんだろ。おれも欲しい」

 とりあえず、外に出て誰かに聞いてみるか。というか、ここがどこだか聞かなきゃならないし。本当になんでおれ、こんな物置にいるんだろう。
 模造刀を片手に、おれは物置の扉を開ける。幸いにも、鍵はかかっていなかった。
 だが、その瞬間。目に飛び込んできたありえない光景に、息を呑んだ。

「海……?」

 ――どこまでも果てしない水平線。群青ぐんじょう色の海原うなばらは、太陽光を受け、硝子ガラスへんみたいにきらきらと輝いている。
 呆気に取られながら目の前の景色をながめていると、不意に怒声が響いた。

「うぉらぁ! 死ねェっ!」
「っ!」

 その怒声に思わず後ずさるおれの右側から、男が突っ込んでくる。男はその勢いを止め切れず、そのまま先程の物置部屋の中に転がりこんでいった。
 直後、ガッシャーン、という金属音が響く。
 見ると、男は無造作に積んであったガラクタに頭を突っ込んで目をまわしていた。
 た、助けたほうがいいのか? でもあの人、さっきおれに「死ねェ」とか言ってたよな?
 ちょっと考えた後、とりあえず物置部屋のドアをそっと閉める。だ、だってまたおそいかかられたら怖いし……

「っていうか、なんなんだ……?」

 改めて、視線をはずし、自分のまわりを見回した。驚いたことに、おれはどうも船の上にいるようだ。
 しかも、客船や貨物船ではなく、マストとヤードのついている帆船はんせんである。心なしか、立っている床がゆらゆらとれているし、まわりには建物や木などもない。というか、見渡す限り一面のオーシャンビューで、陸地がまったく見当たらない。どうも、海上のド真ん中を走行中の船に乗っているのは確定的のようだ。
 だが、さらに驚くべきことがあった。
 何故か船の上のいたるところで、戦闘が行われているのである。あちこちで男たちが怒声をあげ、剣やこん棒を振りまわし、血しぶきを舞わせている。
 下を見ると、おれの立っている板張りの床も、黒ずんだ血でべっとりとれていた。全力でトマトジュースだと信じ込みたいのだが、鼻をつく鉄錆てつさびに似た臭気がそれを否定してくる。

「……っ、とりあえずここから逃げないとだな」

 ぎゅっと、手にしていた模造刀をにぎりしめる。模造品とはいえ、身を守るのになにもないよりはマシだ。持ってきてよかった。
 おれは刀をつかてのひらに力を込めたまま、小走りで人の少ない方向に逃げようとした――のだが。
 慌てて走り出したため、足元に広がる血溜ちだまりを踏んだらしく、ズルッと足をすべらせた。その勢いで、前方にいた人にドンッとぶつかってしまう。
 同時に、頭上でヒュンと風を切る音がする。
 慌てて顔を上げると、おれがぶつかった男性が驚いた表情でこっちを見つめていた。
 ぶつかったことを謝罪するのも忘れて、その目の前の男性に目をうばわれる。
 短い紅髪に、きらきらと輝く金の瞳を持った美丈夫だ。
 年の頃は二十代後半から三十代前半か? 整った顔立ちはりが深く、がっしりとした体つきは男らしい。身長も俺より三十センチはゆうに高い。漆黒しっこく甲冑かっちゅうを身につけており、肩には裏地が紫色の黒いマントをかけている。

「お前……俺を助けたのか?」

 いや、そんな気は全然ありませんでしたが。
 というか助けたって、なにから?
 事態が呑み込めずきょとんとしていると、後ろから野太い声が聞こえてきた。

「テメェ、なにモンだ! この〝連撃れんげき〟と呼ばれた海賊かいぞくバドルド様の前に出てくるとは、イイ度胸だなァ⁉ アァ⁉」
「……おれが誰か、だと?」

 怒声のした方向を振り返る。そこには恰幅かっぷくのいい壮年の男性が、けわしい表情でおれをにらみつけていた。その手には、こん棒の先にたくさんのトゲトゲがついた鉄球、いわゆるモーニングスターをたずさえている。
 こ、今度はなに⁉ 一体なんなの、この状況⁉

「チッ、めた口ききやがって……その奇妙なナリじゃあ黒翼騎士団こくよくきしだんの仲間ではねェようだが。だが、このオレ様の前に現れたからには容赦ようしゃしねェ!」
「――黒翼騎士団、だと?」

 黒翼騎士団。なんか、どっかで聞いたことがある言葉だな?
 というか、めちゃくちゃ中二病心をくすぐられるな! でも、そんなにカッコいい名前、明らかに現代日本社会の公的組織じゃないよね……? それにさっき、このおじさんは自分のことを「海賊かいぞく」って言ってたよな? 海賊かいぞくに、騎士団。なんだかまるで……
 そう考えた時、おれは、今までの自分の状況にすべて合点がてんがいった。

「ふっ、なるほどな……」

 ――つまり、これは映画の撮影だ。
 どうも、おれはうっかり映画の撮影現場に迷い込んでしまったようだ。
 なんでバイクにねられた直後に、映画の撮影現場にいるのかは分からないが……怪我人をとりあえず寝かせておくのにいい部屋が、近場にはこの撮影現場の物置しかなかったのかもしれない。だが、怪我は実は見かけよりも大したことはなく、目が覚めたおれは、迷惑なことに物置からふらふらと迷い出てしまった。さっき物置に置いてあった道具や武器、宝箱も、すべて映画の大道具だったというわけだ。
 そして、今は恐らく戦闘シーンの撮影中。先程おれにおそいかかろうとしてきた人も、おれをエキストラと間違えていたに違いない。
 今、おれの目の前でモーニングスターを振りまわしているおじさんも、おれを役者かエキストラとでも勘違いしているのだろう。「俺を助けたのか」と聞いてきたこの漆黒しっこく甲冑かっちゅうの美丈夫も、きっと誤解しているのだ。
 ……いや? もしかすると、勘違いしているわけではないのかもしれない。
 こんなによくできた舞台セットと、鬼気迫る戦闘シーンだ。
 もしかすると部外者がまぎれ込んでいることには気づいているものの、そんなことでこの撮影現場の雰囲気を崩すのをためらった役者たちが、必死のアドリブでフォローしてくれているのではないだろうか?

「なるほどな……状況は分かった。あとは任せてくれ」

 ようやく事態を呑み込めたおれは、背後にいた美丈夫にうなずいてみせた。

「オイ、聞いただろ、あれは海賊かいぞくバドルドだぞ⁉ どこの誰か知らねェが、無謀むぼうな真似は……」

 焦った声をあげる美丈夫を無視して、おれは、モーニングスターをたずさえたままこちらをにらみ続けていた男に相対した。

「ヘッ、かわいい顔してオレ様にたてつこうってのか、ニイちゃん。イイ度胸じゃねェか」

 男がニマニマと薄気味悪い笑みを浮かべながら、手に持っていたモーニングスターをヒュンヒュンと振りまわす。よし、この人たちの反応からして、おれが取った行動に間違いはないようだ!
 おれの作戦はこうだ。
 ①かませ犬っぽい台詞せりふを言って立ち向かう。
 ②けちょんけちょんにやられる。
 ③この撮影現場から自然に退場する。
 ――すばらしい、どう考えてもパーフェクトだ。
 おれがやられた後は、きっと後ろの騎士の男性が「くそっ、よくも俺の仲間をやりやがったな!」とか言ってカッコよく決めてくれるに違いない。
 そうと決めたおれは、手に持っていた模造刀を両手で構えた。

「黒髪黒目とは珍しいじゃねぇか? もしかして、ゼッダの奴がさらってきた奴隷どれいの一人か? フヒヒ、こんな上玉がいるんだったら、先に味見しとくんだったぜぇ」

 しかしこの人たち、すごい演技力だなー。アドリブもなんなくこなしているし、まさに役者のかがみだ。

「フヒヒ……このオレ様に剣一本で刃向かおうってか。よほど死にてぇようだなぁ、んん?」
「……ふっ」
「っ! な、なにがおかしい!」

 うわ、やべっ。気を抜いたら、思わず笑っちゃったよ。いや、この人らの演技があまりにも上手かったもんだから、つい、感動してにやにやしてしまったんだ。
 しまったな、しかもうっかり鼻で笑ったふうになってたし。
 えーと、ここは、とりあえず……

「いや? 黒翼騎士団の精鋭せいえいたちに囲まれたこの状況で、そんな強がりを言うとは……意外と可愛いところがあるものだと思ってな」
「……ッ! チィッ、よくまわる舌だ。細切こまぎれにしてやる!」

 なにも思いつかなかったおれは、とりあえず、かませ犬っぽい台詞せりふを口にしてみた。でも、そんなおれの台詞せりふにも難なく対応してくださる役者さんはさすがだ。
 というか、部外者のおれが紛れ込んで本当に申し訳ありません……。映画が完成したあかつきには、ぜひ初日に観に行かせて頂きますね!
 そう決意をしたおれに向かって、巨体が猛スピードで突っ込んでくる。よしよし。後はぶつかる直前にモーニングスターでやられたふりをして、地面に転がればいいだろう。
 そして、とうとうバドルドさんが目の前に来た。地面に転がって、うわーやられたー的な演技をしようとした瞬間。なんと間の悪いことに、おれは自分のズボンのすそを踏んづけてしまった。
 ――あっ、と思った時には遅い。
 変な具合に身体が傾き、持っていた模造刀のつかの部分が、ゴッチーン! とバドルドさんのあごにアッパーカットを食らわせたのである。
 そして、そのまま甲板かんぱんに倒れ込むバドルドさん。

「っ…………」

 ど、どどどどどどうしよう、これ……
 きっと今の自分の顔は、おれの人生史上最高に蒼白そうはくに違いない。よく見ると、バドルドさんは口からぶくぶくと泡を噴いている。きゅ、救急車って何番だっけー⁉

「すげェな、お前」

 狼狽ろうばいするおれの背に、場違いなくらいに楽しげな、明るい声がかけられた。
 おそるおそる振り返った先には、先程の紅髪の美丈夫が立っている。
 うちの役者になにしてくれてんだ! とか怒鳴どなられるかと思っていたのに、彼はおれに対して、感嘆を含んだ微笑を向けていた。

「お前のおかげで賞金首の討伐とうばつがすんなりいったぜ、ありがとよ。俺は黒翼騎士団団長、ガゼル・リスティーニだ」

 そう言って、精悍せいかんな面立ちの彼はニッと白い歯を見せた。
 ……なんだろう、やっぱりどっかで聞いた名前だ。なんだっけ、最近やったゲームとか……その辺で聞いた名前の気がするんだが。
 にしても、黒翼騎士団の団長さんって言いましたか、今?

「おれは……タクミだ。黒翼騎士団の団長だったのか。なら、余計なことをしたな。すまなかった」

 日本的な苗字みょうじを口にすると、この映画の雰囲気を壊しちゃいそうなので、ファーストネームのみの自己紹介で留めておく。
 にしても黒翼騎士団の団長様とか、名前からして明らかに映画の主要な登場人物じゃないですか!
 そんな役者さんのえある戦闘シーンを、おれのうっかりな乱入で台無しにしてしまったのだ。やべぇ、死にたい。下手に出しゃばらないで大人しくしてればよかった!

「いや、お前のおかげで戦いが長引かなくてすんだぜ。正直、バドルドの立ちまわりで俺だけが孤立させられちまって、分が悪かったしな」

 そうガゼルさんが言い終えた瞬間、少し離れたところから、歓声にも似た雄叫おたけびが聞こえた。

「――勝鬨かちどきだ。あっちもケリがついたみてェだ。ま、厄介やっかいなのはバドルドの奴だけだったしな」

 にやりと笑ったガゼルは、おれの肩を軽く小突こづく。

「まぁ、積もる話はゆっくり向こうでしようじゃねぇか。見たところ、お前さんもワケありっぽいしなァ?」

 ……勝鬨かちどき? ワケあり?
 なんか、おれとガゼルさんの話がかみ合ってないような……。あれ?


   ◆


 木の机や丸椅子が並んだ宿屋の一階。昼間は食堂であるそこのテーブルの上には、今や所狭しと酒と食べ物が並べられていた。港街の宿屋だからか、海からある程度の距離があるにもかかわらず、建物の中はかすかなしおの香りでちている。店内にはいくつもランプが灯っており、薄暗いものの相手の顔や姿はよく見えた。
 今夜、そこの宿屋を貸し切っているのは、甲冑かっちゅうを脱いでラフなシャツやズボンに着替えた黒翼騎士団の精鋭せいえいたちだ。
 そんな屈強くっきょう壮健そうけんな男たちは、手に黄金色のエールを持ち、場の中心にいるおれへその酒杯をかかげた。

「――タクミ! 歓迎するぜ、我らが黒翼騎士団に!」

 団長であるガゼルさんの声に続いて、騎士団員たちからわっと歓声があがる。
 そして皆、まわりにいる仲間と共に酒杯をぶつけあうと、そのままあおるようにエールを飲み始めた。団員たちが笑顔で、おれにも次から次へと乾杯をしてくるので、せわしなくその応対と挨拶をする。
 ……うん。どう見ても、これは映画の撮影じゃないですね。

「……ありがとう、ガゼルさん」
「おう。もっと飲め飲め、今日はお前が主役だからな」

 引きつった笑みを浮かべて、おれはガゼルさんから酒杯を受け取る。
 いや、なんかおかしいとは思ってたんだ……!
 ガゼルさんは倒れたバドルドさんに構わず、「今夜は宴会だ。珍しい賓客ひんきゃくもいるし、楽しい夜になりそうだなァ」とか言って行っちゃうし。おれも雰囲気に流されてその後ろについていったら、漆黒しっこく甲冑かっちゅう姿のたくましい男たちと、血を流してしばられている海賊かいぞくっぽい人たちが甲板かんぱんにいるし!
 で、おれが驚いている間に、乗っていた船と、その近くに停泊していた船が二せきとも動き始め、着いた先は明らかに映画のセットではない港町で!
 そうこうしてるうちに、「タクミも俺たちの宿屋に来い、聞きてェこともあるからな」とかガゼルさんに言われて宿屋っぽいところに連れていかれて……日が落ちたと思ったら、この宴会が始まっちゃって!
 ていうかよく思い出しても、そもそもどこにもビデオカメラとか撮影スタッフが見当たらなかったよね!
 もっと早く気がつけよ、自分! どう考えてもここは日本でも、そして外国でもないだろうが! 映画のセットにしては海とか船がホンモノ過ぎるだろうが! っていうか本物だろうが!
 そしてなにより!

『黒翼騎士団』『黒翼騎士団団長、ガゼル・リスティーニ』

 ――この二つの単語で、もっと早く気がつくべきだった。
 おれが今いるのは……昨年発売され、先月おれが五周目の周回プレイを完了したRPGファンタジーゲーム、『チェンジ・ザ・ワールド』の世界だ。
 い、いや。落ち着け、自分……
 まだここがあのゲームの世界だと決まったわけじゃない!
 そうだよ。やっぱりここはどこかの外国で、偶然ゲームの登場人物と同姓同名って可能性もあるしね? うん、その可能性にけよう。

「なぁ、ガゼルさん」
「なんだァ? っていうか、さん付けなんざしなくていいぜ。そんな敬称をつけて呼ばれるとくすぐったくなっちまいそうだ」
「だが……」
「大丈夫ですよ、タクミ。ガゼル団長は、貴方に他人行儀に呼ばれるのが嫌なだけなんです。ああ、よろしければぜひ私のこともフェリクスと呼んでください」

 おれにそう言ったのは、右隣に座っていたフェリクスだ。正式なお名前はフェリクス・フォンツ・アルファレッタ。
 金糸のようなさらさらの髪に、アメジストを思わせる深い紫色の瞳。そして白い肌にすっと通った鼻梁びりょう、薄く形の整った唇を持つその容貌は、さながら童話に出てくる王子様だ。
 フェリクスの美貌に感心しているおれの左隣で、軽やかな笑い声が響いた。

「そうよぉ、タクミ! こんな可愛げのない巨漢をわざわざ敬称付けで呼んであげなくてもいーわ! ポチとかコロでも充分よねぇ」
「イーリス、テメェは今月減給だ」
「あらぁ、職権乱用? こっわーい。ねぇタクミぃ、ガゼル団長がアタシをいじめるのぉー」
「イーリス。ほら、あまりタクミを困らせてはいけませんよ?」

 笑い声の主――イーリスは、赤紫色の髪を肩の辺りまで伸ばし、ガーネットみたいな赤い瞳を持った男性だ。おねぇ口調だが、おれにふざけながらしなだれかかってくる身体は、服越しでもきたえ上げられていることが分かる。
 というか、この騎士団の皆、背が高くてたくましいんだよなぁ。と、隣に並びたくないぜ……

「で、タクミ? なんか俺に聞きたいことがあるんじゃねェのか?」

 おっと、そうだ。
 ちょっと話が中断しちゃったけど、ガゼルさんに大事なことを聞かないとな!

「ガゼル。その、変なことを聞くのは承知なんだが……ここはなんていう国なんだ?」

 がやがやとさわがしい酒場の中。おれは中央のテーブルにつき、正面に黒翼騎士団の団長であるガゼルさん……もといガゼルが座っている。右隣には副団長のフェリクス、そして左隣には騎士団の軍師であるイーリスが座っている状態だ。
 おれが正面のガゼルに尋ねると、彼は不思議そうな表情を浮かべて口を開いた。

「……確かに変な質問だなァ、そいつは。ここはリッツハイム魔導王国だろうが」

 ――うん。終わったな、おれの人生。
 なんてこった……
 リッツハイム魔導王国に、黒翼騎士団ときてしまったか。もう確定じゃないか。
『チェンジ・ザ・ワールド』――それはとあるゲーム会社が発売した、有名なRPGゲームの名前だ。
 ストーリーはオーソドックスなファンタジーRPGで、主人公の性別は男・女のどちらでも選択可能。おれは基本、男主人公で女性キャラクターとのエンディング狙いでプレイしていた。
 話は、リッツハイム魔導王国も誕生していない三百年ほど昔から始まる。
 当時この大陸をべていたのは、力ある魔族の王だった。魔王と呼ばれた彼は、己の力を過信し、民に圧政をく。そんな魔王の統治に反抗するべく、人間・エルフ・ドワーフ・獣人などが団結し連合軍を結成。魔王軍は連合軍にやぶれ――魔王自身もその連合軍のリーダーであった勇者に打ち倒される。
 だが、勇者は魔王を完全にほろぼすことはできず、三百年の封印を課すのみに留まった。
 そしてゲームが始まる年がその三百年目にあたり……各地でモンスターの数が増え、跋扈ばっこし始める。
 それが魔王復活のきざしではないかと恐れたリッツハイム魔導王国の王族たちが、いにしえの秘術を用いて勇者召喚の儀式をおこない、現代日本から平凡な学生である主人公を召喚する……という流れだ。
 マジかよ。ゲーム世界にトリップするのはまだしもさ、なんで『チェンジ・ザ・ワールド』なんだよ……。どうしてこんな死亡フラグが立ちまくりの情勢不安定なゲームなの? もっと普通の学園モノとかクリエイティブモノとか穏やかな世界観のゲームもあったじゃん?

「……タクミ。アナタ、この国の名前も知らなかったの? っていうか、そもそもタクミはなんでバドルドの船になんか乗ってたわけ? 団長からは、戦いに加勢してもらったって聞いたけど」

 怪訝けげんな顔をしたイーリスが、じっとおれを見つめてくる。
 しまった、そりゃそうか。おれだっていきなり人から「あの、今自分がいるここは、なんていう国ですか?」って聞かれたらビックリするわ。考えなしに聞いてしまった、どうしよう。
 どう言い訳するか考えあぐねるおれの顔を、正面に座るガゼルがのぞき込んできた。

「そういやそうだな、なんであの船に乗ってたんだ?」
「団長も知らなかったんですか⁉」

 ガゼルの言葉に、まわりにいた団員から一斉いっせいにツッコミが入ったが、彼が気にした様子はあまりなかった。

「おい、タクミ。どうした?」

 おっと、いけない。ガゼルへの総ツッコミがちょっと面白くて気がれてしまった。

「いや……おれも、何故自分があの船に乗ってたのか分からないんだ。気がついたら、あの物置部屋にいた」

 うーん、我ながらまったく答えになってないな!
 補足したほうがいいのかな? けど、おれ自身、なんでこの『チェンジ・ザ・ワールド』の世界に来たのか分かんないから説明しようがないし……
 そんな俺の説明に対し、まわりを囲んでいた騎士団の人たちが一斉いっせいにざわざわと小声で話し始めた。
 ガゼルもなんだかけわしい顔をして、おれをじっと見つめている。
 え? なに? 俺の話がそんなに分かりづらかった?
 あっ。っていうかもしかして変な人だとか思われたのかな⁉
 気づいたら船の倉庫にいたって、確かにちょっとヤバイ人だよね⁉
 っていうか、どう考えても密入国者ですよね、おれ⁉

「……そうか。そいつァ災難だったな」

 どうしようと慌てていると、ガゼルがしみじみとした様子で言う。それを見て、周囲もハッとしたように押し黙った。
 おお……すごい。これがカリスマというやつか。
 一人感動しているおれに、ガゼルは話を続ける。

「よし、困ってるようだし、このまま帰るついでに王都へ連れてってやるよ。王都に行けばなにか分かるだろうし、分からなくても仕事ぐらいはてがってやれるからな」
「……いいのか?」
「この程度なら構わんさ。騎士は国民のためにこそあれ、ってな」

 そう言って、にかっと歯を見せて笑い、おれの頭をわしゃわしゃとでるガゼル。
 お、おおーっ⁉


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